華喰蟲よ、樒の葉を食め   作:夜雫の夢

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第五話 オープニング

 

■■■■様 みもとに

 セカイにて 日野森雫より

 

こうして手紙を書くなんて一体いつぶりでしょうか。

ゲームの世界に行きたいなんてオマエの気もち、よくわかっていたよ。

 

そっちの生活はつまらない。

 

毎日同じ時間に起きて、寝ぼけた眼を擦りながら満員列車に揺られて小一時間。仕事場に付けば毎朝顔を見合わせる役職だけは高い男に詰られて。後輩からはまるで裏切り者だと言わんばかりに睨まれる。コンクリートという土から生まれて、真黒い、醜い土くれのように老いて土の中に帰るだけ……。

 

本当ね。同情するわ。

 

ですけどもこっち側に来るのは駄目よ。他の世界は私知らないけどこの世界だけは本当にダメよ。

そっちの世界なんかよりもモットモットつまらない、そしてモットモット恐ろしいイヤな場所よ。

こっちの世界で運命ダトカ憧れなんてものは、往来に散らかっている紙クズよりもズットズット安っぽいものなのよ。『日野森雫』になって、毎日実感しているわ

早い話が、そちらの世界だと明日何が起きるか分からないでしょう?都合よく行くと運がいい一日になるかもしれないでしょう。

だけどこっちの世界は、そんなモノ最初から諦めていかないといけないのです。全てが薄っぺらく見える中で0と1の集合体に過ぎない事を頭に置いておきながら精巧に、緻密に描かれる絵が第一話から第二十話までの物語に従って操り人形のように、道化のように『キャラクター』になり切るのです。その馬鹿馬鹿しい息苦しさったらないのですよ

 

そうして、そればっかりじゃないのよ

 

私のご存じの通りに手紙を書くほど仲が良かったオマエの名前も、■を生んで育ててくれた両親の顔も、そして自分だったはずの顔もなにも思い出せないんですからね。孝行をしたかったはずの親も、また飲みに行こうと言ってくれたオマエもいないんですからね。つまらないわ。毎日毎日自分の顔とは思えないモノを鏡越しに見つめて、自分とは到底思えない体で、『日野森雫』らしい振る舞いをして命がけで踊っている様なもんよ。明日がもっといい日になるという青の少女も、アイドルという生き方をする桃の少女も、いつか必ず出会う花の少女のことを考えるたびに心が淋しくて、悲しくて、つまらなくなるよ。いっそ何もかも投げ出して、この舞台も、私も世界も全部めちゃくちゃになってしまえばいいと、ソンナ事ばっかし考えさせられる毎日よ

 

……長くなってしまったわね。けど書いて少しすっきりしたわ

きっと届くはずがないけど、これを燃やした煙が代わりに成ればきっと■も成仏すると思いますの

 

 

 

 

そもそも私の所属するクラスは既に働いている様な子がほとんどで、それだけにキチンと授業に出席しているだけで優等生とみられることが大きい。そういう意味では居心地は良い方なのだろう、生憎と仕事が重なったせいで参加できなかった美化委員についても後に纏めたものを用意してくれている。今回はどうやら後輩である一年生の望月さんが教えてくれた

 

『友人』とも仲良さそうで、普通の高校生活を楽しんでいるなと思う。

……果たしてこれは【シナリオ】を知っている私が言ったら皮肉になるのだろうか?そういう意図は、全くこれっぽっちも無いからそう受け取られると少し困るなんて誰に弁解するのか分からないまま教室を通り過ぎる

 

「あれっ!?しずくおねえさん!?」

 

「あら。咲希ちゃん!お久しぶりね!」

 

その時だった。場所の関係上、一年生のところを通って教室に戻ろうとしたら目の前から見覚えのある顔に呼び止められる。その子の名前は『天馬咲希』…私からすれば『天馬司』の妹と言った方が関係性が分かりやすいだろうか?昔何度か顔を合わせて遊んだことのある区分に分けるのなら古なじみの少女

 

身体が弱く、最近まで入院していたはずがよくなったと風の噂で聞いたことがある

…そういえば【シナリオ】の始まりのひとつに『天馬咲希』が学校に復帰するところからのモノがあったはず。なるほどこちらはさしずめ第一話と言うべきか、Leo/needの『メインストーリー』の始まりだろう

 

「遅れてごめんなさいね。退院おめでとう!咲希ちゃん」

 

「!えへへ。ありがとう!ございます!」

 

登場キャラクターは『星乃一歌』、『天馬咲希』『日野森志歩』『望月穂波』だったか。所謂幼馴染グループというもので『メインストーリー』が進行していく。想いの導き手、セカイの案内人、世界中のクリエイターが想いを託すバーチャルシンガー初音ミクと共に…それはどの【シナリオ】でも同じだったか

