みみのこ・ファイト・クラブ スタースパーク   作:牡丹雪花

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最終話 神話なき星座

「メビウスさん……先日はその、ごめんなさい」

 群青色の耳が垂れ下がる。

 頭を突き出し、耳を差し出すその姿は、もしかしたらヒトのそれよりも誠意を示すに相応しい体勢なのかもしれない。

 

「ああ、全然いいよ。本気で戦えて、良かった」

 垂れ下がる耳に少々顔をぶたれながらも、メビウスは淡々としていた。そこにあるのは冷たさではなく、ただの素直な気持ちだった。

 

 ああやっぱり、あのバッジは相応しいものだ。

 そう、改めてミカは思う。けれど、言わない事にした。

 きっといつか、メビウスなら身に着けるのだろうと。今ならば、そう信じられるから。

 

「……強い、ですね」

 だから、己の未熟をただ恥じる。

 

 それは成長で。きっと、ひとつ強くなったことの証明だ。

 みみのこバトルはメンタル勝負、故に。

 

「やー、おれなんてまだまだよ」

 ──ああだから、きっとこの(ひと)は強いんだ。

 今はただ、そう思う。

 

 

「さてと、じゃあ」

「はい」

 傍らの円柱へと向き直る。

 

 その上では、キルバッジ戦用の表を書き終え、すっかり準備万端のヒエンが仁王立ちしていた。

「お待たせしました、ヒエンさん」

「よっしゃ! やろうか」

 

 ヒエンキルバッジ戦、リベンジ。

 挑戦者、ミカ。

 

「うおーーー!! いいぞーがんばれミカさんー!」

「うおおおーーーやれやれ!!」

「いっけえぇーー!!」

「アチ〜〜〜!!」

 と、それを見守る耳ども。というか、ほぼ野次馬だが。いや野次耳か。

 集まったのは八重桜、オルビス、銀貨、アドアステラ、十六夜そしてRed。

 ミカに縁ある みみのこ たちは概ねそれを見物にやってきていた。

 

「……こほん、じゃあ念のためルールを説明するぜ」

 ヒエンキルバッジ戦、ルール。

 全五試合のうちに『居合』を用いるヒエンと『回避』を用いるヒエンをそれぞれを倒し。

 

「そして、『ゼンリョク』の俺を倒す!」

 その手には橙色の羽根。それは不死鳥の如く燃え上がり、煌々と光を放っている。

 

 ──ああ、やっぱり()()()

 いつか敗れた、眩しい炎。

 

 しかし。

 

「あの頃のあたしでは、ないですからね!」

 

 もうここに、かつての燻っている みみのこ はいない。

 立ち昇るのはどす黒い煙ではなく、光り輝く明星。金色の瞳の中で、星々が煌めく。

 

 けれど。

「……勘違いしちゃあいけねえ」

 ぱしっ。

 言って、羽根のバッジを握りしめるヒエン。

 

「燃える炎が明るすぎれば、星は見えなくなるんだぜ」

 

 ミカの前に立つのは、焔だった。

 その灼ける視線が、ミカの瞳を覗き込んでいる。

 

「……ふふ」

 

 ミカは、笑っていた。

 心の底から、強敵を前に笑っていた。

 心躍る勝負が待っている。それが嬉しくて、ただ笑っている。

 かつて敗れた相手。けれど、今ならば超えられる気がしてならない。そう確信がある。

 

 戦うのが、楽しみでたまらない。

 みみのこバトルはメンタル勝負。で、あればこそ。

 

「あははっ!」

 

 その気持ちは、みみのこ の力になる!

 

「──ではヒエンキルバッジ戦、始めます! さてミカさん、型はどうしますか」

 

 ヒエンキルバッジ戦、一試合目の型。ミカは、それを予め決めていた。

「『回避』からで、おねがいします」

 何らかの秘策があるような、自信に満ちた目で見つめ返す。

 その瞳の奥の作為を見逃すヒエンではないが。

「──承知ッ。よし、メビウス頼んだ!」

 

 取り立ててそれを、気にするヒエンでもない。

 

「オーケー、では」

 合図を受け取ったメビウスが両者へ向き直り、息を吸い込んだ。

「お互いに見合って、礼!」

 

「一手御指南、お願いします!」

「よろしくおねがいしますっ!」

 

 一礼。橙の耳と群青の耳が交差する。まるで夜明けのような組み合わせだった。

 

「構えて!」

 一歩、ミカが踏み込む。

 ヒエンは身を引き、『居合』の間合いから外れようと回避の姿勢を取る。

 

 ヒエンキルバッジ戦第一試合。ミカが指定した型は『回避』。

 

