先生に渡された『持っていくものリスト』の最終チェックが無事終わった。
「まだかよー、涼介」
「ごめん、今行く!」
恋次の声で慌てて教室を出る。俺がどうやら最後らしく、戸締りをして鍵を吉良に渡す。教室を出れば、ルキアと恋次がゴチャゴチャと言い合いをしていた。
「お、ルキア! また野良犬に絡まれてんの」
「涼介! ……お、大荷物だな……今日は何かの実習でもあるのか……?」
「おう! 今日は現世まで出向いて魂葬の初実習だ!」
恋次の説明に、ルキアは驚いた顔をする。
「な!! ず……ずるいぞ! 貴様の学級だけ!!」
「ズルかねーよ! 実力だ実力!!」
「こら、恋次」
俺は恋次の頭をパコンと殴る。昨日ルキアが寂しそうな顔をしたのを鳥の頭で忘れたのか、こいつは。
「九条君、阿散井君、そろそろ行かないと」
「ああ、ごめん。俺のせいで待たせてたんだった」
「じゃーなー! ガーンっとテメーに差ァつけて帰ってくるぜ! 楽しみに待ってな!!」
……こいつはやっぱり馬鹿だ。
ルキアの前で強がりたいのは分かっているし、力の差が仲間の差じゃないと昨日言った事も踏まえても……そう言う言い方は良くない。
女の子ってのは、そう簡単に気持ちの切り替えが出来るもんじゃないんだ。お前みたいに寝て起きたら全てリセットされてるガサツな心を持っていない。
「た、たわけ! 私こそガーンっと……」
「嘘だよ、ルキア。恋次はそんなこと思ってないよ。俺達の歩みはいつだって一緒だって言ったろ?」
「……涼介」
ルキアに手を振って俺も二人の背中を追いかける。
集団に追いついた頃には、既に引率の先輩が穿界門の前で待機していた。
「まずは簡単に自己紹介しておくぞ。六回生の檜佐木だ。後ろの小さいのが蟹沢。でかいのが青鹿。この三人で今日のお前らの先導にあたる」
ふーん、檜佐木さんと蟹と鹿ね。
やっぱ六回生って迫力あるなぁ……と思っていたら、周囲がやけにざわつき始めた。
「ザワつくな!! 私語が多いやつはおいていくぞ!!」
「……超こえぇ……」
なんでこう、この世界には威圧的な奴が多いわけ?
とか思ってたら、隣の恋次がコソコソ吉良に話し出した。お前、あの先輩の話を無視すんなよ……
「何だ? 有名人なのか? あの先パイ達」
「あ、それは気になる」
「だろ?」
「知らないのか! 君達!! 「達」じゃない、真ん中の一人だ! 有名なんてもんじゃない!」
吉良は優等生なくせして、俺達のせいで「喋るな」と言われたのに喋らざるを得ない状況に巻き込まれている。可哀想に。
吉良の説明では、数年ぶりに護廷十三隊の入隊が既に確定している六回生で、将来は席官にもなれる超有望株……らしい。
なるほど、どの世界にも選ばれた人間というのはいるようだ。
「ちなみに彼はこの学院の入試には2回落ちているらしいから、そういう意味では首席合格の僕の方が才能は上かもしれないけどね……」
「……へぇ。んで、涼介なにしてんだ」
「え、いや……拝んどこうとおもって」
神様に祈るかのように檜佐木先輩に手を合わせる俺の姿を恋次が引きつった顔で見てくる。何事もありませんよーに。ってお祈りしとくのは大事だぞ。
「じゃあここからは、三人一組で行動してもらうわ。予め教室で引いてきてもらったクジを見て」
……三人一組?? クジ??
このクラスは40人だ。それに、教室に箱はあったが俺が見た時には何も入ってなかった。
俺は手を挙げて檜佐木先輩に話しかける。
「発言を願います!」
「なんだ、坊主」
坊主だと!? 俺はお前と見かけ年齢は大して変わらないじゃないか!!!
