みみのこ・ファイト・クラブ スタースパーク   作:牡丹雪花

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第三話 マズルフラッシュ

『──はじめ!』

 みみのこ・ファイト・クラブ、銅バッジ戦トーナメント。

「……ッ!」

 第一試合、紫足場。

 

「負けたー!」

「ふぅ……じゃあ、撮りますね」

「くそー!」

 さっと取り出したカメラに向かってピース。

 倒れ伏し、情けなく口を開けた みみのこ のアホ面を写真に収める。

 

 パシャリ。

「ありがとうございました」

 

 ──今日は調子が良いかもしれない。

 青い足場へ飛び移りながら、ミカは身体の軽さを感じていた。

 今日なら勝てるのかもしれない。

 いいや。

 

 

 今日こそは、勝つ。

 

 

「はいよろしくおねがいしまーす」

 次の足場で待ち構えていたのは、腰に本を携え眼鏡をかけた みみのこ だった。

 ぐるぐると首を回すたび、ピンク色の長すぎる耳が大きすぎる円を描いている。

 

『じゃあ準備できたらこちらへ向かって手を振ってくださーい! ……はい、大丈夫ね。そこも良さそうかな。はい、はーい。よし! じゃあ始めます! お互いに見合って──』

 

「ミカ……さんね。ふーん、あんま見ない耳だな」

 

 ──は?

 それは、ミカの逆鱗に触れた。

 

『礼!』

 

「おねがいしまーす」

 ペコリ、と軽い会釈。

 顔を上げたその みみのこ は、相も変わらず涼しげな表情だった。

 自分の勝利を絶対的に信じているような眼差し。その余裕が見て取れる。

 

「……よろしくおねがいします」

 

 ──その鼻っ柱、へし折ってやる。

 

『かまえて!』

 

 構え。

 ピンクの みみのこ はやや後方へ仰け反り、両手を正面へ構えている。

 恐らくは、それが()()()()()なのだろう。

 そして、ここから予想されるのは『瞬歩』に似た遠間からの居合。

 間違いない。Redと相対している時に似る威圧感。これは、居合使い特有の()

 

 ──なら。

 さらに遠くなるよう足を開いて重心を後ろに。上体を逸らして、耳を傾ける。

 

 合図を待つ。

 

 ──集中、集中、集中……っ。

 

『はじめ!!!』

 

 回──へっ!?

 

 突如として、色が鮮やかさを失った。

 

 領域(ゾーン)

 

 俗に、スポーツなどで極限に集中力が高まり、驚異的なパフォーマンスが発揮できる状態。おそらくは、それに近しい何か。

 瞬時にそれを理解できた事実が、現在の状況を物語っていた。

 

 景色の彩度が低下して、鮮明になった意識とのコントラストで全ての動きが緩慢になる。

 時間の経過が遅い。いや、()()()()()しているのか。

 

 ──これなら……ッ!

 

 どうであれ、やることは変わらない。

 動き始めた勢いに任せて、そのまま回避を試みる。

 ……試みる?

 

 視界には、容赦なく伸びて来る両手。

 スローでグレーな世界でも、その一撃は速く鋭く、圧倒的で。

 

 意識がどれだけすぐに認識しても、どれほど判断が速かろうと。

 体は、それに追いつけなかった。

 ゆるやかでモノクロな景色の中で、成す術なく耳がもがれゆくのを眺める他にない。

 

「ぐ……! うあああああ!!」

 

 

『はい、勝った みみのこ は権利を撮ったら次の足場へ進んでくださーい』

 

 

「ま、負けた……ッ」

 断言する。今日は確実に、調子が良かった。

 それなのに、負けた。

 負けた!!!

