華喰蟲よ、樒の葉を食め 作:夜雫の夢
とある作品に脳を焼かれて投稿します
どこまで書けるか分かりませんがお付き合いください
第一話 ひと『しずく』の泥水
恥の多い嘘を積み重ねてきました
自分は…日野森雫は自分がどういう生き方をして、どういう未来が待ち受けているかを生まれながらにして知っていたのです。未来が見えるとか、過去の自分に戻った等という神秘的で夢のある話ではありません。これはもっと悍ましく救いようのない贋作ともいえぬ出来損ない、清水に至れぬ泥水の備忘録になります
◇
一言でいうのなら、日野森雫は転生者であった
生まれてこの方私はこの世界に違和感を覚えていた。生れ落ちたその日から妹が生まれたときも誰かと遊ぶときも入学する時もアイドルへとスカウトされた時も進学する時も成長する時も、まるで私の十年余りの人生はお芝居の台本を諳んじている様な違和感があった
さて、そんな違和感が私は転生者でなんの因果かひとつ次元が下の世界に転げ落ちてしまったと気が付かせてくれたのは一体いつだったのか。…もう覚えていないが、そんな荒唐無稽な事実が現実だと私は嫌でも理解して呑み込む他、無かった
少女の体に、成人男性の精神
なんと歪で狂っている私。きっと異様なまでに成熟した思考回路も、拙くとも何事も熟せる今までも全てがこの違和感が原因だとするのなら納得しないわけにはいかないほどまでに大人の記憶と情動は劇薬だ。全く、毒と薬は紙一重なんてうまいことを言うものだ
さて。そんな私はこの世界が嫌いだ
このたった20GBで収まってしまうセカイを、どうやって愛すればいいか分からないから
「しぃちゃん、おはよう!いい朝ね!」
「ん、おはようお姉ちゃん……」
「朝ごはんは出来てるわ。顔洗ってらっしゃい」
嫌いと言い切ったが別に怨んでいるとか憎んでいるとかは無い。
むしろ愛していたのだろう。忙しい日々の中で毎日欠かさずゲームを開き楽し気にノーツを叩いていたのを覚えているし、それに何より私まで覚えているのだからその『好き』は相当なものなのだろう
だからこそ…………分からなくなる。だってそれは、届かないはずの愛だから
寝ぼけ眼を擦る銀色の髪の少女。日野森雫の愛する妹、日野森志歩
まだ眠たそうにフラフラと揺れるその体はきっと遅くまでまた起きていたからだろう。部屋に消音シートを張って日付が変わる頃合いまで微かな低音が響いていた。そんな将来のベーシストの背中に手を当てて洗面台まで誘導する
「朝ごはんは焼き鮭よ」
「……豆腐はないよね?」
「ええ。もちろん!」
跳ねる水の音。顔を洗っていると次第に目を覚まし始めたのだろう
眠りの浅い私はそんな目を覚ますのに時間がかかるとかが無いから分からないものだが、きっとそういう設定なのだろう。寝ぼけ眼のまま甘えてくるなんてありきたりな萌え要素だ
さて、そんな朝食を作るのは最近はもっぱら私の役割だ
両親が仕事でいない分、気は楽だがあまり朝食らしい朝食とは縁がなかったから私のレパートリーはずいぶんと狭い。ごはんに、焼き鮭、納豆に海苔。あとは付け合わせに野菜を添えて出来上がり
「「いただきます」」
日野森志歩は豆腐が嫌い。そして日野森雫は辛いものが嫌い
これはどうやら変わらない『設定』らしい。…強いて言うのなら、私は辛いものよりこの味も何も付いていない味気ない海苔の方が苦手だったりする。
まあ、『日野森雫』には関係ないから、どうでもいいけど
「…夜更かしはほどほどにね。しぃちゃん」
「…………うん。」
基本的にこの家は食べながら喋ることは滅多にない
