とりあえず思いついたので突貫工事です
希望が多ければ続くかも?
意識の最後にあるのは、どうしようもなく惨めな「冷たさ」だった。
禪院直哉は、血の海の中で喘いでいた。
腹を裂かれた。あの「出来損ない」の真希に。
かつて見下し、嘲笑い、踏みつけてきたはずの「呪力を持たない女」に。
その屈辱だけで、内臓が焼け付くようだった。這いずる指先は、慣れ親しんだはずの禪院家の畳を赤く汚し、もはや「投射呪法」を起動させるための神経すら、ズタズタに断ち切られていた。
(……なんで、僕が。なんで、この僕が……!)
思考の解像度が落ちていく。
目の前に現れたのは、母だった。
呪力も持たず、ただ当主の影に隠れて生きてきた、無能な、何の価値もないはずの女。
その女が、震える手で包丁を握り、自分の背中に突き立てた。
(……あ、……ぁ……)
声にならない絶叫が喉に詰まる。
自分を殺したのは、特級呪霊でも、最強の術師でもない。
自分が「猿」と呼び、存在価値すら認めていなかった、名もなき弱者たちの手だった。
それが、禪院直哉という男の「格」に付けられた、最後にして最大の泥だった。
(……許さへん。絶対、許さへんぞ。……次は、……次は絶対に……全員、僕の足元に……)
視界が完全に爆ぜ、暗転する。
死の瞬間、彼が抱いたのは後悔でも贖罪でもなかった。
ただ、純粋で、どす黒い「復讐心」と、折れることのない「選民意識」だけだった。
「……ッ、はぁ!」
跳ね起きると同時に、直哉は自分の喉を掴んだ。
刺されたはずの背中に痛みはない。腹の傷も消えている。
だが、代わりに全身を襲ったのは、これまでに経験したことのない「重さ」だった。
「……なんや、これ。身体が、動かん……」
いや、正確には動いている。だが、あまりにも遅い。
神経を研ぎ澄ませ、一秒を二十四分割しようとしても、脳が空回りする。
体内に澱のように溜まっていたはずの「呪力」が、一滴も残っていない。
まるで、真っ白な紙に塗り潰されたかのように、術師としての本能が消去されていた。
「……ハッ、夢か? 悪い夢でも見とるんか、僕は」
直哉は周囲を見渡した。
そこは、不気味なほど静まり返った教室だった。
窓は重厚な鉄板で塞がれ、ボルトで固く締め付けられている。
監視カメラが、まるで生き物のようにこちらを見下ろしていた。
「……悪趣味な部屋やな。甚爾くんの隠れ家か? いや、あいつはこんな小綺麗な真似はせん。……サトルくんの悪戯か?」
直哉はふらつく足取りで立ち上がり、黒板の前に置かれた一台のカメラを睨みつけた。
その時、教室の扉が勢いよく開いた。
「あ、起きたんだね! よかった、君も閉じ込められてたみたいだけど……」
現れたのは、どこにでもいそうな、あまりにも「平凡」な少年だった。
直哉の目が、鋭く細められる。
「……誰や、お前。どこの門下や」
「え? モンカ? ……あ、自己紹介が遅れたね。僕は苗木誠。希望ヶ峰学園の新入生……だと思うんだけど。君も、そうだよね?」
直哉は、苗木という少年を頭のてっぺんから足の先まで、値踏みするように眺めた。
そして、吐き捨てるように言った。
「苗木……? 苗木誠。……ハハッ、冗談やろ。名前からして『モブ』やん。呪力もない、術式も持ってへん、ただの『猿』が、なんで僕に話しかけとるん?」
「さ、猿……!? 君、さっきから何を言ってるんだい? 呪力って……もしかして、混乱してるの?」
「混乱しとるんは、お前のそのツラや。……触んなや、ドブネズミ。お前のその安い体臭が、僕の着物に感染(うつ)るわ」
苗木の手を烈火のごとく振り払う。
直哉は、自分の胸元に違和感を覚えた。
そこには、見慣れない電子端末――「電子生徒手帳」があった。
> **名前:禪院直哉**
> **才能:超高校級の「???」**
「……超高校級? なんや、その安っぽい肩書き。僕を括るなら『超高校級の当主』か『超高校級の神童』やろ。……それより、鏡はどこや。この僕の顔が、汚れとらんか確認せなあかん」
