長年音沙汰なく、休載を続けてしまい申し訳ありません。
仕事や体調の不具合などで長らく書く事が出来ませんでしたが、ようやく少し時間に余裕を持てそうですので少しずつ再開していく予定です。
しかしながら、数年のブランクがあるため今回はリハビリもかねて短編の新作を投稿させていただきます。
『fateシリーズ』と『魔法科高校』は、どちらもアニメを見ただけで原作は未読なため、設定や話の流れに矛盾が生じているかもしれませんが、それでも楽しんでいただければ幸いです。
前編
「はぁっ……はぁっ……ハアァッ……!!」
「おじさん……!お願い……しっかり……!」
――深い、深い……どことも知れぬ森の中。
その森の木々を縫うようにして、『二つの大小の影』が寄り添うように、
片方の小さな影は少女だった。
それもまだ十歳前半だと思われるその少女は黒く美しい長い髪を持った息をのむほどに美しい容姿をしていた。
だがその容姿に反して少女は大人の、それも男性用のぶかぶかのパーカーを纏っており、お世辞にも似合っているとは言えなかったが、少女はそれを気にすることなく……否、
そしてその大きな影――黒のTシャツにジーンズのズボンを纏った五十代後半だと思える男性は、少女に支えられながら
顔からだけでなく、全身から脂汗を滝のように流しながら、男は呼吸を荒く「一体、どうしてこうなってしまったのか」とほんの少し前の出来事を思い返していた――。
◇◇◇
――その日、日本人である男は
現地で寝泊まりするためにキャンプ用品と
数時間の長旅の末、目的の場所であるとある森へとやってきた男は、持ってきた荷物を車から降ろして早速『調査』を開始し始める。
そうして、ある程度その『調査』の
遅めの夕食を済ませ、焚火を前に淹れたてのコーヒーで一服していた彼の視界に、一瞬光が差す。
「なんだ?」と思い、視線を光の差した方へと向けると一台の車が舗装されていない林道を近くの山へと向けて走り、登って行くのが見えたのだ。
黒塗りのワンボックスカーであるその大きな車はタイヤ周辺を泥だらけにしながらズンズンと山を登っていく。
それを見た男は首を傾げた。その車が登っていく道の先には
せいぜいだいぶ前に使われなくなったと思われる、かつてはどこかの金持ちが別荘目的で建てたらしい大き目の廃墟が一軒あるだけでそれ以外は特に何もないはずだったのである。
男も調査のかたわら、森の散策などもして
そんな人気のない廃墟に向けて夜の遅い時間に向かう黒塗りの大きなワンボックスカー。明らかにきな臭い。
その上、車を見た瞬間に妙な胸騒ぎも覚えた男は、居てもたってもいられなくなり、レンタカーから折り畳み式の自転車と携帯電話。そして腕輪型の
幸いにも車が向かうその廃墟は、ここからそう遠くはない。自転車で走ってもすぐに追いつける距離にあった。
取り越し苦労なら、それでいい。事件が無いに越したことはないから。しかし万が一そうでなければ、最寄りの警察に通報するだけでいい。そのあとはもう警察の領分なため、自分の役目はそれで終わりだ。
その時の男は深く考えることなくそう判断していた。
――結果的に、自身の寿命を大きく縮める事になるとも知らずに。
◇◇◇
(人生最大の厄日だ……!)