 キルバッジとは本来、挑戦者側が不利となるルールが多い。明確なハンデというわけではないが、通常「キルバッジ保有者の得意なルール」が敷かれるものである。

 

 相手の土俵へ敢えて上り、その上で勝利を掴み取る。

 故に、()()バッジ。その みみのこ に勝利した証となるのである。

 

 しかし、ヒエンキルバッジは一味違う。

 そこには、ヒエンにとって致命的に不利なルールが存在している。

 

 ヒエンキルバッジは、挑戦者がヒエンの『型』を指定することができる。

 それが意味するところは、つまり。

 

 

 二敗するまで、ヒエンは『型』を()()()()

 

 

 それこそが、ヒエンキルバッジの楽しさでもあるのだが、こと「勝負」のみに目を向けるならば、それは挑戦者側が有利となるルールである。

 相手が何をしてくるかがわかる事。それは、みみのこバトルにおいて大きな情報アドバンテージとなる。

 

 『回避』においては、特に──。

 

「……」

 ──集中。

 

 ミカはそのまま、前方への構えを崩さずに近接の間合いを保つ。

 至近距離での居合の構え。みみのこ特有の圧を感じる距離感に、ヒエンは息を飲んだ。

 

 じり……、じり……。

 視線、熱。今にも爆ぜようとする火薬のような、圧迫感と緊張感。

 

 空間が焦れて、時間が焦げ付く。きな臭さが鼻を突いた。

 

 ──集中っ。

 

 

「はじめ!」

 

 

 ──そこッ!

 瞬間、ミカは両腕を橙色の耳へと伸ばす。

 

 それを。

 

 息を飲み、円柱の麓から、八重桜は見つめていた。

 その橙色の耳の角度、ヒエンのそのワザをよく知っていた。

 

 時に。初撃の回避で最も重要な事は何か。

 速さか。読みか。

 

 いずれも否。

 

 初撃の回避で最も重要な事、それは()()()である。

 

 この世界の仕様として、動作の反映には0.3秒の遅延というものが介在する。こればかりはどうしようもなく、仕方がない。

 VRSNSというプラットフォームは、当然戦うためのフィールドではない。こんな場所で真剣に勝負をしている方が異常であるという点は、認めざるを得ない。

 

 それが意味するところはつまり、相手視点では0.3秒の間()()()()()()()ということ。

 極論、この0.3秒の間に居合が届くならば、回避には失敗してしまうのだ。

 

 一瞬だと思うだろうか。

 0.3秒という時間は、短いようでそうでもない。

 

 音に反応して腕を動かすまでの速度は、一般におよそ0.2~0.25秒程と言われている。

 さらに反応速度に秀でる者であれば、0.2秒以内に動くことも不可能ではない。

 0.3秒という時間に動くことは、何ら難しい事ではないのである。

 

 しかしこれは、()()()()()()()()の時間だ。

 間合いを引き離し距離が開いたなら、腕が目標地点へ到達する時間は僅かだが確かに遅くなる。

 

 故に、初撃を避けるのに重要となるのは間合いの管理だ。

 自身の反応速度や相手の得意な傾向から「回避可能な間合い」を把握し、それよりも内側へ入ってくるようならば潔く『居合』で迎え撃つ方が基本的には得策と言えよう。

 しかし。

 

 『回避』の型を指定されているヒエンには、今、それができない。

 

 故に、ミカは至近距離での居合を選んだ。

 俗に「ガチ恋居合」と称される、居合使いによる間合い調整技術。

 かつて十六夜の編み出した『瞬歩の構え』に対し、Redは間合いを詰めることでその居合を成立させた。

 

 届かぬ間合いへ遠ざかるなら、その分詰めて()()()ればよい。

 

 『回避』の型だとわかっているのならば、予めそれを封ずる立ち回りをする──その判断は至って合理的。ミカの選択は最善手の一つと言えただろう。

 しかし。

 

灼薬(しゃくやく)ッ!!」

 

 ヒエンが()()()

 残像を、手が、すり抜ける。

 

 すかさず振り向いたミカの視界には、ヒエンの両腕が頭上へ伸びていて──

 

「ヒエン、一本!!」

 

 そのまま、成す術なくもがれてしまった。

 

 回避不可能な間合いであるなら、『居合』で迎え撃つが得策──()()()()は。

 実際のところ、戦いに慣れた みみのこ であるならば。その目算は、構え方や避け方次第で如何様にでも誤魔化すことが可能である。

 

 避けられまいと()()()()()()──その状況は、強い。

 

「っ、この間合いで!?」

「ふう」

 困惑するミカ。息を吐くヒエン。

 

