華喰蟲よ、樒の葉を食め 作:夜雫の夢
ようやく最終章です
みなさん、最後までどうかお付き合いください
第十五話 死者の葬列
重たい脚を引きずるように一歩、また一歩と歩き進める
勿論どこにも行く宛はない。ただ止まることをやめたからどこかに歩いているだけ
この先の道はどこに繋がっているのだろうか。ふとそんな事を思って
私はまるで身を投げ出すかのようにひとつ路地の裏を選ぶ。暗がりに染まった道。怪しげなネオン、煙の臭いと独特なダクトの音の中でただ一人だけ顔を上げている私が凄く滑稽のように思えて生れて初めてぽふ、と自然と息を吐き下ろすかのように肺から空気の抜ける音が私の耳に響いた
まるでそれが坂を転がり落ち始める車輪の音のように聞こえたから
私の口は自分でも知らないままに吊り上がる
「……バカね」
無様で不格好なまま剥がれ落ちていくものだからきっとこのまま奈落の底に転がり落ちるまで止まることを知らないだろう。止める人は誰もいない。私も■も元より止まることなど望むことはないからこのままこの先に有るかも知らない『出口』を目指して廻り続ける
何もなかった。全てが無かったのだ
分かってる。『プロジェクトセカイ』にそんなものはありもしないと分かっていたけれどそれでも一度でもいいからその声が返ってくることを私はずっと待っていた。耳に当てたスマホから無機質な音声ガイダンスが流れ続けていても、尚
「……スマホ、壊れていたのだっけ」
だから、きっとこれも無駄な悪あがき
まるで試験前の十分でテスト範囲全てを勉強し直すかのような無謀。だけど人はそのもしかしたらの可能性に弱い…私だってそうだ。だからこうして誘われるようにして錆びついたガラス張りの扉を押し開ける
持ち上げた緑色の受話器に耳を当てて震える手で財布の中から10円玉を取り出す。まるで弾き出すかのように投入口に吸い込まれたお金と同時に耳元で聞こえたあの独特な発信音。■の時から考えても公衆電話なんて使うのはいつぶりだろうか
「お願い……」
神頼みなんていつ振りか分からないけど
それでも祈った。せめて、せめてせめて。せめて
音質の悪い古い呼び出し音が長く続く。1コールがまるで何十秒にも長くなっている様な感覚
焦っているのだろうか、或いは怖がっているのだろうか。入れた11桁の番号は■が覚えている番号…期待ではその先に生家があってお袋かオヤジがいるはずなのだ。間違えるはずがない
『……っ!』
「!ぁ、もし、もし」
心臓の鼓動がもはや呼び出し音よりも大きく聞こえていたその時
ぷつ、と今までに何回もかけた時とは明らかに違う反応ののちに向こうに繋がった音が聞こえる。今だれかがこの電話を受け取ったのだ。今まで一度も肉声にはならなかったその先がようやく、この時になって
今、私は戻ってこれたのだ。■の世界と
今まで一度も決してその天蓋の先に届かなかった奇跡がようやく目の前に降りてきた
『……』
誰の声が聞こえるのだろうか。まず何と言おう
ただいま、なんてありきたりだろうか?ううん、まずは自分の身に何が起こったかを伝えるべきだろうか。証明できるようなモノは既に何もないけど話せばわかるはず、分かってくれるはずなのだ。
次の言葉を待つ。その先にいる誰かに私の喉は知らず知らずのうちに鳴らす
誰がその声の続きを聞かせてくれるのか私が、■が十数年もの間焦がれ続けて忘却しかけてしまうほどのその声を口調を、言葉を待っている。早く、早く早く…早く!