少女の肩を借りながら、森の中を進む男は心の中でそう毒つく。
腹の激痛で足取りもおぼつかず、自分たちが今森のどこにいるのかすら男はおろか少女もわかっていなかった。
その上、遠く背後から
このままでは追い付かれるのも時間の問題。そう男が考えた時だった――。
「――!おじさん、あれ!」
「!」
少女の声に反応し、男は顔を上げる。
木々の向こうにひっそりとたたずむ人口の建造物がうっすらと見えた。
二人は恐る恐るといったゆっくりとした歩調でそれに近づく。それは無人の荒れ果てた廃墟であった。
「丁度いい、ここで奴らをやり過ごそう」
「は、はい……!」
男の提案に、少女はすぐさま頷く。
やり過ごすという提案自体に嘘はなかったが、正直なところ男にはこれ以上逃げ続けて動き回る気力がもうほとんどなかったのである。
そしてそれは少女も同じであった。
ゆっくりとした足取りで二人はビルの中へと恐る恐る入っていく。
中はよく若者たちのたまり場や不法投棄をする者たちのゴミ捨て場にでもなっているのか、あちこちにゴミが散乱しており壁にはスプレー缶やペンキなどで大きく目立つ落書きがそこかしこに描かれていた。
そんなお世辞にも綺麗とは言えない廃墟の中を二人は奥へ奥へと進んでいく。
途中で二階へと続く階段を見つけるも、男のケガの様子と追ってから逃げ切るリスクも踏まえて二階へと上がるのは悪手だと考え、二人は階段を使わずそのまま一階を進み続けた。
やがて少し開けた、大きめの部屋へと到着すると二人は休憩をとるためにコンクリートの壁を背にして腰を下ろす。
ふぅっと、どちらともなく吐いた息が漏れる音が部屋の中に小さく響いた。
数秒、あるいは数分の沈黙の後、少女がおもむろに男へと声をかける。
「……傷、痛みますか?」
「……あー、いや、もう麻痺しちまったみたいだ。……そっちは平気なのか?その……
「あ……はい、大丈夫です。
「それでも年頃の女の子にとっては恐怖以外の何物でもないだろう?
「そんな……助けてくれたご恩人を嫌うことなんていたしませんよ。……というよりも、むしろ――」
「――どうして助けてくれたのですか?こんな、危険を冒してまでどうして……?」
男の容態を気にかけながら上目遣いにそう問いかけてくる少女に男は何でもないかのように淡々と答えた。
「『人の親』だから、かもな。……俺にもお嬢ちゃんと同じ年頃の娘がいたんだが、俺が目を離したすきに事故にあっちまって生死の境をさまよっていたことがあった。……何とか一命はとりとめたが、体に障害が残っちまった」
「!……その、娘さんは今は……?」
「心配はいらねぇよ。今はいいとこの名家の家に嫁いで子供も生まれて幸せに暮らしてる」
「そう、ですか」
まるで自分のことのようにホッと胸をなでおろす少女に男は小さく苦笑を浮かべながら「けど――」と続ける。
「俺がそばにいながらあの
「――あいつらの
そう言って険しい顔で虚空を睨みつける男は少し前の光景を今一度思い出していた――。
◇◇◇
――山へと登るワンボックスカーを目撃した後、それを追跡した男は廃墟前で車から出てくる拳銃やライフルで武装した複数人の軍人たちと、その軍人たちに両手足を拘束されて運ばれていく一見どこかの令嬢と思える雰囲気を纏った美しい黒髪の少女の姿を目の当たりにする。
白のブラウスに黒のスカートを身に着けたその美少女を目にした男は最初こそ営利誘拐か何かか?と考えるも、すぐにそれだけじゃないことを否が応でも理解する。
拘束された少女を俵担ぎにした軍人の一人(おそらくは軍人たちのまとめ役である隊長格の男)が意味ありげに気持ち悪くニヤリと笑うと、少女のスカートに包まれたお尻を無遠慮に撫で上げたのである。
スカート越しに味わうように撫で、揉みしだき、最後にはスカートの中にまで手を突っ込んで中の感触を楽しみだす。
