夜を待ち、ふたり交互に休んであの社を見張る事にした。日付が変わるまでは俺が見張り、変わってからは鬼鮫が見張る。真夜中にこの場所に来るのは白服の関係者しかいない。上空から社近辺を見張りながら、怪しい奴が現れたら起こしに行きふたりで対応する。
ただ、どう対応するかは決めかねていた。様子を見て石がないと気が付き立ち去るのを見守るか、捕らえて情報を得るために拷問を科すか。しかしあの軍隊に所属している者が普通に拷問して事実を吐くとも思えない。俺はその者の血を飲んで未来視を使うと言ったが鬼鮫は気乗りしない様子だった。
血を飲めるだけ飲んでその分の情報を得る、多く飲めば貧血で動けなくなるだろう。しかし鬼鮫は前回未来視を使った際の代償が、血を飲んでいなかったから、だけとは限らないと考えているらしく、そう言われると人のために使うべき力をそうでない目的で使う代償は確かにないとは言えないと思う。
相談しながら、奴等が3人以上の複数であれば成り行きを見守り追跡する。2人までであれば捕らえて拷問にかける方向性で、想定外のことがあれば連携しながら対処、という、綿密な計画ではないがどう出てくるかわからない以上はこうするしかない、という話で落ち着いた。
二人の場合。
恐らくは車でくるだろう。石を取りに車から人が出た直後に赤い眼で運転手の意識を奪う。
石を取りに行く者は白服装備の可能性が高い。鬼鮫は人間の姿でゴーグルを殴り飛ばすなりで剥ぎ取る。その後空気の壁で拘束。俺が赤い眼で意識を奪って連れ去り、その後空気の壁に入れて拷問する。
鬼鮫曰く、空気の壁の中から少しずつ空気を奪っていくらしい。少しずつ息苦しくなっていく中で、あの石をどうするつもりだったのかを吐かせる。
とはいえ、来るのは末端の人間で計画のことをよく知らない可能性も考えられる。その場合は車に戻してカムイの姿で車がどこに向かうのか追跡する。
ただこれは大前提として、俺たちが石を持ち去った事を気取られていない必要がある。監視は見当たらなかったが鬼鮫の話では俺の眼のように遠方からでも鮮明に様子を見ることができる道具が存在するらしい。
もし気取られていたならば奴らは現れないだろう。
ただ石の様子を見るに、気取られていなければ近いうち回収に来ることは確実だった。
夜を待って上空から怪しい車がいないか見張り始めると、違和感を覚える。俺たち以外にも誰かがじっとその神社に意識を向けているのを感じる。その誰かを探すと、神社の斜め前に建っている家の2階から、男性のようだがカーテンの隙間からじっと神社の方を見ている。
地上に降りてみるとそれだけじゃなく、同じ車が時間をあけて何度もこの川沿いを走っていた。
……もしかして、人間……猿飛さんが、犯人を捕まえようと見張っているのだろうか。この地域の信仰を利用した悪意を。
「……鬼鮫、俺たちは必要ないかもしれん。」
地上で身体を休めていた鬼鮫に状況を説明すると納得したらしい。
「いくら軍でも、こんな住宅街で派手な事はしないでしょう。ましてや住民に手をかけることも。……これだけの見張りが居るのであれば、実際に動く人数も何人いるのかわかりません。」
「白服は俺たちには脅威だが……多数の人間相手ではどうにもならないだろう。とは言え、奴らの記憶の中では白服達は戦闘訓練を受けていた。猿飛さんたちに危害が及ぶようなら……」
その時は、カムイとしての力で助太刀を。
予定は大幅に変更となったが、引き続き白服に見つからないよう上空から見張る事になった。
何も起こらないまま初日の朝が明けて二人とも人間の身体に戻り、商店で買ったおにぎりを食べながらあの寺の住職からの連絡がないかを待つ。待ちながら、どうにもならなかった場合にどうするべきか考え続けていた。
自ら封印してくれと言った声、生肝を求める老婆、それを媒介に集まった人々の無念。
俺たちがどうにもできない以上、無念を晴らすためにはやはり神仏による浄化に頼る他ない。仏が駄目だったなら神……鬼鮫は上位の神に助けを求めるならば明治神宮が一番近いと言ったが、そこは同時に日本の首都にあり様々な感情が往来する場所。
そこまで、怒りや憎しみを抱えた俺たちが石を持ち運ぶ危険性。鬼鮫の言う通り、「もしも」があってはならない。
……つまり、仏の力でどうにもならなければ、鬼鮫の案を取らざるを得ない。
俺は、祈ることしか出来ない。
連絡がないまま二日目の夜。やはり住民達による監視は続いていた。自分たちだけで何とかしなければと思っていたが、人間達の自発的な行動にある意味ほっとしていた。
