約束   作:江夏ケイ

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白服の記憶を分析して敵の正体と「クンネチュプ作戦」の全貌が明らかになる。作戦の中で我を失いかけたイタチは一族の持つ炎の能力が何故神聖と呼ばれるのかを思い出す。


道具

「彼奴の記憶を整理していこう、鬼鮫も全く同じものを見た……というよりも追体験しているはずだ。俺は普通なら覚えていない母親の胎内から記憶が始まっていた。無意識下の記憶も人間は保持をしていて、ただ忘れているだけと見た。」

「誕生の瞬間、確かに見ました。動物の誕生を赤子側から観測する、というのはなかなか興味深いですね……。」

「その後の成長過程……家の広さ、そして白い肌の家族の他に肌の黒い使用人のような者がいた。裕福な家庭と考えられる。」

「肌の黒い者は黒人と呼ばれる……白人が最も格下に見ている人種です。この者はその使用人に対して取ってきた態度は平等な人間として認めていないように感じました。それが立場……雇い主と雇われる者、だからなのか、黒人だからなのか、までは推測の域を出ませんが。」

「軍に所属することを誇りに感じていたな。訓練は厳しかったが国のためならばと耐えて軍人となっている。国への帰属意識が高い。」

「訓練の場には黒人もいました。国としては人種による差別は行なっていないようですね。この者は黒人は個々の能力が高い印象を持っています。しかしやはり白人と一線を置いている。まあ、見た目の違いがありますからそれもやむを得ないでしょう。」

「そしてテロが起き命令により戦地に赴いた。実戦経験がある。緊迫した状況から無事の帰還と少しの休暇。この戦闘経験で異教徒への見方がかなり変わっている。」

「特にイスラム教に対して、死線を潜ったせいなのか根強い拒否感を持ちましたね。」

「戦地での活躍から昇級、部隊長になった。しばらくは基地での訓練、そして異動の招集。……この黒い服の司令官、間違いない。未来視でも見た者だ。」

「イギリスには共同研究を持ちかけ断られている、日本は……共同研究の打診はされていないようですね。つまりアメリカにとって日本は対等な同盟関係ではないと。」

「イギリス、とはどういう国だ。」

「アメリカと同じ白人でキリスト教圏の国です。ざっくりとした説明ですが、アメリカ大陸は元々住んでいた民族を追い出すような形で白人が多量に流入し、アメリカという国の形になりました。イギリスはアメリカに移民した起源の国のひとつなので同盟関係も強いのではないかと。……で、一旦休憩を入れましょうか。」

 鬼鮫の顔を見上げる。真剣な眼差しは俺の目を捉えていた。

 ……目、そうだ。黒くなって……。

 家の中に鏡がないか探す。奥まった場所に洗面台があり、丸い鏡が備え付けられていた。

 やはり目が……全体的に闇のように黒くなっている。……まさか、ウェンカムイ化が、進んだのか。でも俺は殺しはしていない。……あの声、あれがなければ殺していたかもしれない。あの声を聞くのは二度目だ。一体誰の……。

 鬼鮫のいる部屋まで戻りながら、視界に異常がないか確かめる。目自体には異常はない。ただ、腹の底に何かがぐらぐらと茹だっているような感覚を僅かに感じる。ここに人間がいないから……僅かにしか感じないのかもしれない。

「お帰りなさい、イタチさん。休憩の理由はわかりますか?」

 鬼鮫は……少し怒っている、ように見えた。

 中断したのはこの先こそ俺たちが見たい記憶。その前に入れられた休憩。……冷静になれ、ということか。

「……悪かった。鬼鮫がいて……いや、何度も助けられているな。」

「黒く変化するのは……良いことではありません。それが戻るのかどうかもわかりません。私が目にした者たちはウェンカムイに……なる寸前で、私が処理しましたので。……ここが北の海の中でない幸運を喜んでください、イタチさん。」

 海の……秩序を守る者としての鬼鮫だったら、俺は処分の対象か。……冷静さを欠くリスクの高さ……よく分かった。憎しみは白服を殺す推進力になるが、呑まれてはいけない。

 鬼鮫は怒りを秘めながらも、行動に出すことはほとんどない。生きている年数の違いなのか、カムイとしての役割の差なのか。

 ……どちらにせよ、俺は未熟だということを思い知らされた。

「どんな無茶をしたのか、の話に戻しましょうか。一匹捕らえた後は白服を足止めする役割だったはずです。」

「……憎しみに支配されかけて……いや、あの時は完全に……白服を全員、殺そうとすら。……情け無いが、それが事実だ。」

「冷静に、と互いに言い合ったではありませんか。それなのに……何かきっかけがあったんですか?」

 きっかけ……燃やして……酸素の爆発……炎……普段は使わない神聖な炎……何故普段は使わない……?

