華喰蟲よ、樒の葉を食め   作:夜雫の夢

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弓引け、歪鏡の合間で

 

 

────鏡を見ている様な気がした

 

その人の名前を聞いたのはいつだっただろうか。

『同じ学年に日野森雫がいる』という話を耳にしたのは。幾ら流行りに疎い私でも聞いたことのあるその名前は少しでも世間と関りがあるなら知らず知らずのうちでも耳にしたり、目にしたりすることのあるアイドル。それが日野森雫という私…朝比奈まふゆから見た人也だった

 

そんな言ってしまえば天上人のような人が同じ学校に通うことにどうしてそこまで騒げるのかよく分からなかったけど、珍しい事であるのは確かだろう。ちらりと見せられたスマホの画面に映った日野森さんは確かにとても整った、均一の取れた顔だちをしているなとも思った

 

『初めまして。1年D組の日野森雫です。よろしくお願いします』

 

だからこそ少しだけ驚いた。

まさか同じ部活動の見学に来ているとは思わなかったから

 

弓道部。部長さんに最初に誘いのビラをいただいたから来ただけ

そこにそれ以上、それ以外の理由はない。別に最初にもらったのが吹奏楽部でも、陸上部でも私は見学に行って勉強に支障が無さそうであればきっと入部していただろう。なんなら勉強を理由に入部しないなんて選択もあったかもしれない

 

『弓道部に興味を持った理由は…部長の元気な声に惹かれたからですかね。よろしくお願いします』

 

あまりにキレイな微笑みとは裏腹に私たちの緊張する空気を解すための軽い理由。その上で先輩に対しての姿勢まで率直に上手いな、と思った。流石はアイドルだと言われるだけの所以があるのだろうその一瞬だけで彼女を天上人のアイドルからそこに確かにいる日野森雫だと教えたから

 

だからこそ、少しだけ引っかかった。

だってその理由付けは()()()()()()()()()()()

 

チラシを配っている姿がとても生き生きしていた。だからきっと楽しい部活なんだろうなって

本当にそれだけの理由なのだ。弓道をしたいとか入ったからにはキチンとするけど、入りたいというモチベーションも熱量もない。…本当に、私は何がしたかったのか

 

私は、どこにいるんだろうか

 

『朝比奈さんっていうのね!少しの間、よろしくね』

 

堂々巡りの思考。そんな私を断ち切るように声をかけてくれたのは偶然隣にいた日野森さんだった

小さく手だけ動かして振るそんな日野森さんの姿はスラリと一本の線が通ったような、それこそ凛とした姿という言葉がよく似合う姿で初めて着る弓道着さえも着慣れた上品な佇まいで立っていた

 

『えっと…日野森さんだっけ?』

 

『ええ!よろしくね』

 

いい意味で少し人から浮いているというのに小さく手を振って耳元でこそこそ話のように声を潜めて握手しようと手を差し出してくる姿はどこにでもいるような普通の子のように見えた。…私が最初に感じた違和感に近い何かは勘違いだったのか。

 

まあいいか、と差し出された手を掴む。思ったよりもその手は冷たくてひんやりとする手だった

不思議と嫌な感じはしない。むしろ日野森さんの方から少し避けているのかな?と思うぐらいには簡単に手を離されて握手は終わった

 

『私、部活動って初めてで…優しそうな人が隣でよかったわ……!』

 

『ありがとう!一緒にがんばろうね』

 

にっこりと笑みを浮かべる日野森さんに私も笑みを浮かべる。

どうしてこんな屈託なく笑える人を私は似ているなんて思ってしまったのか。少しだけ自分の自惚れのような何かを恥じた………結局、私は────

 

『それじゃプランク30秒、5回いくよー!』

 

そうしていると入部希望全員の自己紹介が終わったのだろう。…うん、全員の顔と名前は覚えた

弓道は体が資本という事で、どうやら最初に筋トレから始めていくらしい。

 

『28…29…30……はいしゅうりょ~!』

 

体勢を維持。腕、肘、つま先を地面に付いて姿勢を真っすぐ整える

私は辛くとも何ともないから大丈夫だけどやっぱり隣で同じような姿勢でやっている日野森さんの耐久力も別次元というべきか。同じように汗をかいていないのを見るとやっぱり凄いんだなって思う

 

『朝比奈さんも凄いわね!何か運動でも?』

 

『ううん。助っ人でちょっとぐらい…けど日野森さんは楽勝って感じだね』

 

終わった後も一切ブレていない息。むしろ楽勝って感じの日野森さん

周りの中でまだまだ大丈夫そうなのは私たちぐらいだから自然と話す相手は日野森さんと、になってしまう

 

『アイドル…というより世の中割と体力が資本なところあるからかしらね~』

 

『あはは。日野森さんは大変だね』

 

なんだかやけに実感がこもった日野森さんの言葉はこの際置いておこう

やっぱり既に世間に出ている人の言葉は妙な重みがあるんだなとは思うけど

 