苗木は、直哉のあまりの傍若無人ぶりに言葉を失っていた。
だが、直哉の頭脳は既にフル回転していた。
(呪力がない。術式が使えん。身体能力も一般人並み。……けど、僕は死んでへん。ここはあの「畳の上」やない。……なら、ええわ。力がなかろうが、僕が『僕』であることに変わりはない。この『猿の檻』で、誰が王か、教えてやるだけや)
体育館へ向かう廊下。
直哉は、苗木を三歩後ろに歩かせようとしたが、苗木が並ぼうとするたびに「下がれ、不愉快や」と一喝した。
体育館の重い扉を開くと、そこには既に14人の「超高校級」たちが集まっていた。
「おっ、また一人増えたな! これで全員か?」
声をかけてきたのは、ドレッドヘアの男――**桑田怜恩**だった。
直哉は桑田を一瞥し、鼻で笑った。
「……なんや、その頭。鳥の巣か? 整理整頓もできん猿が、僕に口を利くな。お前のそのチャラついた格好、見てるだけで目が腐るわ」
「あぁん!? なんだよお前、いきなり喧嘩売ってんのか!?」
「喧嘩? 滅相もない。僕はただ、『事実』を言うとるだけや。格上の人間に話しかける時は、まず這いつくばって、床の汚れを舐めてからにするんやな」
「て、テメェ……!」
桑田が殴りかかろうとした瞬間、その間に割って入ったのは、筋骨隆々の巨漢だった。
「よせ、桑田。今は争っている場合ではない。……君、言葉が過ぎるぞ。私は石丸清多夏。この学園の風紀を守る者だ。初対面の相手にそのような暴言、断じて許せん!」
「……ヒゲ。声がデカいねん。お前のその熱血漢のツラ、いかにも『才能の限界に必死に抗う凡夫』って感じで、見てて哀れやわ。努力すれば僕に追いつけると思うてるんか? 無理やで。生まれた瞬間に、お前と僕の『序列』は決まっとるんや」
「じょ、序列だと……!? 貴様、希望ヶ峰学園の精神を何だと思っているんだ!」
石丸が顔を真っ赤にして叫ぶが、直哉は欠伸をしながら、周囲の女性陣に目を向けた。
「……ハッ、女も多いな。
おい、そこのデカい女。大神とか言うたか。お前、女の自覚あるんか? その体、三歩後ろを歩くどころか、僕の視界を全部塞いどるやん。存在が公害や。
それから、そこのドリル髪(セレス)。人形みたいな格好して、何がお望みや? 貴族の真似事か? 偽物が本物の僕の前に立つな。不敬や。
あ、そこのアイドル(舞園)。……お前は、まぁマシな顔しとるな。けど、目が死んどる。僕の靴でも磨くなら、末席に置いたってもええで」
体育館に、冷たい空気が流れる。
希望ヶ峰学園に集まった「選ばれし才能」たちが、一人の男の暴言によって、瞬時に「敵」へと変えられていく。
だが、その視線の暴力に唯一耐え、むしろ愉しげに観察している男がいた。
「……面白いな。血筋と格、か。この絶望的な状況で、まだそんな前時代の遺物に固執している男がいるとは」
**十神白夜**だった。
彼は腕を組み、直哉を冷徹に見据えた。
「禪院と言ったか。お前の言う『格』がどれほどのものか知らんが、ここではそんなものは何の役にも立たない。必要なのは、この状況を支配する知略と、生き残るための冷酷さだ」
「十神。……成金のガキが、一丁前に悟ったような口を利くな。お前の言う『知略』なんてのはな、結局は弱者の生存戦略や。僕みたいな『選ばれし者』には、そんな小細工はいらん。……僕がそこに座れば、そこが玉座になる。それだけの話や。……お前、自分の名前が歴史に残ると思うとんのか? 甘いわ。お前はただ、僕の物語の『肥やし』になるだけの端役や」
二人の視線がぶつかり、火花が散る。
まさにその時、檀上のスピーカーから不快なノイズが響いた。
「うぷぷぷ……。盛り上がってるねぇ! 血筋だの格だの、ボク、そういうの大好物だよ!」
現れたのは、白と黒の奇妙なぬいぐるみ――**モノクマ**だった。
「お前らにはこれから、この学園で一生暮らしてもらいます!
外に出たければ、他の誰かを殺すこと!
バレずに殺しきれば卒業! 裁判でバレちゃえばオシオキ!
