「ぜぇっ……ぜぇっ……逃げ切った……」
あの落ち武者からどうにかこうにか逃げ切った俺たちは、少女に連れてこられた場所でようやく腰を下ろすことが出来た。元々走ることに特化していないおにぎり君は、ぐったりと横たわっている。
「この程度の距離で息が上がるとは……なんと情けない!」
少女は腕組みをしながら座り込んで息を整える俺たちを見下している。
ちょ、当たり強い系女子!? 男気強い系? 俺の三番目のねぇちゃんとそっくりだ。
四人姉妹のテンプレートみたいな個性を併せ持っていた俺のねぇちゃん達……元気でやってるかなぁ……
「いや、助かりましたよ。ありがとうございます。俺の名前は九条涼介です」
「私はルキアだ」
その名前を聞いて、俺は挨拶のために伸ばした手が止まった。ルキア? 朽木ルキア?
あれじゃん、主人公が主人公になるきっかけの子じゃん!!! 何してんの、こんなところで!? 早く一護の所行けよ!!
……と思ったが、まだ死神じゃないのか。
世界には時間軸というものがあることくらい知っている。
それよりも気になることがある。
「ん? ルキアちゃん、名字は?」
「そのようなものはない」
はい? じゃあ君いつどこで朽木を手に入れたの? 一護と出会った時には既に誰かと結婚でもしてたの? この世界の結婚基準年齢はわからないが、明らかに現世よりは時代が古い。幼いうちに結婚するのも珍しくないかもしれない。
……ということは合法ロリ!?!?
「……どうしたのだ、九条」
「いや、なんでもないです。すみません」
俺が固まっていたことを不思議に思ったのだろう。いかんいかん。俺は幼女には手を出さんぞ。
なんたって俺の好みは色気ムンムン大人のおねぇさんだ。
邪念を振り払って笑顔で挨拶を交わし、残りの少年たちも順番に挨拶をしている。ただ一人、恋次を除いて。
「おーい。恋次。仮にも助けて貰ったんだから、お礼と挨拶はしましょう」
「うるせぇ!!」
恋次はそういって背中を見せてしまった。ああ、これは……。
「……少し話をしましょう、恋次」
「な!! 離せ!!」
俺はパーマ君達に手を振ってルキアちゃんに少し頭を下げてから、恋次の腕を引っ張って雑木林の中に連れて行った。
恋次は不満げに腕を組んだまま目を合わせようとしない。
俺はその場に膝をついて恋次と目線を合わせた。
「……心配なんでしょう、彼女のことが」
「ちげぇ!」
「今回は作戦が不足していました。俺も初めてのことだからと恋次に甘えて、取り返しのつかない失敗をするところでした。……恋次一人が背負い込まなくていいですよ。
ありがとう、恋次。みんなを守ろうとしてくれて、ありがとう」
そういうと、恋次は目に涙を溜めた。どうにか泣くまいと堪えているが、こういうところはまだ子供だと思う。
自分が引っ張っていかなければ、自分が守らなければ。そのプレッシャーと戦い続けて、仲間の命を失うと思ってしまった。そして自分の身が危険になると分かっていて助けてくれたルキアちゃん。
彼の中のプライドがどうしようもなく傷ついてしまっている。
「俺はっ、あの時っ……迷ったんだっ……止まらずに走ればっ……逃げ切れるって……最低だ!!」
「そんなことないですよ。生きていく上で選択が来る瞬間は必ずある。その選択を思い浮かべる事が悪いことじゃないです。最終的に何を選んだか、です。恋次は立ち止まった。それで十分です」
子供だけで生きていくにはあまりにも残酷な世界。
俺がもっと強ければ、一人で水を取って来れたかもしれない。けど……三段鏡餅と呼んでしまったせいで、俺はどうしようもなく「上よりの下」の男だ。
俺に決して見られないように泣く恋次。啜り上げる鼻水の音を聞きながら、俺は恋次に背中を向けた。
小さくても男の子だ。女の子のように頭を撫でたり抱きしめたり……そんなふうに手を出す必要はない。恋次はいい奴だ。仲間思いで、大事なことは全部自分で抱え込もうとする。だからこそ、泣いたくらいで腐るような男の子じゃない。
「涼介っ!」
「はいはい」
「強くなるぞっ……俺らがみんな守れるように!」
「仰せのままに」
そう、一人でじゃなくて、そうやって誰かと一緒に上を目指すことを真っ先に想い浮かべて口に出せる強さがもう君にはあるんだ。
恋次が泣き止んで目の赤みが取れたころ、ようやく俺達全員の自己紹介が済んだ。
恋次は口には出さないが、既にルキアちゃんを仲間に入れることを決めている。自分達のケツを拭いてくれたルキアちゃんをこのまま放っておくことなんて彼には出来ないだろう。
恋次が俺の近くで、俺にしか聞こえない声で小さな声で言った。
「……ありがとな。お前は今日から下僕じゃなくて……俺らの仲間だ。だから、その敬語はもうやめろ」
祝・昇進!!! ありがとうございます!!!