軍人の手が這いまわるたびに少女の体がビクッ、ビクッと反応し、身をよじる。
両手足の拘束に加え、どうやら
そして、そんな少女の反応を周りの軍人たちも下卑た笑みを浮かべながらそれを見ていた。その目には「早く自分も味わいたい」という欲望がありありと見て取れた。
羞恥と恐怖で顔を赤く染め、歪めながら、少女は必死に猿轡の中で歯を食いしばり、耐えようとする。
その両目から大粒の涙が、ポロリと零れ落ちた――。
そして、その一部始終を物陰から見ていた男も絶句すると同時に、彼らが少女に今から
時間にして一分も経ってはいなかったものの、物陰から見ていた男にとって、そしてその恥辱を一身に受けていた少女自身にとってもその時間はとても長く感じるものであった。
やがて「この続きは廃墟の中に入ってからにしよう」と、ようやく隊長格の軍人は少女のスカートの中から手を引き抜いて廃墟へと足を向けた。他の軍人たちもその後に続いていく。
そうして廃墟のすぐ前までやってくると隊長格の軍人はすぐに配下の軍人2名に外の見張りを、廃墟内に入ってからは残りの軍人たちに廃墟内の見張りの支持を出す。
隊長格のその命令に軍人たちは不服そうに顔を歪めるも、隊長格の軍人はニヤリと笑い――。
「心配するな。俺が先に
――そう言って半ば無理やり軍人たちを納得させる。
そしてそれは、肩に担がれた少女にとっては底なしの奈落に突き落とされるほどの恐怖を覚えさせられるのに十分な言葉であった。
全身から血の気が引いていく少女を担ぎながら隊長格の軍人は一人、自分の中で
やがてかつては使用人の部屋だったらしいこじんまりとした小部屋にたどり着くと、そこにあったマットレスのみを敷いた無機質なベッドの上に少女を寝転がせた。
涙目で睨みつけてくる少女の視線を受けてもなお、隊長格の軍人は一切ひるむことなく、むしろ自身の中の興奮が抑えきれないようで息を荒くしながら、背負っていた自動小銃や拳銃を乱雑に床に放り投げると自分の腰にあるズボンのベルトを乱暴に外していく。
「ククッ……まだ十二のガキのくせに随分とまぁ色気づいてんじゃねぇか。その歳だし様子から見てもまだ処〇なんだろ?なら俺が初めての男になってやるよ。まぁ、今は清楚を気取っててもすぐに俺の部下の男たちの相手もしてもらうし、『
隊長格の軍人の下卑たその言葉を聞きながら、少女は目の前が真っ暗になっていく感覚と、自分の中で『何か』が崩壊していく音を幻聴していた。
そんな少女を前に、ズボンを脱いで下半身を下着一枚のみを残し、上半身を上着のみを脱いだ軍人の男が『準備できた』とばかりにベッドの上へと登っていく。
それを見た少女は最後の抵抗とばかりに全身を使って暴れようとするも、手足を拘束され猿轡をされた今の少女にはそれすらも許されなかった。
軍人の男はそんな少女の体に覆いかぶさると、少女のブラウスに手をかけて力任せにそれを引きちぎる。
ブチブチッ!という音とともにボタンが数個はじけ飛び、少女に瑞々しい白い胸元が露わになった。
少女はショックで動きを止め、目を大きく見開き固まる。そんな少女の様子などお構いなしに軍人の男は少女の胸元をなめるように眺める。
一点のシミ一つない美しくも
それらを視界に収めた軍人の男の我慢は限界へと達していた。
「たまんねぇ……!」
そう呟くと隊長格の軍人はゆっくりと顔を少女の胸元へと近づけていく。荒い息遣いが少女の肌にかかり、軍人の口元から垂れた
(ああ……もう、だめ……)
その光景を前に少女は全てを諦め、数秒後に来るであろう嵐を受け入れるため、あるいは現実逃避をするためにそっと目を閉じ――。
「ぐふっ……!?」
――直後に聞こえた軍人のくぐもった短い悲鳴と、重たいものが自身の体にのしかかる感覚に少女の目は自然と見開いていた。