『…大変なのは、みんな違うから。比べるものではないわ……朝比奈さんも頑張っているのよ?』

 

…………それは、いったいどういう意味なのだろうか

日野森さんのまるでアパタイトのような鈍く光を反射する瞳はまるで宝石のようにただこちらをなんの意思もなく見つめている。まるで私の【これ】を見透かしているかのようなそんな底知れぬ恐ろしさに思考が止まる。

 

『ぁ…………』

 

彼女は、朝比奈さんは私の何を見ているのだろうか。私に何を思っているのだろうか

好意も、悪意も、果てにはまるで興味のないような、それでいて言葉にはどこまでも温もりが乗っているその差異に私の喉は乾いてしまったかのように唾を飲み込む音がやけに響いてる気がして

 

『あら、いけない!次が始まるみたい、行きましょう?』

 

『…………うん。そうだね!』

 

だけどそう見えたのは一瞬で、すぐに日野森さんは姿勢を変える。

…勘違いだったのだろうか。さっきのようなただ視ている様な視線はどこにもなく楽し気にあどけなく微笑んでいるその顔に私は気のせいだったかとさっきまでの思考を追い出すことにした

 

気のせいだったのだ。

日野森さんのどこか似ているような姿も、そんな()()()()()()()()()()も。

……私たちはただ同じ部活に偶然、入部希望をしに来た同級生ただそれだけなのだ

 

『次はこのゴム弓で射法を練習してみようか!さっき────』

 

部長さんの説明の後にゴムが張られた短い弓幹で出来たものを配られる

これで射法についての練習をするのだろう。足を開き、膝と腰に手を当て、静かに弦を引き…

 

『『……………………』』

 

全身で力と体幹を維持するように………心を無にする。

全て、すべて、総て、黒くモヤモヤするこれも捨てて……いま

 

『わ!凄い!ふたりとも残心までかんぺき!!』

 

やっぱりまた最後まで形になっていたのは私たち二人だった

私はやり方に部長の言っていたことを思い出したりしたけど日野森さんもそうなんだろうか。相も変わらず涼しい顔をしているのを見ると日野森さんってとっても努力家なんだなって、普段の学生生活にアイドル、そして新しいことを始めようとするのは並大抵ではできないだろうから

 

『すご……()()()()()()()()()()()

 

『ね。…()()()()()()()()()()

 

だけど………ああ。なんだろう、これ

とっても嫌な言葉だと思った。どうしてだか分からないけど、とっても胸の中がモヤモヤするようなそんな気分。私に言われているわけではないのにもう私は慣れたはずなのに、何故かその言葉は何度も何度も私の中を刺してくるようなそんな衝撃。

 

チラリと反射的に言われた日野森さんの顔を見て私は喉の奥から漏れる音を噛み殺せなかった

 

『……………………』

 

だって、その目を私は良く知っていたから。そうそれはまるで

 

 

鏡を見ている様な気がしたから─────

 

 

 

 

朝、学校に着けばそこにはもう既に彼女はいた。

日野森さん。アイドルとして日々多忙な生活を送っているし放課後の練習にも週の半分近くは顔を出せない代わりにと毎朝、朝早くから朝練として来て武道場や器具を奇麗にしているのを知っている。…本当にすごいなと思う、だって私だってクラスの朝一番ぐらいなのにそれよりも早いのはやっぱり日野森さんの頑張りがあると思うから

 

持ってきた弓道着に着替えて道場の扉から微かに開いている中を見る

そこには毎朝変わらなく正座をしながら弓を手入れしている日野森さんの姿。一本の芯が立ったまま決してブレることのないその姿はまるで日野森さんの几帳面さを表しているかのような後ろ姿

 

「おはようございます」

 

「……あら!おはよう!今日も早いわね朝比奈さん」

 

私が入ってきたと同時に日野森さんは壁に掛けてある時計を一瞬チラッと見る。時間を確認したのだろう、いつからここに日野森さんがいるかは分からないが、ここまで床を磨き上げてさらには手入れまで始めているのを見るに相当早く来ているのではないかなと訝しむ

 

しかもそれを毎日だ。

幾ら放課後には来れないとはいえ、それを皆も分かっているし承知の上だ。だからこそ代わりに朝に来て全部やっていこう…となるのは流石の私でも些か頑張りすぎではないのかと思うのだ。…私はよく分からないから良いとしてもきっと日野森さんはアイドルもあるしその疲労は比べられるものではない

 

「うん。…けど日野森さんも少し休みなよ?」

 

「あはは。ありがとう!けど大丈夫よ!」

 

朝早いことを心配してもこの毎日変わらない微笑みで返される。

眠りが浅いのか、と聞いたこともある。だけど日野森さんは決まって早くに目が覚めるだけと言う…ショートスリーパーなのだろうか?確かに注意深くその顔を見て見ても化粧でクマを隠したりしている様子はない

 

「…朝比奈さんも早いわよね。キチンと休めてる?大丈夫?」

 