 

顔と顔を見合わせて互い違いに頭を下げる。しかし長い事顔を見合わせていなかったせいか大きくなったな、みたいな感想を覚える。病室で会った時には何処か儚げな様子とは遠く今を楽しむ女子高生、みたいな雰囲気を目の前の少女からは感じる

 

「……あのそれで、しずくおね…先輩」

 

「?どうしたの?」

 

「しほちゃん、ってどこにいますか?」

 

『日野森雫』なら間違いなく愛おしい妹の場所を伝えるだろう。何故なら目の前に立つ少女と志歩は幼馴染という事でよく知っている相手だから。だけど【シナリオ】故に知っている私からすれば、ここで伝える意味も価値もない。

 

何故なら『このメインストーリー』内で『日野森雫』は『日野森志歩の姉』でしかないから

皮肉なものだ。知りすぎているが故に動くことも足踏んでしまうなんて

 

「咲希~、って雫先輩!?」

 

「あら、一歌ちゃんも!勢ぞろいね!」

 

そうしていると更にその後ろからまた一人の少女が現れる

多分その顔を知っている人は多いだろう、アプリアイコンの顔として名実ともに『主人公』として知られている少女その名前も『星乃一歌』と言った。『天馬咲希』と幼馴染且つ、同じクラスに所属しているからか探しにやってきたのだろう

 

「あ……久しぶりです。雫さん」

 

「ええ、一歌ちゃんも元気そうでよかったわ!」

 

どこかぎこちない様子に、幼馴染の姉となると距離感はこの程度だろう

関わりがあったかと言えば本当に幼い時以来のため、かれこれ5年近くは経っている事になる。時間が経つのが早いのかはたまた私の感覚が早いのか…そういえば人は老いが進めば時間の進行が早く感じるようになるという法則があったはずだ。なるほど、それに当て嵌めるのなら、目の前のこの子たちの3倍近くの速さで私の時間は加速している様に感じるというわけか

 

「……え、っと」

 

「少し委員会の事でね。この辺り通ったの、元気そうでよかったわ!」

 

「しずく先輩も、元気そうでよかった~!」

 

この学校は、というよりどこの学校も学年によって階層が分けられている。教室ともなればわざわざ用事が無ければ近づかないようなところを歩いている私の方がおかしいのは当たり前だ。副教科などの教室は階層関係ないとはいえこれならまだショートカットせずに回り道した方が良かったかもしれない

急がば回れとはよく言ったものだ

 

「そうね…中々会いに行けなくてごめんなさいね」

 

「ううん。しずく先輩が会いに来てくれる時、いつも面白い話をしてくれたからとっても楽しみだったんだよ~!!」

 

一応、何度か『天馬咲希』へのお見舞いはしたことがある。とは言ってもロケや遠征で近くまで行った時に時間があればでしか行けなかったからあまり多くお見舞いに行けなかった。それだけに少し罪悪感がある、独りぼっちは寂しいから

 

例え、幾ら未来で貴女は体が癒え幼馴染と一緒に青春を送れるようになります

だからここで孤独になるのは必要経費です。なんてそれこそ未来を【シナリオ】と認識している様な()()()()()()()()()()()であっても言うにも憚れるだろう

 

「それならよかったわ…!改めて、おめでとう。今度は一緒にお茶でも行きましょうね」

 

「いいの!?約束だよ!しずく先輩」

 

だからあの日の私は良くなったら、という仮定の話で約束をするしかなかった。

オシャレなカフェ、景色がきれいな場所、お腹一杯に食べれる場所。いつか行きたいなと言っていた場所のことを覚えていると、小指と小指を結んで約束する

 

「それじゃ、授業だから戻るわね」

 

「はーい!またね、しずく先輩!」

 

そうしているとどうやら時間は結構経っていたようで、後数分で次の授業のチャイムが鳴る。既に次の授業の用意は机の上に置いてきているから良いけど後輩である2人の邪魔をするわけにはいかないだろうと背を向けたその時だった、今まで会話を横で聞いていたはずの一歌ちゃんが私の背中を呼び止めたのは

 

「…………あ、あの!」

 

どこか居心地悪そう…例えるのなら共通の友達の会話を前にしていたような顔をしていたからおそらくここで話すことはないだろうなと思っていたのに予想が外れた。と背後を振り向く。何か言いたげな、けど言うのやめようか…けど、みたいな迷っている顔

 

「一歌ちゃん?」

 

「…いっちゃん?」

 

私と声が被って一歌ちゃんの名前を呼ぶ。その声になにか覚悟を決めたのだろう、真っ直ぐと私を見上げる視線に宿る強さや光は確かに彼女を『主人公』たらしめる強さがある。それは確かにスポットライトが当たるに相応しい姿で、それだけに私は──

 

