俺の名前は九条涼介。見ての通り健全な男子高校生だ。
何を偉そうにまるで漫画の主人公みたいな自己紹介をしているのかって?
全ての原因はこれ。
『んじゃ、頑張ってにぃ』
にぃ。なんて語尾滅多に見かけないぞ、おい。っという突っ込みはひとまず置いておいて、俺の目の前にいるのは世間一般でいう『恵比須様』という神様だと思う。だと思う。と曖昧な表現を使っているわけは、この『恵比須様』とやらが正式に名乗ってくれないせいだ。
『おいら、神様だにぃ』
という言葉と共に俺の目の前に現れた以降、自己紹介もせず一方通行一時停止なしの危険運転並みに話を進めるせいで、聞く機会を逃した。
だからこいつの呼び名は『恵比須様』でいく。異論は認める。
『九条君? 本当に分かってるだにぃ?』
「えっと……最後にもう一度最初から説明お願いしていいですか?」
『んもう、仕方ないだにぃ。君はこの度めでたく死んだんだにぃ。それで君の最期の願いをおいらが、たまたま聞いてたってわけだにぃ!』
めでたく死んだ。ってどんな表現だよ……。ていうか最期の願い……覚えてねぇ……。
俺は悲しいことに15歳にして病気で死んだ。どうしようもない末期の膵臓ガン。でも大きく後悔を残したことはないし、生涯を終えるにあたって何事も腐ることなく全力で取り組んだ。俺の全力に必死に答えてくれた両親や友人のお陰で、最期は苦しくも「ああ、いい人生だった」そう思える最期を迎えることが出来た……はずだったが……最期の願いとは?
『その顔は何にも覚えてないって顔だにぃ。
君の最期の願いは、「来世は超絶美女で童貞を捨てさせてくださああああい」……だにぃ』
その言葉を聞いた瞬間、俺は顔から火が噴き出すかと思った。実際には噴き出さないって? 比喩表現だコラ……って自己突っ込みしている場合でも何でもない。
俺の生前唯一の心残り……「童貞」。
不細工ではないと自分では思っている。女子を目の前にして話せなくなる系男子でもなければ、幼女趣味でもない。どちらかと言えば色気ムンムンのお姉さんが好き。
黒髪短髪。身長175㎝体重66kg。特徴のないモブみたいなプロフィール。
それでも俺がどうしても彼女を作れなかった理由は一つ……「優男」。聞こえはいいだろう? 自分でもそう思う。
俺には個性豊かな姉貴が4人いたせいで、心身ともに立派な「優男」だ。
ついでに俺の生きていた時代は80年代ギャル再来の時代と言われていた。これが良くなかった。
学校でコソコソ話をしている女子の会話を聞いてしまったんだ。
『涼介ってさあー、マジ「無害クン」だよねー』『ウケる! 超分かる! 都合のいい犬って感じぃ?』
何という事だろうか。
ジュースを頼まれれば購買に走り、宿題の代筆を頼まれればやり遂げ、勉強を教えろと言われれば深夜まで時間を費やしたこともある。
そうして待ち望んだ女子からの俺への評価は‥‥「無害クン」
あの女子にどれだけ囲まれても、俺の“恋人ルート”が存在しない。
悲しいことに、家に遊びに来た女の子が普段着でウロウロしても、ねぇちゃん達の姿と重なってムラムラはしなかった。何をどうしても女子たちの一挙一動が、ねぇちゃん達と重なる。
不機嫌な時の理由は手に取る様にわかり、その解決方法もばっちり遺伝子レベルで俺の処世術に組み込まれている。……生理なうとか言われてもどうも思わん。
そのせいか女子の前だと、オートで「いい人止まりな俺」が発動してしまう。
俺の性格デッキの中に「ガツガツ肉食系」は組み込まれていなかった。
それでも俺は、女子と付き合いたい。えっちしたい。
そんな願いは……叶わなかった。
「俺のっ……青春っ……!!!」
膝から崩れ落ち、両手に拳を作って土下座のような体勢で嘆く俺の姿をみて、恵比須様がゲラゲラ笑っている。他人事だと思いやがって……この野郎っ……
「では、その俺の願いに共感してくださったのですかっ!!」
『こんな哀れな子がいるのかと面白くなったにぃ。ちなみにおいら嫁10人いるだにぃ』
両手を広げて微笑む恵比須様。
それは実在する嫁なのか!? 二次元の女の子を勝手に嫁化していないか!? 三段鏡餅みたいな体型のお前にすら俺は劣るのか!?