「……っ」

 緊張を解く、八重桜。

 ヒエンの動きは、八重桜の得意とする()()()回避によく似ていた。

 そのワザの名は『散椿』。膝の脱力と同時に上体を逸らすことで瞬時に両耳を下げるワザ。周囲から見て「首が落ちているように見える」回避法である。

 『灼薬』は、そんな八重桜のワザから着想を得て、ヒエンが独自に昇華させたワザだった。それを八重桜は知っているが、もう自分のワザよりも強いんじゃないかと、そう思ってしまう。

 

「次は、どうしますか?」

 

 ──灼薬(しゃくやく)

 そのカラクリを、ミカはまだ見抜けずにいる。

 

「──『回避』、で」

 

 けれど。

 どう動いてくるかは、その目に収めた。

 

「わかりました」

 

 手書きの表へ、一試合目の結果を書き込んだメビウスが向き直る。

「それでは第二試合いきます。礼省略、お互いに見合って!」

 

 互いに目が合う。視線が燃えている。めらめら、めらめらと。

 ──ああ、やっぱり熱いな。

 

「構えて!」

 

 その瞬間。じり、と距離を近づけたのを、Redは見逃さなかった。

 

 ──集中。

 

 極、至近距離の居合。

 

 

「はじめっ!!」

 

 

 それは、回避を封じるものであると同時に。

 

 ──ここ……!

 

 狙いを正確に定める為のものだ。

 

「なッ」

 

 居合、一閃。

 散り落ちたのは、橙色の耳が二本。

 

「ミカ、一本……ッ!」

 

 

「ふう……まずは一本、ですね」

 

 ミカが狙ったのは、()()()()

 

 相手が落ちると分かったならば、そう見越した上でその先を狙う。それはメビウスの『焔払い』にも似た道理。

 とはいえそれを実際に為すには、相応の精度が必要である上に、相手が同じワザを使用してくると読み切らなくてはならない。

 

 しかし、ミカは直感的に理解していた。

 あの間合いから回避を成り立たせるには、同じワザを使用せざるを得ないだろうという事を。

 

「……流石。同じ手は通用しませんか」

 ヒエンは、考えていた。……いや、恐れていたのかもしれない。

 

 『灼薬』は、確かに強い。

 しかし、元より至近距離での居合に対して回避を試みることが無謀であるのだ。

 だからこそ、このワザで以て対応する他なかったといえよう。

 

 ワザの選択肢、それを極限まで絞り込まれた。

 

 こちらが『回避』であるのをいいことに。間合いを詰め、動きの幅を制限された。

 それは以前戦った時には感じなかった圧。強い みみのこ、特有の圧。

 

 ヒエンは、それを知っている。

 二度目のワザが通用しない。その経験を、知っている。

 

 ──動じるなッ。

 

 メビウスによって枠が埋まってゆく表を眺めながら、考える。

 次の『居合』をどのように相手取るか。

 

 ヒエンは、考える。

 

 

 考える──。

 

 

 自分は挑む側であると、ずっと、そう思っていた。

 けれど最近はどうか。挑まれることも多い。自分を超えたいという みみのこ もいた。

 まず挑んでみる相手として初耳に紹介されたときは驚いた。困惑もした。

 けれど悪い気はしなかった。

 自分はいつしか、あの頃挑んでいたあちら側に立っていたらしい。……なら、応えなくては。

 かつて挑んで、憧れて。圧倒的で、キラキラしていたあの みみのこ達のように。

 だから、強くあろうと努めた。立派であろうと振舞った。

 それは確かに自分についてきた。

 バッジの輝きが増していくように感じた。

 そのバッジの輝きを手にしようと、挑まれて挑まれて。

 

 今も、挑まれている。

 けれど。

 

 ──やっぱり、挑戦者(チャレンジャー)じゃなきゃなあ!

 

 だから、考えて考えて、考え続けろ。持てる手を尽くし常に抗え。

 たとえどんな相手でも、挑む心を忘れるな!

 

「では第三試合は『居合』になります。二耳(ふたり)とも準備いいかな? よし。じゃあお互いに、見合って!」

 

 互いに目が合う。

 ヒエンはその燃える瞳で、正面の金星を睨みつけていた。

 

 ミカという みみのこ は、()()()()

 

 幾度かの試合を通して、ヒエンはそれを感じ取っていた。

 まるで周囲の動きがスローモーションにでも見えているのかと、そう思うほどに。

 

「構えて!」

 

 ──ああ、負けたくないなあ。

 ヒエンは頭の片隅で、ぼんやりと、けれどはっきりとそう考える。

 いつだってそうだった。

 いつだって。

 

 いつだって、負けたくなんかない。誰だってそうだ。

 そんなのは当たり前。

 けれど、どうして負けたくない?