つけっぱなしのテレビから流れる音楽に耳を傾ける志歩にお姉ちゃんらしく声をかける。…けどどうやら音楽に集中してるのだろう、生返事が少し返ってくるだけであとは静かに食器を動かす音だけが響く
「……あ、お姉ちゃん。新曲良かった」
「!聞いてくれてたのね!しぃちゃん!」
「ま、まぁ……お姉ちゃんの歌だし……」
そうして半分ぐらい食べたところだろうか。ふと思い出したように志歩が声を上げる
私が所属しているグループ『Cheerful*Days』での久しぶりの新曲。普段は1人での活動が多かったから、久しぶりのグループ単位での曲に志歩も聞いてくれたのだろう
…私の様な出来損ないと比べて、志歩は二人の娘らしく音楽の才を継いでいた。ギタリストの父と、琴の先生である母、その二人の血と魂を正しく継いだ志歩にその才は莫大な練習という裏付けを以って開花している。
そう、近い将来志歩の幼馴染である星乃一歌、天馬咲希、望月穂波と共にバンドを組み星空の導きと共にプロの道を駆け上がる…セカイにも愛された子
「ふふっ、嬉しいわ。ありがとうね」
「…うん、けど……」
そうしてやっぱり朝は時間が経つのが早い。気が付けばもう家を出る時間に近づいた
食器は軽く汚れを落として家庭用の食洗器にぶち込む。手間とコストは反比例だ、その足のままもう一度顔を洗って、リップを付けて鞄を持ち上げる。必要な教科書は全部ロッカーにしまったままだし、今日必要な胴着とかは全部昨日のうちに畳んで入れている
「それじゃ、お姉ちゃん先出るね」
「……行ってらっしゃい」
姉妹とも同じ学校である宮益坂女学院に通う二年生と一年生だが、朝から弓道部の練習がある私は一足先に家を出る。靴ベラで脚を滑り込ませて、小さくつま先を二回ほど叩く。準備完了と荷物を取りに背後を向けば、まだ少し眠そうな志歩が立って小さく手を振っていた
戸を開ければ微かに涼しい風が吹いている。まだ薄暗く夜と朝が混ざったようなこの時間、誰も私を見ている人はいないこの静けさと目覚め始めた空気感はどこの世界であっても変わらない不変なもの。ああ、しかし全く今日は暑くなりそうだ。どうしてこうも都会は暑いのか
なんて考えていれば前から二つ目を輝かせてバスが来た
空気が抜けるような音に開く扉。中に乗り込めばコーヒー缶を傾ける社会人のおじさん、草臥れたジャージにヘッドホンをつけて横揺れしている青年、そして杖を突いて何か口ごもっているおばあさん。……いつも通り、変わらない顔ぶれ
『次は─────』
別に何か話したりすることはない。毎朝同じバスに乗って、毎朝変わらない定位置に座り、毎朝同じことをしている。その変わらないありきたりな光景は私が見て居るセカイとは違うごくありふれた日常。……だからこそ私は毎朝大分早くともこのバスの後部座席、後ろの扉から二列目右側の席に座る
何かするわけではなく緩やかに過ぎ去っていくまだ薄暗い風景を眺める
この時間帯に乗ってくる人は稀だ。基本的に終点まで私含めて5人だけのバス
このたった30分だけ私は『日野森雫』ではなくただの『乗客』になれる
アイドルの、姉の、『Cheerful*Days』の、モデルの、弓道部員の、MORE MORE JUMP!の、『日野森雫』の、という全ての枕詞を下ろして自由になれる時間。自分用の水筒に入れたダージリンのセカンドフラッシュに口をつける。結構強いブドウの様な風味に後味に来る苦味
目を覚まさしてくれるような、次元が変わってもずっと変わらないそんな味
『次は終点、終点でございます』
……全く、楽しい時間は過ぎるのが早い
