童貞死神のスローライフ計画書(改)   作:はちみつ梅

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第十六話 超えていくための誓い

 護廷に入って約三年。

 季節は十二月。書いて字の如く「師走」だ。

 

 

「そっちの大掃除終わったー?」

「押忍! 九条部隊長補佐!!」

 

 俺にも後輩ってやつができた。

 人間の時は一年なげぇなって思ってたけど、死神になって時の流れを短く感じているのか……それとも人間だった時に生きていた年月を超えて、精神的に年食ったからなのか何なのかは分からねぇけど。何が言いたいかって? 

 

 この冬が明けて春が来れば、ついに恋次達が護廷十三隊に入ってくる。

 

 俺は掃除のチェックをしながら、部下に向かって人差し指を立てた。

 

「んー……70点。もう一回」

「えええ!!!」

「合格基準は95点以上って言ったろ。俺は、掃除に関しては厳しいぞー」

「訓練だって厳しいじゃないですかぁ……」

 

 げんなりと落ち込む部下に、わざとらしく腕を組んで声色を上げる。

 

「よく聞け! 部隊長と相談の結果……明日から二日間の全体非番が決定! そしてなんと!! 一ヶ月に及ぶ伊勢副隊長との長い長い対決の結果……掃除が完璧に早く終わった上位50名のみ現世への買い物許可が出たぞ!!」

「うおおお!!! さっさとやり直しやるぞおおお!!」

 

 それを聞いた瞬間隊舎は活気に溢れ、みなそれぞれ再び掃除道具を手に取り出した。

 

「ちなみに、買った物の霊子変換器使用代は自己負担だ。聞いて驚くな、我が部隊の予算は先日の飲み会で使い果たした!!」

「ぇぇ……」

 

 三年目が終わろうとしているのに、相変わらず俺は八番隊第五部隊部隊長補佐。檜佐木先輩は、俺が真央霊術院を卒業すると同時に九番隊の七席になったから……俺はやっぱり「上よりの下」なんだろうな。

 

「春から檜佐木先輩は七席から四席。乱菊さんは副隊長か。すげぇや……」

 

 俺がぐるぐると見回りをしていれば、雪で遊んでいる奴らを見つけた。

 

「おーまーえーら……サボんじゃねぇ!!」

「見つかった!! 逃げろ!!」

「よし!! このまま鬼事の訓練に変更! 俺に捕まった奴は、捕まらなかった奴の掃除区域を追加担当!! 全員捕まったら、屋根の雪下ろしを全員でだ!!」

「逃げ切れるわけないじゃないですかああ!!」

 

 悲鳴なのか笑い声なのか分からない声が響き渡る。そうしていれば、すぐに部隊長の雷がとんできた。

 

「こらあああ!!! おめーら、なにやってんだあああ!!」

「やっべぇ!! 部隊長が来たぞ!! 掃除再開!!」

「「「押忍!!!」」」

 

 強くて真面目で厳しくて、でも人情溢れた部隊長と後輩を上手く叱れない、まだまだガキな俺。

 風魔で飛んで飛びすぎてからの拳骨は、もう恒例行事。だから最近は、俺から頭を差し出す。そしたら、殴られたら許されると勘違いするな。と最近また風魔を使うハードルが上がってしまった。

 

 それでも知ってるんだ。俺が斬魄刀と上手く行くように、俺が帯刀禁止区域に出てしまった時は、俺の代わりに必死に謝ってくれていることも、それを絶対俺に悟られないようにしてくれているところも。

 土魔を土の中に埋めたまま疲れて寝てしまった俺を見かけたら、誰かがその場所を踏まないように俺の代わりに見張りをしてくれていることも。

 起きようとしたら初めからいなかったかのように、瞬歩で消えてしまう事も……

 

 父ちゃんみたいだと思った。

 

 

 ──そうだ、あの日。

 ──それは、やけに寒い冬の日だった。

 ──俺は、あの日の寒さを一生忘れることが出来ないだろう。

 