 

 パシャリ。

「いえーい、勝ち~!」

 ピンクの みみのこ はピースをしながら自撮りを終えると、早々に次の足場へと飛び去っていった。

 その写真に写る顔には、苦悶の表情が浮かんでいるのだろうか。

 足場に一耳(ひとり)残されて、手のひらを天井へかざす。

 

 相変わらず、何の飾り気も無い地味な天井。

 まるで華やかさもない、鈍い色をした平面。

 

 それが、冷たく見下ろしている。

 

 ──ダメだったんだ、今日も。

 

 ただ冷たく、見下ろしている。

 

 

 両手をぐっ、と握りしめた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 みみのこ・ファイト・クラブ銅バッジ戦、アフター。

 

「……」

 きょろ……きょろ……。ゆら……ゆら……。

「オヤ。ミカさん、今日もリベンジですか?」

 こく……こく。

「ですが残念、Punkのやつなら終わってすぐにどっか行っちゃいましたよ」

 きょろ……きょ

「は?」

 

「や〜残念でしたね。奴は最近終わったらすぐ移動しちゃいますからね~」

「はァ~~~~~~~!?!?」

 

 両目をかっと見開いて、最大限の驚愕を示す。

 ならこの気持ちはどこにぶつければいい。

 どこにぶつければ。どこに──

 

 目の前に、もぎやすそうな耳が生えているじゃないか。

 

「じゃあもうやえさんでいいです。戦ってください」

 

「げっ、しまった」

 やらかした、とばかりにぎょっとした顔をする八重桜。が、その程度で見逃してくれるようなミカではない。

 

 何せ。

 

「今日は勝ってましたよね? あたし、やえさんが優勝してるとこ初めて見ました」

 

 優勝。

 

 壇上で一耳(ひとり)、喝采を浴びる。

 輝かしくて、誇らしくて、満たされることだろう。

 だからいつも、羨ましくて悔しくて──眩しかった。

 

 そこへ、自分も立ちたい。

 その光と音を、この身に浴びたかった。

 

「んなっ……まあ確かに、随分久しぶりに勝った気がしますが。これでやっと、二個目なので」

 けれど、今日のそれは八重桜だった。それだけでも、この無念をぶつけるだけの理由はある。

 

「なんでも、脚に見惚れていたとかなんとやらでしたが……まあ勝ちは勝ちでしょう!」

 言って、淡い水色のサマードレスをふわりと揺らす八重桜。髪型も普段のハーフアップとは違い、大きなローツインにしている。

「そういえば、今日はいつもと違う服なんですね」

「いいでしょう~♪ バトル用のつもりじゃなかったけど、せっかく戦えるようにも調整したワケだしたまにはね~! あ。そうか、ジンクス……」

「……ジンクス、ですか」

「ええ! 新しいと気合いが入りますよ」

 ぐっと両手を握って笑って見せる。たれ目の笑顔が印象的だった。

 

「よっ、やえさんミカさん」

 ひょこ、と。現れたのは黒い みみのこ。

「お、メビウスさん。どうも~」

 

「これからヒエンにキルバッジ挑みに行くんだけど、もしよければレフェリーをお願いしてもいいかな」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「では挑戦者メビウスの申し出により、ヒエンキルバッジ戦を始めさせていただきます! レフェリーはわたくし、八重桜が執り行います」

 

 ヒエンキルバッジ。

 メビウスにとってはこれで何度目になるのだろうか。

 

 ヒエンキルバッジは、日を跨げば何度でも挑戦できる。

 何度でも、負けることができる。

 10回負けたって100回負けたって、たとえ1000回負けたって。1001回目に勝てばいい。

 幾つもの敗北の中で、頑張って学んで工夫して。その敗北を足元へ積み上げていけば、いつかは手が届く。

 

 いくらだって勝利を目指して挑戦する。

 それもまた、ヒエンがキルバッジに込めた想いであった。

 

「お互いに見合って、礼!」

 

「”響銃”メビウス、いくぞ……!」

「”焔翼”のヒエン、受けて立つ!」

 

 

「「いざ勝負!」」

 

 

「かまえて!」

 

 ヒエンキルバッジ一戦目。

 メビウスが選択した型は『居合』であった。

 