召使い精神叩き込まれている俺にとって、敬語は特に苦でもなんでもなかったが、彼らとさらに距離が近くなったことを嬉しく思う!!
「ありがとう。これからもよろしく、恋次」
「おう!」
そうして、男五人女一人の奇妙な共同生活が始まった。
「ルキアちゃんこんな立派な家に住んでたんだ」
「元々は私の所有物ではない」
ルキアちゃんはこの世界に赤子の時に来たらしい。そのまま放っておけば死んでしまう所を、おばあさんが拾って育ててくれたようだ。そのおばあさんは、ルキアちゃんが幼稚園児くらいの年齢の時に死んでしまったらしい。
「それから……この家で誰かと過ごしていたような気もするのだが……」
「覚えていないの?」
「うむ。時折婆様でも私の物でもない物が出てくるのだ」
「記憶消失系女子は鉄板だよ」
「……なんだそれは」
「ごめんなさい。気にしないでください」
割とルキアちゃんも訳アリ系女子の匂いがプンプンするなぁ。流魂街の子にしては、なんかこう、どこか気品漂っている。まあその気品に無事、パーマ君、ソバカス君、おにぎり君はデレデレになってしまうのだが……
「女一人にデレデレすんじゃねぇ!!」
「痛い!! レンちゃん酷いよ!!」
大体こうやって恋次が殴りに来る。でも知っているぞ。恋次、お前もルキアちゃんのこと好きだろ?
だがしかし!! ここはわずかながら君達より大人な俺が華麗にルキアちゃんの心を奪おう!!
今は幼女。しかし、将来がある!! 大人になってしまえば、多少の年の差なんて気にならないのだ!!
「ルキアちゃん。俺が洗濯変わるよ」
「しかし!」
「いいの、いいの。女の子の手が水で荒れるのはよくないからさ」
「すまぬ! 涼介! お前は本当に良い奴だな!」
ルキアちゃんはそう言って笑ってくれた。可愛い、とても可愛い。現世にいたら、キッズモデルの最頂点に君臨しそう。
うんうん。いい調子だ。
そのままその信頼を恋心に……
「このように男ばかりの世界で、涼介は唯一無害だ!!」
「‥‥アリガトウゴザイマス」
俺は涙を堪えてひたすら洗濯をした。
悲しない。辛くない。嘘、涙が止まらねぇ……
俺は「無害クン」。よかれと思って女子の為に動き、得る評価は「無害」。
良くも悪くも、信頼は得ているのだろうが、その「信頼」は恋だの愛だのに発展するものなんかじゃない。
そして俺は、そうやって出来てしまった対人関係を崩せない。
良く言うだろう。「告白なんかせずに友達の距離感の方がいい」だとか、「この関係を壊したくない」だとかさ。
相手が俺を恋愛対象として見ていないのならば、俺はそれ以上踏み込まない。
悲しいな、俺はそういうカードしか持っていない男だ。
そうして世界には残酷な事の方がずっとずっと多い。
「聞いてくれ、涼介! 恋次の奴がまた私の果物を横取りしたのだ!」
「ええー、あいつは全く……あとで注意しておくよ」
「いや、そのなんというか……嫌ではなかったのだ‥‥恋次が食べて喜ぶのであればと……」
もじもじと顔を赤らめて話すルキアちゃん。
はい、お決まりコースですね。知ってました。
恋次がやってるのは、「好きな子をいじめる」
ルキアちゃんは「恋次が喜ぶことが私にとっての喜び」
はい、末永くお幸せに!!!!
俺は『年の近い者同士に譲ってやるぜ』なんて誰も見てやしないのに、そんな虚勢を張り付けて、遠ざかっていく「脱・童貞」への道を嘆き悲しんだ。
代わり映えがするようでしない毎日が過ぎていく。
一年、二年、三年。三年経つ頃には、俺らは互いを家族以上に想い合っていた。
このままずっと一緒にいるんじゃないかと、そう思っていた。
……六人での共同生活。
子供達が生きていくのに、少し世界は残酷過ぎた。
仲間の中で最初に死んだのは、おにぎり君だった。元々食事なんていらないおにぎり君は、それでも食い意地張って俺らが見ていないところでキノコを食べて死んだ。
その後は、ソバカス君だった。彼は臆病な性格のくせして、俺らの役に立とうと一人で強奪に行って死んだ。
俺達が強くなっていくのを見て、羨ましかったのかもしれない。誰よりも恋次に憧れていた子だったから。
そして今日……パーマ君が死んだ。理由は解らない。朝起きたらもう息をしていなかった。
霊力を持たない彼らは、死んでしばらくしたら光になって消えてしまう。ここはBLEACHの世界だから、きっと輪廻を廻っていくのだろう。
「……俺らが起きるまで光になるのを待ってくれていたことに感謝しよう。きっとまたいつか会える」
そうして三人を見送った今日この日。俺がこの世界に来て、十年が経っていた。
仲間が死んでいく。輪廻だと分かっていてもそれはとても悲しく、残されていくルキアと恋次の顔が年々子供らしさが抜け落ち、どこか遠い目をしていることには気が付いていた。
それを差し置いて、今日は言いたいことがある。
俺だって普段からこんなことを考えているわけじゃない、と言い訳を先においてもいいか?