さぁ、コロシアイ学園生活の始まりだっクマ!」
モノクマの宣言に、体育館は絶叫と混沌に包まれた。
「ふざけるな!」「ここから出せ!」
喚き散らす生徒たちの中で、直哉だけは、肩を震わせて笑っていた。
「……ハハッ。ハハハハハハ!!」
「な、何がおかしいんだよ! 殺し合いなんだぞ!」
葉隠康比呂が、ガタガタと震えながら直哉を指差す。
「おかしいやろ、これが。……最高やんか。
ええか、よう聞け。僕はさっき、呪力を失った。……正直、ちょっとだけ退屈するかなと思てたんや。
けど、クマ公。お前、ええこと言うたな。
『殺し合い』や。……それは、最も効率的な『選別』やないか。
才能のないゴミ、血筋の悪い猿、声のデカいだけのモブ。
そんな奴らが、同じ『高校生』という看板背負って、仲良う暮らす? 反吐が出るわ。
そんな不自然な状態、今すぐぶっ壊すべきや」
直哉は、モノクマの前に一歩踏み出し、周囲をぐるりと見渡した。
その瞳には、殺意よりも深い、圧倒的な「侮蔑」が宿っていた。
「お前ら、自分が『超高校級』やなんて自惚れとるみたいやけど、僕から見ればただの『実験用のネズミ』や。
誰が最初に死ぬか。誰が一番惨めに泣き叫ぶか。
それを特等席で見物してやるわ。
……あぁ、けど安心せえ。僕を殺せる器はこの中にはおらん。
僕を殺したいなら、せめて人間を辞めてから来い。
……苗木、お前。さっきから漏れそうなくらい震えとるけど、大丈夫か?
お前みたいな弱者が、一番最初にドブに沈むんや。……その瞬間、僕が笑うてやるから、精一杯惨めに死ねや」
「……禪院くん。君は、間違ってる」
苗木が、小さく、しかし確かな意志を持って答えた。
「間違っとる? ハッ、お前みたいな『猿』の物差しで僕を測るな。
真実を決めるんは、いつだって『格上』の僕や。
……さぁ、始めようや。ドブネズミの選別を。
この学園を、僕の『庭』に作り替えてやるわ」
直哉は翻り、体育館を後にした。
彼の背中は、呪力を持たない一般人のものだったが、そこから放たれる「呪い」の気配は、どの超高校級の才能よりも禍々しく、学園全体を侵食し始めていた。
それからの数日間、直哉は徹底して「王」として振る舞った。
食堂の席は一番良い場所を陣取り、提供される食事には「味が薄い」「盛り付けが汚い」と文句をつけ、朝日奈や不二咲といった大人しい生徒を言葉の暴力で追い詰めた。
「不二咲。……お前、なんでそんなにオドオドしとるん?
そんなに自分が無価値やと思うんなら、今すぐその辺の壁に頭ぶつけて消えてまえ。
お前の存在自体が、僕の視界の『ノイズ』やねん。
……泣くなや。汚い。女の涙は武器になるけど、お前みたいな中途半端なもんが泣いても、ただの排水溝の詰まりや」
「……ひっ、ご、ごめんなさい……ううっ……」
「……禪院。貴様、これ以上不二咲さんを傷つけるなら、俺が相手になるぞ!」
大和田紋土が拳を固めて歩み寄るが、直哉はそれを冷たくあしらう。
「暴力か? 猿らしい短絡的な思考やな。
ええよ、殴れば? けど、僕を殴った瞬間に、お前の『序列』はドブの底に確定する。
力でしか自分を示せん男なんて、禪院家の端女でも務まらん。
……お前、自分の兄貴もそんな野蛮な奴やったんか? 似たもの兄弟やな、きっと」
「……テメェ、今、なんて言った……!!」
大和田の怒りが頂点に達しようとしたその時、モノクマの無情なアナウンスが響く。
「おっはよーございまーす! 朝だよ!
今日も元気にコロシアイ! 昨日の夜は、誰か死んだかなー?」
直哉は、ニヤリと口角を上げた。
「……さぁ、誰が『ゴミ箱』行きになったんかな。
苗木、お前、生きてるか? 確認しに行ったるわ」
こうして、学園生活最初の犠牲者、舞園さやかの死体が発見される。
それは、直哉がこの檻の中で「王」として君臨するための、残酷な祝砲に過ぎなかった。
彼はまだ知らない。
この学園が、単なる「猿の檻」ではなく、彼のプライドすらも粉々に砕く「絶望」の装置であることを。
だが、例え知っていたとしても、禪院直哉は笑っただろう。
「……絶望? ハッ、笑かすな。
僕がおる場所が、常に『頂点』や。
それ以外の真実なんて、この世には存在せえへんのやからな」