そんな心の中の声と悔しさで涙はでないが垂れて来た鼻水を啜る。
『大丈夫だにぃ。おいらがそんな九条君に新しい世界を紹介するだにぃ』
その言葉で、俺は顔を上げた。三段鏡餅とか言ってすまねぇ。
恵比須様は俺の人生デッキの総入れ替えをしてくれるのか! モテモテな来世を……
『性格、容姿はそのままだにぃ。だっておいらは、そんな君を気に入ったんだにぃ。変えるわけないだにぃ』
「くっ……」
にぃにぃうるせええええ!! 期待を返してくださいっ……。
再び地面に伏せ込んだ俺をまた恵比須様はゲラゲラ笑う。
この人は……楽しんでいやがる。俺にはわかる。幾度となくやられた「いじり」というプレイだ。
「それで……俺の行く世界は……」
『それもさっき言っただによ。九条君の病室にあった漫画が面白かったから、その世界にするって言っただにぃ』
「漫画……?」
『BLEACHの死神……だにぃ』
その言葉で、俺は固まった。
BLEACH? ……確か友人が持ってきてくれた漫画だ。持ってきてくれてすぐに体調が崩れた俺は、最後までは読み切れなかった。死神の世界の話であり、斬魄刀片手に戦うバトル漫画。主人公黒崎一護が石田雨竜に喧嘩を売られ、すげーデカい虚を倒した。という所までしか知らない。3.4巻くらいだっただろうか?
NARUTOにしてよおおおっ……。遊戯王でもいいよっ……エヴァンゲリオンでもいい。ワンピースの方が楽しそう。なんでよりによって、読み終わっておらず、初期設定しか脳に詰め込まれていないBLEACHなんだよっ……
『変更不可だにぃ』
「……さいですか」
BLEACHの世界には絶世の美女でもいるというのか? 友達曰く「キャラ作画のオサレ度が高い、やばい。サブキャラでさえ、他の漫画なら主人公レベルの作画力」とか言ってたが……正直俺が読んだところまではそう思わなかった。いや、描写は丁寧だと思うし、コマ割りも構成も面白い。人物のかき分けもすごく分かりやすい。それでも……サブキャラでさえ、他の漫画なら主人公レベルの作画力。は言い過ぎなのではないか?
オサレってそもそも何語?
この後俺は、このBLEACHという漫画のキャラレベルを見誤っていたことに気が付くことになるのだが……
そんな俺の動揺なんか気にせず恵比須様は話を続ける。
『さ、行くと決まればおみくじだにぃ』
「おみくじ……?」
『君の設定を色々決めるために必要だにぃ。要は運試しだにぃ』
いや、まてよ? 俺はこんな漫画みたいな転生ルート辿るんだ。きっといいチートカードが出る。
『ん。それじゃあ、まず暮らす世界だにぃ』
「スリザリンは嫌だ、スリザリンは嫌だ、スリザリンは嫌だっ……」
BLEACHの世界のスリザリンってどこよ?
とは内心思いつつ、俺は恵比須様から渡された箱の中に手を入れて紙を一枚引いて開いた。
「なんて読むんだっけ……」
『尸魂界……だにぃ。地区は流魂街南78地区、戌吊だにね』
それはいいのか悪いのか? そんなことすら分からない。知識量のスタートがハードすぎる。
その場所は優男が平穏に生きていける場所でございますでしょうかっ……。それともスリザリンでしょうか。
『知らんだにぃ』
「え。待ってください。俺の心の声、全部聞こえていたんですか」
『当たり前だにぃ。三段鏡餅で悪かったにぃ。聞こえた瞬間に君の運を五割削減しといただにぃ』
「ごめんなさい。本当にごめんなさい」
『おいらは優しい神様だにぃ。三割削減で妥協してやるにぃ』
「三割カット!?」
「うるさいにぃ。いいことも悪いことも起こるってことだにぃ。わかったら次だにぃ」
そういって次の箱が目の前に差し出された。
箱に書かれている文字は、「初期 身体能力及び所有霊圧」
これはめちゃめちゃ大事だって分かっている。一護がすげぇってことも何となくわかる。だって主人公だし、大体すげーだろ、主人公っていうのは。
問題はただ一つ。運の三割削減。
俺は、恐る恐る箱に手を伸ばして、先ほどの倍は時間をかけて紙を選び取った。
「……初期における身体能力及び霊圧……「上よりの下」。ナニコレソレコレ我コレ!? 「ありよりのなし」とかいう女子高校生みたいな書き方やめてくれよっ……」
