俺の視界は、綺麗な赤色の和傘が開いているせいでなんも見えねぇ。
どうやって使うかもわからねぇ……。
敵は切るんだって教えられたのに、刃がどこにも見当たらねえ! そうだよな! 番傘って認識してた時点でもっと早めに疑問に思うべきでした!! 刀の傘ってなに!?
何これ、振り回せばいいの!? どっかにボタンある感じ!? いやごめん、ない!!
持ち手の所はサラサラで気持ちいいです!!
パニックに陥った俺の頭の中に、声が聞こえてきた。
『叩き起こしておいて分からないとかウザいんだけど!!』
「ごめんなさい!!!」
なになに、誰に怒られたの? 俺は何を呼び出してしまったの!?
遊戯王だったら、自分の手札がなんなのか理解してないのは致命傷だぞ! 君は、『青眼の白龍』ですか!? 『ブラックマジシャンガール』ですか!? それとも『ラーバモス』ですかあああ!?!?
『死にたいわけ!? あんたが私を箱の中から選んだんでしょ!?
アタシの力は『
すっごい怖い女の子!! 死にたくない!! 選んだつもりもない!! けど、やるしかない!!
俺は何も見えない中、頭の中に流れて来た言葉をそのまま口に出した。
「
その言葉と共に、広がった傘の形状がまた変わった。
「そっち!?」
傘って、そう使う物じゃないと思うんだ!!
誰に向かって説明してるのかは分からんが、とにかく説明すると、俺の傘は台風で飛ばされた時のように張りが真逆を向いてしまった。小学生が思いっきり傘振りまわして、お母さんに怒られる奴!!
ドオオオオオン!!!
パニックになっている俺なんか差し置いて、傘の内側からなんかでた。
炎のビームみたいなやつ。炎の竜巻が真逆に開いた傘の張り全体から出てる。
あまりの衝撃の反動で俺の体幹が持たない。
『何してんのよ! しっかり抑えてなさいよ!!』
俺の傘がなんか怒ってる!! 俺の傘って、言い方エロくない!?
ごめん! 箱入娘って次から呼ぶ!! いやこの場合、炎魔か!?
『煩い!! てかもう無理!! 疲れた!!』
「はい!?」
張りが逆を向いて視界が確保されたことでようやく状況を確認することが出来たが、炎の渦に巻き込まれて目の前まで迫っていた虚が消し炭になって消えていた。
もう無理とは? 疲れたのは俺の方ね!? なんてことを聞く前に、俺の視界がぐらりと揺れる。
『アタシの力をそう簡単に使われてたまるもんか!』
「ねぇ、待って! 今そんな意地張ってる場合じゃないよ!! 後で何でもする!! 肩もみでも使い走りでも掃除も洗濯もするからさああああ!!」
『アタシ傘なんだけど!? ふざけてんの!?』
たしかに……無理かも。でも諦めたくない。君の力があれば、もっと敵を倒せるんだ!
一匹だけじゃ何も変わらない!
