街に怪物が現れ始めたようです   作:KRYP

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フィールドワーク

 土曜日。まず凛の事前調査の結果を共有するために、新谷イレンス近くにあるカフェに入った。休日ではあるもののまだ朝のそれも十分に早い時間だったのもあり、広い4人掛けのテーブル席に座ることができた。

「調べたが、日野山というのは昔からずっと禁足地帯だったようだ。いまでも条例で立ち入りが禁止されているが、そもそも都市の条例などそんなに知られてはいないから、今でも立ち入っては遭難する者がたびたび現れるのだろう」

 佐藤さんが何枚かの紙をテーブルに並べる。市の条例が載っているホームページであったり、何かのレポートだった。

「様々な団体が調査を行っているようだが、結果を見るにどれも失敗しているな。山内に特殊な結界が張られているという可能性についても書かれている。ここだ。他にも記述があるな。昼間でも木々の隙間から内部を正しく見ることができない、衛星からの写真と神社内から見る山頂とに相違がある、山内では電波も使えないとはな」

 凛はコーヒーを一口、モーニングのパンを一齧りしてレポートを指でなぞる。その近くにも100人ほどの捜索隊が全滅したなど、調査の方法やその結果が詳細に記してあった。

 いずれも調査は困難で、未だ遭難する原因はおろか、参道や神社を除く山内の様子すらまともに把握できていないという事実を叩きつけるばかりだった。

 その散々で多数の犠牲を出した調査に凛は毒づいた。

「使えない奴らだ。しかし多くの調査と同じだけの失敗が積み重ねられているのもまた事実だな。これはそのまま調査の難易度を表していると言える。調べてもこういう結果が見つかるだけか、とにかく現地に行こう」

「そうだね……そうするか」

 正人は残ったパンを口に放り込んでコーヒーを胃に流して席を立ち、ここは俺が払うと言って支払った。元々は恵子の戯れみたいなもので始まったものだ。あの人が卒業した時点で取りやめてもよかったのだろう。そうしなかったせいで凛に来てもらっているのだから、俺が出すのが妥当だろうと思ったのだり

「しかし本当によかったのか。私はほとんど勝手に無理やり正人を付き合わせたと言ってもいいのだ。何も私の分まで正人が出す必要はない」

「ああうん……まあ来てくれて助かってるし、正直言って1人で調査するのは不安だったから、一緒に来てくれよかった。だから」

「そうか。ならその言葉に甘えよう。しかし甘えっぱなしなのも性に合わないな……そうだ、夕食の分は私が出すことにしよう。行きたい場所があるのだ。差額は気にしなくていい、わがままを聞いてくれるならな」

「じゃあそうしようか」

「よし、決まりだな。行こう」

 駅に向かって歩き出そうとしたところで、正人はようやく頭に疑問符が浮かんだ。食事あるいはその中にあったコーヒーを飲んだことで脳がようやくちゃんと働き始めたのだろう。もしくは、ずっと恵子というある種異常な存在と一緒にいたからほとんど違和感を感じないようになってしまったのか。

「あの……凛」

 正人は思わず凛に声をかけてしまった。

「どうしたのだ」

「ああいや、どうしてあんな資料なんか持ってたの。恵子さんがアレなのはわかってるつもりだけど、凛も大概特殊なんじゃないかなって。それとも恵子さんくらい普通なのかな」

 正人が店内で見た資料は、それこそ半日で用意できるような質でも量でもなかった。それは正人自身が自分も日野山に関して調べたからこそ、その質と量がおかしい事に気付いたことだった。

 そんなことができそうなのは、彼が出会ってきた人間の中だと真部恵子くらいのものだった。

「フッ、アレとは幼馴染に対して結構な言い草だな。恵子の本を読んでいる限りわからんではないが、彼女と一緒にするな。本を読んでいるだけでもわかるが、アレは特別に普通ではない。それにだ」

 凛は眼を見開いてぐっと真顔を近づけた。それは明らかに真っ当な女学生が持ちえない雰囲気があった。

「あの夜に見た私は普通だったか」

 正人はその言葉が持つ力に威圧されて気圧された。

「だからそんなことは気にするな。さあ行くぞ」

 そう言って凛は歩き出してしまった。正人もそれ以上気にしないようにした。

 

