華喰蟲よ、樒の葉を食め   作:夜雫の夢

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第七話 ホトトギスは雪うさぎの夢を見るか?

 

魂の在処について、考えたことがある

曰く、それは21gの物質である。曰く、不滅たるもの。曰く、ネフェシュと呼ばれたもの。…多くの言葉と想いによってできたその実在しない物質を私たちは『ある』ものだと信じて生きてきた。そしてその生の後に肉体という抜け殻から出た私たちは天へと還るのだと誰かが説いた

 

そしてその魂は再び巡る時、レテの川を以って全てを忘れるのだという

 

つまり魂もまたひとつの記憶媒体でありこうして忘れられないのが良い証明だ。レテの川の水を飲み損なった出来損ないの私には醜くとも前世の記憶が焼き付いて離れることを許さない。…ああ、いや違う。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

馬鹿話をして一緒に笑った会話も、共に爆死に泣いたスマホゲームのことも、何気ない小さな癖さえも、かつて住んでいた家の場所も内装も家具も全て今もまるで壊れたレコーダーのようにふいにメロディーを奏でることがある

 

そしてそれが聞こえるたびに私は思うのだ

良かった。ガラクタは、まだ動く覚えているのだと

 

 

 

『ふふふ♪』

 

いっそ笑えてしまうほど、この場に似つかわない機械音声が確かな音量で聞こえる。聞く人が聞けば一瞬で分かるであろう電子の歌姫の声は今や社会的な大人気となり、その姿を見ない日はないだろう。世界中からのクリエイターに愛されて今も想いを託されるその姿を

 

『今の言葉、とっても素敵だね!』

 

この世界でバーチャルシンガーというジャンルは圧倒的で今や人が歌うよりもバーチャルシンガーVerの方が聞かれやすいという世の中。生憎と■の時の黎明期を知っているからこそ、この熱狂具合はやはりどこか私には慣れないような受け入れがたい様な…例えるのなら、そう

 

なんだよ今更って感じだ。だけどそうやって盛り上がってくれれば盛り上がってくれるほど賑やかになれるがそれでも昔に思いを馳せて場末の居酒屋で話をしたくなるような心理、悪く言えば懐古厨的な考えになってしまう私がいるのも事実。…まあ語りたいような人も、場所もないんだけど

 

「だ、誰よ!まだだれかここにいたの?」

 

「………ミク」

 

だけどその声は確かに■の時からずっと覚えているあの声で次元の壁で阻まれて尚、心を奪われたあの歌姫の声を私は間違えるわけがない。髪の色は青緑色でツインテールが特徴なあの女の子…いつも元気をもらって画面越しに見つめたその名前を呟く

 

『はじめまして、みのりちゃん!』

 

ちいさなスマホからまるでプロジェクター投影のように空中に浮かんで現れた初音ミクの姿、その服装は白を基調としたアイドルらしさが前面に出された私がよく知る『モモジャンミク』の姿でその子は両手を広げて私たちの間に飛び出してくる。

 

「えっ!?ミクちゃんの、映像……!?」

 

『それに遥ちゃん、愛莉ちゃん、雫ちゃんだよね。全員いてくれてよかったぁ!よろしくね!』

 

混乱が起きている3人を前に私はまあそうだろうな、という心持で見守る。冷静に考えて何故ここでアイドル姿の初音ミクが専用の機械も無しに3次元へと現れて会話を始めた挙句、知らないはずの自分たちの名前を知っている。アイドルとして色々と知っているからこそ興味関心より恐怖が先に来る

 

私は別に知られたところで『日野森雫』が出てくるだけだ。正直に言ってなんの面白味もない

だけど、そんなのでも知りたいと思う人は少なからずいたのだろう。だが全て事務所の方が潰して未遂で終わっているけど、もしも知られてしまったらなんて書かれるのだろうか?