 両者構え。耳が揺れ動く。

 ヒエンは左足を大きく後ろへ引き、半身になって両手を構える。

 そこから前に出している足にかかる体重を抜き、すり足で滑るように一気に踏み込むワザ。ヒエンはこれを『縮地』と呼び、多くのワザに応用している。

 十六夜の『瞬歩』から独自に発展させた、抜重により加速するための歩法。ヒエンにとっては基本となるワザである。

 

 一方のメビウスは、両手を前に伸ばし、()()()()()()()()。トラッキング方式の都合上、その佇まいからは足捌きまでは掴めない。けれど、『居合』を放ってくるであろうことはその気迫から感じ取ることができた。

 

 同程度の実力者による、『居合』同士の対決。

 それは、多くの場合に──

 

「はじめ!!」

 

 一閃。

 互いに必殺の一撃が交差する。

 

 落ちた耳は四本。

 両名、相打ち。

 

 同程度の実力者による、『居合』同士の対決。

 それは、多くの場合に相打ちとなるのが相場である。

 

「相打ち! 仕切り直し」

 みみのこバトルは、基本的に相打ちの場合は仕切り直しである。

 どちらかが勝利するまで、その勝負は何度も繰り返される。

 大会におけるその最長記録は、実に27回。

 第一回みみのこ獲得マッチ──或いは、未みのこ杯とも──におけるそのレコードは、未だ破られたことは無い。

 

「では礼省略。お互い見合って、かまえて!」

 

 両者、構える。

 ヒエンの構えは先程と同様。得意な動きの押し付けは『居合』において特に、定石の一つと言えるだろう。

 一方のメビウスはというと

 

 ──その、()()を見ていた。

 

「はじめ!!」

 

試製(しせい)──」

 

 フルトラッキング。

 それは、VR空間上において全身の動きをアバターへ投影する事を指す。両手両足や胸、腰、首の動きまで。どのようなポーズも自在となる。

 

 当然。身体、足先、その方向も。

 

 まして、抜重による重心移動を用いるならば。それが身体操作である限り、みみのこバトルにおいても同様に。

 相手が相当な武術の達耳(たつじん)でもない限り、多少()()()()て、また相手の()()()()()()()ているなら、その進行方向を看破することも可能だろう。

 それを予測し、進路の先へ居合を放つ……それが『試製四型:焔払い』の正体である。

 

 故に。

 

 居合、一閃。

 橙の両耳が通過する軌道のその先で、メビウスが──

 

「だからッ! 払われた程度で──ッ!?」

 

 ()()()()()

 

二型:(にがた)

 

「なッ、ジャンプ……!?」

 

王笏墜(おうしゃくお)としッ!!」

 

 それは、かの王との戦いのために編み出したワザ。かの王に通用するかは……どうだろうか。

 それでもこのワザは、『焔払い』と同じ構えから繰り出される。

 表と裏。同時に、裏であり表。それは円環の如く表裏一体となる。

 

 

「その名前はッ……ずるい、だろうがァアアアーー!!!」

 

 

「メビウス、一本!」

 

 ヒエンのもげない小さな耳へ、試合の結果が告げられる。

 両手を握って立ち上がり、気合を入れ直す。耳がにょきにょき生えてくる。

 

 一本。先手を取られた。

 ──から、なんだ。

 表へ一戦目の結果を書き込むその背は、まだまだこれからとばかりに燃えている。

 

「次は『回避』で行くぜ」

「望むところ」

 

 『回避』。

 みみのこバトルの型においては、『居合』よりは使用者の少ない型。

 しかし使用者は少なくとも、相手の耳をとにかくもげればよい『居合』と異なり、多種多様な手法が存在するのがこの型の面白いところである。

 

 ある耳は横に、ある耳は後ろに、ある耳は上に。

 またある耳は、地面の下にまで。

 ありとあらゆる避け方が存在し、十(にん)十色千差万別である。

 

「ではヒエンキルバッジ戦、二戦目! 礼省略。お互いに見合って!」

 