 

 日野山は日野守近郊部にある。天香久山のように周囲には家々が立ち並んでいて、参拝客もいる。しかしあそこと比べると周辺はずいぶんと寂れていると言えた。それも仕方のないことだろう。元々日本の片田舎を急成長させて東京や大阪に並ぶ都市にしようとしたのが日野守である。周辺部の開発はまだまだ進んではいなかった。新谷駅から電車を乗り継いで約一時間。ようやく最寄り駅である日野山前に到着した。

「あれか」

 電車から降りると目の前にすぐ山が見えた。何も知らなければただ普通の山だが、2人の眼には異様な雰囲気を纏っているように見えていた。

「早く行こう。確かめたいことが多い」

「うん、そうだね」

 大都会の近郊とは思えないほどの田舎道を歩く。10年そこらの期間では都市部を開発するだけで手いっぱいだったのだろう。動脈のような道はきちんとコンクリートで舗装されているが、走る車はとても少ない。

 この地域の生徒が通っているのだろう、中学校では生徒が部活動に勤しんでいた。

「そういえば穂乃果に聞いたのだが、正人はそれなりに上流家庭の息子らしいな。ならばドレスコードの知識は十分にあるか」

 道中でコンビニによった際、唐突に凛が話しかけた。穂乃果とは凛の友人であり、2人がよく話しているのを正人はたびたび目にしていた。

「息子といっても俺は養子だよ。それに母様からは嫌われてるからね。実家からは離れて暮らしているし、家族での外食に連れて行ってもらったこともない。だからそういうことは何も知らないんだ」

「そうか、それは困ったな。いや実はおススメの場所があると、向こうにいる私の保護者から言われたのだ。そういう言伝と数名ならば連れていけるだけの金とを振り込まれては、行かんという訳にはいかないだろう。しかし場所が場所だからな、他の普通のクラスメイトを連れていくには不都合があるのだ。だから白羽の矢が正人に立ったわけだが」

 うーんと凛がうなり声を上げながら悩む。それはとても新鮮な様子だった。しかしそうしているにも関わらず、歩行速度は一定のままだった。だがそれに正人は気が付かない。実のところ、凛は悩んでいなかった。

「確かに俺に知識はないけど、園崎さんだったら知ってるかも」

 正人がどうしようか考えると、すぐに1人の顔が浮かんだ。

「その園崎とやらは誰だ」

「俺お付きの使用人だよ。さっきも言ったけど、俺は母様に嫌われてるから、養子になって早々に実家を追い出されたんだ。一人暮らしなんてできるわけないから、父様から1人の使用人を付けてもらったんだけど、それが園崎さん。父親代わりだよ。園崎さんなら知ってると思う」

「そうか、なら連絡しておけ。時間は6時。場所は新谷グランドタワーホテルの最上階だとな。日野山前まで迎えに来てもらうといい」

「わかった」

 

 そうこう話しているうちに、2人は日野山の麓に辿り着いた。参道の入り口には朽ちかけてほとんど読めない由緒版と白い鳥居がある。参道は奇麗に整備されたなだらかな砂利道だった。両側に木が生えているにも関わらず、丁寧に整えられていて根や枝が参道に侵入していない。まるで見えない壁があるようだった。

「今は見当たらないが、普段から参拝客は普通にいるようだ。だからと言って参道でも気を抜くな。わかったな」

「うん」

「よし。なら行くぞ。まずは神主に話を聞こう。いや待て」

 しかし凛は歩き出そうとする俺を手で制して、周囲をぐるりと見渡した。

「なにかあった?」

「少しな。だが気にするほどでもなかった、偶然ということもあり得るからな。それも全てここの神主に聞けばわかることだ。素直に話すとは限らんが、それならその後に調べればいい」

 鳥居をくぐる。瞬間、空気が変わった。都会の喧騒とも、田舎の自然とも異なる。山内だから涼しく感じるのか、木々の持つ消音作用のせいで静かに感じるだけなのだろうか。それだけではないように思う。