 

日野森雫の正体見たり!トップアイドルの1人と数えられる日野森雫の本性は生気のないマネキン人形のような人だったのかあっ!……なんて、あり得るはずのない見出しを考えて笑ってしまいそうになる内心を抑えて、よし

 

『ふふ。それはわたしが、みんなの想いでできたセカイから来たからだよ!』

 

「想い?…想い、ね」

 

待ってやっぱり笑ってしまいそうになる

どれほどガワを取り繕ったとしても中身まで同じであるものか。日野森雫なら間違いなくあっただろう、本物のモノホンの日野森雫ならその想いとやらがあったとしてもおかしくないだろう。だけど私は覆い隠すために『日野森雫』であろうとした

 

『そうだよ。雫ちゃん』

 

「………」

 

『あんまり怖がらないで大丈夫!私たちは雫ちゃんを待ってたから!』

 

「……っ!」

 

偽物は本物には成れないのだ。これは区別でもなんでもなく、事実だから

 

「それは…どういう」

 

誰かが小さくつぶやく声さえも耳から通り抜けて私は目の前に立つ初音ミクの目を見る。無機質に光が反射しているようにも見える顔、浮かべる顔がどうにも好意的でくすぐったいと感じるこれさえも只の0と1の信号に過ぎないのだと思う私に何故か苛立ちを感じて目を逸らしたくなる

 

『あっ!そろそろライブの時間だからいかなくちゃ!』

 

『それじゃあ、セカイで待ってるね。 みんな、早く来てね!』

 

雫ちゃんも絶対にね!という名指しでの指定に私たちが反応するよりも早くその姿がスマホの奥に消えていく。その瞬間のまるで効果音が鳴りそうな絶妙な沈黙と言ったらもう流石の私でも居心地が悪いというか、誰か早く話題転換してくれよといいたくなるような目も当てられない間だった

 

「なに今の……新手の広告?」

 

「広告にしては手が込んでいたような……」

 

愛莉と桐谷さんがつぶやく声に内心理解したいのを置いて。さっきまでのミクの言葉を振り返る、まるでミクが言うには私はセカイに行かないみたいな言い方。確かにその選択が選べるのだとしたら私は間違いなくセカイになっていくはずがない

 

だけど『日野森雫』はその選択を取らない

なら、そのもしもの考えは不要だと切り捨てる

 

「あ!あの、すみません……」

 

その時だった。よこからおずおずと小さく手を挙げて声を上げたのはやっぱり『花里みのり』だった

そういえば、既に彼女はあのミクと出会っていたのだっけ。セカイというものに対する実感が無くてもその想いに触れた彼女は前へ進むための声を上げる

 

「えーえっと、今日の広告のミク、広告じゃないかも……」

 

「大丈夫。ゆっくりでいいわよ」

 

私から思うことは特にない。その道の先達者に師事するという事はその道を進むのに最も有効的な手段のひとつなのは確かだし大きな武器になり得る。その先輩と仲が良いからその先輩お墨付きの後輩も目を向けてやるかというその繋がりは時に馬鹿にできないほど重要なものになる

 

最も、そんな打算を数えているのはきっと私だけで

純粋に目を輝かせる少女に比べてどれほど私が薄汚れているのか。

考えれば考えるほど、吐き気がしそう。やっぱり私はどこまで行っても────

 

「えっと、つまり……め、迷惑じゃなきゃなんなんですけど……!先輩たち、私の練習を、見てくれませんか!?」

 

酸っぱいものがこみあげてくる感覚。ヤバい、ここまで強烈的な湧きあがる感触は久しぶりだった。不味い、不味い。断続的に唾液が口の中から引くようなあふれ出てくるような吐く一歩手前のそれ。顔色は変えられない、喉の奥までせり上がってくる異物を吐き出そうと。耐えろ耐えろ耐えろ

 

「ねぇ。」

 

その瞬間だった。まるで蹴破るぐらいに大きな音を立ててその屋上の扉が開かれる

 

「先約があるんだけど……お姉ちゃん帰ろ」

 

制服にジャンバーを羽織った志歩の姿。まるで何かが爆発したかのような音にも怯まずにこちらへと足を進めるその姿はやけに頼もしく見えてどうにも参ってしまうぐらいには私は大分暑さにやられていたらしい。そういう事にしておこう、その方がきっといい

 

「っな!アンタは……」

 

「お姉ちゃんも約束があると言ってましたよね。桃井先輩」

 

「……志歩ちゃん、ってええ!?」

 

納得させるようなどこか渋い顔をする愛莉に比べて『花里みのり』が驚いているのを見ると志歩は何も言っていなかったのか。と湧きあがってくる吐き気と目の奥がチカチカする感覚の中で聴覚だけは確かに外の情報を処理しようと今も受け取っている

 

「そういう事。だから、じゃあ」

 

「待って」

 

そういえば、人の五感の中で最期まで残っているのは聴覚だったか

名前も姿もそして顔さえも覚えていないのに声だけが木霊するように聞こえているのは私なのか果たして…駄目だ。思考が堂々巡りのまま止まらない、取り繕うガワを維持するので精いっぱいだ

