あの現世での事件以降、俺は所謂「一目置かれた存在」へと昇格した。
そもそも、院生で始解を習得しているという事だけで飛び級案件の大事件なのらしいが……始解が出来ているという事実に対してあまりにもアンバランスな霊圧と戦闘能力。あべこべな状態の俺に、教師も戸惑うしかないようだった。
教師の中でもクラスの中でも多少の混乱を招きつつも、時間経過と共にまた穏やかな日々は戻ってくる。
午前中の授業が終わり、珍しく一人で中庭を歩いていると、誰かが俺の方に走ってくる音が聞こえた。もう足音で分かる。桃ちゃんだ!
「九条君! 二次試験どうだった?」
「ははっ……なんとか滑り込みってかんじ」
俺らが今受けている試験は、流魂街への遠征承諾試験。この試験に受かると、護廷十三隊の人の管理下の元、流魂街に出て護廷の人たちが普段どんな仕事をしているのか見学に行ける。
一次試験が筆記。二次試験が鬼道と面接。三次試験が剣術だ。
「よかったね!!」
「桃ちゃんのお陰だよ。体術はさすがに大丈夫だったけど」
「いいなあ、あたしは剣術が不安……吉良君は阿散井君と九条君の稽古で凄く強くなったし……」
桃ちゃんからは、自分も訓練に混ぜてくれと言われているが……流石に女の子相手に木刀は振れない。万が一怪我をしてしまったら、俺は立ち直れない。
「桃ちゃんはセンスがあるからさ、後は相手の陽動に簡単に引っかかる癖を治せば問題ないと思うよ」
「そっかぁ……頑張るね!! ところで、九条君は来週からの休暇、帰省するの?」
俺らの学園生活は割と厳しく管理されており、門限までには宿舎に全員いなければならない。休暇中以外の外出は禁止されている。唯一、学園の周りにある定食屋や甘味処、雑貨屋くらいは許可さえあれば立ち寄ることが出来るのだ。
「うーん……俺らは帰ったところでなぁ……」
そもそも戌吊までの往復の道が危険極まりない。俺らよく真央霊術院までたどり着けたなって感じ。だからってわけじゃないけど、基本的に流魂街の50より下の地域から来た人たちは強い人たちが多い。そもそも真央霊術院まで生きてたどり着くという事自体が困難を極めるのだ。
「まあ、恋次とかにも聞いてみるよ。多分あいつも帰らねぇって言いそうだけど」
「あたしは霊術院からすぐの所だから帰ろうと思う! もしみんな帰らないんだったら、遊びにおいでよ!」
「有難う。あいつらも誘っていい?」
「もちろん!」
ああ、笑顔が可愛い。女神にしか見えない……
「あたしたちの学級だけ来週からなんてつまんないよねー。他の学級の子達は明日から休暇なのに」
「担任がやけに張り切ってるせいだろ」
そんな会話をしつつも、俺は桃ちゃんの故郷に遊びに行ける楽しみで心が満たされた。初めてのお誘い。ありがてぇなぁ……恋次達も喜ぶだろうなぁ……
……あれ? これ俺一人で行くチャンスだったんじゃね? 後悔すでに遅し。
俺はナチュラルに桃ちゃんと二人きりのチャンスを手放してしまったようだ。
俺は内心落ち込みつつも、中庭で合流予定だった恋次が来ないことを不思議に思い周囲を見渡した。
「おっかしーなぁ……俺今日先生から呼び出されてるから早く昼飯食おうって一時間前に言った筈なんだけどなぁ‥‥あいつまた忘れたのか?」
「阿散井君? そういえば、通常学級の方に走っていくのみたよ?」
ルキアの所だろうか? ああ、そうか。あいつも二次試験ギリギリ通過してたな。まーた自慢しに行ったのか。変な挑発してないと良いけど……
俺は頭をガシガシ掻きながら来ないなら早めに先生の所へ行こうと思って木陰から出た。
「教えてくれてありがと!」
「どういたしましてー」
ニコニコと手を振る桃ちゃんにデレデレしつつも、俺は担任の所へ向かった。
何の要件かは大体分かっている。
「しつれーしまーす」