見ると先程まで情欲にまみれて少女を犯そうとしていた男はまるで糸の切れた人形のように彼女の体の上に倒れこみ微動だにせず、動く様子はない。
そして、少女の目線からその軍人の男の向こう――ベッドのふちに見覚えのない男か
明らかに先程までいた軍人たちの誰でもなく、むしろ軍人でも何でもないどこにでもいるただの一般人であろう容姿のその男の突然の登場に少女の思考は停止し呆然となる。
そんな少女の様子を気にすることなくその男は、少女に覆いかぶさる『気絶した』軍人の男を力任せに少女から引き離すとベット下の床へとぞんざいに転がす。
そして改めて男は少女と視線を合わせると――。
「大丈夫か……?」
――そう、少女の身を案じるように声をかけてきていた。
――男の廃墟侵入の成功は結果的に幸運がもたらしていた。
理由の一つは廃墟のこの屋敷がかつて富豪が建てた別荘なだけあってそれなりに広く、数人の軍人の目だけじゃ隅々まで警戒の目を向けることが出来なかったのである。
そしてもう一つの理由は、見張りを任せられた軍人たちに
というのも、今回拉致した少女は日本でも有名な名家の令嬢であり常日頃から彼女の周囲は警戒厳重でそう易々と襲撃できる相手ではなかった。
しかしつい先日、その少女が『台北』で行われるという『
そして追手の目をかいくぐり、人気のないこの山間の廃墟まで逃げてきたのであったが、その大仕事を成功した反動と周囲の静けさ故に人気が全くないという
また、先程の隊長格の軍人の言葉で自身が少女を相手にする番になった時の妄想を各々が膨らませており、周囲への警戒もおろそかになっていた。
中には煙草を吹かしたり、持参してきたお酒の入ったスキットルを飲んで一服する者もおり、そんな周囲への警戒心がほぼゼロな廃墟内にど素人である一般人の男が侵入するのはそうそう難しい話ではなかったのである。
驚くほどあっさりと廃墟の裏口から侵入した男は、軍人たちに気取られないように慎重に廃墟の奥へ奥へと進み続け、ついに少女と隊長格の軍人がいる部屋へとたどり着く。
そして入り口から中を覗き込むと、今まさにその軍人の男が少女へと馬乗りになり引き裂かれたブラウスの奥にある少女の白い肌に向けて顔を近づけようとしているところであった。
それを見た男はすぐさま床に落ちていた角材を拾い上げ、軍人の男の頭にフルスイングをお見舞いする。
少女の体に夢中になっていた軍人の男は背後からのその攻撃に最後まで気づくことなくその直撃をもらい、一瞬にして昏倒してしまう。
こうして、
――しかし、男の幸運はここで
(た……助かった、の……?)
拘束具と猿轡を外してくれた男から差し出された手を半ば無意識にとってベットから上半身を起こした少女は、不安と期待の境目を自身の精神が行き来するのを感じながらそう思った。
そんな少女の心情など分かるはずもない男は、はだけた少女のブラウスを一瞬見るとその目をそらし、自身の来ていたパーカーを脱いでそれを少女へと差し出した。
差し出されたパーカーを見ても未だ半ば呆然とする少女に男は声をかける。
「これを着て、すぐに逃げるぞ。いつ他の奴らが気付いて駆けつけてくるか分からんからな」
それを聞いた少女はようやく、未だ自分たちが危機的状況から抜け切っていない事を頭の中で理解し、すぐに男からパーカーを受け取るとそれを纏う。
それとほぼ同時に部屋の外――廊下から二人分の足音がこちらに向けてやって来るのが少女と男の耳に届いた。
そして同じくその足音の持ち主である軍人二人の会話も――。
「……いいのかよ持ち場離れてこっちに来て?隊長に怒られるぞ?」
「いいんだよ。追手が来る様子もないし、見張りなんてやってらんねぇよ。それよか、隊長に頼んで混ぜてもらおうぜ?俺、輪〇プレイが大好きでなぁ、しかもあんな可愛い娘をだぜ?もう我慢なんてできそうにねぇよ」
そんな低レベルの会話内容ではあったが、今の少女と男にとっては危機的恐怖の何物でもなかった。