それだけあの神社に対するこの地域の住民の怒りが強いのだろう。良かれと思って相談の上で建てたものが、被害者の無念を利用するための悪意だと知ったら、許せないと感じるのはわかる。
二日目の夜も何事もなく明けて見張りから戻る。食料と飲料を買いに行くと鬼鮫が出かけている間、草が茂る堤に身体を横たえた。あと何日見張り続けるか、少なくとも約束した一週間の間は。それでも来なかったらどうするか。……鬼鮫と話し合わなければ。
車が近くに停まる音がした。上半身を起こしてそちらを見ると、猿飛さんの車だった。急いで車の運転席に駆け寄る。
「連絡、ありましたか。」
「今朝方。乗ってくれ。」
助手席側にまわって、車に乗り込んだ。シートベルトをつけると猿飛さんは車を発進させる。
「どんな連絡でしたか。」
「一旦の答えを出した、とだけだ。」
一旦の答え……つまりあの石をどうするかという方針が決まった、ということか。
「……それにしても、二日連続で夜の見張りは大変ではないですか。」
猿飛さんはちらとこちらを見て、また前に視線を戻す。
「ってことは、イタチも見張ってるわけだな。俺たちは交代でやってるからいいが、イタチはちゃんと寝てるのか? これは俺たちの問題だ、部外者のあんたがそこまでしてくれなくていい。」
「……あれだけの負の念を、放っておく事は出来ません。それに、以前仏より言葉を賜りました。"人を助けよ"と。……もう姿はなくとも、あの石の中には助けを求める人々がいます。」
車が寺の駐車場に停まった。
「仏様から言葉を……って、本当にあんた……神仏と通じてるんだな……。」
本堂に招かれて二人、正座して住職を待つ。少しして、またあの黒い着物を着た住職が石を持ってやってきた。表情は読み取れない。
「一旦の答えとは、どのような?」
住職は石を畳の上に置いて、自らも正座した。
少しの間を置いて、話し始める。
「……まずは、石と老婆を切り離すのはやはり無理である、という事を。長年この寺で封じ続けていた石です。引き剥がすことが出来たとしても、鬼と化した老婆を封じる他の手立てがありません。この石はこのままお預かり……というより、本来の場所に戻すのが最良かと。」
「……また盗まれる、ということも考えられます。」
「石は一年前までは本堂の外にありましたから……こちらの石に関しては、今後はしっかりと護りますのでご安心頂ければと。」
恐らく、長年この寺にあった石と老婆を一番よく知っている人物だ。その危険性も承知の上で。であればその言葉も信じて良さそうだ。ただ、老婆以外の蓄積した負の念はどうなる。
「本題の石に溜まっている鬼以外の無念の塊の方ですが、別の憑代に移す事を考えています。ただし、拙僧だけでは残念ながら力が足りません。」
「……よりしろ……とは?」
「例えば人形などの人型の物に、負の念のみを移す……という事です。」
猿飛さんが身を乗り出した。
「力が足りないとは、それではどこの誰にそれを?」
「……通常は呪いと呼ばれる負の念は読経で鎮め聖なる炎で浄化するところですが、このように大きすぎる無念は……本山に頼るしかありません。」
本山……とは、何だ。話を聞く限りでは、この寺よりも強力な力があるようだが。
「天台宗……でしたか、こちらの寺は。」
「そうです。本山は比叡山延暦寺……助けを求める人々を受け入れ続けてきた本山であれば、恐らく……。」
「この無念を浄化できる、のですか? そちらはどこにあるのですか。」
「比叡山は……遠いな、京都だ。ですが、石ごと持っていく訳ではない、しかし別の憑代に移すのもこの寺では無理、一体どうするんです?」
矢継ぎ早に投げかける質問に、住職は静かに答える。
「本山の高僧お二人がこちらに来てくださいます。憑代に移したのちに、本山に持ち帰り供養をする……という手筈です。」
うまく理解出来ないが、寺にはいくつか種類があり、ここは天台宗と呼ばれる種類の寺。その寺の中にも序列のようなものがあり、本山と呼ばれる寺が天台宗の中の頂点にあたるところ……という事のようだ。
「本山の方はいつこちらへ?」
「本日中には、いらっしゃいます。うまく事が運ぶか、また別の方法を考える必要があるか、分かり次第またご連絡致しましょう。」
どのようにして負の念だけを移すのか、仏教がどのようにそれに相対するのかを見てみたかったが、鬼鮫に何も告げずに来てしまっている。一旦戻り、また連絡を待つ方が良さそうだ。
「わかりました、お願いします。また俺に連絡を頂けますか。」
住職は真剣な顔つきで頷いた。
「暫し、時間がかかるかもしれません。連絡をお待ち下さい。」