俺は担任がいる職員室? みたいな部屋に入る。予定より早くに来た俺に担任は少し驚いたような顔をしてるが、特に構うことなく目の前に立った。
「何の話でしょうか」
「九条.本当に進級の件は断るのか」
……やっぱりな。担任から持ちかけられているのは、いわゆる飛び級だ。始解が出来て剣術が特進学級でトップを張れているならもう護廷で働けるレベルに達している。始解出来てるなら鬼道はどうだっていいんだ。特進学級だからという理由でやらされているだけで、護廷十三隊に鬼道が出来ない人なんて山のようにいる。
俺の始解事件は、流石に席官にはなれないが、各隊の席官がそれぞれ持っている虚討伐部隊に組み込んでもらえるくらいの大事件だったのだ。
「はい、先生。俺は友達と離れたくないんです。それに、始解をしない時の戦闘力はクラスの中で並ですから……」
「いや、お前も阿散井もだが……本当は……」
教員はそこまで言って、ゲホゲホと咳払いをした。
……なるほどね。俺らの上の成績の奴らは、買収されていい評価貰っているってわけだ。貴族ってのは汚い奴らだ。
「とにかく、俺はこのまま通常の6年で卒業するつもりなので」
「最終的な返事は月末まで待つ。それと吉良、雛森、阿散井、そして九条は卒業と同時に護廷十三隊の入隊が決まっている。六回生になる前には希望入隊届を出すように。あとは……まあ滅多に来ないが、席官から直接面談の申し入れがあるかもしれん。その際は、絶対に断るなよ」
ごめん、言葉の情報量が多くてついていけてないのに、睨むのやめてもらっていいですか? 怖いです。
「入隊が決まってるって……」
「あいつらには言うな。浮かれて足元を掬われるようなことがあってはいかん」
「は、はあ……でもどうして……」
なんで俺に言ったんだろう。散々危険人物扱いしておいて、今さら心開きましたよパターンなのかな?
そう考えていれば、担任は机の上の資料をめくり始めた。
「三か月前の現世での行動、本来であれば命令違反で厳重厳罰のところだったが、五番隊の隊長殿から感謝の手紙とお前らへの評価が書かれた公式文章が届けられた」
「藍染隊長がですか!!」
「うむ! 真央霊術院理事会議にて協議した結果、お前らへの評価が下されたのだ。……一度しか言わぬ。よくやった、九条」
この学園に入って初めてヘッドスキン眼鏡が微笑んでくれた!!
すげぇ!! 藍染隊長すげぇ!! こんな上機嫌なこの人見たことない!!
藍染隊長は誠実で優しいだけじゃなく、仕事も出来る男なのか……。大きい背中がさらに大きく思えた。
「私のクラスから四人も特別強化生徒の輩出に成功したのだ!! 私の評価が急激に上がり、ついに理事補佐の席が!! ……まあ、なんだ。これに気を緩めず、しっかり鍛錬を行うように」
「は、はい」
なにか聞いちゃいけない言葉を聞いてしまった気がするが、恋次達への通告は二回生終了時に行うとのことでそれまでは黙っておけとのことだった。
俺は始解が出来ている分、早くに実感を持たせ少しでも自分の力の研鑽を明確にする必要があったのか、それとも担任が自分の昇進に浮かれて早く誰かに話したかっただけなのかは……五分五分って所だろう。
「入隊希望届かぁ。藍染隊長の背中は一番近くで見たいし、やっぱ五番隊かなぁ」
いずれ超えると誓った背中。遠くより近くで見たい。
そうなんとなく言った俺の言葉に、担任が難しい顔をした。
「……五番隊は厳しいぞ、九条」
「なにがですか? 俺割と体育会系なんで、多少の理不尽は大丈夫ですよ」
「いや。五番隊は鬼道衆に次いで鬼道の才が認められた者が多く集まる隊だ。お前では敵わん」
「そんなっ……」
藍染隊長って鬼道が得意だったの!? 現世で鬼道なんて一個も使ってなかったじゃん! 超余裕。みたいな顔してスパスパ虚斬ってたじゃん!!