気が付けばもう終点駅に着いてしまった。開く扉に向かえば乗った時にはまだ微かに涼しかったのが蒸し暑いといいたくなるような澱んだ空気のお出迎えだ。全く春の陽気さとは全く無縁のこの夏日和に一言物申したくなるような
出る順番も毎朝変わらない。おばあさん、青年、私、そしておじさん
ヨロヨロと運賃箱におばあさんが小銭を入れれば、後の三人は全員ピッで終わりだ。そして全員降りれば会話もなく会釈だけをしてそれぞれの道に歩いていく。おばあさんは住宅地の方に、おじさんはビルの方に、そして青年は繁華街に消えていき私はこのままバスの来た大通りを帰っていく
そうして歩くことこれまた少し。見えてきた校舎こそ私の通う高校、宮益坂
物語の舞台らしく学校というにはやけに近未来的で古い学校の流れを汲んでいる。靴箱に半分放り投げる形で履き潰したローファーを叩きこみ白い校内靴にかかとを滑り込ませる、そういえばローファー私でこれぐらい削れているから志歩のやつも買い替え時かもしれない
「おはようございます」
誰もいない教室。私が通う宮益坂は芸能やそういった活動にも深い理解があり一部単位制を導入している
そんな私も一応芸能人という事でそんな単位制に属しながら学業と仕事を両立させているというわけだ。そのため、朝のこの時間からこの教室にいるのは私だけだったりする
荷物を適当に放り投げてその足で踵を返して道場へと向かう
『日野森雫は弓道部員である』から私はそもそも弓道部に入る以外の考えは浮かばなかった。特殊なクラスだから委員会も委員長と副委員長が名前だけ用意されている様なモノなので助かった
必要ならできないこともないけど、それは『日野森雫』に必要ないものだから
道場に備え付けられた個室のロッカーを開けて着替えていく
もはや十年来のこの体に何か劣情だとか情欲を抱いたことはない。むしろ芸術品を取り扱っているかのような、ただ美しいものを美しいまま保存している気分…そう、これはメンテナンス。傷がついていないか、汚れが付いていないか、シミは無いか。筋肉は、ハリは、きめ細かさは
全てに及第点を出して私はようやく白の上衣に袖を通す。
帯を締めて袴で腰を締めれてしまえば、もうガチャで出てきた初期状態の弓道着姿の日野森雫の完成だ。そういえばあのガチャ一緒に引いていたやつが手持ちの無償石でツモって横で見てた私が天井まで突っ込んだんだっけか
「…………」
そんな追憶も遠く一人、まだ芯が冷えるような寒さが息吹く道場の扉を開けて敬礼
そうすればいつの間にか心は凪いでふわりふわりと浮かぶいつもの自分。まずは雑巾がけからだろうか、ああそういえば弓矢の調整もしないと先輩方の大会も近かったななんて浮かんでは消えていくシャボン玉の様な思考に反してせわしなく動く身体
「おはようございます」
「……あら!おはよう!今日も早いわね朝比奈さん」
そうしてどれほどの時間をそうして過ごしていたのだろうか
時計を見ればもうそろそろ生徒が登校してくる時間になっている。外からは微かに話し声が聞こえるのはおそらくこの道場の扉を開けてたっている一人の少女がいるからだろう。紫色の髪、紫色の瞳。彼女の名前を知っている『25時、ナイトコードで。の朝比奈まふゆ』だ。そんな彼女とは部活動での付き合いぐらい、話はするしストレッチを手伝ったりする。こうして朝早くに部活動に顔を出して一射ぐらいする程度の仲
特に優等生らしい朝比奈まふゆは忙しいのだろう
その点私は最低限単位が取れるようにだけは気を張る。あとは校則に引っかからないように気を付けて提出物と出席にさえ気にしていれば可もなく不可もなくで無事卒業まで駒を進めることができる。
