童貞死神のスローライフ計画書(改)   作:はちみつ梅

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第十四話 海燕殿

 あの合コン……というより、死神協会の飲み会参加から数週間。俺はようやく取れた非番にほっと息をつきながら出かける用意をする。

 

「……なんか緊張すんな」

 

 初めて行く他所の隊。しかも十三番隊までだなんて……相当な遠出だ。しかし、あの日の虎徹四席の表情は、どうやっても見逃すことが出来なかった。

 

「ルキアにばれたらうるさそうだな」

 

 な、なぜ来たのだ! と言われるのが目に見えてる。それでも、顔くらいは見に行きたい。子供の授業参観に参加する父親気分だ。ちょっと違うけど。

 

 朝から出て、のんびり歩いたせいもあるのか十三番隊に着いたのは丁度正午だった。

 隊舎からは昼時だという事もあり大量の人が溢れんばかりに出てくる。こりゃ見つけんのは難しいぞ。

 

「あの、すみません」

「はい?」

 

 俺は近くにいた適当な人を捕まえてルキアの居場所を聞いた方が早いと思い、早速行動に移る。

 

「あの、人を探してるんです。朽木ルキアっていう女の子なんですが……」

「知らないです。すみません」

 

 そういって捕まえた男性は逃げるようにどっか行ってしまった。

 

「十三番隊の人じゃなかったのか?」

 

 そう思って次の人に聞いても、次の人に聞いても……帰ってくる言葉は同じ。『分かりません』『知りません』としか返って来ない。

 俺だって八番隊の人なんて自分の部隊の人たちを覚えるだけで精一杯なんだ。席次にもついていない人の顔や名前を知ってるなんて、個人的に交流がない限り覚えて居ろというほうが無理難題だ。

 

 それに、部署にもいろいろある。流魂街の調査だったり、地区管理なんかを担当しているのなら隊舎にいる時間が短いし……

 

 俺は人に話しかけすぎて、最初より緊張が取れたせいもあるのか、ズカズカと十三番隊の隊舎内を巡って見ることにした。

 

「迷子の迷子のルキアちゃん~貴女の部隊はどこですか~。居場所~を聞いても『わからない』~。名前を聞いても『知りません』犬の~涼介君~困ってしまってワンワンワワーン~ワンワンワワーン……」

 

 なんて替え歌を歌いながらグルグルと隊舎を巡っていれば、俺は偶然にもつい数週間前にあったばかりの人を見つけることが出来た。

 

「虎徹四席! お久しぶりです!!」

「九条殿!」

 

 一度会ったことがあるっていうのはやっぱ安心するもんで、俺はすぐに虎徹四席にルキアの事を聞いた。

 

「あいつの顔見に来たんですけど。今日外勤ですか?」

「あ、えっと……います!! いますとも! えっと、あのっ、多分鍛錬場に……」

「昼時なのにですか? あの食い意地はったルキアが珍しい」

 

 やけに歯切れが悪いのがやっぱり気になる。虎徹四席の指刺す方へ行ってみようと思い、俺はぺこりと頭を下げる。

 

「ありがとうございました。では」

 

 お礼を言って、背中を向けて歩き出した時……グイっと死覇装の腰の辺りを引っ張られた気がして驚いて振り返る。

 

「く、九条殿に伝えるのは変なお話でしょうが……あのっ、朽木さんを……」

 

 俺は、その言葉を聞いて走った。

 消えそうな声で泣きそうな顔で虎徹四席は……

 

『助けてあげてください』そう言った。

 

 俺は虎徹四席に教えてもらった鍛錬場へと走る。

 

 走る、走る、走る──

 

 バンっ!!! 

 

「ルキア!!!」

「りょ、涼介!!!」

 

 ルキアは、居た。けど……

 

「なんで泣いてんだよ……」

「え、あ! 違うのだ!! これはっ……」

 

 鍛錬場にいたのはルキアだけじゃなかった。もう一人男の人がいる。知らない顔だ。

 ルキアが泣いてて……男がルキアに手を伸ばしてて……。その状況に俺の中に一気に怒りが込み上げて来た。

 

「てめぇ! 何してんだよ!!」

「あん? 知らねぇ顔……ああ、お前が九条涼介か」

 

 なんで俺の名前知ってんのかとか、どうでも良くて……俺はルキアからその男を突き放すために掴みかかった。

 

「ルキアから離れっ……っ……!!」

 

 ダアアアアン!!! といい音がして、俺の体が宙に舞い一回転して背中から床へと叩きつけられた。

 嘘だろ? 俺は、檜佐木先輩を投げれるんだぞ? こんな簡単に? 