「誰か来ます!」
「逃げるぞ!窓から出る!」
少女の言葉に男がそう返すと、すぐさま部屋の窓へと駆け寄り、力任せに窓を開こうとする。
しかし長年使っていないせいか窓はびくともしない。
焦った男は今度は窓に向かって力一杯に足蹴りをお見舞いする。
すると今度は窓を開けることに成功するも、窓にはまっていた窓ガラスも割れてしまいその音が大きく周囲に響き渡ってしまった。
当然、その音は廊下を歩いていた軍人二人の耳にも届く。
「な、何だ今の音!?」
「隊長たちのいる方からだぞ!?」
その声を耳にした男は少女へと叫ぶ。
「先に外へ!!」
「は、はい!」
男に促されて少女が窓から外へと飛び出す。部屋は一階にあるため飛び降りても少女はケガ一つ負うことはなかった。
それに続いて男も外へと出ようと窓枠に足をかけた。その瞬間だった――。
「だ、誰だ貴様!!」
背後から動揺が混ざった怒声が男の背中へとかかる。それに構わず男は振り返ることなく力一杯に窓枠をけって外へと飛び出した。
そして地面へと着地すると同時に目の前にある森へと向けて全速力で駆け出す。
走りながら顔を上げると少し前を先に外へ出ていた少女が背を向けて必死に走っている姿が目に入る。
と同時に、背後から軍人たちの更なる怒声が響き渡った。
「止まれぇ!止まらないと撃つぞ!!」
それを耳にした男はこのままでは森に逃げ込む前に二人とも撃たれると予想し、すぐさま次の行動に出る。
目の前を走る少女を走りながら抱きかかえた。
「きゃっ!?」という少女の小さい悲鳴を聞きながら男は同時に
――その瞬間、男の走る速度が格段に跳ね上がる。
一瞬のうちに弾丸のような速さへと変わった男の脚力に少女は驚き目を見開いた。
「こ、これは自己加速魔法!?あなた、
「その資格があるってだけだ!今はしがない
少女の問いに男は叫ぶようにそう答える。
そうしている内に、少女を抱えた男は森へとたどり着き、そこへ飛び込む。
森の中へ入った瞬間、男は奴らから逃げ切れると一瞬だけ安堵感を覚える。――その油断が命取りとなった。
――直後、男の背後……森の外から無数の弾丸の雨が男の背中に向けて降り注いでいた。
◇◇◇
「……じ…………ん……!……おじ………さ、ん………――おじさん!!」
見るとすぐ目と鼻先に
「……ど、どうしたそんな大きな声を出して」
動揺しながらそう尋ねる男に、少女は半ばパニックになりながら叫ぶ。
「どうしたじゃありません!
「……!?」
「それによく見たらおじさんの顔、
少女がそこまで言った瞬間だった。少女と男が潜むコンクリートビルの廃墟の外から小さく複数の声が響いてきた。
ハッとなった少女は立ち上がると、恐る恐る廃墟の中から外の様子をうかがう。
見ると森の木々の奥から遠く小さいながらも複数のライトの光と数人の屈強の男たちのシルエットが浮かび上がるのが夜空の月灯りで見て取ることが出来た。
それは現れた方向からしてみても先程まで少女を拉致して辱めようとしていた軍人たちである事は間違いようがなかった。
それを理解した瞬間、少女の背中を戦慄が走る。もはや軍人たちがここへたどり着くのも時間の問題であった。
少女はおもむろに胸元で組んだ自身の両手を見る。
何処にでもいる少女の年相応の白く細く、しなやかな両手。されどその両手、さらに言うとその両手を持つ少女自身には
――その魔法の名は《
光の分布を著しく偏らせてその名前の通り星空のような暗闇の空間を作り出し、光球から降り注ぐ光線のシャワーで物質を気化させるという、対人戦では最強と謳われる収束系の系統魔法である。
拘束されていない今なら、この魔法を使えば軍人たちを軽くあしらえる事が出来る。少女にはその自信が確かにあった。
だがしかし、その反面。
――それは少女がこの魔法を、