 

「……どういうつもり?桐谷さん」

 

「日野森さん。雫について……()()()()()()()()()

 

「何を言いたいのか分からないけど。これ以上、お姉ちゃんを振り回さないで」

 

まるで離さないとように志歩の手に私の指が絡まる。分かるのは私の前に立つように志歩が愛莉たちと向き合っているのと、後は志歩の手が温かいという事だけ…こんなに温かく過ごしやすい季節だというのに私の体はまるで血の通っていないように冷たい

 

「……………さ。行こう、お姉ちゃん」

 

「……え、ええ」

 

志歩に手を引かれて扉へと歩き出す。背中を何度も撫でるような擦ってくれるその志歩の手に申し訳ないなと思いつつ、なされるがままに足を動かす。正直言って、吐き気は収まってきてもその後の胸元の悪さが今襲ってきている気分

 

「ごめんなさいね…時間を見ていなかったわ」

 

「いいよ。別に、お姉ちゃんが悪いってわけじゃなさそうだし」

 

スマホを取り出して時間を見れば思っていたよりも過ぎていたらしい。約束の時間から三十分近く過ぎている…これは流石に悪いと思うし心配かけたと思う。屋上と隔てる扉を閉めれば思ったよりも息がしやすくて少しはマシな気がする

 

…こうして誰かに手を引いてもらったのなんて、いつぶりだろうか

もう覚えていないぐらいにはこの手のぬくもりが久しぶりな気がして何故か無性に泣きたくなる。■と同じ血が流れる人間なのだと舞台の上の『キャラクター』では無いのだと嫌でも現実を見せつけてくるようで恐ろしくなる。

 

この世界はたった20GBで収まるセカイなのだと思わなければ、必死に思い込まなければ

私は、日野森雫は──────

 

『ダメだよ。雫ちゃん、想いを殺さないであげて』

 

「…な、んで」

 

その瞬間だった。時間を見るために持っていたスマホから浮かぶミクの姿

一応はあり得ないはずではない。セカイにいるミクは想いの強さがあればあるほど電子機器を媒体に移動することが出来るのは『25時ナイトコードで。』での【シナリオ】でも分かるほどだ

 

「……………お姉ちゃん?」

 

「どうして……っ!?」

 

だけどこの時点で私のスマホにミクがやってくるなんて、と驚く以上にさっきとはうって変わって真剣な顔をどこか何かを削ぎ落したような眼で見つめるあのモモジャンミクの姿に私は目を逸らすこともできなく見つめ返すしかなかった

 

『雫ちゃん』

 

「………………」

 

『ダメだよ。それは、ダメ。それは雫ちゃんが笑顔になれない』

 

なにを、と言いたかった。知った口を、と頭に浮かんだ

だけど喉から出る言葉は全て幽霊のように空白でただ空気を求めて浮かぶ魚のように口を動かす。まさかこんな【シナリオ】とは関係ないところで出てくるとは思わなかったから咄嗟に反応できない

 

「ミク…?なに、これ」

 

『あなたは志歩ちゃんだね!雫ちゃんから聞いてるよ!』

 

「お姉ちゃん……?」

 

さっきと同じように投影されたミクの姿を興味深そうに志歩が覗き込む。私たちの名前だけではなく志歩の名前まで知っているとなると、このミクは私の一体どの想いを知っているのだろうか。…その危惧と同時に浮かび上がったこれを私は、俺は良く知っている

 

『私たちは想いから生まれたの。だから志歩ちゃんを大切に思ってる雫ちゃんの事を知ってるんだよ!』

 

「ふぅん……じゃあさ、そのお姉ちゃんの───」

 

心に、私の最も大切なものに土足で入ってくるような不快感

 

「志歩」

 

「お姉ちゃん?」

 

「行きましょうか。ミク、私よりあの子を見てあげて」

 

その痛みをここでぶちまけられたら私は『日野森雫』じゃない。だけど『日野森雫』はそんな事をしない。妹の前で、『愛する妹』の前でつらつらと与太のような駄文を綴るような『キャラクター』ではないのだから…行かないと、と目を背けるように志歩に声をかける

 

『……うん。でも、無理しないでね!雫ちゃん』

 

私は知っている。現実とは取り返しのつかない事しかないと

それを分かっているのに善くない事を今日もまた私は良くないと封じ込めた

 

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