帰り道、猿飛さんが話をしてくれた。猿飛さんは大工で、あの神社も全て猿飛さん主導の元建てたものだと。だからこそ、建てて間もない社が黒ずみ始めておかしい、と感じたが、神学者を名乗る名刺の人物との連絡は取れず、これまでどうにも出来ずにいたと。
川沿いに戻ってきた車から降りて、猿飛さんに頭を下げる。
「また、連絡が来ましたらお願いします。」
「夜通し見ていたんだろ、寝とけと言っても昼間は難しいかもしれんが、身体を休めてくれ。見張りは俺たちがやるから……仏様から言われているとはいえ、イタチがそこまでやってくれなくても大丈夫だ。」
そう言われても、相手が相手だ……普通の何の訓練も受けていない人に全てを任せることはできない。
「……ご心配、ありがとうございます。」
走り去る車を見送っていると、いつの間にか隣に鬼鮫がいた。
「進捗があったようですね。」
「……まだ、安心とまではいかないが……どうにかなる可能性は見えた。」
「随分と曖昧ですが……、その可能性の答えが期日までに出なかった際は約束通りにしますので。」
「……わかった。」
目の前に、ビニール袋を持つ手が来る。
「たまには温かいものでも、と。」
受け取って中を見る。牛丼……おにぎりやサンドイッチとは違ってずしりとしている。底に触れると確かに温かい。
「……そうだな、たまには。」
これは……肉? 肉にしてはずいぶん薄い。それ以外にも何かが入っている。
袋の中身を見ながら鬼鮫について行き、木陰に腰を下ろした。鬼鮫の方は同じ容器だが中身は別らしい。同じように蓋を開けると懐かしい匂いがした。料理……の匂い。料理を食べるのは港以来だろうか。
「……ああ、イタチさんはこういうものは初めてでしたか? 牛丼という、薄く切った牛肉と玉ねぎという野菜を醤油や酒なんかで煮込んだものを、白米の上に載せた料理です。」
鬼鮫は相変わらず物知りだ。80年以上生きていれば港にいても魚介類以外の料理に触れる機会があったのだろう。
「これもコンビニか。電子レンジで温めたんだな。」
白い木製の棒を鬼鮫を真似て中央でパキッと割る。"丼"という事は、何でも丼と同じようなものだろうか。牛はよくわからないがともかく肉らしい。こんなにも薄く切る技術がある事に驚く。きっとよく研がれた刃物を使っているのだろう。
「白米と一緒に食べてみて下さい。お好みで、その小さい袋。そちらは七味唐辛子ですね。アクセントになって良いですよ。」
説明を聞きながら、下半分に敷き詰められた米と一緒に箸ですくって口に入れる。
これは……。
「食べたことのない味だ。肉に調味料を加えるとこうなるのか。」
「お嫌いでしたか?」
「……いや、うまい。」
肉料理といえばウサギやタヌキで、塩を振る程度だった。新鮮な肉はそれだけでもうまいと思っていたが、なるほど。こういう食べ方もあるのか。
「個人的には紅生姜と一緒に食べるのが好きでしたが。私もこういったものは久しぶりに口にしますね。」
鬼鮫の方の弁当の蓋には「中華丼」と書いてある。そちらは野菜がメインらしい。牛丼と違うのはとろりとしたものがかかっていることだろうか。
しかし牛とはどういう生き物だろう。この均一な大きさの肉、恐らく大きな生き物ではないだろうか。
「たまには良いものですね、おにぎりも悪くないですが、温かい食べ物はこころが安らぎます。」
除染作業の昼食についていた味噌汁を思い出す。確かに、温かいものがひとつあるだけで食事がより美味しく感じる。
「……奴らが回収に来るまで気は抜けませんが、休息も必要です。」
「そうだな。……まだ2日だ。ところで、一週間奴等が姿を見せなかった場合はどうする。」
「そうですねぇ……まあ、せっかく温めてもらったのでとりあえず今は食べましょうか。」
「……それもそうだな。」
人間の営みはやはりあたたかい。
こういう食事を毎日家族と囲んでいるのだろう。
全て食べ終えて、袋に空になった容器と蓋を入れる。
「ゴミが嵩張るのだけは、何ともし難いですね。」
入江のカムイが居る場所にも、そういえば人間が作った容器のような物が流れ着いていた。何も考えず燃やしてしまったが。
「そのゴミ、捨てて来ますので身体を休めていて下さい。」
右上を見上げる。いつもの笑顔を見せている。入江に流れ着いた容器。海にはもっと沢山のゴミがあるのではないのか。捨てているのはきっと人間だ。……誰しもが善良というわけではないということか。
……海に、亡くなった人々の無念をばら撒くのは……やはり避けたい。鬼鮫がどう思っているかはわからないが、海は……ゴミを捨てる場所ではない。生命が循環する場所のはずだ。
本山の高僧とやらが、上手くやってくれることを祈るしかない。