 

 負けたくない。

 んじゃ、ない。

 

 ──負けられないんだ。

 

 胸のバッジをぎゅうと握りしめる。

 焔が、熱が、力が。

 記憶が、湧いてくる──

 

 

 自分だけが、バッジを獲れなかったバッジ戦があった。

 自分も勝っていれば、チームのみんなで総取りだった。

 そこからしばらくの間、自分だけが、銀バッジを持っていなかった。

 

 チームの中で、自分だけが。

 

 だから。自分だけ、何かが足りていないと思った。

 ソウエンさま──ボスは言うまでもない。十六夜はあの『瞬歩』の生みの親で、Punkは相打ち最長試合の当事者で、八重桜はパフォーマンスを工夫して魅了していた。

 

 自分には何がある。

 

 できる限りの──いや、それだけではない。

 それを突き破っても、みんなに並び立てるような、誇れるような みみのこ になりたかった。

 なりたくて、なりたくて、なりたくて。ずうっと、走り続けていたら。

 

 

 いつしか、燃える翼が生えていたんだ。

 

 

 その藻掻いて足掻く様を口々に、「不死鳥」とみんながそう言った。

 そんな大層なものじゃない。諦めが悪いだけだろ。

 

 でも、それが良いんだと言ってくれた。

 

 だから、そんな期待に恥じないよう在ろうと思った。

 自分をカッコイイと言ってくれた みみのこ が、胸を張れるような存在であろうと、そう思った。

 

 まるでヒーローみたいだった。

 こんな自分が? いいや、それでいい。そうだ、ヒーローのように在ろう。

 相応しくないと思うか? 当たり前だろ。そんな看板、重すぎるに決まってる。

 

 けれどだとしたら、そう言ってくれた(ひと)の想いはどこへ行く。

 彼らの夢は、どこへ行く?

 

 受け止めろ。受け止めるんだ。受け止めるしか、ない。

 だって。

 

 ──それが、ヒーローってもんだろうが!

 

 

「はじめ!!!」

 

 

 瞬間、橙の耳が逆方向へと枝垂れる。

 

片耳渡し(かたみみわたし)──」

 

 一直線に放たれたミカの居合は、その片耳を一本奪い去るが、もう一本には指先が掠めたのみ。

「くっ──!」

 耳の残存を確認したミカの表情が歪む。居合から体勢を立て直そうと、足を踏み変えようとする。

 

 そこへ、即座。

 

「──(ゆらぎ)ッ!」

 

 群青色の両耳へヒエンの両手が伸びて、そのままもぎ落とした。

 

「ヒエン、一本!」

 

「ふうっ」

 ヒエンは短く息を吐いて、呼吸を整える。

 『片耳渡し・揺(かたみみわたし・ゆらぎ)』──回避ではなく、片一本を「もがせる」ことで相手の後隙を狙うワザ。

 今でこそ上手く決まったが、次も通用するとは思えない。

 けれど。

 

「──まだまだ負けるつもりはないぜ」

 

 炎は、一層激しく燃え上がる。赤い色。ヒーローの色だった。

 

 三つ目の枠がバツ印で埋まる。

 現在左からバツ、マル、バツ。

 

 もう、ミカに後は無い。

 

「では第四試合、いきます。お互いに、見合って!」

 

 第四試合。引き続き、『居合』。

 

「構えて!」

 

 ヒエン、ミカ。互いに半歩後ろに構える。

 瞬歩の構えに似る、二人にとっての基本的な構え。

 やや半身になり、耳を外側へ逸らしつつ、いつでも飛びつける姿勢。

 

 初めて戦った時と同じ構え。

 

 ミカは、その動きを知っている。覚えている。

 しかしヒエンが、同じ動きをしてくるとは限らないだろう。

 

 ──それでも、賭けてみる価値はある……っ。

 

 

「はじめ!!!」

 

 

不知火(シラヌイ)ッ!!」

 

 銀貨のヒレが僅かに揺れる。そのワザは銀貨のそれに似る。

 

 『勇魚(イサナ)』。

 

 古い言葉で“鯨”を意味するそのワザは、遠距離から大きく飛びかかる特攻の居合。

 海面から跳ね上がる鯨の如く、一気に間合いを踏み潰す一撃。

 

 それを見てヒエンは、遠距離からの居合を編み出した。

 

 ──『不知火(シラヌイ)』。

 

 遥か遠くより連なる火炎の列は、海上を走り抜けてその両耳へと迫る。

 

 ヒエンと初めて戦った時に見た遠距離からの居合。

 ミカは、その動きを知っている。覚えている。

 

 だから、賭けた。

 

「回避ッ!」

 

 ──避けるッ!