そんな事を考えていたら、周囲にいた虚が一瞬で一刀両断された。
「……待たせて済まない。救援に来たよ」
後方から聞こえる低音イケボイス。俺知ってる。
こういう時に現れるのは、イケメンですげー強くて頼りになる主人公みたいな男だって。
「あ……ああ……あなた方は……」
震える檜佐木先輩の声に従うように、俺も息を切らしながら現れた人に目線を向けた。
「五番隊……藍染……隊長……!! 市丸……副隊長……!」
「……よく頑張ったね。怖かったろう。もう大丈夫だ。
後は我々に任せて、休んでいるといいさ」
二人が纏うオーラと、声と、圧倒的強者の風格。その全てで、「助かったんだ」と思えた。
それからは一瞬だった。
本当に一瞬。隊長さんと副隊長さんが刀を抜いた。と思った次の瞬間には、辺り一面にいた虚は全部消えた。
「涼介……さっきの……」
隊長らの鮮やかな殲滅作業を横目に、恋次が驚いたような顔で俺の傍にやってきた。
「ああ、俺の斬魄刀だってさ。「箱入娘」っていうんだ」
「てめ……嘘じゃなかったんだな……」
「俺も今思い出した」
「一回生が始解なんて……そんなバカな‥」
吉良は信じられないようなものを見るかのように俺を見ている。ごめん。お前らが鍛錬で掴みとるはずのもの、俺最初に手に入れちゃったんだ。
でも、その代償はすさまじく、ちょっと話しただけだがどうにもこうにも「従えてる」とは言い難い関係性となってしまった。
なんだったら、従わされてる。
みんな一気に力が抜けたのか、その場に座り込んでしまった。もちろん俺も。
檜佐木先輩は、市丸副隊長に呼び出されて経緯報告に行っている。
輪になって話し込む俺らの所に、藍染隊長が近づいてきた。
「見事な始解だったよ。君の名前は?」
「あ、えっと、九条涼介です」
「九条君だね。仲間を守るために良く前に出て戦ったね。偉いよ」
ニコニコと微笑む藍染隊長。褒められるほど強かったわけじゃないのに……力の使い方も分からないまま前線に出て、藍染隊長達がいなけりゃみんな死んでた。
俺は……守りたい気持ちと守れる力は、なにもつり合っちゃいない。
藍染隊長に何も言葉を返せず、俺は皆の輪から立ち上がって歩いて離れた。
「どうしたんだい?」
もれなく藍染隊長もついてくる。
……一人にしてあげるという選択肢はないのか?
「俺は……結局何も出来ませんでした……」
結局最後に助けてくれたのは藍染隊長で。俺が桃ちゃんと残ると判断して、恋次や吉良も失うところで……
「結末がどうだったかじゃない。そこにたどり着くまでの心を否定する必要なんかどこにもないよ。確かに私たちは強かった。けど、それは君の気持ちを否定することには直結しないだろう?」
……いい人だ。俺のこんな甘ったれた嘆きを、大真面目に考えて返事してくれている。
隊長と院生が話せるなんて、そんなの奇跡に近い。
現世にいる天皇陛下や王族みたいなもんだ。そんなずっと雲の上の人が、こんなちっぽけな俺達を気遣ってくれている。
……本当にいい人だ。聖人君子だ。
「始解は強い気持ちと願いが無ければ成し得ない。君は何を想ったんだい?」
こんな誠実に、こんなにも優しい人がこの世界にいただなんて。
じゃあ俺もここは素直に誠実に答えるべきだ。男同士だ。恥ずかしくなんかない。
それに、この人からは俺と同じ「いい人止まり」と「無害クン」のオーラを感じてる。
こんだけ俺に構ってくれるのはきっと、同類だと判断したからだ。
「……童貞のまま……死ねないと思いました」
藍染隊長の言葉が止まった。え? ごめ、ごめんなさい。せめて笑ってください。
今は笑うか突っ込むかの二択しかない場面で「止まる」ってやめて下ださい。
あれ、おかしいぞ。
……恥ずかしくなってきた!!!
「あ、あぅ、あの、えっと、ちが、えっと……」
俺が口をもごもごしている姿を見て、ようやく藍染隊長が微笑んでくれた。
……微笑む? 哀れみ? え、もしかして同類ではなかった!?!?!?
貴方はもしかして、脱・童貞の民ですか!?!?
違う。そうじゃない。きっとこの人は「童貞」だ!!
これはただの強がりの目か、ようやく仲間が見つかったとの安堵の目だ!!!
だから俺に真っ先に近づいてきたんだ。
そうだ、まて。良く思い出せ。
『……よく頑張ったね。怖かったろう。もう大丈夫だ』。あの時!! この人桃ちゃんの頭ナデナデしていた!!
両サイドにいた恋次と吉良を無視して、真っ先に桃ちゃんに手を伸ばした!!!
あんなにスマートに! 女の子の頭を当たり前に!!
隊長だから許されると、痴漢被害を回避できるルートをあの一瞬で導き出せたのか!?
この人は本当に俺「達」を助けに来たのか?
……そうか!!! この人も桃ちゃんの美女オーラに瞬時に取り込まれたのだ!!