 ヒエンの場合はというと。

 

「かまえて! 」

 

 遠く、耳をもたげていた。

 

 こと、相手の目的が分かっているというのは重要な情報アドバンテージだ。

 ヒエンは『回避』の型を選んでいる。

 『居合』のヒエンが、力を攻撃:防御に7:3で分けているとするなら、『回避』の場合は3:7で分けているようなものだ。

 それはつまるところ、生存を意識した動きになるという事を意味する。

 初撃の精度が落ちるか、或いはそもそも初撃を行わない場合すらある。

 

 それが分かっているのならば。

 

 回避のために距離を取っているヒエン同様に、メビウスもまた距離を開く。

 非常に広い、最大限に遠隔の間合い。

 基本的にこの距離から居合を届かせるのは難しい。

 

 だが、それこそが狙いだ。

 

「はじめ!」

 

 相手の初撃が脅威でないならば、こちらもまた二の矢に備えればよい。

 

 半身に構えるヒエン。その()()()()へ大きく踏み込む。

 ヒエンは反応して振り向く。ヒエンなら、反応して振り向いてくる。

 

 そうだ。それが分かっているならば。

 

強行:潜(きょうこう せん)ッ!!」

 

 その反対側へ、滑るように潜り込む。

 視界に広がるのは、燃えるようなスカーフ。完璧な背面取り。

 

 ──ここからッ!

 

 その燃えるスカーフを掻き分けて、同じ色をした両耳をもぎ落とした。

 

「な……っ!?」

 

 倒れ伏すヒエン。

 起き上がり、結果を表へと書き込む。

 

 残り三枠。

 

「おお~。お見事、メビウスさん一本! これにて、『居合』と『回避』を使うヒエンに勝利。よって──」

 

 ヒエンキルバッジ戦、ルール。

 『居合』を用いるヒエンを倒し、『回避』を用いるヒエンを倒した後で。

 

 

 ──『ゼンリョク』のヒエンに勝利を収めること。──

 

 

「ここからは、『ゼンリョク』のヒエンとの勝負となります」

 

 炎が、はためいた。

 ターンをするヒエンを追うように、スカーフの軌跡が円弧を描いて燃え上がる。

 火の粉が舞い、その形状が変化する。

 

 それは、煌々と光を放つ四枚のマント。

 翼のように広がる様子は、まるで不死鳥のようだった。

 

 

 ──『焔の翼(ホムラノツバサ)』。

 

 それは動じない心構え。揺るがぬ決意。

 

 この翼は覚悟の証明。

 この翼が燃える限り──いや、たとえ燃え尽きようとも。

 何度だって、その焼け跡から這い出して、立ち上がり続ける。

 

 それこそが”焔翼”の名の所以にして、そのキルバッジが不死鳥の羽根を模す理由なのだから。

 

「では、ヒエンキルバッジ三戦目参ります。これより、相打ちの場合でも試合数を消費しますのでご注意を……。お互いに、見合って!!」

 

 火の粉が、舞っている。

 先ほどまでとは気合いの入り具合が──文字通り、()()が違う。

 

 けれど、だからこそそれは、メビウスも同じだった。

 ライバルがアツくなる度、心が躍る。強くなっていく程、高揚する。

 

 まだまだ、勝負はここからだ。

 

「かまえて!!」

 

 両者、構え。

 ここから先は、相打ちさえも許されない。

 かといって、意図して相打ちを狙うようなことは、ヒエンはしない。

 だって、それでバッジを守ったってカッコよくないだろう?

 けれどだからこそ、その動きはこれまでよりも読みにくくなる。

 次はどう出る。何をしてくる。

 

 わからないなら、まずは"ゼンリョク"だ!