十年という節目の年なんだ。許してほしい。
「綺麗なおねーさんはどこですかああああ!!!!」
十年だぞ!?
ルキアは確かに綺麗になった。だがしかし、ルキアはもはや家族認定!! 妹みたいなもんだ!!
これはもう、崩せる崩せないじゃない!! 倫理的観点の問題です、恵比須様!!
あとの女は、死体! 右向け死体! 左向け死体!! たまに空からこんにちは、死体!!
生きている女の子は、どこですかあああ!!!
これは俺に死体愛好家になれという確定イベントですか!?
『ざまぁないだにぃ』
ついに恵比須様がなんて言ってそうか脳内再生余裕になってしまった……
「な、なに吠えてやがる、涼介」
「……聞かなかったことにしてくれ……恋次……」
こいつも十年で大きくなった。背が伸びたし、筋肉もついた。小学生四年生が中学生三年生になった感じだ。
だから俺が何を嘆いているのか何となく察された。ポンって肩叩くのやめてもらっていいですか!? お前も童貞じゃん! 仲間!! 俺らは永久不滅の仲間です!!
ちなみに俺の見た目は大して変わっていない。15歳の見た目から18歳くらいにはなったのだろうが、大人とは言い切れないなんとも言えない中途半端な見た目年齢だ。
「それよりルキアんとこ行くぞ。話があるってよ」
「ルキアが? わかったよ」
わざわざ呼び出してまでいう話とはなんだろうか。なに、俺達結婚します宣言でもされちゃうのかなぁ。だったらいま肩を叩かれた理由は分かる。お兄ちゃん寂しいよ、恋次……。
なんて事を考えていれば、向かっている先が仲間の墓がある場所だと気が付いた。
形だけでもつくろうと三人で作ったのだ。戌吊で一番高いところにある丘の上。昇る太陽も沈む太陽もはっきりと見えるこの場所で、ルキアは夕日を逆光に、ただ一点を見つめていた。
目線の先は、瀞霊廷。最近、死神になるには瀞霊廷にある真央霊術院を卒業しなければならないということを知った。それまで、あの町は王様の町だと思い込んでた。凄くいい暮らしをしているらしい。
「……死神になろう。恋次、涼介。死神になれば瀞霊廷に住める。あの中は住みよい場所だと聞く」
ルキアは優しい子だ。そしてどれだけ強がっても、誰よりも怖がりだ。
もう、これ以上仲間が減っていく姿を見たくないのだろう。明日死ぬのは、この三人の中で誰なのか。
寿命か、殺されるのか。
そうやって怯えて暮らす世界から抜け出すために……。
「ああ、死神になろう」
先に恋次が返事をした。あいつだってルキアが何故そう言ったのかくらい流石に分かっている。
俺は……死神になりたい。瀞霊廷の中で暮らしたい。
そうすれば……そうすれば‥‥
生きているおねぇさんに会える!!! 死体の女の子に「今日顔色悪そうだね」とか話しかけ出した時点でそろそろやばいと俺も気が付いていた!!
待ってろ、瀞霊廷!! 待ってろ、俺の青春!!
俺の童貞を貰ってくれるおねぇさん!! 俺が貴方を守ります!! 俺と愛を育んで行きませんかああ!?
「ゴホン、勿論だ。死神になろう」
そうして、二人の熱い決意に同意しつつ、やや不純な動機を引っ提げて、俺らは真央霊術院へと向かった。
「テストがあるとか聞いてないんですけどぉ!?」
多少の壁はあったが、どうにかこうにか三人乗り越え、季節は春。
真央霊術院に入学した俺は、この先ずっと敵対視する相手と出会う事になるのだが……
兎にも角にも、この時の俺は春の空気にあてられて、凄く幸せな学園生活が待っているものだと勘違いしていた。
――それは淀みなく廻り続ける。
――私たちはその上で けして立ち止まることはない。
――だけど いつか悚れを知り 振り返る時が来たならば
――私達は それを運命と呼ぶだろうか
――そして私達は同じ道を歩み始める