まあ、なんだっていい。
「俺、クジ引いてません! それと、三人組作ったら一人余ります!!」
「……ああ、テメーが九条か」
檜佐木先輩は、目を細めながらため息をついて、手元の資料を確認している。
え、なに? 怖いんだけど。一人余るから俺らと来い。なんて、修学旅行で誰とも回る人いなかった子みたいなやり方やめてほしいんだけど……
「……担任からの指示で、九条涼介は最優秀成績の吉良と同じ班になる。んで、俺らから2メートル以上離れるな」
「はぇえ……」
何書いてたの、先生。だから俺はそんなに問題児じゃないですよ!!
ガックリと肩を落としつつ、吉良の方を振り向けば、吉良も「ドンマイ。けどまあ、僕と一緒で良かったじゃん」みたいな微妙な笑顔してる。
確かに、唯一の救いは気心知れた吉良と一緒なのはいいかも。
「ラッキーはまだ続くぜ! 俺も一緒だ!」
「まじ!? 恋次!! やった! いつも通りじゃん!!」
「でも三人一組……俺らは合計四人だけど……あと一人は……」
誰だろう? 俺ら三人組に入ってくるなんて、気まずいだろうなぁ……
そんなことを思っていれば、誰かが俺達に近づいてきた。
「あのっ……よろしく……」
「桃ちゃん!!!」
拝んでてよかった!! やっぱりそうだよ、拝めば良いことが起きるって、ばーちゃんが言ってた通りだ!! 仏教最強!! 恵比寿様サマ!!
「イテ!」
「ぐっ……」
キラキラとした目を桃ちゃんに向けていれば、恋次が俺と吉良に蹴りと裏拳を入れてきた。浮かれんなってことらしい。
テメー……数分前までルキアの前で浮かれてた事っ……忘れたとは言わせねぇ……
「よかった! 九条君がいる!」
「え、桃ちゃん……それって……」
俺がいて嬉しい? ってこと?? 恋? Love so sweet流す??
桃ちゃんは男子の心を真っ直ぐに射抜くかのような笑顔を浮かべて……残酷な言葉を言い放った。
「男の子の中で女の子一人は怖いなって思ったから!」
「……アリガトウ」
ああ、桃ちゃんの中で俺は男判定じゃないのね……
いや、まだ学園生活はスタートしたばかり。諦めるな、俺!!
「各自地獄蝶は持ったか! 行くぞ!」
そんな声と共に、俺は涙を堪えながら穿界門を潜った。
移動途中、俺らは雑談に花を咲かせる。
「……なんで俺だけ要注意人物みたいになってんだろう……」
「そりゃ、テメーの言動が問題だからだろ」
「いや、鬼道の件はそりゃ悪かったけどさ……そんな目の敵にすることか?」
「ちげぇよ。テメーがホラ吹いたのが悪ぃんだろ」
「あの嘘は……流石に僕もどうかと思うよ」
吉良と恋次が今言ってる言葉。そう、その言葉こそが俺の三つ目の悩みだ。
勉強を積み重ねていく中で、俺はやっと斬魄刀とはなんなのか知ることが出来た。斬魄刀とは、浅打と向かい合い続け、己の精神から力を呼び起こさせてこそ使える刀の総称だ。
それぞれには名前と解号があり、「始解」と「卍解」が存在する。
卍解なんてものは、ほんの一握りの才能ある死神が何十年も何百年も鍛錬して手に入れる、死神としての最高峰の力だ。
「ほんとなんだって……俺、始解出来るはずなんだよ……!」
「嘘つけ。覚えてねぇ癖に」
「斬魄刀の名前は覚えてるよ! 箱入娘って名前だ!」
「はいはい」
十年という時の流れは残酷だ。
俺がもっとBLEACHに愛着があれば良かったのだが、あんな感じで決められた斬魄刀の詳細を覚えていられるわけがなかった。
つまるところ、俺の記憶から斬魄刀の「解号」がすっかり抜け落ちている。
覚えてるのは、番傘の箱入娘ってことだけ。
授業の時に「俺、斬魄刀の名前知ってるわ」って思わず言ってしまってから、結局始解が出来ないので「ホラ吹き」の称号を得てしまったのだ。