 

「はじめ!」

 

 一閃。

 両者、全力のぶつかり合い。

 それは互いに、真正面からの最大最速の居合だった。

 

 だから。

 

「相打ちッ!! よって、次は第四試合となります!」

「く、やっぱり正面からは無理か……ッ」

 

 結果が表に書き込まれる。

 残り、二枠。

 

「では、第四試合参ります。お互いに見合って……かまえて!」

 

 メビウスは、見る。よく観察する。

 その構えを、予測される動きを。

 ヒエンの構えは先程と似た構えだった。

 

 どう動いてくる。どう動く?

 同じ構えに見えるなら、同じ動きをしてくるだろうか。全く同じ動きをすれば対策される可能性もある。ヒエンがそれをあえて選ぶだろうか。ヒエンもまた、同じ構えから派生して別のワザを繰り出すことだってできる。

 どう動く。決めろ。

 

 ──決めろ!

 

「はじめ!!」

 

 

 ──ッ!

 

 

「ヒエン、一本!」

 どう動いたか。覚えていない。

 必死だった、きっと。

 

 焦燥。

 

 みみのこバトルはメンタル勝負。

 迷えば、敗れる。

 

「ではヒエンキルバッジ最終試合、参ります! 勝っても負けても相打ちでも、これで決着となります。さあお互いに見合って!」

 もう、後が無い。

 

 その背をずっと追いかけてきた。

 燃える翼を宿す、その背中を。

 ──全く、ヒエンのやつ。こんなにカッコいい みみのこ になりやがって。

 

 なかなか追いつけなかった。タイマンよりもバトロワの方が好きだった。得意だった。

 でもそんなのは理由にならない。アイツは、どっちでも勝っていた。

 

 まだ、届かないのか。

 もうすぐそこだ。腕を伸ばせば触れることができそうな場所まで、やっと来ることができたというのに。

 

 やっとだ。

 

 ずっと欲しかった。その不死鳥の羽根が。お前に勝てたという証明が。

 だから、絶対に逃したくない──!

 

「かまえて!!」

 

 ──勝ちたい……!

 

 勝ちたい。勝ちたい。

 勝ちたい、勝ちたい!

 コイツにだけは。

 ヒエンにだけは。

 何が、何でも、絶対に!!

 

 ──勝ちたいんだ……!!!!

 

 

「はじめ!!!」

 

 

 勝負は一瞬だった。

 メビウスはこの試合の後、このときの動きをこう名付け、もう使うことは無いと言及している。

 

 禁技:0(きんぎ ゼロ)

 

 それは非常に至近距離の居合。相手の耳へ手が届かんばかりの、居合。

 何が何でももぐ、その一心だった。

 それは何も悪いことではなく、何もルールには抵触していない。ズルいだとか、そういうものではない。

 

 だが、()()()()()()()()ではなかった。

 

「くっ、お見事……ッ!」

 

 ヒエンの声。

 その声で初めて気が付いた。勝利の事実と、自身の感情に。

 押し寄せる喜びに、けれど自分は困惑している。あんなにも欲していたはずの勝利が、望んだ形では無かった事に動揺している。

 

 勝利したなら、それは間違いなく実力だ。けれど、このときのメビウスには受け入れ難かった。

 

 メビウスにとって、ヒエンは特別だった。

 

 研究対策と創意工夫。努力、研鑽、それから根性。

 その翼には、そういったもので届きたかった。

 

 そうやって勝利して、()()()()たかったんだ。キルバッジを、()()()()()()にしたかったんだ。

 この時にメビウスはやっと気が付いた。ただ勝ちたいわけでは無かったのだという事に。

 

 けれど、勝ててしまった。

 勝負は常にシビアな世界で結果が全て。

 

「勝者、メビウス!! よって、ヒエンキルバッジ獲得となります……!! うおーー! おめでとうーー!!!」

 

 どうあれ勝ててしまったのなら、その事実には決して逆らうことはできない。

 

 それがみみのこバトル。

 勝敗とは、残酷な結果そのものだった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 みみのこ・ファイト・クラブ。