藍染隊長の声が俺の耳に響く。
「そうか。それが君の強さの根源か。
君は生涯……童貞のほうがいいかもしれないね」
……ちょっと待って!?!?
御免、前言撤回!!! 全然この人誠実で優しい人じゃない!!
俺の心の傷を平気な顔で抉ってきて、微笑んでる!? サディスティックの民じゃないですか!!
いや待て、そうじゃない。
この人は確かに誠実で優しい人だ。これは彼なりの「隊長ジョーク」
……いや、本当にそうか? 数分前までなぜ俺に優しくしたのかよく考えろ。
一片の違和感も見逃すな。
考えろ、考えろ……吉良の時と同じ過ちを繰り返さないために、状況の全てを見逃すな!!!
藍染隊長。
茶髪。眼鏡。優しい声、穏やかな性格。全身から放たれる「いい人オーラ」と「無害クンオーラ」。童貞(仮)
対して俺はどうだ。
黒髪。眼鏡無し。穏やかな性格。全身から放たれる「いい人オーラ」と「無害クンオーラ」。童貞(事実)
そして俺たちの目線の共通の先にあるのは‥‥
桃ちゃん!!!!
「……そうか、そういうことですか……」
「どうしたんだい?」
「さすがの俺でも気が付きますよ……」
認めよう。この人はいい人だ。俺と同じだ。
手札の性格カードが同じであるにもかかわらず、俺に「童貞のままでいろ」とけん制してきたのは、桃ちゃんの為!
同じ童貞仲間の恋次と吉良を差し置いて、なぜ俺をわざわざ選んだのか。
似ている俺との相違点を敏感に察しとったはずだ。
俺の何かに危険を感じ取ったんだ!!
……茶髪!!!
そうだ! 藍染隊長と俺の相違点、茶髪!! そうか藍染隊長!! あなたは大学デビューならぬ、「護廷デビューの民」ですね!!
自分が黒髪だった幼い頃と、「いい人オーラ」と「無害クンオーラ」の空気を纏う俺をすぐ嗅ぎつけることが出来た!!
なるほど、ここまでは解析が済んだ。
となれば、後の相違点は一つ。「眼鏡」
思い切って護廷デビューしたにも関わらず、眼鏡をコンタクトに変え忘れている!
そのせいで隊長まで上り詰めたというのに、彼は「童貞」のままなんだ!!
俺がもし藍染隊長に憧れて護廷デビューを果たした際には、俺と藍染隊長のアドバンテージの差は「眼鏡」にある。
互いの狙いは桃ちゃん。
よりかっこよく自分を見せるために、眼鏡の有無は大切だ!!
つまり、俺が茶髪にしてこれから先強さを手に入れたのであれば……桃ちゃんに振り向いてもらえるのが早いのは俺!!!
先に童貞を捨てれるのは俺!!!
「いい人オーラ」と「無害クンオーラ」。この生まれ持ってきてしまったカードはどうしようもねぇ。神様だって変えてくれなかった。だから貴方にも変えられるわけがねぇ!!
共通の獲物。そして自分の過去によく似た俺の姿と、自分に似た性格。
眼鏡の有無が最終決定打。
つまり、この人が危惧していることはただ一つ!!!
キャラ被り!!!!
そしてキャラ被りの上位互換が現れる事を危惧している!!!
キャラが被った挙句に先に「脱・童貞」の道を奪われてしまっては、隊長として恥ずかしく、尸魂界に留まることが苦痛となるはずだ!!!
だから「隊長」という名の権力と「強さの根源」とかいう馬鹿であれば頷きそうなテンプレートにものを言わせて、俺を童貞のままにしておこうって作戦か!!
……そうはさせねぇよ、藍染隊長。
桃ちゃんを出し抜こうたって、そうはさせねぇ……
「……俺は、必ず貴方を超えます。貴方の好きには絶対にさせないです」
「……楽しみにしているよ」
ほら!!! 正解だ!!!!
そうだろう! 藍染隊長!!!
俺らは「桃ちゃん」という女神をかけてキャラ被り同士、「童貞」という名の刃を向けあうんだ!!