 

「九条! ちょっと来い!」

「押忍! 部隊長!!」

 

 どうにかこうにか、年末の大掃除も終わりかけた頃、部隊長から呼び出された。連れていかれたのは隊舎の中で、普段は使わない道順を歩いていく。

 

「あの、どちらへ」

「京楽隊長の所だ」

「えっ」

 

 自分の隊だというのに滅多に会わない京楽隊長。普段は女の子の所にいるか、瀞霊廷中をフラフラしているから、男だらけの第四部隊が会う事なんて、たまーに気が向いた時にしてくれる見取り稽古くらい。

 見取り稽古という名の「何一つ目で追えない稽古」だけどな。

 敵に見立てたカカシ人形が瞬きの間に木っ端微塵になってて、その後は、挑戦者が挑んで1秒で気を失う。

 そしてニコニコしながら、「じゃあねぇ」って言ってフラフラ帰っていくのだ。

 

 三年八番隊にいるが、隊長に対してはそのイメージしかない。

 

 コンコン

 

「「失礼します」」

 

 二人で隊首室に入る。初めて来た隊首室に緊張していれば、京楽隊長が深く被った笠から顔を出した。相変わらず色男だなぁ。

 

「や、年末の忙しい時に悪いねぇ」

「とんでもありません!」

 

 直接の呼び出しなんて、部隊長は経験あるだろうが、俺は初だ。

 緊張でガチガチになっている俺をみて、京楽隊長はクスリと笑った。

 

「ボクは男を取って食う趣味はないから、緊張しなくていいよ」

「おっ……はい!」

 

 押忍と言いかけて慌てて止める。この人はこういう暑苦しいのは嫌いなんだった。

 

「九条君、もうすぐ丸三年になるんだっけ?」

「はい! 春が来たら入隊四年目に入ります」

「そうかいそうかい……。そろそろやってみるかい? 部隊長ってやつを」

 

 俺は、突然に言われた言葉に理解が追い付かず、思わず部隊長の方を見た。

 部隊長は、優しく笑っている。

 

「九条。お前は強くなった。自信を持っていい」

「お、俺はまだ……部隊長から一本も取れてません!!」

「三年前の俺だったら、もう取られてるよ。部隊長としての器は充分だ」

「そういうことじゃないです! それに、俺が部隊長って……そうなったら部隊長はどこにいくんですか!」

「俺は、お前に席を譲った後……八番隊五席だ。円乗寺五席が四席に昇進する関係もあってな。お前は五席に勝とうってか? 強欲な奴め!」

 

 部隊長は俺の頭を豪快に撫でながら笑う。

 五席? 器は足りてる? 俺は、三年前の部隊長の実力に追いつけた? 

 でも部隊長は、三年俺の面倒見てる間に五席に匹敵するまで強くなってて……勝てないのは当たり前で……。

 

 あれでも、そうしたら部隊長は五席としての仕事もやらなきゃいけないから、もう俺らと毎日訓練というわけにはいかない。

 もっと危険な虚討伐部隊への任務担当になるだろうし、隊を回すための管理職もこなしていくだろう。

 

 そっか……俺の上司のままとはいえ、今までみたいに毎日会えるわけじゃなくなるわけで……

 

 何から理解していいのか分からなくなり、どうしようもなく、ぐちゃぐちゃになった気持ちに、追い打ちをかけるように部隊長の優しい声が届く。

 

「……強くなったな、九条。よく頑張ったな」

「っう、うえええ……おめ、おめでとうございますっ、部隊長ぉ……」

「うお! 泣くな!! 男だろ!!」

「でも寂しいですっ……寂しいですっ!!」

「おめーはほんと、可愛いやつだな!」

 

 俺がただただ号泣するのを、ゲラゲラ笑いながらいつものように頭を撫でてくれる部隊長と、そんな俺達をニコニコ見る京楽隊長。

 