 耳もぎ通信によれば、本日はバッジ戦は無し。代わりに、何やら他で集まっているようだ。

 ほとんどの みみのこ はそちらへ出払っており、耳気(ひとけ)の少ないどころか地下闘技場へ降り立った みみのこ はたった二耳(ふたり)だけだった。

 

 メビウス。それから、ミカ。

 この狭い地下闘技場でも、たった二耳(ふたり)では持て余す。いつもの円形の広場が、ずうっと広く感じた。

 

 その端っこ。先日のヒエンキルバッジ戦が行なわれた足場を見つめ、メビウスは物思いに耽っていた。

 その背へ、声をかける。

「先日はキルバッジ、獲得おめでとうございます」

 

「ああ、ありがとう」

 

 けれど、そのジャケットのどこにも、不死鳥の羽根は見当たらなかった。

 

「……バッジは、どうしたんですか」

「……」

 メビウスは静かに胸元の銅バッジへ視線を落とすのみで、答えない。

 

「改変する時間が無かっただけ、ですよね」

 答えは予測が付いている。付いてしまっている。認めたくなどない予測。

 その予測から、目を反らしたくて。

「それとも軽量化のため、ですか」

 

 けれど、メビウスの返答は概ね予想通りだった。

 

「……キルバッジは、今の自分には相応しくない」

 

 ──ああ、やっぱりか。

 その言葉は、ミカが最も欲しくなかった言葉。

 けれど簡単に、読めてしまっていた言葉。

 

「……理由を、聞いてもいいですか」

 まだだ、まだ納得できない。

 きっとなにか、まだ何か、理由が──

 

 

 

「昨日の勝利には、おれが納得できない」

 

 

 

「……それでも、勝利じゃないですか」

 ミカの内に、沸き上がってくるものがあった。

 

「確かに勝利を収めて、バッジを手に入れたはずじゃないですか」

 声色に籠る憤りは、濁流のように押し寄せる感情だった。

 

「いつも、いつもそうなんですよ」

 黒く、汚く、激しく。

「馬鹿にしてるんですか、煽ってるんですか」

 もう堰き止めることはできなかった。

 

「勝った奴らは、いつも。まるで興味ないみたいに、当たり前みたいに、涼しい顔して目の前で奪い去っていくんです。それは、あたしの方が欲しがってたはずなのに!!

 どうしてみんな、あたしの事を見ないんですか……っ。次の相手の話なんてしないでよ。もう勝った気でいないでよ。権利しないで先に行かないでよ。無視しないでよ……!!

 みんな、みんな……!! あたしが弱いから? みんながあたしより強いから? ……”弱耳”って、何ですか。何なんですか、勝ってるじゃないですか。

 そこに立っていないあたしはもっと弱いってことなんですか」

 

「おれはそんなこと、思ってなんかないよ。それに、悔しさだってわかる。同じように思った経験だってある」

「だったら……ッ!」

 

「でも、だからこそ。これはダメだ。この勝利には、おれが納得できない」

「どうして? 勝ちは、勝ちなのに!? 何で……っ」

 

 その気持ちは、メビウスにも痛い程わかる。だからこそ、それ以上何も言う事は出来なかった。

 

 敗北の悔しさ、やるせなさ。

 欲しいものへ手が届かないもどかしさ。

 

 

 

 

 では、ない。

 

 

 

 

 勝者の責任。

 

 勝利するという事は、敗北を生むという事。

 それは上り坂と下り坂の数が同じであるように、立つ場所が違うだけ。

 

 勝者は敗者を生む。

 勝ち上がった者の足元には、耳を抜かれて横たわる屍が無数に積み上がっている。

 頂とは、山積みになった屍の天辺を指す。

 そこでただ一耳(ひとり)。耳を生やして立っている者だけが、勝者にして絶対的な王者となるのだから。

 

 何故、バッジは眩しいのか。

 

 努力。研鑽。友情。声援。汗と涙、滲んだ血。そして、敗者の無念。

 

 それら全てを浴びるからこそ、勝利そのもので、証となるのだ。

 あらゆる想いを乗り越え、捻じ伏せ、背負った証。

 