あれ、そう言えば、俺が始解してやっと一匹倒せたってのに……あの人始解すらしてなかった。
背中……遠いなぁ……
「お前に向いていない隊を先に伝えておこう。一番隊は総隊長直々の推薦でしか入れぬ故、ここはまず不可能だ。ついで……二番隊、四番隊、五番隊、十一番隊、十二番隊……あとは技術開発局と鬼道衆。そして隠密機動。以上の隊はお前の才とかけ離れ過ぎている」
「めっちゃ不適格な隊多い……ちなみに、女の人が隊長の隊は……」
「二番、四番だ。諦めろ」
「そんなっ……」
いや、俺には桃ちゃんがいる。あっちこっち余所見するなんてよくない。それは紳士的童貞から獣童貞に成り下がることになってしまうのだ。
それでもガックリと落ちた肩と共に教室を出ようとした時、俺は目線を下げていたせいで誰かとぶつかってしまった。
「あ、すみませんっ」
そう言って頭をあげようとした時、上げようとした頭が何故か床に叩きつけられた。
「頭をあげるな!! 九条!!! 我が学級の生徒が大変な御無礼申し訳ありませんでした!!!!」
なになになに!? 俺の頭を床にめりこませたのは、さっきまで微笑ましく話していたはずの担任だ。
痛い、顔が痛い……状況が何も分からない……
「ほっほっほっ。良い良い。元気なことは結構結構」
頭上から聞こえる老人の声。何? 理事長でも来たのかな?
ギリギリ目を動かして見えるのは、一目見て高級品だと分かる草履と袴の淵くらい。
その老人の登場とともに、教師たちが慌ただしく動き始めた。
「い、い、如何でしたでしょうかっ、我が生徒はっ!」
声が完全に上擦ってしまっている女の先生の声が聞こえて、とにかくこのじーさんがやべぇ。ってことだけは分かる。
俺にもう少し情報をくれっ……でも、一つだけわかるのは絶対ぶつかってはいけなかった相手だったということ……
「坊ちゃんは大変気に入られているご様子でした。しかしまあ……邪魔が入ってしまい彼女には返事は貰えませんでしたがね」
「大変な御無礼をっ……」
「よい。それよりも決定した際には、先日申し上げました通り即時卒業の手配をお願いしたい」
「はい! そちらに関しましては既に手続きは整えております!」
「では、これで」
なんの話しをしているのかも全然分からない。でも、足音が遠ざかっていってようやく教師達も緊張が解けたのかほっと息をついているようだった。
俺も痛む鼻を擦りながらようやく体を起こすことが出来た。
「一体何事ですか……」
「九条……あのお方が大変寛容であったことに感謝しろ。一歩間違えればお前は今頃、不敬罪で首が飛んでいたぞ」
「ひぃ……なんなんですかっ……」
「朽木家のお方だ」
俺はその言葉で、表情が固まった。
朽木家。さっきのじぃさんは、朽木家の人?
じゃあ……今の話は……ルキアに関する話じゃないか?
俺は体を起こして立ち上がると、担任に掴みかかった。
「まさかルキアに何かっ!!!」
「何故その事を知ってる! 九条!!」
「どうだっていいでしょう!! 何があったんですか!!」
俺の余りの気迫に、担任は一歩足を後ろに下がらせながら先程のじぃさんが何をしに来たのか説明をしてくれた。
「朽木家次期御当主様である朽木白哉様が、我が校の生徒であるルキアを大変気に入られたとのことだ。それで、次期御当主様の妹君として朽木家の養子に迎え入れるそうだ」
次期御当主朽木白哉様の妹に? なんで? なんの繋がりで?
本当は朽木家の娘さんでしたって事じゃなかったってことか?
俺の脳みその整理が追いつかないうちに、教員の誰かがボソッと言った声が俺の耳に聞こえた。
「……養子っていう名の性玩具でしょ」
ガシャアアアアアン!!!!
「九条!!!」
俺はその言葉を言った方角向けて近くの椅子を投げつけた。
「いまの言葉言ったやつは誰だ!!! 殺してやる!!!」
「止めなさい!! 九条!!!」
俺は近くにあった机を思いっきり蹴飛ばして、体を出口の方へと向けて歩き出す。
こいつらと話している場合じゃない。ルキアの所に行かなければ。
きっとあいつは泣いている。わけのわかんないくらいの権力を目の前にして、正解がわからず震えてるはずだ。俺が冷静になれないでどうする!!