基本的にクラスは特殊なこともあり疎らに気の合うメンバーが集まることもあれば、一人で過ごすことも少なくはない。元より私自身がこんなこともあり今をときめく芸能人として周囲が勝手に委縮してくれるおかげで特にそのあたりで苦労することはなかった
まあ、精神年齢があまりにも違い過ぎるから自分から距離を置くようになった点は否めないが
「うん。日野森さんも毎朝早いね」
「ええ!寝つきがよくてね」
高校生、されど華の高校生。未だに周囲の話に合わせるのが苦手でプロデューサーのおじさまたちの御酌をしている方が楽だなんてとっても滑稽だ。おかげで今も仕事に、食いっぱぐれ困らないというのはなんとも因果なことだと思う
「そっか、羨ましいなぁ」
「朝比奈さんは朝比奈さんのペースがあるわ」
横並びになりながら弓と矢の調整をする
そういう意味では朝比奈さんとの会話は楽だ。…だって彼女を救うのは私じゃない、彼女の『メインストーリー』に『日野森雫』の四文字は存在しない。交わる道がこの道場の中だけだというのなら幾分かマシで楽だった
………可哀想だと思うし、何かしてあげたいとは思う。
けどその想いの全ては空っぽだから。プレイヤーでしかない私に、どんな感情もさほど差異はない
「それじゃ、やりましょうか」
「そうだね。…あ、じゃあ今日は私先に見てていい?」
「?いいよ、じゃあお先に」
だからそういう意味では私と弓道はよく合っていた。
心を研ぎ澄ませて、会と成すそしてその集中が一本の矢に集中し……離れ。正鵠、ドンピシャ
「お見事」
「ありがとう」
空っぽは見方を変えればとても研ぎ澄まされていると同意だ
雑念がない、というべきだろうか。集中が途切れるような一瞬の途切れもない私の矢は基本的に外れることはない正しい形で射れば正しく当たるだけ。そこにそれ以上、それ以下はない
「それじゃ、朝比奈さんもどうぞ?」
場所を変わって後ろに下がる。
張り詰めた空気、私以上にキレイなフォームのままその矢は迷うことなくまた的の中心の黒丸を射抜く。お見事
「………ありがとう」
ぱりぱちと残心が終わった後に手を叩く
的中率は私と朝比奈さんで大体同じぐらいだがおそらく弓道という道で考えるのなら彼女の圧勝だ。私の矢は私の内面をよく表している、無色で空っぽな美も道も武も何もないただ物理法則だけが正しく働いて前へと突き進んだ矢があるだけ
そういう意味では朝比奈さんの矢は
彼女の内面をよく映している。いつかのイギリスの医者が言った様な小さなことからその人の性格を浮き彫りにするように、微かに浮かぶ宵先の輝きが孔となって彼女の人間性を浮かび上がらせるのだろう
「やっぱり流石ね!朝比奈さん」
「あはは、そんなに褒められるとちょっと恥ずかしいな……」
不思議と、いや『日野森雫は姉である』からか同い年であるはずの朝比奈まふゆのことも気に掛ける対象になっていた。もっともそんな心配は要らないだろうからあくまで心の中に浮かんだ程度のものだけど
「いつも頑張ってるもの、少しぐらいは自分のことを認めてあげないと」
「…自分を、みとめ……る」
やっぱり残酷な世界だと思う
想いが形になってそしてひとつの音に、セカイになるこの世界は。だってそれはセカイにならない程度の想いは無意味で無価値の産物になってしまう。祈りの木なんて残酷だ、祈りにも至れぬ願いこそ数多くあるのにそのどれもが欠片にさえもなれないのだとしたら
「ね、日野森さんは……私のこと、どう思ってる?」
「?朝比奈さんは朝比奈さんよ。ここにいるたったひとりの『朝比奈まふゆ』……ね?」
─────やっぱり私は、この世界の異物で世界観を乱す外の夜より来る無粋な乱入者なのだろう