「僕としては早く彼を席官にしたかったんだけどねぇ。まだ面倒みたいって、聞いてくれなくてさ」

「京楽隊長!! それは言わないでくださいとお願いしたはずです!!」

「あっはっは、いいじゃないのぉ」

 

 一体なにからお礼を言えばいいんだろう。

 こんなどうしようもなくガキな俺のために、三年も誰もが憧れる席官の座を差し置いて俺の為にずっと……。俺はそれでもまだ、この人と毎日一緒に居たいと思ってしまう甘ったれで……。

 

 俺は涙を拭いながら、部隊長に向かって頭を下げる。

 

「部隊長ぉ……部隊長が八番隊の隊長になったら……俺を副官にしてくださいっ!! 百年でも二百年でもかけて、俺っ、部隊長の背中追いかけますからぁ!!」

「おめー、京楽隊長の前でなんてこと言ってんだ!!」

「あはは! いいのいいの。こりゃ八番隊の将来安泰ってわけだ」

 

 京楽隊長は相変わらず優しくて、でもやっぱり何かずっと考えているような目をしている。京楽隊長の目には、俺達はどう映っているんだろうか。どんな未来が見えているんだろう。

 

「わーったよ、九条! 俺がいつかどこかの隊の隊長になったら、そんときゃお前を呼ぶよ!」

「あー! 逃げた! 八番隊隊長って言ってくださいよ!!」

「うるせっ! 俺はおめーみたいに命知らずじゃねぇ!」

 

 ワイワイ俺達が隊首室で騒いでいた時、伊勢副隊長が部屋に入ってきた。

 

「隊首室ではお静かに」

「す、すみません」

 

 伊勢副隊長は、京楽隊長に何かの書類を渡す。

 それに目を通した京楽隊長が、ふうっと息をついた。

 

「じゃ、出撃の準備はいいかい? せっかくなら第五部隊からも数人連れていきなよ。いい経験になるさ」

「承知しました! すぐに!」

 

 俺は、急に始まった仕事の話について行けず、部隊長と京楽隊長が何を話しているかも分からない。

 不思議そうにしていれば、部隊長がニコリと笑う。

 

「ん? おめーには関係ない話だよ。俺の五席としての初仕事だ。数日前からバカでかいのが流魂街で動き回ってんだと。やっと尻尾つかめたんだ」

「お、俺も行かせてください!」

「馬鹿野郎、部隊長のお前連れてったら、緊急のときに誰が指揮とんだよ。任せとけって、丁度最近なまってる奴らに灸据えてやっか」

 

 三年前と比べると、俺達第五部隊は虚討伐率が上昇すると共に隊員死亡率が急激に減った。全部この部隊長が来てからなんだってさ。

 

 挙手制の早い者勝ちで編隊を組んでも負けないくらいに、一人一人の個人レベルも上がった。

 おかげさまで俺たち八番隊第五部隊は、他の隊が持つ部隊の中でも、最優秀虚討伐部隊とこの前総隊長から表彰があったんだ。

 

「部隊長が五席になったら……正真正銘、部隊長が作り上げた部隊になるんですね……」

「おう! 俺の誇りだ!!」

 

 そういえば円乗寺五席と部隊長は、十一番隊に勝てたと心底喜んでいた。

 その飲み会をこの前行って、予算が喰い潰れたわけだが……。

 

「君の作った部隊なら、誰を引っ張ってきても構わないさ。任せるよ」

「決して犬死にならぬ者を選ばせてもらいます」

「うん、君らしい。じゃ、よろしくね」

 

 部隊長が行う人選は京楽隊長がこうやって好きにしていいと言われるくらい絶対的な安心がある。

 

「んじゃ、年明けに就任式でいいかい? 順番がバラバラでごめんよ」

「いえ! 三年もお待たせしてしまい、すみません! こちらこそ身が引き締まる思いです!!」

 