 けど、それだけじゃ。

 

 ──それだけじゃあ、足りない!!

 

 

(プラス)、居合!!!」

 

 

 耳を傾けて、地面を蹴って。

 相対するヒエンの脇へ抜けるように、跳ぶ。

 すれ違い様、両耳へ手を伸ばす。

 

 届いたのは一本。

 

 そしてミカの方は、両耳が残っていた。

 

 両者の位置が入れ替わる。振り返って、目が合う。

 

 こうなれば、次の展開は──

 

 

「「二の矢!!!」」

 

 

 両者、二度目のすれ違い。

 散り落ちた耳は二本。一本は青く、もう一本は。

 

「ミカ、一本!」

 

 橙色をした、ヒエンの耳だった。

 

「く、よく避けましたねッ」

「何とか……必死ですよ、あたしも」

 本来ならば、初撃で仕留めるつもりだった。

 けれど片耳を外してしまった。

 

 今の居合は斜めに突進する都合上、遠い方の耳を掴み損ねる可能性が高くなる。

 

 ──もっと、上手くやらなきゃ次は無い……。

 ミカは自身の手のひらを見つめていた。

 

 その手は、小刻みに震えている。

 

 

「……では、いよいよ最終試合になります。ここで挑戦者ミカが『ゼンリョク』のヒエンに勝利すれば、キルバッジ獲得となります」

 ──でも、そう簡単にはやられないんだろ? ”焔翼”!

 そう、メビウスがヒエンの方へ、視線で訴える。

 

 ”焔翼”。

 その名の由縁。それ故に背負った覚悟。この姿に宿る想い。

 ヒエンはそれを、今一度胸に刻み込む。

 

 強くなりたいと願った。

 負けて悔しかったから。

 

 

 ──だから。

 

 

 いや。

 

 

 

 それだけなワケが、あるか。

 

 それだけなワケが、ないだろうが。

 

 強くなりたかった。負けて悔しかった。

 

 

 違う。

 

 

 違うだろうが。

 

 

 どうして強くなりたかった?

 どうして負けて悔しかった?

 

 

 ──ああ。

 

 

 落とした視線の先にあるのは、小さな王冠。

 五つの耳が突き立ったバッジ。

 

 

 ──分かってる。

 

 

 並び立ちたかった。

 認められたかった。

 

 

 仲間(チーム)で、ありたかった。

 

 

 偶然だったんだ。

 

 みみのこチーム戦。

 たまたまその場に居合わせただけだった。もしもあの場に居なかったなら、今頃の自分は全然違っていて、炎を宿すことも無かったのかもしれない。

 

 あの時は、燃える翼なんて無かったのだから。

 

 それでも皆は、あんなにも未熟だった自分に声をかけてくれたんだ。受け入れてくれたんだ。

 不死鳥ですらない、()()()()()()という みみのこ を。

 チーム、仲間……いや。

 

 

 ──()()()()()に、してくれたんだ。

 

 

 このバッジは、ボスからいただいた大切なバッジ。

 認めて貰えた気がした。……そんなものが無くたって

 

 ──「同じチームで戦ってるでしょ? なら、そういう事だよ」──

 

 ボスなら、そんな風に言いそうだけど。

 それでも、嬉しかったんだ。誇らしかったんだ。

 

 ──だから、

 

 

 

焔の翼(ホムラノツバサ)

 

 

 

 火の粉が舞い、スカーフがはためく。

 ヒエンの回転に合わせて、四枚のマントが翼のように翻る。

 

 この翼に誓って。

 

 ──負けられない、だろうが!

 

 

 

 にやり。

 

 

 

 それを見た、ミカの口角が上がる。

 それは戦いを心から楽しむ、みみのこ の顔だった。

「──」

 その口元が、小さく揺れる。何と言ったのか。

 聞こえずとも、ヒエンは肌で理解する。

 それは、胸に刻み込む決意の表明。

 負けられない、負けたくないと決めた みみのこ の心は、()()()()

 

 そっと、けれど確かな手つきで。ミカは首元へと触れた。

 ふわり、と。現れたのは夜空を映したスカーフ。

 

 ミカは、いつぞやの八重桜の言葉を思い出す。

 

 ジンクス。

 けれどこんなちっぽけな変化で何になろう。

 ジンクスなんて、そんなことはどうだっていい。

 思い出すのは──

 

 

 ──「ええ! 新しいと気合いが入りますよ」──

 

 

「これがあたしの、ホントの本気です!!