「死神としての力である斬魄刀の解号を忘れるなんてありえない、というかそんな状況は起こりえない。嘘は程々にしておいたほうがいいよ」
「信じてくれよォ……吉良……桃ちゃんは信じてくれるよね!?」
「あはは……どうだろ……」
「桃ちゃん!!」
「おい!! その班うるせぇぞ!!」
ついには檜佐木先輩からの怒声が飛び、俺は殺されるかと言うくらいの目で睨まれた。
ええ……俺以外にも皆話してたんだけど……なんで俺だけ。
っとまあ、そうこうしているうちに現世につき、檜佐木先輩達の指示でそれぞれ魂葬を始める。
「刀の頭の所で優しくだぞ!」
恋次達は指示通りに順番に魂葬している。俺達は先輩の傍を離れては行けないというルールだったが逆をいえば一番目をかけてもらえる。
なんだかんだ、得なポジションだ。
「最後は九条君だよ」
吉良が無事終わって、俺に順番が回ってきた。さすが成績優秀チーム。滞りがない。
『ど……どうか勘弁っ……』
「大丈夫です。ご成仏ください。南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏……」
そう言いながらポンっと額に刀の頭を当てれば、一瞬で光となり天に魂魄が登って行った。
「南無阿弥陀仏ってなんだ?」
「うーん、現世の人が安心する言葉。たまにキレる人もいるけど」
「なんだそりゃ」
尸魂界に神という概念は存在しない為、恋次たちが分からなくて当然だ。俺も別に分かってもらおうなんて思っちゃいない。
「なんつーか、思ってたより全然ラクだな。魂葬ってもっと面倒なもんだと思ってたぜ」
「そ、そうだねっ……」
吉良は桃ちゃんが近くにいるせいで緊張しっぱなし。ふふ。青いな。
「いつまでモジモジやってんだ! 鬱陶しい!!」
「うっ……」
「や、やめなよ! 阿散井君! 吉良君!」
「桃ちゃんはああいう野蛮な男に近づいちゃダメだよ」
「喧嘩はダメだけど……阿散井君みたいな感じの男の子とは一緒に暮らしてたから!」
俺はその言葉で、刀を落としそうになった。
男の子と……一緒に暮らしていた?
忘れよう、忘れよう。俺は何も聞いていない。こんな神聖な桃ちゃんが男の手にかかっているわけがない!!
「ち、ちなみにその男の子とは……」
彼氏ですか? そう聞こうとしたとき、後方で悲鳴が上がった。
「蟹沢!!!」
さっきまで後輩の指導に当たっていたはずの蟹先輩。その先輩の身体が、刺し貫かれている。舞い上がる血飛沫。状況の把握と、周囲の悲鳴が伝播するのは同時だった。
「う……うああああ!!! せ、先輩が殺されたぁ!!」
さっきまで桃ちゃんに全神経が向いていた俺だが、流石にこれはやばいんじゃないかと思考が切り替わる。
宙で弄ばれる蟹先輩の体。鹿先輩も無残に吹き飛ばされた。目の前には大きい虚。クワガタみたいな顔にゴキブリみたいなちいさい羽根背負ってる。その翼じゃ飛べんだろ……
「な……なんだ……何だよあれは……!?」
「吉良が分からないことが俺らに分かるわけないだろ……」
虚だってのは分かる。けど……こんなビルみたいに大きい虚……知らない。習っていない。思考が止まる。何をすればいいんだ? 何を考えればいいんだ?
「退がれ!! 逃げろ一年坊共!! できるだけ速く!! できるだけ遠くまで逃げるんだ!!」
「う……うわあああああ!!!!」
檜佐木先輩の声と共に、辺りは例外なくパニック状態になってしまった。
なんだ、あの虚は……六回生がたった一瞬で? 特進学級の人だぞ?
虚ってあんなに強いの? 俺達、何とこれから戦おうとしてんの?
アレと? いや、無理だろ、死ぬだろ。
頭の中が疑問で埋め尽くされていく中、俺の腕を恋次が引っ張った。
「逃げるぞ!! 涼介!!」
「お、おう!!」
待て。逃げるのが正しいのか? 檜佐木先輩を見捨てて?
それは、本当に正しい選択なのか?