 そうして俺達は隊首室から出た。部隊長が出撃のために準備を整えている最中、俺は大きすぎる背中を眺める。

 あがいてあがいて、届きたくて届きたくて……結局この人には、一度も届かないまま、また遠くに行ってしまう。

 でもそんなことで諦めない。俺はこの背中を絶対に超えると誓ったんだ。

 

「……必ず、追いつきます」

「待ってっぞ!」

 

 帰ったら盛大にパーティを用意しよう。七番隊の射場副隊長に言えばもしかしたら旧友たちも集めてくれるかもしれない。

 どうやって驚かせよう、何をしたら喜んでもらえるだろうか。

 

 してもし足りない感謝を、何年だって何十年だって伝え続けよう。

 互いに新たな決意といつか叶えたい夢を背負って。

 

「さて、部隊長が帰ってきたら泣くほど喜ぶ飲み会にしなきゃなぁ!」

 

 

 

 

 ──そうだ、あの日。

 ──それは、やけに寒い冬の日だった。

 ──俺は、あの日の寒さを一生忘れることが出来ないだろう。

 

 

 

 

 

 

 ──部隊長は、生きて帰って来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

「巨大虚討伐は成功したよ」

 

 

 なんで? 

 京楽隊長の声が随分と遠くに感じる。

 

「今回の出撃で、死亡は彼だけだ。七緒ちゃん、隊葬の用意を」

「はい、京楽隊長」

 

 なんで? 

 部隊長だけ? 隊葬? 本当に死んだのか? 

 

「九条部隊長!! 俺達のせいです!! あの人はっ……俺達を庇って!!」

 

 俺の眼下では、土下座して泣きわめく隊士らがいた。見慣れた顔、第五部隊のやつらだ。

 

 なんで? 

 お前らは、部隊長が選んで連れて行ったんだぞ? 

 あの人の特技は、人選と采配だ。

 

 なのに……なんで? 部下に無理に前線を任せるような人でもない。異常があれば、必ず一歩早くに部下への退却命令を出す人だ。

 三年間、全部の討伐についていった。一度だって、あの人が指示や采配をミスしたことなんてない。俺に指揮官をやらせたときも、俺がどんな失敗をしても必ず全部ひっくるめて戦況を勝ちに導く人だ。

 

 それでも勝てないと判断した時は、命をかけて戦うのではなく、必ず退却して、新しい作戦の練り直しか、より上級の部隊や席官に救援要請を出す人だ。

 

「すみませんっ……すみませんっ……」

「俺達がっ俺達がもっと鍛錬していればっ……退却が間に合ったはずなんですっ……」

「これで帰れば休みだって……気が抜けてっ!!!」

 

 そうだよ。鍛錬するんだよ。

 ある程度のレベルで満足するんじゃなくて、もっともっと高みを目指すんだよ。自分達の勝手な気分で先人達が築き上げてきた努力の結晶をないがしろにして、この程度でいいやって思って終わったら……その時失うのは、仲間の命なんだよ……。

 

 休みだと思って気が抜けた? 

 ふざけんなよ……頼むから……冗談は程々にしてくれよ……

 

 お前らがもっと……もっと……

 血反吐吐くまで……もっと……

 部隊長が生きててくれてた方が……お前らなんかより……

 部隊長じゃなくて……お前らが死……

 

 

 

 "誰かのために怒れるってのは、いいことだ"

 "けど、その刃の向け方を絶対に間違えんな"

 "血に濡れた刃を背中に隠してじゃねぇと、大切な人を抱きしめられないような……そんな莫迦な守り方だけはすんじゃねぇぞ"

 

 "お前の怒りで、誰かの心を穢すようなことだけはすんじゃね"

 

 

『 九条 おめーは可愛いなぁ! 』

 

 

 

「っ──!!!!」

 

 

 違う、違う、違う!!! 

 俺の怒りで、部隊長の心を穢すな!! 