 

 

 だから、これは気合いの入れ直し。

 もっと闘いを楽しく、気分を上げる一押し。

 

 何度だって言う。みみのこバトルは、メンタル勝負だ!

 

「──」

 ヒエンは言葉を失う。

 

 一拍。

 

「あっはははは!!! 上っ等じゃねえか!!!」

 

 ヒエンは笑っていた。

 

 心の底から笑っていた。楽しくて、楽しくて仕方ない。

 負けられない、負けたくない。

 けれど。

 

 けれど、それ以上に。

 

 

真剣勝負(みみのこバトル)は、こうでなくっちゃなあ!」

 

 

 今、目の前にある勝負が、面白くって仕方がない!

 

 

「いいねえ……では、ラスト一本参ります!」

 最後の最後。勝っても負けても、相打ちでも。これで勝敗が決する最終試合。

 

 ──集中っ。

 ミカの金色の瞳には、爛々と煌めく焔が映っていた。

 明るくて、熱くて、眩しい。

 

「お互いに、構えて!」

 

 ずっと、光を追いかけていた。

 それは遠くの光で、手が届かなくて。

 

 ──集中、集中……。

 

 あんなに眩しいものを見たのは、初めてで。……心が、震えていた。

 あの光に今、少しでも届くというのならば。

 

 ──集中。

 

 

 あの閃光みたいに、輝きたい!

 

 

 

 

 ──超、集中ッ!!

 

 

 

 

「はじめッッッ!!!!」

 

 

 

 あたしも、星だ!

 

 

 

スタアアァー

 

 

 

 それは全身全霊、本気の居合。

 ()きの間に踏み出された一()は、星が閃くように。

 

 

 

スパアアアアアァァァーーーーク!!!」

 

 

 

 ───「ミカさんも、もし自分の動きがあったら名前を付けてみてくださいよ! 楽しくなりますよ!」───

 

 

 

 太陽を押し退けて、明星が昇る。

 

 

 星の光は地表を照らすほどの熱ではないが。

 

 

 

「ミカ、一本!! よって──」

 

 

 

 それでも、キラキラと輝いていた。

 

 

 

「──ヒエンキルバッジ戦勝者、挑戦者ミカ!!!!」

 

 

 

「──はっ、はァ、や……」

 

 

 

「っっっったーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!」

 

 

 

「ありがとう、ございました!!!」

 

 カメラを取り出して、倒れたヒエンを写真に収める。

 燃え尽きたようにも見えるその耳の無い みみのこ はそれでも、確かに未だ燃えていて。

 その焔が、温かくて眩しかった。

 

 パシャッ。

 

「うおーーーーーー!!!!」

「ミカさん勝った……!!」

 

「……なんだか、夜が明けたみたいですね」

 ミカの清々しい笑みを見た、八重桜が言う。

 嵐の夜が通り過ぎて、晴れ渡る空に日が昇る。

 

 いや。

 

 空は未だ群青色で、太陽の姿は見えなくとも。

 そこにはひとつ、星がある。

 

 昔の人はその星を見て、一柱の神を見出した。

 その神の名に、この群青色の みみのこ の名が含まれるのは偶然か必然か。

 

「お見事……ッ!!」

 

 勝者への賛辞を送りながらヒエンが立ち上がる。

 負けた悔しさにその拳を固く握って立ち上がる。

 

 何度だって立ち上がる。

 

 不死鳥だから、じゃない。

 

 みみのこ は、両手を握れば何度でも立ち上がるのだ。

 

「おめでとうございます。悔しいですが、お見事……! キルバッジの方は後ほど進呈します! では──」

 

 

 

「権利じゃない、記念の写真も撮りましょうか!」

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 ふざけた長さの耳を携えた小さな存在、みみのこ。

 ここは、そんな みみのこ たちが集う地下闘技場みみのこ・ファイト・クラブ。

 

 勝者に与えられるは、権利とバッジ。そして偉大なる名誉。きらめき。

 

 その遥かな頂を目指す みみのこ は、もぎ合って、ぶつかり合って、そして笑い合う。

 時に汗を流し、時に涙を流し、そして時々血も流す。

 

 この場所は今日も、そんな熱と光に満ちている。

 

 今日はみみのこ・ファイト・クラブ、銀バッジ戦。

 その第二試合であるトーナメントが、今始まろうとしている。

 

 入口方面向かって右。

 「みみのこファイトクラブ」と書かれた看板の手前に、地面から生えた耳のそのさらに手前。

 紫色の柱のその上で、群青色の みみのこ が立っていた。

 その金色の瞳に映るのは、きらめく星々と、それから目の前に相対する みみのこ。

 