「待ちなさい!!!」
そんな声を完全に無視して、俺はルキアの教室へと向かった。
途中で何人もの人にぶつかった。
でも、謝ったりニコニコしてる余裕なんて俺の中に少しもなかった。
「ルキア!!!!」
教室の扉を開ければ、そこにルキアは居なかった。
そこに居たのは……
「……恋次……なんでここに……」
教室の隅で、壁を背にうずくまってる恋次。
俺の声にも、何も反応しない。
すぐにそばに行って肩を掴んだ。
「恋次!! なに寝てんだよ! ルキアがっ……」
「知ってら」
目線を合わせることも無く、恋次は顔を膝の中に伏せたままそう一言言った。
さっき邪魔が入ったってじぃさんが言ってた。恋次だったのか?
お前が……止めてくれたのか?
「お前、止めてくれたんだなっ……ありがとう……」
「……止めてねぇ」
俺の笑顔が、固まった。
止めてない? ルキアが交渉されている場にいて、止めてない??
朽木家に入ることを……?
「なんでっ……」
確かにルキアは朽木ルキアになる。でもそれはっ……みんなが望んで……幸せな形でなるもんだと思ってた……
なんでお前はそんなにだらしなくうずくまってんだよっ……
なんで俺は……こんなに怒ってんだよっ……
「あいつにっ……あいつにやっと家族が出来るんだっ……邪魔しちゃ悪ぃだろっ……」
俺はその言葉で、完全にキレた。
恋次の服の襟元を掴んで持ち上げ、壁に叩きつける。
元の漫画の設定とか、どうだっていい。十年だぞ!? 十年一緒にいた仲間と、一時間読んだだけの漫画っ……どっちが大切かって分かりきってるだろ!!
「ふざけんなよ、てめぇ!!! ルキアは俺達の家族だ!!! そうじゃなかったのかよ!!!」
「本当の家族が出来んだよ!!! 俺らみたいなゴミ屑の集まりなんかじゃなくてっ!!ちゃんといい所でっ……ちゃんとした家族にあいつは守られるんだよっ……」
「なんだよっ……それっ……」
「俺がアイツのこと好きな時点で……家族でもなんでもねぇだろ……」
そんなの関係ないだろ……いつか本当の家族になれるかもしれないだろ……
なんでそんなこと言うんだよっ……
なんでっ、なんでっ……お前は泣いてんだよっ!!
「行くなって言えよ! 俺が守るから行くなって……なんで言えねぇんだよっ……」
「あいつはっ……昔っから綺麗でっ……俺みたいな汚ぇやつの手で触れちゃいけねぇくらい綺麗でっ……」
「関係あるかよ!!! お前はその選択を間違ったと思ってねぇんだな!? 本当に後悔してねぇんだな!! 俺は止めに行くぞ!! ルキア抱きしめて、離れんなって言いに行くぞ!!! お前の役目、俺が貰ってもいいんだな!!!」
その言葉を言った瞬間、項垂れてたはずの恋次が俺の頬を思いっきり殴った。飛ばされていくつかの机に俺の体がぶつかり、壮大な衝突音が教室中に響く。
突然始まった喧嘩に、教室の外から悲鳴が聞こえた。
「邪魔すんじゃねぇよ!! ルキアの進む道を邪魔すんじゃねぇ!!」
「てめぇこそ、自分の弱さをルキアのせいにしてんじゃねぇよ!!」
「うるせぇ!!」
「くそヘタレ野郎が!!!」
取っ組み合いの喧嘩。互いに容赦なく殴り合う。
壁が壊れようと、床にヒビが入ろうと、俺らはひたすら殴りあった。
「やめなさい!! 九条!! 阿散井!!!」
先生が入ってきて、縛道で拘束されたことで俺達の喧嘩はようやく止められる。
結局恋次は、俺の方を一度も見る事無く教室から出ていってしまった。
「なんだよっ……何が起きてんだよっ……」
ほんの数時間前まで笑いあってた恋次がなんであんな顔するのかも理解ができない。
ルキアがどういう状態なのかも確認が取れてない。
とにかくルキアの所に行かなくちゃ。
俺らはずっと一緒で……これからも何も変わることの無い大切な家族で……それが……こんな簡単にヒビ入るもんだったのかよっ……