 あの人の訓練や指示や人選方法は、自分が助かるためのものじゃない。あの人が三年間言い続けてきたことはなんだ? 

 

『俺の部下を犬死なんかさせない』

 

 全部俺達を守るために、俺達の命を繋ぐためのものだ。そのためにあの人は厳しくて、怖くて、誰よりも暖かい。

 

 俺は、震える足で、帰ってきた部下達の前に立った。

 俺がよほど怖い顔をしていたのだろう、怯えて顔をあげることすら出来ていない。

 

 俺は……俺は、いつか貴方のようになれますか、部隊長。

 

 俺は唇を噛み、拳を握る。そうして、ゆっくりと息を吐きながら固く握ったはずの拳から力を抜いた。

 

「ったく、いつまで泣いてんだ。泣いたって強くはなれねーぞ。出来なかったって座り込んでたって……何も掴めねぇぞ。悔しかったら……立て」

 

 こんなとき、貴方だったら……。出来なかったと泣きじゃくる俺に貴方はいつも……。

 

「おかえり。生きて帰ってきてくれて、ありがとな……」

 

 そう、声をかけてくださいましたね。

 

 

 ***

 

 

 隊葬が淡々と済んで、部下を見送って、やっと静かになった空間でふうっと息をついて、一人隊葬場の所にしゃがみ込んでいれば、目の前に誰かが立った。

 足音がなかった。こんなの、ただ一人しかいない。

 

「すみません……京楽隊長」

「座ったままでいいよ」

 

 立ち上がろうとした俺を、京楽隊長が手で制したため、俺はそのままの体勢で、顔を下に下げた。

 

「……よく、堪えたね」

「俺は、あのままだったら……きっと彼らを気が済むまで殴っていました。海燕副隊長に教えてもらったことがなければ……俺は、部隊長の心に泥を塗って……部隊長が作り上げて来たもの全てを壊してしまうところでした」

「そうかい。海燕君らしい教えだ。君は人に恵まれているね」

「たまたまです……本当に……たまたまで……」

 

 俺が真面目に苦手な事からも逃げずに訓練しようと思えたのは、霊術院でルキアの一件があったからだ。それがなかったら俺はきっと変われなかった。

 彼らにはたまたまそういう機会がなかっただけで、今この瞬間が変化の機会であることを願うことしかできない。

 

「違うさ。人に恵まれてるってのは、恵んであげたくなるような子だってことだよ。君自身が自分で手繰り寄せてるんだよ。随分上から目線に感じるかい?」

「いえ……もし本当にそう思ってもらえているのであれば、有難いです」

 

 京楽隊長は、俺に黙って何かを渡してきた。

 

 

 

 ──遺言

 

 

 

「席官になるときの彼らの最初の仕事だよ。席官になった子たちは必ず就任式の日にこれを書く。彼はとてもまじめだったんだね。もうちゃんと用意してあったよ」

 

 俺は遺言と書かれた封筒を、何気なく表から裏へとクルリとひっくり返した時、全ての動きと呼吸が止まった。

 

「彼は身寄りがない。まあ、身寄りがないってこと自体は珍しくもないことだけど……」

「っぅ……うああああっ……っう、ああああ!!!!」

 

 ため込んでいた涙が一気に溢れる。

 

 ──遺言

 ──九条涼介 殿宛

 

 ──九条! まーたおめーは泣いてんのか! 

 ──でも、もし俺の死が悔しくて泣いてくれてんのなら……ありがとな。

 

 ──お前との思い出なんて、毎日が事件でいちいち覚えてらねぇし、こんなちいせぇ紙一枚じゃあ収まらねぇなあ。以下省略……だな! 

 

 ──お前に俺の誇りを任せる。八番隊第五部隊部隊長……頼んだぞ。

 ──そんで、京楽隊長に一個『お願い』しといたからよ。もし聞く気があんなら、立て。

 ──どうせ俺の隊葬場で一人で座り込んで、京楽隊長に気遣わせてんだろ。なっさけないなぁ。おめーはよ。

 

 ──九条。

 ──改めてだが、ちゃんと言わせてくれ。

 

 ──おめーは俺の誇りだ。一番弟子だ。どこにだって胸張って出せる! 