 小さい頃に聞いたような……その日は特別に村に消えない炎を……そうだ、母さんに聞いた。便利な力なのに何故普段は使わないのか。母さんはなんと言った……?

 村の人……それ以外の人も集まって……ああ、イナウが揺れて……リムセの中央に俺たちがつけた炎……あれは儀礼の場だった……特別なイオマンテの。

『炎によって皆胸が湧き踊り高揚していく……つまり、人々を盛り上げているのが炎。特に私たちの炎は特別な神聖な炎だからその影響も強いのよ。』

 だから、滅多な事では使ってはいけない。

 一族の神聖な炎が村で使われたのはその一度きりだった。俺は炎は神聖だから使わないとだけ強く記憶していた。けれどこの炎は心理に強い影響を与えるからこそ使ってはいけなかったんだ。だから炎に包まれた船着場を直視し続けた俺は昂って行った。

「……鬼鮫。」

「何かわかりましたか?」

「……いや、また禁止事項が増えそうだ。」

 真剣な眼差しから視線を逸らす。鬼鮫と比べて俺はあまりに未熟だ。そんな俺に鬼鮫はまだついてきてくれるのだろうか。

「……と、いうことは……炎、ですか。……確かに燃え広がる巨大な炎は人間の闘争心や高揚感を高めると聞いたことがあります。ましてやイタチさんの炎はカムイの神聖な炎……その効果をより引き出す可能性はありますね。未来視に続き、と。」

 鬼鮫は今どんな目で俺を見ているだろうか。自ら出した炎によって我を忘れかけたなど、……呆れられてもやむを得ない。

「……イタチさん、では試しに蝋燭ほどの小さな炎をここに作ってください。」

 意外な提案に、顔を上げた。鬼鮫は口角を上げて俺の肩に手を置いている。ヒヤリとした大きな手を。

 ふっと息を吹きかけて、部屋の中に小さな炎を出すと薄暗い部屋をその小さな炎がゆらりと照らす。

「5分間、この小さな炎を見ていてください。」

 鬼鮫が何を言いたいのかわからない。炎で我を忘れかけたというのに、その炎を見つめる……どんな意味があるのだろう。

 炎は揺らめく。一定の形を保つことはない。炎の揺めきに部屋の中もまた揺らめく。その揺れる様子は見ていて飽きることがない。……この炎も酸素で燃えているのだろうか。それとも消えない炎は別の何かで燃えているのだろうか。

 ……炎は、あると安心する。灯が点る、それだけで闇はさっと姿を隠す。雪が積もる闇の中をひとり歩いていたあの時も、炎を灯していたら寒さも少しは和らいだのだろうか。

 揺れる灯火を見続けていたら、鬼鮫が炎の揺れる光に照らされる俺の顔を覗き込む。

「……戻りましたね。」

 何が。

 ……もしかして、目が?

「説明してくれ。」

 鬼鮫は肩に置いていた手を離して座り直した。

「炎は確かに闘争心を煽ります。でも逆にこのような小さな炎はこころを落ち着かせる効果を持ちます。感じませんでしたか?」

 言われてみると、炎の揺らぎを見ている時は……落ち着いている、気がする。安心感は確かにあった。確信を持って確かに落ち着いたとまでは言えないが、目が元に戻ったのであれば落ち着かせる効果は確かにあるんだろう。逆に言えば、ついさっきまで俺はずっとあの瞬間の憎しみを胸に秘めていた……という事か。

 冷静になれと、言うだけならば簡単だ。あの時のように高揚し視界が狭くなっているときに、冷静になれと言われても恐らく腹の奥底では憎しみが消えないまま、いつ何がきっかけでまた憎しみが溢れ出すのかわからないでいた。

 炎……。駆り立て、そして落ち着かせる。……神聖なもの。

「鬼鮫は……本当に博識だな。」

 鬼鮫もまたその小さな炎を見つめながら、口角を上げる。

「私とて……イタチさんのこの炎のおかげで、……こころの炎が小さくなっています。イタチさんもですが、私も落ち着く必要がありました。そのための休憩です。――何しろ、ここからが重要なので。しっかりと分析するためにも、冷静にならねばなりません。」

 ……鬼鮫もこの炎で……。

「……なら、もう少し灯しておこう。」

 ……冷静でいる、とはどういう状態だ。周囲が見えている事、感情を管理できている事、客観的に己を観察できる事、……父さんのような在り方。

 ただ、そこに在る……己を揺るがす事もなく……。

 父さんもあの注射器で何かを入れられたのだろうか。父さんであってもその何かに抗うことは出来ないのだろうか。……それとも抗っているのだろうか。

 ……父さんのように。今の俺にそれはできるのか。

 小さな灯火、ゆらりと揺れる……波も引いては押してを繰り返す。あの入江のカムイがいた場所、砂浜にザザ、と流れてすっと引いていく、あのリズムも不思議と気持ちが落ち着いた