「初めまして。僕はホシノという(もの)です。ミカさん、ですよね」

 

 その みみのこ は、赤いネクタイを締めてローブ風のジャケットを羽織っていた。

 ルビーのような赤い瞳が、ミカの姿を真っすぐに見据えている。

 

「なかなか強い(かた)だと存じております。この間はヒエーンを倒してキルバッジを獲ったとか」

 

 そう言うホシノの腰には、燃える恒星のようなバッジがぶら下がっていた。

 

「そのバッジ、もしかして」

「ええ、僕も一応キルバッジ戦は受け付けていますからね」

 

『みんな準備大丈夫ねー? では始めますよー! お互いに見合って』

 

「いや~あのミカさんと戦えるのか! 光栄だな」

「な、なんかやりづらいな……」

 悪い気はしないのがまた良くない。つい嬉しくて頬が緩む。

 集中、集中。

 

『礼!』

 

「よろしくお願いします!」

「よろしくおねがいします……っ」

 

『構えて!』

 

 ──集中ッ!

 

『はじめェ!!』

 

「師匠から教わった新技!」

 ホシノは()()()()()ように、耳知(じんち)を超えた速さで迫りくる。

「な──速ッ!?」

 目にも止まらぬ一閃。それは最早、居合の領域ですらなく、()の如き一撃だった。

 

 ……。

 

「まっ、負けたアアアアァァーーーー!!!!!」

「ふう、ありがとうございました」

 パシャ。

「~~~~~!!!!!! あたしに勝ったんだから、最後まで勝ってくださいね!!!!!!」

「ええもちろん。では、また!」

 言って、ホシノは次の足場へと軽々と飛び移っていった。

 

「負けたァ~~……ッ」

 

「や、ミカさん」

 と、声をかけてきたのは黒い軍服風ジャケットの みみのこ。メビウスだった。

「ああ、メビウスさん。どうも」

 

「やー、負けちゃったか。おれもだよ」

「何なんですかアレ、速すぎるんですけど!?」

 

 滑るように接近してきた居合……あれは、何だったのか。

 この後確かめればいいか、とそう思う。

 

「今日もリベンジ、するのかい?」

 

 ミカは笑って

 

「あったりまえです!!」

 

「はは、それでこそミカさんだね」

 

「アイツのバッジも、早速着けてるね」

 ミカの襟元に着けられた、燃えるような羽根を見てメビウスが言う。

 

 煌々と輝く橙の羽根。ヒエンキルバッジ。

 見るとメビウスの羽織るジャケットにも、同じバッジが加わっていた。不死鳥の焔は黒いジャケットの上で、燦然と、けれど静かに燃えていた。

 

 だからこそ、メビウスは問いかける。

 ミカの襟元を眺めて、あることに気が付いていたから。

 

「銅バッジの方は、着けないのかい?」

 

「あー……」

 それのことか。と、ミカはやや困惑気味に俯く。

 先日、手に入れて()()()()銅バッジ。

 それを未だ、ミカは身に着けていない。けれど、今のミカは、あの勝負のことは受け入れつつある。

 勝利は勝利。その意味を、理解しつつある。

 それでもミカの襟元には銅バッジの姿は無かった。

 何故か。

「実は、まだ届いていなくて……」

 

 そう。まだ、送られていないのであった。

 

「あー」

 あっけらかんとしたメビウスの声がミカを通り抜ける。

「それ、こっちから催促しちゃって大丈夫だよ。でないといつまでも来ないかも」

「え」

「まあ、何かと忙しいお方だからね」

「な、なるほど……」

 ミカは改めて、この地下世界のフリーダムさを実感するのだった。そういえば、ここはそういう場所である。みみのこ なんだし。

 

「……でもまあ」

 

 言って、襟元の羽根を軽く弾いてみるミカ。

 

「今は、このバッジがあればいいです」

 ヒエンキルバッジ。

 それは、初めてミカが()()()()()勝利の証だった。

 

「あの」

 

 そこへふと、声を掛けられた。

 振り返るとそこにいたのは、煌びやかなコートを纏い王子様のような格好をしたショートカットの みみのこ。

 

「──!!!」

 

 ミカはその みみのこ に、見覚えがある。

 この みみのこ を知っている。

 

 いつか見た流星。白い閃光──忘れるはずもない、はじまりのきらめき。

 

「ちょっと遅くなっちゃって……ッ今来たところなんですけど、肩慣らしに付き合っていただけたりしますか……?」

 

 ぴく。

 

 ──肩慣らし……?