 

 ──強くなれ! 九条!! お前が俺の最初の補佐官で俺は幸せだった。

 

「なんだよっ……自分の話……一つも書いてないじゃないですか……」

 

 死んでも俺の心配ばっかりだ。本当にこの人は……

 本当に、本当に……超えられない壁のまま消えていった。

 

 いつの日か、乱菊さんが言っていた言葉が脳裏をよぎる。本当に大切な人は、何も言わないまま消えて行ってしまう、と。

 違う。こんなにも心を残してくれていっている。前に進む力を残してくれている。

 

 本当に残酷なのは、明日が来ると信じて、何も伝えられないまま明日が来てしまう事だ。

 昨日までの日々はもう来ないのだと知ってしまう事だ。

 

 それでも立ち上がらなければならない。それでも前を見なければならない。

 歩みを止めてはならない。それが、彼の最期の願いで……俺が選んだ道だから。

 

 俺は、唇を噛み締めて、拳に力を入れ……歯を食いしばって立ち上がった。

 今度は、まっすぐと京楽隊長を見る。

 

「聞かせて……もらえますか」

「彼がいないなら、本来は部隊の統率力が下がることを考慮して、前任の円乗寺君を一時的に戻すか、至急他の隊から席官の補充が必要だ」

 

 当たり前だ。また全然知らない席官が俺の上官になるのだろう。

 俺はその人とうまくやっていけるのか不安だ。思考を巡らせる俺とは対照的に、京楽隊長は優しく笑ったままだった。

 

「いつか二人で隊長と副隊長に。もしそれが叶わない時、せめて……八番隊五席の席を五年間『空席』に出来ないか、と」

「五年……」

「這い上がって来れるかい、九条君」

 

 俺が何度挑んでも、どうあがいても……あの何一つ届かなかった部隊長が……十三年休みなく鍛錬して掴みとった席だ。元々才能に溢れた優秀な人なんだ。「上よりの下」の俺なんかが全然届く気がしないってのに……

 あの人は……俺にまだ、追いかけさせてくれようとしている。

 

「……出来ます。必ず、必ずやり遂げてみせます!!」

「ボクは暑苦しいのは嫌いさ。けど、ボクも君に"恵んでみたく"なったみたいだ」

「え、どういう……」

「毎月二回。第一第三火曜、19時~21時。空けることは可能かい?」

 

 俺がリアクションを返す前に、京楽隊長は俺に何かを投げて来た。

 反射で受け止めれば、掌に収まったものは思ったより小さかった。

 

「え?」

「その鍵、ボクお気に入りの鍛錬場の鍵だよ。無くさないでね~」

「え、ちょ、京楽隊長!?」

 

 俺に何一つ返事も質問させないまま、京楽隊長は一瞬で姿を消してしまった。

 俺は掌の鍵を見つめる。随分と古い鍵で、一体いつから使われていたものなのかは分からない。その鍵に付いていたのは小さな紙で、中を開けば稽古場の場所が書かれてある。

 

「八番隊地下??」

 

 八番隊に地下訓練場なんてあったのか? 一応座軸は書いてあるから行けばわかると思うが。

 これが、部隊長が俺に残してくれた……最後の贈り物? 

 

「……ありがとうございます。京楽隊長。ありがとうございました……部隊長」

 

 泣くな。泣いたって強くはなれない。

 その場で座り込んだって、誰にも追いつけない。

 

 立て、立て、立て。

 泣き叫んで、悲しんで、死にに行くような覚悟を持ったところで、部隊長はきっと褒めてくれない。

 

 

『 生きて帰ってこい 九条 』

 

「……押忍。行ってきます。部隊長」

 

 

 

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