『お姉ちゃん?』
「…………しぃちゃん?」
続きの声を待った。今にも心臓が飛び出してしまいそうな刹那
聞こえてきた声は『日野森雫』がよく知る少女の声。考えるよりも先にその答えが口から漏れ出るようにか細い声が電話口に吸い込まれる
『誰かと思った。何からかけてるのお姉ちゃん』
「………………は」
電話の向こうにいるのは日野森志歩だった
■が知っているお袋の優し気な妙齢の女性の声でも■が覚えていたオヤジのしゃがれたぶっきらぼうな男性の声でも、■が忘れることの出来ない低いモノトーンのような落ち着いた声色の友人たちの声でもない
『日野森雫』が戻るべき場所
『日野森雫』の妹である『日野森志歩』にかかったのだ
「は、は……」
『お姉ちゃん?声が聞こえないけど……』
なんて、なんて愚かなんだろう
少し考えればわかるはずだ
──私は、ずっと前に奈落の底に落ちていたのだと
「あははっ、ははっあははは……!」
知っていた。分かっていた
ずっと前から全て間違えていたことも『日野森雫』になんて意味は無い事も私が■の転生者である事もなにもかも無意味で無価値だと気が付いていた。本当はただ偶然そう産まれてしまっただけで『日野森雫』にはなんの罪も無い事も、無い筈の罪を贖罪の命題にしてきたこの愚かしさも
全ては、心のどこかで逃げていた私の弱さ。
■には帰る場所があるのだと。血も肉も介さない魂の帰り路があるのだと…それさえあれば
『ちょ、ちょっとお姉ちゃん?…どうしたの?』
「……なんでもないわ。しぃちゃん」
ずっと遠い遠い世界の外側から伸びていた蜘蛛の糸を掴んだ気になっていた
この蜘蛛の糸さえ縋りついていれば地獄から抜け出せるのだといや、上手くいくと■の帰る場所にたどり着くのだとそう思い続けて過去にも未来にも目を塞ぎ続けた
『なんでもなくはないでしょ…ねえお姉ちゃん。今どこにいるの?』
「大丈夫よ。しぃちゃん、すぐにかえるわ」
何万里ものぼり続ければもう『日野森雫』に追い立てられることもこの世界の夜に怯えることもある筈がない世界に帰ることが出来るのだと信じてただ、いつでも登れるからと不確かな『蜘蛛の糸』に縋り歩き続けた答えが今ここにあった
『大丈夫じゃない!ねえ、お姉ちゃん。そんなに私が嫌?そんなに私はお姉ちゃんに守ってもらわないといけない存在なの!?』
「そうねえ……」
お釈迦様に垂らされた蜘蛛の糸は、犍陀多の失言と共に切れる。
その結末は罪人は罪人のように地獄の底まで真っ逆さまに堕ちていく。救いの糸は空の中途半端なところでちゅうぶらりんに揺れて、極楽は昼になっておしまい
たった1人、私だけこの世界から抜け出そうとした浅ましい心を咎めるように
その糸は無慈悲にも切れてしまった
「私は『日野森志歩』の姉だから」
『…………は?なに、それ』
これは、罰なのだろう
つい数分前に『日野森雫』でありながら■の夢が見たいと軽率な行動を取った私の
思い上がった卑怯者に下されるあまりにも残酷な罰。
いつか全てを影に飲み込んでくれたらいいのにと思った私への運命の女神の取り立て。その罰こそがこの先にいる志歩が、『日野森雫』が最初に抱いたこの世界への恐怖の形への罰
「ねえ、しいちゃん…貴方は『日野森雫』に異物が混ざっていたなんて信じる?」
『お姉ちゃんに異物?……ちょっと待って、何を言って』
『日野森雫』の中身に異物が混ざっていたらそれは『日野森雫』ではない
それを知っていておきながら「何でも無い」と嘘に縋り続けるものが日野森雫であるものか、■の知る日野森雫で無い『日野森雫』ではない失敗作にはお似合いの罪
「一滴の…ひとしずくの泥水がワインを台無しにするように私は、俺は『日野森雫』として台無しだった」
『違う。私のお姉ちゃんは……』
『プロジェクトセカイ』というゲームが好きだから。
『日野森雫』が『メインストーリー』のキャラクターだから
舞台から降りることを拒んだ。その先の虚無を目指していたのに無様にも執着した、いつの日か自分で縊るその日を恐れてこんな哀れに夢に溺れ続けたから。…私は雫を『日野森雫』を『日野森志歩』を『桃井愛莉』を傷付けた
もっと早く『プロジェクトセカイ』という『メインストーリー』に影響が残るとしてももっと早くこうしていれば