 それ故に、バッジは光り輝くのだろう。

 

 だから。

 勝者は、そのバッジを掲げて勝利を誇らなくてはならない。胸を張って、心から歓喜しなくてはならない。

 そうすることでしか、敗者は報われないのだから。

 

 けれど、それさえ叶わないなら。

 

「……勝負、してください」

 

 晴れない無念はぶつけるしかないだろう。晴れるかどうかも、わからないまま。

 

「あたしが勝ったら、その銅バッジごと全部あたしが貰います」

 支離滅裂なことを言っている。そんなことは到底無茶だ。そんな自覚くらい当然ある。

 

 それでも。これは、覚悟だった。

 

「それはできない」

 それは当然の返答だろう。けれどメビウスの声色は、決して荒唐無稽な発言を茶化すようなものではなく。真摯で、真剣だった。

 

 真っ直ぐな瞳でその みみのこ は言うのだ。まるで弾丸のように言うのだ。

 

「それは、おれが負かしたみんなに面目が立たない」

 

 それは正しくミカが求めていたものであり、あまりにも正しい在り方だった。

 

 だから、()()()()()

 

「でも」

 それでも、晴れない無念があるのなら。

 

「勝負だけなら、できる」

 そんなものはもぎ取ってしまえばいい。

 

 我々は、みみのこ なのだろう?

 

「交じりっけなしの一本勝負。レフェリーは──こいつでいいかい」

 言って、メビウスはカメラを取り出して邪魔にならないような場所へ配置する。

「……わかりました」

 

 カメラのセルフタイマー。

 五秒間のカウントダウンに合わせて、シャッターを合図に勝負する。

 レフェリー不在時にバトルを行う場合の臨時措置。

 

 互いにレギュレーションをチェック。「再生せず」「自分でもぎ落とす」、オーケー。

 目線の高さを確認、大丈夫。

 周囲の安全も問題無し。

 

「じゃあ、よろしくお願いします」

「……よろしくおねがいします」

 

「いくよ。かまえて!」

 

 カウントダウンスタート。

 

 メビウスはやや距離を離して足を溜めている。

 ミカは半身を引いていつでも踏み込める構え。

 

 ひとつ。

 独特の電子音が、静かな地下闘技場へ響き渡る。

 

 ふたつ。

 カメラのレンズが二耳(ふたり)を見つめている。

 

 みっつ。

 ただ、次の音を待つ。

 

 よっつ。

 集中、集中、集中。

 

 ──パシャ。

 

 一閃。

 黒と群青が交差して、すり抜ける。

 

 夜闇を払って、明星が昇った。

 宵か明けなら、夜明けであればきっといい。晴れていたならばもっといいだろう。

 

 耳を失ったメビウスは、倒れたままに、たった今生まれた勝者を讃える。

「……流石、強いね。アイツにだって、きっと勝てるよ」

 ──まあ、アイツがそう簡単にやられる訳がないけど。

 

 メビウスは、潔く負けた。

 再戦することも無かった。

 それがなんだか、すごく眩しくて。

 

「……ッ」

 勝ったのに。

 悔しくて、惨めで、情けなくて。

 

「ありがとう……ございました……」

 

 

 この日、ミカは初めて権利を放棄した。

 

 

 

 

 

 次回へ続く。

 

 

<次回予告>

 

 銀貨です……。

 わかる、わかるよっ、ミカさんの気持ちも、メビウスさんの気持ちも……!

 でも、だからこそみみのこバトルはカッコイイんだよな~!

 みんなが本気でぶつかり合ってて、勝ったら嬉しくて喜んで、負けたら悔しくて泣くことだってある。

 それがみみのこFC(ファイトクラブ)なんだよな~~!!

 

 えっと。

 次回、みみのこ・ファイト・クラブ スタースパーク!

 

 第四話

 星の瞬き

 

 来週も、かまえて──はじめ!!

 

 

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