『三割削減だにぃ』
「強いのか弱いのかはっきりさせてくださいっ……」
『あくまで初期値だにぃ。努力でどうにでもなるにぃ』
恵比須様はそういってグッとポーズを作った。
『最後に斬魄刀を選ぶだにぃ』
「斬魄刀……とは? 一護が持ってる刀ですか……?」
『全ての斬魄刀には名前があるだにぃ。そういう知識は追々この世界で学ぶといいだにぃ』
「はあ……」
最後の箱は何個かに分かれているらしく、俺はとりあえず差し出された箱の中から淡々と引いていく。斬魄刀がなんなのかはよく分からない。だから、先ほどよりは緊張しなかった。
『ん、系統は「鬼道系」だにね。鬼道系の箱は……次はコッチだにぃ』
「はいはい」
黙々と引き続けて、終わった時には目の前に複数枚の紙が並んでいた。
「鬼道系」「中遠距離特化」「地水火風万能」「形状:番傘」
「解号:啜り泣け」「始解:箱入娘」
紙の状態を整理しても何が何だか全然分からない。斬魄刀ってなんですかぁ……。
一つ分かったのは、形態が傘ってこと。
色々と聞きたいことはあるが、追々学べと先手を打たれたのであれば、それ以上聞けない。俺はそんな男だ。
啜り泣けって……俺のこの状況を莫迦にしているのかと言いたいくらいだ。
始解:箱入娘とは? 箱入り娘と表記するのが正しいのではないか? 女が出てくるのか? それは有難い。しかもお淑やかそうな箱入り娘。
いや、箱入り娘は世間知らずの我儘娘の事も意味する。なにこの鬼が出るか蛇が出るかみたいな状況は。
俺のそんな気持ちを聞いているはずなのに、その並んだ紙を何故か恵比須様がジッと眺めている。
『……』
「……どうされました?」
『……なんでもないだにぃ』
いや、怖いんだが?
でも知ってます。そういうリアクションは大体チートを手に入れた時の反応だって。俺最強!?
俺のそんな顔をみて、恵比須様は小さくため息をついた。
『……おいらは斬魄刀の始解箱だけは割と充実させてただにぃ。数多のチート始解斬魄刀の中で、九条君は見事に「上よりの下」を引き当てただにぃ』
「また、ありよりのなしみたいな言い方!! さっきも聞いた!!」
『健闘を祈るにぃ』
俺は再び地面に土下座して鼻水を啜り上げた。
これがっ……啜り泣くという事でしょうか、斬魄刀っ……!!
恵比須様はそんな俺の姿を慰めるわけでもなく、巻き散らかった紙を黙々と片付け始めた。
「あれ? あと一枚開いていない紙があった気が……」
『気のせいだにぃ』
「は、はぁ……」
何か隠された気がしたが……これ以上突っ込むことは出来ない。俺はこんな男だ。
『んじゃ、改めて頑張ってにぃ』
「は、はぁ……」
俺が頷くのをみた恵比須様は、思い出したかのように手をポンっと叩いた。
『この世界に転生する理由は、童貞を捨てることだにぃ。さしあたっては、条件があるだにぃ』
「条件とは?」
『未来永劫花街禁止。愛のない行為も禁止だにぃ。約束を破れば……代償があるだにぃ』
女を買って遊んではいけないと!? あんまりです!! 恵比須様っ!
というか、花街なんてまた古臭い言い回しを……
成り行きワンナイトすら禁じられてしまった……
「だ、代償とは……」
まさか、死?
え、童貞捨てたいのに風俗いったら死ぬの? なにその縛りゲー。
『君はその瞬間、三段鏡餅体型の生涯真性ポークビッツに大変身するにぃ。そんでEDだにぃ』
「嫌だああああああ!!!!」
『気合だにぃ。んじゃ、行ってくるにぃ』
「はぇ!?!?」
鏡餅のことめちゃ恨んでいますやん。なんて思考はすぐに吹き飛ばされた。
何故なら、バカンっと俺の足元が円型に開き、俺はそのまま重力に従って落ちたからだ。
「うおおおおおお!?!?!?」
『期限はおいらの気分次第だにぃ。君が努力をやめたと判断したら罰を下すだにぃ。じゃあ、良い童貞ライフを……だにぃ~』
ひらひらと手を振る恵比須様の姿がどんどん小さくなり、それで初めて俺は自分が居た場所が空の上だったのだと知った。
地上は遥か下。童貞死神ライフ始まる前に死ぬのでは??
知っているかい。人は高所から落ちると、意識が飛ぶんだぜ?
なんて誰に説明しているのか分からないが……
兎にも角にも、俺の意識はそこで消えた。