ただ、それだけのことを己の傲慢さで怠った
「ごめんなさい。志歩、私は貴方の姉ではなかった。ごめんなさい。志歩、私は『日野森雫』になれなかった」
『やめて。ねえ、やめてよお姉ちゃんっ!!』
この現状が『日野森雫』に憑依することが罪なのだと思った
違った。本質を私はずっと勘違いしていた『日野森雫』になる事が罰なんじゃない。最初から倒されるべき悪は■であり私で、救われるべきヒロインは『日野森雫』だった。…最初から脱線していた『メインストーリー』が正しく進行して日野森雫の意味が産まれるなんてそんな夢物語、魔境にも捨ててしまえ
「私は、産まれてきちゃダメだったの。ごめんなさい、あなたの姉を奪ってしまって」
『やめてっ!お姉ちゃん、落ち着いて!』
……ああ、思えば
私のどこが『日野森雫』なのだろうと。『MOREMOREJUMP!』の『メインキャラクター』の名前は全て植物に統一されている。『‟花"里みのり』であり『‟桐"谷遥』であり『‟桃"井愛莉』であり『日野‟森"雫』というように…ならそんな私はさしずめ花を喰らう醜いちっぽけな一匹の蟲だろうか
そんな蟲が花になろうだなんて笑わせる
精々、樒の葉を悼むように食んでいればよかったのだ。
「今までありがとう。志歩、あなたの姉になれて幸せでした」
『─────って、止まって!!お姉ちゃ──』
プツリと、まるでそれは糸が切れる音にも似ていた
そしてそれは同時に私に垂らされていた蜘蛛の糸が切れるのと同じことで
真っ逆さまに堕ちた私はもう地獄の底に落ちるだけだから、交わろうが土に海に遺そうがもうどうでもいい。
そういえばと小さな電話ボックスの中から外を見る。いつしか一緒に居たはずのホトトギスは夜の闇に紛れて消えて、空はいつにもまして暗く澱んでいた
「…ああ、雨」
一体どれほどの時間をかけて空を眺めていたのだろう。澱んでいた空はいつしか暗雲が町を覆うように広がり啼くかのように重い静かな雨が降り始めた。まるで華を腐らせて散らし落とすかのような季節外れの優しい雨だったから導かれるようにして夜の街に体を寄せる
傘なんていらない。けどこれほど優しい雨なのだ
華が嫌うような火をつけるのは憚られる気がした
「どう、しましょう」
何をすればいいか分からないからどうしようもない
…葬列を、たった一度だけの私の晴れ舞台だから好きにすればいいと思うけれど『日野森雫』となってから生憎と好きにしたいという思いは無かった。■に問えば好きにすればといいと答えるし、私は分からないと答える
だから当てもなく、どこかの道を歩く
全身が雨に濡れて『日野森雫』の髪型が雨で潰れて『日野森雫』のリップも何もかも洗い流すかのように消えていく。いっそ体を射殺すほと叩きつける雨ならもっと早く消えただろうに、優しすぎるのも考えものだ
「もう、いいや」
そうして歩き続ければ雨に濡れた全身が重く、足取りは次第に不安定になってくる
ただでさえ冷えやすい身体だ。既に夏服の制服である『日野森雫』がこの長い雨に当たり続ければ体温も体力もなにもかも奪うのは日の目を見るよりも明らかでそれだけに救われる
そうしてたどり着いたのは人が誰もいなくて少し町中に空いた場所
暗くて分からないけど私が座る分には丁度よさそうだ。そうして腰を下ろせば直に伝わる都会のコンクリートの冷たさ。
「…つかれた」
「そんなところにいたら、ダメだよ」
ここがどこかとかもう考える必要もない。
一度膝を折ったら立てなくなるように、もうどうしたいかとか考える気もない。もうなにもしたくない…このままこのコンクリートの冷たさとひとつになって朽ち果てる夢を見れるように目を閉じた
もう二度と目覚める気にはなれないだろう
その確信を裏切るように瞼の裏に映った仄かなあたたかな、確かな輝き。早いお迎えだったなとそう目を開いた場所にあったその顔に私は、どうしてだろうか
「帰ろう。雫ちゃん」
そこには花里みのりが立っていたのだから
私事ながら今回のイベントでロミオとシンデレラの雫さんが40連でお迎えすることが出来まして、誕生日という祝い事の日にこうして雫さんが運命的に出てきてくれたのでこうして筆を取ってみました