 言葉だけで足りないのなら、こういうものを利用する他ない。神聖な炎ならばもたらす効果は普通の炎より大きいはずだ。

 でも、何をもって冷静になれたと考えたらいいのか……。

「だいぶ落ち着いたようですね、イタチさん。」

 静寂を破る鬼鮫の声に、顔を上げる。

「……どうしてそう思った。」

「目を見れば、わかります。」

 ……そうか、俺は一人じゃない。鬼鮫は客観的に俺を見ている。その目を借りれば、いいのか。

「……そろそろ、続きといくか。」

「そうですね、そろそろ。この黒服の司令官……胸に何やら沢山付いています。これは勲章……この数に注目してこの人物に信頼を置いています。余程重要な要素のようで。」

「兵器利用できる可能性の高い"者ども"を捕らえ兵器化する。……一応は人格がある者として認識されているようだが、実際の扱いは家畜同様だな。」

「最初の実験体を北海道で捕らえたようですが……私の知る限りでは海で他のカムイが人間に攫われた話はありません。……気がかりですね、そのカムイが兵器開発のための実験を受けていた……。」

「森のカムイでもない。森の情報網に引っ掛かっていれば皆警戒したはずだ。という事は……空、もしくは山……仮に12月26日に近い日に攫われたとしたら冬の山はリスクが高すぎる。と考えると……空のカムイ。」

「……生憎、空は詳しくありません。その者の平穏を願う事しか出来ませんね。しかしこの話を聞く限りでは、ゴーグルを破壊、あるいは無効化出来れば勝機が見えそうです。ゴーグルがなければ奴等は私達を認識出来ない上にカムイの力も及ぶようになります。研究所とやらに乗り込むのであれば、最優先すべきはゴーグルの物理的破壊。」

「……だが濃霧のときのように一人一人蹴り飛ばすのは難しいと思うが。」

 鬼鮫は尖った歯を見せて笑った。この尖った歯を見るのは久しぶりのような気がする。

「お任せ下さい。手はあります。」

 その目は自信の奥に憎しみが見える。……そうか、鬼鮫もこうして俺を見ているのか。

「……その時が来たら頼む。それまでは……温存を。」

「……わかっていますよ、ご安心下さい。」

 研究所……この場所は未来視で見た。……アラスカ。

「……調査、捕獲、調教そして実戦訓練に部隊が分けられたが、捕獲班の中でも水中と陸上の分体に分けられ、この男は捕獲部隊の陸上分体だ。ただ霧の鬼捕獲には酸素を装備した水中用と思われる装備の者もいた。共に行動する事もあるのだろう。」

「という事はあの網、陸上と水中で少なくとも2つあると考えていいですね。」

「今回霧の鬼捕獲に失敗した事で、今後は一度の捕獲作戦で2つとも用意してくる可能性が高い事は、……念頭に置いておこう。」

「予備がある様子ではありませんでした。2つしかないのであれば、逆に考えればあの網を作るには相応の手間なりコストがかかるとも考えられます。」

「悪魔祓い……に対抗する術を持つ者は存在するが、その技術を応用した網は特殊な材料が必要……またはその悪魔祓いによる手作業が発生するのかもしれないな。」

 水中と陸上で分隊に分かれているのであれば、この者の初任務が俺たちの村だったのも納得できる。…… サスケを攫ったのはこの男……ただ、もう霧の神に喰われて死んだ。それでも少しも胸は晴れない。それはこの男が軍の駒の一つに過ぎず、ゴーグルも破壊できていないからだろう。軍隊の人数を考えれば、この男の代わりなどいくらでもいる。

 逆に網やゴーグルの数は恐らくだが限られている。それらを破壊、あるいは無効化出来ればもう神を捕えることはできない。ゴーグルはともかく網の破壊方法は何だ。網……ならば切ればいい、のか。しかしかなり接近しなければできない。カムイ……神の力が通じないならば物理的に切る事しか出来ないが、……物理的に遠くから物を切り刻める……そんな力を持つ者がその力を貸してくれたらいいが、存在するのかどうかもわからない者を頼るのは非現実的だ。

 ただ本土には多くの人でない者がいる。もしかしたら、はあるかもしれない。本土の神々に海のような情報網……あるいは神が集まるような場があれば……。

「イタチさん、弟さんはやはりこの建物……研究所から逃れています。入れられているナノロボットとやらも未完成のようです。そして恐らく……恐らく、です。横浜基地に向かう飛行機で研究所から逃れました。弟さんは日本のどこかにいる可能性があります。」

 ……サスケが、

「日本に……!?」




※イナウ:柳の木を削って作られる祭具
※リムセ:踊り、輪になって踊ることで神を楽しませる
※イオマンテ:最も重要なアイヌの儀礼。山で捕らえた子熊を数年大切に育てた後、その魂を神の国(カムイモシリ)へ送る儀式。
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