 

「あはは、いいですね。やりましょうか、か・た・な・ら・し♪」

 

 満面の笑みで答えるミカ。

 

「ヒッえっ僕今何か」

 

 怯えた様子の白い みみのこ だが、声をかけてしまったものは仕方ない。

 

『もう相打ちいないなー? 準備ができたら次さっさと行くぞー!』

 

「じゃあ次のレフェリーでやりましょうか」

「あっは、はい!」

 

 円柱の上へ飛び乗る二耳(ふたり)

 

『じゃあお互いに、見合ってー!!』

 

「あたしに声をかけたこと、後悔させてやります……っ!」

「ヒエ、お手柔らかに、お願いします……!」

 

『礼!!!』

 

「では!」

「はいっ」

 

 

 

 

 よろしくおねがいします!!

 

 

 

 

 

 

 

 おわり 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うおおおお!! ちょっと、ミカさん!!!」

「ウワーーーーー!!!!!」

「すごいよすごいよ!!!」

 ミカの元へけたたましく駆け寄って来る みみのこ が三耳。

 やってきたのはヒエン、八重桜、銀貨。

 

「見ましたかアレ!? めちゃくちゃいいじゃないですか!!!」

「すごいぜ!! すごいぜ!?!?」

「すごいんだよ!! マジで!!!」

 

「なんですかなんですか!?」

 

 

シキナさんのイラストですよ!!!!!」

 

 

「イラスト……?」

 

「見てない!? ぜっったいに見た方が良い!! メッセージで送りますね!!! ちょちょ、探さなきゃ……」

「マジで!! ホントに良いから!!!」

「ちょっとやえさん、早く早く!!」

「ちょっと待って……ッ! 待てって! ……あったあったあった!!」

 

 ピロン。

 通知を示す音が飛び込んでくる。

 

「ちょっと見てくださいこれ!!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 !!!!!

 

「こ、これ……! あたしなんですか!?」

「そうですよ!!!!! いいなーーー!!」

 

「シキナさんあそこいるよ!」

 

 銀貨が指差す先にいたのは、白いワンピースを着たエルフ耳の みみのこ。

 地下闘技場の鈍色に似つかわしくない上品な雰囲気はどこかの令嬢のようで、かえって凄みがあるような気がした。

 

「えっあっちょ!」

「行こうぜ行こうぜ!」

 

「あっうわーーー!!」

 三耳に連行されていくミカ。

 

 

「あらどうも、みなさんこんばんは~!」

 みみのこ特有の短い腕で手を振る様子は、まるでお転婆なお嬢さまのようだった。

 

「イラスト、めっちゃよかったですよ!!」

「ほんっとうに、超いいです!!!」

 

 

「あっあの……! ありがとう、ございます!!」

 

 お礼を言うミカ。揺れる耳が、少し気恥ずかしそうだった。

 

「いえいえ、こちらこそ~! 頑張ってる みみのこ ちゃんは応援したくなりますからね。みんなが頑張ってるこのFC(ファイトクラブ)が、私も大好きですから!」

 

「ヒエンさん、やえさん、銀貨さんも、勿論応援してますよー!」

 

「うおー! よっしゃー!!」

「やるぞやるぞ!!」

 改めて気合いを入れ直す一同。

 

「──ふふ」

 

 けれど八重桜は、一歩引いた位置から微笑んでいた。

 

「わたしも、頑張らなくちゃいけませんね」

 

 静かに、自身の熱を確かめるようで。

 

「そろそろ一旦、修行でもしようかな」

 

 その残り火を、絶やさぬよう。

 

 

「よーーし、やるぞーーー!!!」

 

 

 花は咲く。

 星灯を頼りに。

 

 

 

 みみのこ・ファイト・クラブ スタースパーク

 完

 




 みみのこユーザーの『Re izu(レイズ)』さんに、みみのこの名前を付けていただきました。
 ホシノさん/ちゃん/くん です。

 みみのこユーザーの『シキ_shiki』さんに、みみのこの名前を付けていただきました。
 シキナさん/ちゃん/くん です。
 また、みみのこユーザーの『シキ_shiki』さんにさらに、ミカのイラストまで描いていただきました!



 そしてそして、最後までお読みくださりありがとうございました!
 またどこかで───いえ。

 みみのこ・ファイト・クラブで、会いましょう!!

 2026/5/21 16:30
 牡丹雪花 牡丹ねむ


 P.S.
 みみのこ生みの親であるさふけると先生、かれい先生。
 原作『みみのこ・ファイト・クラブ』作者アキさん。
 文章の校閲を担当していただいたパスカルさん。
 イラストを描いていただいたシキさん。
 登場する みみのこ たちへ名前を付けてくれた皆さん。

 そして、FCに通う全ての耳どもへ。

 改めて、多大なる感謝を申し上げます。
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