「本当だったか」

 凛は携帯を取り出して画面を確認した。俺もつられて確認すると、報告にあった通り圏外になっていた。それは結界の種類が比較的新しいということをも意味していた。

「厄介だな。以前に電波を用いて結界を簡単に破ることができたと聞いたことがあるが、対策されているのか」

「確か恵子さんの本で見たことがある。電話越しに相手の結界を破ったうえで呪殺するという方法があったとか」

「さすがに詳しいな」

 凛は携帯をしまうと、参道を再び歩き始めた。

 ざっざっと砂利のこすれる音が鳴る。だがそれ以外の音は全くしなかった。両端に広がる森は奥が見通せないほど、太い樹木が生い茂っているにも関わらず、葉の擦れあう音はしない。ほんの少しの風も、生物の気配すらも感じない。気味の悪さを覚えながら歩く。学校の校外学習などで他の神社にも訪れたことがあるが、そのどれとも違う。信仰心というものがない人間にも、ここが聖域であるという事実を叩きつけることができるほど厳かだ。

 自分ひとりなら資料の件も含めて調査することすらできなかっただろうと、正人は隣を歩く佐藤凛を見て思った。

 風化はしているがほこりの溜まっていない石階段を上ると、もう一つの鳥居が現れた。その奥に立派な社が見える。

 すると一つ目の鳥居は山あるいはもっと大きな神社のための鳥居なのか。

 一礼して鳥居をくぐる。社までは石畳が続いていた。社の他には手水舎があるだけで、他には何もない。参拝客は誰一人おらず、唯一白衣に白の紋様が入った赤い袴を着ている神主らしき人物が、箒で境内を掃除していた。

「あれだ。昨晩の内にアポイントメントを取っておいた。珍しい女の神主だ、他に人間はいないらしい」

 そこでようやく正人はアポイントメントを取って取材をするという基礎の調査方法があったことに気が付いた。恵子のいない部活での調査に、想像よりずっと焦っていたのだろう。正人の思考は全く働いていなかった。

 自分はこれほどまでに何もできない人間だったのかとひそかに正人は思った。

 その間にも凛はすたすたと歩く。手水舎で手と口元を清めると、神主に話しかけた。慌てて正人も後を追いかける。

「昨晩にお電話いたしました佐藤凛です」

 神主はゆっくりと振り返って声をかけてきた人を見ると、にっこりと微笑んだ。まだ30ほどに見える若く奇麗な女性だった。

「ああ、あなたが佐藤凛さんですか。お若い方ですね、この神社について話を聞きたいということでしたが、考古学や民俗学に興味でもおありですか」

「はい。特にオカルティックな存在にも興味があるんです。それで近くの神社に話を聞きたくて」

「珍しいですね。ではこちらへどうぞ。私もですが立ち話はお辛いでしょう。お茶程度しか出せませんが」

 神主は素気無くそう言うと、振り向いて社に歩き出した。

 凛の側で話を聞いていた正人はついていくのを躊躇した。社の中というのはどうなっているのか知らなかったし、そもそも中は神聖な場所という意識が強かった。凛もこうなるとは思っていなかったのか、怪訝そうな表情を浮かべる。

「どうするの」

「ついていくしかないだろう。参拝客の祈祷は社内で行われているらしいから、安全なはずだ。それにこうして躊躇っているのも、向こうに不信感を抱かせるだけだ」

 普通に歩き始める凛。そこに様々は思惑は全く見えなかった。

 

 

「本日はご来訪いただきありがとうございます。私、巫女兼神主をさせていただいております、夜武由紀子と申します。本日はどうぞよろしくお願いいたします」

 通された部屋は応接室などで使用されているのだろう、畳張りの部屋に木製の低いテーブルがあるだけのシンプルな部屋だ。そのテーブルを挟んで夜武さんと向かいあう。

「よろしくお願いいたします。真波止学園高等部二年の佐藤凛と申します」

「同じく二年の団正人と申します。よろしくお願いします」

 自己紹介をして頭を下げると、夜武さんは少し驚いたような表情をした。

「真波止学園の生徒さんでしたの。運営元の真波止文化振興協会はこの神社によく参詣に来られるんですよ。

 それで、何について聞きたいのですか」

 凛が出された茶を一服する。そして年相応の少女がそうするように、表情を硬くした。

「単刀直入に聞きます。この山で遭難者が多数出ているのはどうしてなのですか」

 厳しい質問だと正人は思ったが、夜武さんは少しも表情を崩さずににっこりと笑っている。

「どうして……そうね、この山は迷いやすい地形をしているから、かしら。一応こちらとしても山内には入らないように看板も立て掛けるなどの対策はしているのですが、むやみに登山して遭難するものが後を絶たないのです。噂が噂を呼ぶのでしょう。ですから、あなた方も山には入らないでくださいね」