……俺の足が止まった。
そして、同じことを考えていたのは俺だけじゃなかった。
「な……何してるんだ!! 雛森君! 九条君!! 止まっちゃ駄目だ!」
「……どうして……あたし達みんな逃げてるの……?」
桃ちゃんもまた、悲壮な顔をしながらも俺と同様に立ち止まる。
「何言っているんだ! 逃げろって言われたじゃないか! 実習中の引率者の命令は絶対だ!!」
「助けようなんて思うなよ! オメーらも見たろ! 六回生二人が一瞬だ! 俺ら一回生が何人かかっても……!!」
恋次。吉良……言いたいことは分かる。正しい。
それに、俺らはゴミ溜めの中で暮らしてきた。言い方は悪いが、死体は見慣れているし、死んだという事自体への動揺は少ない。自分の命が助かるという結果に変えられるものなんて何一つない。
けど……「助けられるかもしれない人」を見捨てるほど俺は非道になりきれない!!
「……お前らは先に行けよ、恋次、吉良。俺は、選択が間違ったと思って帰りたくない!」
俺と桃ちゃんは刀を握りしめて虚の方に走り出した。
桃ちゃんみたいに鬼道は使えない。恋次にはなんだかんだ剣術の模擬戦で負け越してる。吉良みたいに足は速くない。
それでも、俺には雑草魂と「いい人モード」が存在する!!
背後で小さく、恋次の舌打ちが聞こえた気がした。俺と桃ちゃんは虚の爪を受け止め……いや、俺らだけじゃない。おいてきたはずの吉良と恋次も、一緒に受け止めてくれた。
「申し訳ありません! 命令違反です!!」
……わりいな、吉良。俺らのせいで、優等生のお前はいつも巻き込まれてる。
「助けに来たんだから見逃せよな、先パイ!! んで、一人でかっこつけんな! 涼介!! 足震えてんぞ!!」
ありがとな、恋次。俺らは助け合うんだ。って、子供の頃からの約束守ってくれてよ。
なんだかんだ、俺らのリーダーはお前だよ。
間髪なく、桃ちゃんがすぐに鬼道を放つ準備をする。
「君臨者よ 血肉の仮面・万象・羽搏き・ヒトの名を冠す者よ
焦熱と争乱 海隔て逆巻き南へと歩を進めよ!!
破道の三十一 赤火砲!!」
とんでもない威力の赤火砲が虚に向かって飛び、虚の頭を打ち抜いた。威力、正確性……一回生の出せるレベルをとっくに超えちゃってるや。
「よし、かて……」
「いや……ダメだ」
俺らに宿った希望は、すぐに打ち砕かれた。
目の前に現れる大量の虚。数なんて数えられない。大中小様々。なんだったら、鬼道を受けた虚も傷一つなかった。
「う……嘘だ……こんな……いやだ……死にたくないよ……」
桃ちゃんのその怯えた声は、俺らの不安に伝播して……恐怖が心を支配するには容易かった。
「う、う、うわあああああ!!!」
吉良の泣き叫ぶ声が真っ先に聞こえる。それを聞きながら、俺は歯をかみしめた。
「泣くな!! 吉良! 恋次!! 二人で行くぞ!!」
「……っ」
「恋次っ……」
あの恋次が固まってしまってる。足を止めるな、泣くな!!
今ここで咽び泣いた所で何も変わらない!
……あれ、咽び泣く? 凄い似たような言葉を俺は……知っている。
『せっかくの力を、忘れるなんて馬鹿だにぃ』
その声が聞こえたような気がして、俺の記憶の扉が一気に開いた。
恵比須様……俺、こんなところで立ち止まってる場合じゃないですよ!!
俺は、俺は……!!!
刀を再度力強く握りしめ、俺は虚に向かって走り出した。
「俺は……童貞のまま死ぬわけにはいかないんだよぉおおお!!!」
使い方もどんな力だったかも、なんも覚えてねぇ。授業で習った「対話」とやらはしたことがねぇ!!
でもなあ、虚!! 俺はオメーらに気持ち折られて負けたくねぇ!! 俺が泣くのは、女の子相手だって転生する前から決まってんだよ!!!
俺は虚に向かって真っ直ぐに刀を構えた。
「 啜り泣け 箱入娘 」
俺の刀が光って形状が変わる。バサッと目の前の視界を覆う赤い和紙で出来たような傘が現れた。
……ちょっと待って!?!?
最初から開いてるとか聞いてないんですけど!?!?
思ったより大きいし、押しボタン式じゃないんですね!! 俺のイメージは銀○の神楽ちゃんが持ってるやつだったんですが!?
いきなり視界奪わないでください!!!!
構えるポーズ間違えたぁあああ!!!