「うん。大丈夫だよ、ありがとう」

 

私は部活動に打ち込むために早くに家を出ることをお母さんに許されている

お陰でこうして日野森さんと毎朝何気ない話をしながら練習に勤しめるから全然この生活は悪くない。最近は少しだけ胸が温かくなった人と一緒に作曲を始めたこともあるおかげか寝る時間は減ったけど誤差の範囲だ

 

心配そうに見つめる日野森さんの視線が少しくすぐったくて目を逸らしたくなるけど目を逸らしたら最後、近くに顔を寄せてきた日野森さんにあれやこれやと丸め込まれてホームルームが始まるまで着替え室にあるベンチで膝枕されることになる

 

『少し…固いかもしれないけど、どうぞ?』

 

流石に悪いと思ったけど、いつの間にか気が付いたら日野森さんの柔らかい膝の上で意識が遠のいて気が付けばその時間まで経ってしまったことがあるから気を付けないといけない。…少しだけ、本当に少しだけ胸がポカポカしたのは内緒だ。

 

優しい、時のお母さんのようだった、なんて

 

「……なら良かった!朝比奈さんはいつも頑張ってるから、えらいえらいわ」

 

「少し恥ずかしいな……そんなことないよ」

 

隣に立てば少しだけ日野森さんの方が背が高い

偉い、偉いと撫でる手は変わらず少しヒンヤリしているがどこか温かくなる手だった。手が冷たい人は心が温かいという話を聞いたことはあるがよく分からなかった…けど、今は少しだけ分かるような気もする

 

「あら、ごめんなさい……つい、いつものしぃちゃんと同じことをしてしまったわ」

 

もう少しで何かが分かりそうなその手が、本当にもう少しのところで離されてしまう

ぁ、と小さく漏れた私の声の前で少しバツが悪そうに微笑む日野森さんにもう一回なんて言えなくて話はついと言うように日野森さんが口にした日野森さんの妹の話に移る。

 

「しぃちゃんって……あの日野森さんの妹さんの?」

 

「ええ!日野森志歩、かわいいかわいい妹よ」

 

そういえば、と何度か顔を見たことがある。

その子の視線はずっと日野森さんに釘付けで印象的だったから、熱狂的な日野森さんのファンかなと思ったけど手が空いてその子の視線に気が付いた日野森さんがいつもの微笑みより優し気な顔をして近づいて行ってた事を思い出したから

 

どうやらそんな二人の間で私の話題も出たのか、そんな妹さんが会釈して来てくれた事も覚えている

 

「…………そっか、良いお姉ちゃんしているんだね」

 

もはや会釈というよりお辞儀というほど深々と頭を下げて一定距離を保っていた日野森さんに近づいて小さなハイタッチをしてどこかに行ったのも印象深い。それほどまでに妹さんも日野森さんの事を慕っていているのだろう、そこには確かな家族の、姉妹の絆があるように見えて

 

きっと私にもお姉ちゃんか妹がいればふたりみたいな仲が築けたのかな

 

「ええ。だって…………」

 

なんて不毛なことを考えていたその時だった

背を向けて喋っていた日野森さんの空気が変わったのは

 

「『お姉ちゃんだもの』」

 

…なんの変哲もない言葉のはずなのに、私はその言葉に込められた【それ】をよく知っている

自分に言い聞かせるような、自分を無理矢理納得させるような…心が冷え切ってしまって、自分で自分を忘れてしまいそうになったあの日の味を噛み締めて、飲み込んで理解した時の、こえ

 

「………………ぇ?」

 

さっきまで楽しそうに、嬉しそうに妹さんの事を話していたのと同じ話だというのにどうして、そんな声で自分を姉と言ったのだろうか?…今だけは、今だけは私もどうか聞き間違いであってほしかった。そんな私のあの日のこえにも似たそんな乾いて、冷たくなって、何も分からないような声色で、どうして

 

「?少し練習しましょうか。どっちが先にする?」

 

日野森さんはいつも通りに微笑んでいるのだろう?

………もしかして、だと思った。そんな事は、と閃いたその答えを否定しようとした

だって…そうならばあまりにも、あんまりじゃないか。今まで私が日野森さんから感じてきた引っかかりや印象が全て本当に私と一緒みたいに

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「うーん、じゃあ私見てるね?」

 

「?分かったわ。じゃあお先に」

 

……見つけ、られるのだろうか。

きっと私よりも多くの世界を見てきた日野森さんが私と同じでそして今も一緒なら、どこにいても見つけられないのなら私は、ううん。私たちはどこにまで消えていけば良いのだろうか。

 

「……………………」

 

目の前で矢を番える日野森さんのその手に迷いはない。

そして全て、すべて、総て、黒くモヤモヤするせんぶを捨てて……いま

 

「……お見事」

 

真っすぐ的に突き刺さり、そこに残されたのは────

 

「……………………」

 

─────私と同じ、目をしたあなたが立っていたのだから

 






キズナランクUP!

【その手に番えたぬくもり】
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