 ずっと表情を変えない巫女は、ただその笑みだけで正人たちの行動を封じようとした。有無を言わさないだけの力があった。

「そうですか。では遭難した方はどうなるのでしょうか」

「崖から飛び降りた人を探すために、崖から飛び降りることはしません。失踪として扱われます。同じように彼らの捜索は行われていません。他の場所で見つからなければ、失踪者となります」

「なるほど。お答えいただきありがとうございます。では続いて」

 その後は当たり障りのない質問が続いた。それらでは佐藤凛の気は抜け始めていた。肝心な質問と、それ以外のどうでもいい質問との落差があまりにも激しく、傍から見ていた正人にもそれはよくわかるほどだった。しかし夜武由紀子の方は全く調子が変わらず、神社の由来や祀っている神の事になっても、文献がない、あるいは朽ちていてもう読めないなどの理由を並び立てては、一切口を割らなかった。

 

 参道を降りた正人達は、山には入らないように周囲を歩いた。そして12時を過ぎた頃、凛が突然立ち止まって木々と立ち入り禁止と書かれた木の看板とを観察し始めた。看板はそれほど大きくない。高さは臍のあたりまでしかなく、横幅も肩よりわずかに大きい程度である。いつから置いてあるのか文字も掠れてしまって、立と赤文字の禁止が見て取れるだけだった。

「これが立ち入り禁止の看板だな。これでは意図がほとんど伝わらないではないか。遭難する人々が減らないわけだが、やはりそうか」

 何をしているんだろうと見ていると、凛は唐突に看板から少し離れた土の地面に手を突き立てた。ザッザッと音が鳴る。貫手のように何度も全力で指を突き立て、地面を抉った。

 ものの数分で地面には十分に深い穴ができていた。そして凛は看板を引き抜くと新しい穴の方に差し込んだ。

「これで大丈夫なはずだ。さあ行くぞ。絶対に遭難する山だ、その頂上には何かを隠している可能性が高い」

 凛は一度振り返って正人の手を掴むと、そのまま山に引きずり込んでいった。

 

 

 真っ直ぐ歩いたと思えば、すぐに横にそれ、山を降り、また登る。腕を掴まれながら引っ張られるようにして歩く正人は何度も躓きそうになりながら時には麓近くまで降りながら、正人達は山の中を歩いた。既に空の端が赤みがかっていた。その時、凛が立ち止まって1時間ぶりに口を開いた。

「八門遁甲、というのは知っているだろう。確か正人と真部恵子がまとめた本にもあったはずだ」

「うん、見たことはある。諸葛亮がよく使ったとか、道を間違えたら死ぬとか迷って出られないとか。でもその程度しか知らないよ」

「それで十分だ。そしてここには至る所にその陣が張られてある、山の木々や巨岩を利用してな。私もこれほど大掛かりなものを見たのは初めてだ」

 凛の言葉をそのままに正人は山道を再び見た。現在自分が立っている場所から、巨木と小川によって八方向への道が見える。これが八門遁甲の陣とでもいうのだろうか。つまりはここから一つだけある正解を選ばなければならないという事だ。これが本当に八門遁甲の陣だとするならば。

「けど、麓に向かって歩くとか、来た道を戻ればそれで山から出られるんじゃないのかな」

 そういうと、凛はにやりと口角を吊り上げた。

「ならば正人は、今どの道からきてどちらが麓か分かっているのか」

「……それくらいは分かるけど」

 と言いつつ周囲をもう一度見まわす。しかし今しがた自分が持っていた自信は一瞬で崩壊した。傾きがあるからどちらが麓かだけは分かる。しかし不安定な足場と同じような緑の景色に加えて、二周もしてしまったからもうどこから来たのかわからなくなっていた。