いいだろう。藍染隊長。フェアに行こう。
俺は貴方の「茶髪」を真似しない。
だから貴方も「眼鏡」というハンディキャップを背負っていきましょう!!
互いに暗黙のルール。わかり合えているはずでしょう?
そのルールを破り捨てた時……俺は貴方を許さない。
藍染隊長達が去っていき、俺達は帰り支度に追われる。
「……すごかったね」
「ん? あぁ、まぁそりゃ隊長だからな」
「……あたし達、あんなふうになれるかな?」
桃ちゃんたちは、まるで夢でも見ていたかのように先ほどの戦闘風景を思い浮かべて談笑している。
隊長達のように強くなりたいと願うきっかけになったようだ。
「は! なれるわけねーだろ! バケモンだぜ、隊長副隊長なんてのはな」
恋次はあの藍染隊長の思惑に気が付いていない。当たり前だ。だってお前は「ルキア」だからな。これは、桃ちゃん争奪戦なのだ。
そう思っていたら、隣にいた吉良がニコリと微笑んだ。
「……なるよ。僕は……なってみせる」
「吉良……お前……」
「そう思わないかい? 九条君」
俺の目をまっすぐ見る吉良。
……そうか。忘れていた。お前も「桃ちゃん争奪戦」の民だったな。
俺が気付けた事に成績優秀であるお前が気付かないわけが無い。
いいだろう。乱戦といこうじゃないか。
ついでに桃ちゃんの知り合いの男。お前もかかってこい。
藍染隊長はキャラ被りでありながらも、俺達より圧倒的アドバンテージの「強さ」を持っている。その強さに追いつけた時……俺らの差はもはや「眼鏡」でしかない。
「ああ、俺も絶対隊長になる」
待ってろ、藍染隊長。
俺は貴方を超えてみせる。そして童貞を卒業した時に、同じ言葉を返してやるよ。
あなたは、生涯童貞のほうがいいかもしれないですね、ってな!!!
今日、死神になるための目標が決まった。
とてもいい日だった。
藍染隊長は本当に良い人だ。本音は凄く憧れた。超カッコイイ。
しかし、これは俺達「童貞の民」が避けられぬ「聖杯戦争」なのだ!!
憧れで終わった瞬間、俺は敗者となる!
女の子に負けるのはなんだっていい。その子が幸せならそれでいい。
けどなあ!! 男に負けるつもりはさらさらない!!
あのデッカイ背中に必ず追いついて、そして「脱・童貞」と共に追い越してやる!!
「コラ! 一年坊!! 後はお前らだけだぞ! さっさとついてこい! 置いていくぞ!!」
「「「「はい!!!」」」
かくして、俺達の魂葬実習は終わった。
****藍染side****
「ん? どないしはったんですか? 藍染隊長」
市丸は、九条達が去った穿界門を見つめる藍染に不思議そうな顔で話しかける。
「……いや、もしかしたら彼は気が付いたのかもしれない」
「まさか。ここに虚を送り込んだんがボクらやって、気が付けるわけあらへんですよ」
「しかし、彼の目が変わった事は事実だ。始解について尋ねただけだったが……気が付いたかもしれないね。「始解するまで見守っていた」ということに」
「始解出来るっていう噂、ほんまでしたね」
そういって踵を返す藍染の背中を、市丸は「考えすぎだ」と言いたげな顔で着いていく。
「ほんで、あの子らはどーしますの?」
「なかなかに使えそうだよ。しかし、あの九条という少年にはこちらの作戦が気が付かれないよう注意しなければいけないね」
「藍染隊長なら大丈夫やと思いますけど……」
「慢心はよくないよ、ギン。戦況はいつだって、踏み潰し損ねた蟻が変えるものだ」
「こわいこわい、ほんま、怖いお人やわ……」
「彼がこちらの意図にどれほど気が付いたのかは不明だ。しかし、彼の目は明らかに私に敵意を向けていた。初対面ながら警戒されるのは……懐かしい光景だね」
藍染は微笑み、現世を去った。