この魔法を手足のように自在に扱えるよう訓練してきたことは何度もあった。されど実戦でこれを使ったことは一度もなかったのである。いや――。
――そもそも裕福な名家に生まれたが故か、殺生事に立ち会うことなど全く無く、誰かの命を奪った経験など皆無であった。
故に、初めて人の命を奪わなければならない状況を前に、少女の手が無意識に震える。
しかしそんな少女の心境など知らぬ存ぜぬとばかりに、軍人たちは着々とこちらへ近づいてくる。迷っている時間は少女にはあまり残されておらず、その上で更なる追い打ちがかかる――。
――ドサッ。
小さく、されどはっきりとした『何か』が倒れる音が少女の背後から響き、反射的に少女は振り向くと――驚愕した。
先程までコンクリートの壁を背に力なく座っていた男が、今は壁をすべるように上半身を横倒しにして倒れていたのだ。
全身から滝のような汗を流し、顔色も悪く、更には呼吸すらも細くなってきているのが見て取ることが出来。もはや男の命が風前の灯火であることが少女の目からしても否応なく理解できてしまった。
「おじさん!!」
絶叫にも似た声を上げて少女は男に駆け寄る。だが、それは同時に最悪の状況を招き寄せる結果になってしまう。
「……おい、今声が聞こえたぞ」
「あン中からだ。……もう逃がさねぇぞ小娘。ヒーロー気取り野郎をぶっ殺したらたっぷりと『おしおき』してやっからなぁ」
「――ひっ!」
廃墟の外からそんな声が聞こえ、自分が声を張り上げたせいで奴らに気づかれてしまったと少女は恐怖で小さく悲鳴を上げる。
目の前には自信を助けてくれた瀕死の男が横たわり、廃墟の外には自分たちを捕まえようとする獰猛な
もはや少女には落ち着いて思案する余裕すらもなくなりかけていた。
「どうしよう……どう、したら……!」
涙目でおろおろとしだす少女を前に、倒れた男もまた霞がかかり始めた頭の中で必死に思考を巡らせていた。
――状況は最悪。持っていたCADは逃げるときに木にぶつけでもしたのか壊れてしまい、携帯電話もほぼ同時に落としてしまったらしく気づいたら服の何処にもなかった。これでは助けを呼ぶ事も出来ない。
――万事休すか。男がそう思った時だ。
ふと、視界の端に何かが映り込み、無意識に男の目がそれを見る。
――そこには、ここで落書きをした若者たちが残していったであろう
何の変哲もない、どこにでもある白いチョーク。しかしそれを見た瞬間、男の脳裏にある名案が閃く。
もとよりこの地には、
それを思い出した男は、
「――――……ッ!」
残る最後の力を全身で振り絞り、上半身を起こすと震える両足でしっかりと男は立ち上がった。
それを見た少女は目を見開く。
「おじさん……?」
今もなお死にかけの状況は変わらないながらも明らかに様子が変わった男に少女は声をかける。
しかしそんな少女に返事をすることなく、男は数歩ゆっくりと前進すると、そこに落ちていたチョークを拾い上げ、振り向くことなく少女へと真剣な口調で口を開いた。
「……嬢ちゃん。今から言うことをよく聞いてくれ。……俺は今から『賭け』に出る。……うまくすりゃあこの絶望的な状況を一気にひっくり返せるかもしれねぇ秘策だ」
そこまで言った男は、一呼吸おいて「だが――」と続けて言う。
「ぶっちゃけコイツは、
「――ッ!そんな事、出来るわけ――」
「頼むよ」
「!」
反論しようとした少女に、それを許さないと言わんばかりに静かだがはっきりとした男の声が重なり、少女は沈黙するしかなくなる。
そんな少女へと未だ振り返ることなく男は静かに言葉を重ね続けた――。
「――俺には、もう……
「――ッ!!」
「……このまま、また嬢ちゃんが奴らにとっ捕まったら、俺は何のためにここまで骨を折ったのか分からなくなる……――」
「――後悔したくないんだよ。嬢ちゃんを助けたこと」
(――ズルい、こんなの……!)