 さっきまで目の前にいたはずの男は少し笑った表情をしたまま、その場から一歩も動くことなく……『片手』で俺の事を投げ飛ばしたんだ。

 

「ははは!! 元気いいじゃねーか、おめー!」

 

 混乱が一気に押し寄せて、情報の処理が追い付かないうちに……ルキアの手刀が俺の顔面に直撃した。

 

「たわけ!!! 何をしておるのだ!!! 莫迦者!!」

「いってぇえ!!」

 

 鼻が折れたかと思った。このルキアの手刀、久々だ……。

 俺は、そこでようやく何か自分が勘違いしていると気が付いた。痛む背中と顔を労わりつつその場に胡坐をかいて座れば、ルキアは怒り心頭の表情をしている。

 

「このお方を誰だと思っておるのだ!!」

 

 そんなっ……水戸黄門みたいに言わなくても……お兄さん辛いよ……。

 俺が絶対的な悪役じゃん……。

 

「そう怒んなって、朽木! 俺、こういうやつ大好きだぜ?」

「し、しかし……海燕殿にあまりにも失礼です!!」

 

 海燕殿? 誰? と思った時……俺は、全身から血の気が引いた。

 俺が余りにも切羽詰まっていたせいで、視野が狭まりすぎてた。

 すぐに土下座の体勢を取る。

 

「も、も、申し訳ありませんでしたぁああ!!!」

 

 目の前の男は、ルキアの雰囲気からして絶対的な味方!! 何よりその右腕についている腕章!! 

 

「いいって言ってんだろ! 俺は志波海燕。十三番隊の副隊長やってる。お前が、朽木の兄貴だな」

「左様でございます!! 大変なご無礼っ……いてぇ!!」

 

 俺の身体が、また掴まれて投げ飛ばされた……

 

 ドシャァアア……

 

 

「謝ってねぇで、笑え!!!」

「は……はいっ……」

 

 それを伝えるために何故もう一度投げ飛ばす必要が? ちょっと元気が良すぎない? 

 すっげーいい笑顔じゃん。誰だっけ……誰かに似てる気がするんだけど……

 

 俺はようやく事情を聞くことが出来た。どうやらルキアは海燕副隊長にくすぐられて笑いすぎで涙を浮かべていただけのようだった。

 

「貴様はいつからそんな早とちって手が出るような奴になったのだ!!」

「ごめん……本当にごめん……」

 

 プンスカ怒ってるルキアをどうにか宥めようと、隠し持っていた焼き菓子を取り出す。

 ルキアが好きなウサギのクッキーだよ。ほら……

 

「あ……耳が……」

「ちゃ、チャッピーの限定焼き菓子が……このような無残な姿に……」

「お、俺のせいじゃねぇ!!」

「貴様!! 海燕殿のせいにするというのか!!」

「そういうわけじゃ……」

 

 俺達の会話が面白かったのか、海燕副隊長はもう堪えきれないと言いたげに大声で笑いだした。

 

「あー、そっかそっか……朽木はそっちが自然体か!」

「いえ、その……!」

「今さら遅いもんねー。海燕副隊長はこの目に焼き付けましたー。残念でしたぁー」

 

 べーっと舌を出してルキアをからかう海燕副隊長。そんな海燕副隊長に、ルキアはクスクスと笑いだした。

 あったかい人だな、この人。ルキアが安心して笑っている。

 二人の雰囲気が決して悪いものじゃなかったと知れただけで、ほっと安心することが出来た。ルキアは、一人なんかじゃない。

 

 でも、どうして虎徹四席はあんなことを言ったのか。俺がモヤモヤとしていたら、海燕副隊長が時間を見て「あ」と何かを思い出した表情をした。

 

「朽木ぃ。あと十五分で食堂閉まるぞ」

「な!! すぐに行きます! すまぬ、涼介!! また今度ゆっくり話そう!!」

 

 そういってルキアはバタバタと鍛錬場を出て行ってしまった。あいつ、久々に会った幼馴染で兄貴の俺より飯かよ。ちゃっかり焼き菓子は持っていったようだし。

 

「ははっ、ルキアらしいな」

 

 何も変わらなかった。いつも通りのルキアだ。俺のまた取り越し苦労だと思って俺も帰ろうと立ち上がる。

 

「お騒がせしました。あの、これからもルキアの事どうかお願いします」

 

 そう言って頭を下げれば、さっきまでの元気な声が聞こえなくて不思議に思って頭を上げる。そしたら、海燕副隊長は腕を組んで眉間にシワを寄せていた。え? 頼まれたくない感じかな? もしかして……裏の顔はヤバい人とか? 

 

「……泣いてたぜ、あいつ」

「……え?」

 

 泣いていた? だってさっきは。

 海燕副隊長は、真剣な表情のまま鍛錬場の出入り口、ルキアがさっき出ていった方を見つめている。

 

「あいつのあんな楽しそうな顔、俺が二年見てきて初めて見た」

「そう、なんですか?」

「いっつも、こっちの気合いが空回りってとこだな。なかなかに頑固な奴だ」

 

 そう言って海燕副隊長は困ったように笑った。

 

「ルキアになにがあったんですか?」

「んー、まあ色々あんだよ。お前、世界中の人に自分が好かれると思ってるか?」

「そんなまさか! 半々ならラッキーってくらいですよ」

「あいつには……その半分すらも与えられない世界みてぇだ」

 