「あまり、…無理、しないでくださいね」

 

「…………ええ!ありがとう!」

 

……単なる、心配なのだろうか

その言葉の意味を察するには『星乃一歌』との距離が遠く、そしてそのまま受け取るにはあまりにも私の瑕疵が多すぎた。文系とは思っているがその実は理数を学ぶことを放棄していただけであって、国語が得意なわけではないみたいな間違っているのに、何故間違っているかの解が出てこないような

 

けど心配されたからには返す言葉は一つだけだと頭を下げて立ち去る

そうして歩き始めれば私の正体に気が付いた人がいるのだろう。小さく噂する人に軽く手だけ振って足早に歩き去る、生憎と嘲笑われそうだが私は私の知名度とネームバリューを理解している。そして私の行動がどれほど多くの波紋になるのかも…所謂、尊大な羞恥心と臆病な自尊心というやつだ

野を駆ける虎になれば、私は私をやめられるのだろうか?

 

「遅かったわね」

 

「ええ、ちょっとね」

 

教室に戻ればいつも通りの歯が欠けたような席の空に疎らに座るクラスメイトの姿。この前の席替えで近くの席になった愛莉が顔だけ動かしてこちらを見ている。既に授業に必要な教科書とノート、そして辞書を出して椅子に背筋を立てて座っている姿は私も見習わないといけない

 

「あ。そういえば雫、今日放課後暇?」

 

「今日はしぃちゃんとお茶する予定があるから……なんで?」

 

席に腰を下ろし机の中から教科書を探し始めたころ、横からいつもような気安さで愛莉が話しかけてくる。今日は私も珍しく仕事がない日という事も知っていたのだろう…だが残念ながら放課後の時間は先着順だ、勿論仕事があればそれが一番だけど

 

予定は立てれば立てるほど面倒になる現象は一体何だろうか

前以って行動しなさいとは前も今もよく聞くけど、結局のところいきあたりばったりで何とかなる現状さんに問題があると思う。え?それは問題を後回しにしているからだろって?半分は当たっているわね。耳が痛いわ

 

「いえ。ちょっと雫に聞きたいことがあったから、別日でもいいわよ」

 

「……急ぎなら、三十分ぐらい待ってもらうけど」

 

なんて考えていたら深刻そうに黙り込む愛莉の姿。こういう時は早めに聞いておかなければ余計に被害が拡大することをよく知っていた。とは言え…ああ、そうか。思えば長いモラトリアムを過ごした気分だった様な、緞帳の前で観客席に鈍く低く響くブザー音を聞いているかのような、そんな気分だ

 

「そうね。……いえ、ならちょっと時間貰っていい?」

 

「ええ!愛莉ちゃんなら喜んで!」

 

文字にするのなら浮き立つようなそんな気持ち、だろうか?

『日野森雫』が、『日野森雫』になるんだ。これほどまでに待ち遠しく、そして目指す先だったのは間違いない。…ね。『桃井愛莉』、私は『日野森雫』。一緒にこの舞台を最期まで奇麗に踊りましょうね

 

 

授業は終わり、時間は進む。

今日は特に時間が過ぎるのが早い気がする。やはりこの後に『第一話』が待っていると思えば、ソワソワしているのだろうか。授業にも集中できなかったから後でノート見直さないと

 

「それで愛莉ちゃん、聞きたい事って?」

 

「少しここで話すのはあれだから。…移動しない?」

 

「いいわよ!どこにするの?」

 

今日の授業の終わりのチャイムが鳴り響き、学生ならきっと誰もが待ち望んでいたであろう放課後の時間。既に足早に教室を立ち去る者もいれば、この後の部活動の準備をしている者もいる。基本的に私は前者だけど今日は予定があるからとゆっくり片付けながら横に顔を向ける

 

「今の時間なら屋上が開いてるでしょ。いい?」

 

「ええ。いいわよ!」

 

静かに並びながら歩き出す。こうして誰かと横並びになって歩くことは滅多にないから今ようやく気が付いたけど愛莉って思っていたより小柄な子なんだなと二人で他愛のない話をしながら進む。次第にその雑談は仕事の話になって、そして口数が少なくなり…

 

「……雫。わたし、昔の後輩から聞いたのよ」

 

階段の向こう。青空の下、憎々しい程透き通った空の下でようやく愛莉は本題に切り出す

赤色の瞳。開く口から見える八重歯、そしてフェンスで隠されたこの場所、まるで全てが引き伸ばされるような俯瞰していく私の世界とは裏腹に舞台は進む。始まろうと、ブザーが鳴り響く

 

「アンタがメンバーと上手くいってないとか、移籍するとか変なうわさが立ってるってこと」

 

───舞台の幕が開きます。あなたはその『観客』です。さぁ、みなさん盛大な拍手と、喝采でお出迎えください

 

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