「わからないだろう。ちなみに麓はあちらだ」

 凛が指さした方は正人が考えていた方角とは正反対だった。

「地面を見てみろ。確かに傾斜は反対が麓であると示しているが、それは大木の根によって地面が盛り上がっているだけのことだ。地面の不安定さ、木も真っすぐには生えていない。ちなみに正人が麓だと思った方は、すぐ崖になっている。近くに行っても分かりづらいだろうがな。ふふふ、全くこれは恐ろしい結界だ。これほど大掛かりなものなら、来た道を引き返せても無事に麓までたどり着けるかわからないな。これまで迷い込んできた人間どもも、修哉という少年も死んでいるか迷って二度と出られないだろう」

 正人は力が抜けて膝から崩れ落ちそうになったが、凛がそれを支えた。

「もうへばったのか。あるいは恐怖か、しかたあるまい。踏ん張れ正人、もう少しだ。安心しろ、私たちは無事に頂上までたどり着ける。実は山に入る前の看板と木々との位置関係が重要で、そのままでは山に入る方が生門となる事はない。つまり看板の位置を変えずに山に入った時点で、もう生きて帰る事はできないという事だ。だが山と家々の位置を利用して看板を建て替えることで、逆に山に入る方を正しい道にした。だから私たちは、私が道を間違えない限りは頂上まで到達できる」

 その言葉は俺に衝撃と力を与えた。それが真実であるかどうかはまだ判別がつかないが、もし仮に真実だとするならば、理論上だけの存在だった魔術が目の前で繰り広げられ、さらにそれを打ち破り突き進んでいるのだから。

 

 

 空全体がほんの赤みを帯び始めてきたころ、ようやく山頂に辿り着いた。沈みゆこうとする太陽がはっきり見える。山頂周辺は木々が密集しておらず、山頂には何かの建造物だけがぽつんとあった。

「これはなんだ」

 凛は建物の前に建てられている石造の門に駆け寄った。鳥居に似たその門は、左右の柱には炎を模した図が所狭しと掘られていた。二つの柱を繋ぐ部分には文字のような何かが彫られていた。形象文字や楔形文字のようなものとは違い、むしろアルファベットやひらがなのようにある程度洗練されて簡潔な形だった。しかし記憶の底で何かが引っかかる。

「ここに人が来るとは珍しいですね。お二人とも、ここで何をしているのですか」

 凛が門を潜ろうとしたとき、背後から声がした。驚いて振り返る。そこには今朝話を聞いた巫女、夜武由紀子がいた。

 門をくぐろうとしていた足を止め、凛は正人の斜め前に立った。それは正体不明の巫女から正人を守ろうとしている様にも見えた。

「すみません! 実は境内から見る山頂と衛星からの地上写真では違って見えるっていう噂があって実際には何があるのか確かめようと思って登ってしまいました」

 凛の声自体は申し訳なさそうだったが、その体は微動だにせず一切の警戒を解こうとしていない。

「まあそうなのですか。しかし立ち入り禁止を無視するのはいけませんよ、話したと思いますが、この山は遭難者が多いですからね。それにしても無事でよかった。あちらに帰り道がありますから、日が落ちる前にお帰りなさい。今からなら明るい内に山を下りられるでしょう」

 夜武さんは自分が登ってきたであろう方を指した。しかしそこに道のようなものがあるわけではなかった。結局はこの巫女もさっきまでの正人たちと同じく、かつて修験者がしていたように道なき道を登ってきたのだろうか。

「そうさせていただきます。あの、それで巫女さんはどうしてここに来たのですか」

「私ですか。私はお参りです」

「そうですか。ありがとうございます。ではさようなら」

「お気をつけて」

「帰るぞ」凛は正人に小声で囁いた。肯定の意思を伝えるべく軽く頷く。

 凛は麓から山に入ったときと同じように、入念に木々の位置を見定めて、指さされた場所から山を下り始めた。そして巫女の言う通り、鳥居をくぐって神社の前に出たころ丁度空が真っ赤に染まった。

「さて、今からならまだ間に合うな。約束したとおりディナーは私が招待しよう。6時前に新谷グランドタワーホテル前で待っていてくれ」

 凛はそういうと振り向いていった。それとすれ違うように、見慣れた車が正人に向かって走ってきていた。

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