 その言葉で、やっとわかった。どうして俺はこう、頭が回らないんだろうか……なんでもっとルキアの事を見てあげられなかったんだろうか……。

 自分が強くなることに精一杯で、あいつの傍にいてやるという事をなんでもっと早くに選ばなかったんだろう。

 

「白哉も……まあ、あいつも意地張ってっからな。もっと素直になりゃいいのに」

「俺は……ルキアを泣かせないために強くなりたくて。でも結局、何も出来てないっ!」

「俺に掴みかかった事か? それとも、朽木のこと悪く言ってる奴、全員ぶっ殺しに行くか? それで、そうやって朽木を守ってやんのが本当に正しいのか?」

 

 海燕副隊長の言葉に、上手く返事が出来なかった。力をつけるという事は、誰かを守れる。けど、同時に誰かに刃を向けなければいけなくて……

 

 仮に、仮にだ。海燕副隊長が副隊長じゃなくて、俺より弱かったとして……あの時俺がこの人をボコボコにしてたら……ルキアは悲しんだ。

 俺がルキアを見ていなかったせいで、ルキアが必死に作り上げようとしていた対人関係を壊すところだったんだ。

 そうでなくても、一時的に暴力で押さえた人の気持ちは、なんの解決にもならない。俺が見ていないところでもっと酷くなるだけで……

 

「九条。心を鍛えろ」

「心、ですか」

「ああ。朽木の顔見たろ。お前の事、心底信用してる。じゃあ、なんでお前は朽木の事、信用してやれねぇんだ」

「信用……」

「そうだ。人と人との関係を、力で解決しようとすんな。心で守ってやるんだ。信じてやれ。「お前なら大丈夫だ。俺が絶対味方だ。信じてるぞ」って、そう言ってやるだけで、あいつはずっと強くなれる」

 

 俺は、何も返せなかった。今会ったばかりの人に言われたことが、どうしようもなく正論で……虎徹四席がなんで俺に助けを求めて来たのか、ようやく理解した。

 悔しくて、悔しくて……俺は拳を握りしめることしか出来なかった。

 

 恋次にあんだけデカイ口聞いといて……俺だって一緒じゃねぇか。

 

「誰かのために怒れるってのは、いいことだ。けど、その刃の向け方を絶対に間違えんな。血に濡れた刃を背中に隠してじゃねぇと、大切な人を抱きしめられないような……そんな莫迦な守り方だけはすんじゃねぇぞ。お前の怒りで、誰かの心を穢すようなことだけはすんじゃねぇ」

「有難う、ございますっ……」

 

 俺が深く頭を下げると、海燕副隊長は俺の頭にポンっと手を置いた。

 

「図体ばっかデカくなっても、お前らはまだガキだ。朽木はお前を信用してる。じゃあ、お前は……朽木と俺を信用しとけ」

「はいっ……お願いします!!」

「頼まれなくても、俺はこーゆうことには勝手に構っちまうタチなんだよ! 俺の家族はみーんな、世話焼きの星の元に生まれてきてんだ! 任せとけ!」

 

 飲み込まれるような笑顔だ。ルキアが十三番隊で良かったと心の底からそう思えた。

 

「あ、これは誰にも言うなよ。……朽木をここに置くって決めたのは、白哉だ」

「朽木隊長がですか?」

「おう! ちょーっと不器用で頭硬ぇやつだけどよ、お前らが思ってるより酷いやつじゃねぇよ!」

 

 すごく今更なんだが、なんで海燕副隊長は朽木隊長の事を白哉呼ばわりしてるんだろう……。志波海燕副隊長……志波……志波?? 

 

 俺はしょんべんちびるじゃないかと思った。

 

「し、し、し、志波様!!!!」

「だはは! どうだ! 怖いか!! がおお!!」

「ひいいい!!」

「嘘だよ、ばーか!」

 

 両手を上げて熊みたいな威嚇ポーズを取りながら笑う海燕副隊長。貴族にもこんな人がいるんだな。

 

「あとお前、白哉いじめんのやめてやれ!」

「え、何もしてないですけど……」

「家に入った初日に、白哉が精一杯の会話で「あの友人達には好きに会いにいけ」っていったのに……朽木あいつ、「友と“兄上”に会いに行くほど私は弱くはありませぬ」って頭下げたらしいぞ! あれは白哉、結構堪えたんじゃねーか?」

「朽木隊長が? まさか」

 

 朽木隊長って、噂でしか聞いたことないけど、感情の揺らぎ一つない冷徹仮面で、朽木家歴代最強完全無欠の人だって言われてるのに。

 会話を拒絶されたあげく、ルキアが俺の事を兄って呼んだ程度でグサリくるような人じゃないと思うんだけど。

 

「ま、寝ションベンしてる頃から見てる俺や浮竹隊長にしかわかんねーだろうな!」

「き、聞いてはいけないことを聞いた気がします……」

「おう、だからこれは男同士の秘密ってやつだ!」

 

 じゃーな、と手を振って鍛錬場を出ていく海燕副隊長を呆然と見送りながら……俺は、知らない間にとんでもない相手に喧嘩を売ったんじゃないかと恐ろしく思えた。

 

 

 

 

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