「後がない」。男のその言葉の意味に気づけないほど少女は子供ではなかった。
男の腹部を背後から貫いた軍人たちのあの弾丸は彼の命をかすめ、出血と共に彼の生命力を体外へと少しずつ排出していっていたのだ。
そしてそれは既に『手遅れ』の領域にまで達しており、万が一にでも今から医療施設に担ぎこめる可能性がったあったとしても、男はもう
その非常なる現実を一番よく理解していたのは、体に風穴を開けられた男自身であり、だからこそ男は最後の
そして……男のその心情を察してしまった少女もまた、男の覚悟を止めることが出来なかった。
理不尽な現実への絶望と何もできない無力な
しかし、残念なことにそれでも男を説得する言葉も起死回生の名案も今の少女には何一つ思い浮かばず、ただただ男の次の行動を見守ることしか
背後にいる少女が沈黙したのを皮切りに、男はまず手始めに
スルスルと解かれた包帯が地面へと落ち、隠れていた右手が姿を現す。
それを男の背中越しに見ていた少女は男の右手を見て首を傾げた――。
(あれは……赤い、
男の右手……正確には右手の甲にあったもの。それは
それを男は一瞥すると今度はその場にしゃがみ込み、手に持ったチョークで地面に大きくきれいな円を描き、そこに何かしらの文字や模様を書き足していく――。
男が地面に描くモノの完成が近づくと共に少女はそれが何なのか分かり、小さくハッとなった。
(これは、
そう、男が地面に描いていたものは物語などで魔法使いがよく魔法を発動するために地面に描く魔法陣であった。
未だ少女が見たこともない
(この人は一体何を……何をしようとして……?)
何かに取りつかれたかのように魔法陣を描き続ける男を見て半ば呆気にとられながら少女がそう思った時だ。
ザッザッザ!と、複数の足音が廃墟のすぐそばまでやって来るのを少女の耳がとらえる。
(――ッ!もうすぐそこまで……!)
追ってきた軍人たちが廃墟の中に入ろうとしているのを察した少女は、反射的に足音のする方へと視線を向けようとし――。
――それよりも先に、魔法陣を描いていた男の口が……
まるでこの世のものとは思えない、神秘を体現したかのようなその詠唱に少女の動きは自然と止まり、無意識にそれを唱える男の姿を目で追う。
それとほぼ同時に、廃墟内に侵入してきた軍人たちもその詠唱が耳に入り『何だ?』とばかりに無意識に足を止めてしまう。
だが少女や軍人たちの様子などお構いなしに魔法陣を描き終えた男の詠唱は続く――。
男がそこまで唱えた瞬間――『奇跡』は目に見える形で現れた。
先程、男が地面に描いていた魔法陣が淡く光だしたのだ。
「「……!!」」
それを見た男と少女はほぼ同時に息をのむ。その次の瞬間だった。
「――ッ!?」
突如、男の右手に
さっきまでただの赤いシンプルな模様でしかなかったその刺青が、今はまるで宝石のルビーのように
「……はっ!……ハハッ!!ハハハハハハハハハッ!!!……よし!よしよしよし!!――よしッッ!!!!」
それらを目の当たりにした男は
男のその子供のようなはしゃぎ様にそばで見守っていた少女は面食らう。
そんな少女の前で男は再び顔を上げると、その嬉々とした笑みを崩すことなく右手を魔法陣にかざしながら詠唱を再開する。
男の口から詠唱が紡ぎだされるたびに、魔法陣の光が大きく膨れ上がっていく――。
それとほぼ同時に、魔法陣を中心にして旋風も吹き始める――。
「――ッ!くぅっ……!」
もはや元の形すら分からなくなるほど魔法陣の光は直視が困難なレベルにまで強く放ち、同時に魔法陣から吹き荒れる旋風もまた強烈なものとなり、少女はたまらず両腕で自身の顔を守るように覆い隠す。
「な、何だこの光は!?」
そしてその強烈な光は男と少女のいる部屋からも濁流のように漏れ出し、廃墟の出入り口付近にいた軍人たちにも容赦なく津波のように襲い掛かった。
その廃墟にいた全員が光に飲まれ、何が起こっているのか理解できずにその場で動くことが出来ない。
そんな中、ただ一人だけその光の渦の中心にいた男だけが唯一この状況のすべてを理解した上で――。
――最後の詠唱文を口にした。
――この瞬間、この場に――。この国に――。この地に――。この世界に――。
――明確な変化が現れる。
それは歴史が浅いにせよ、『魔法』という空想上の産物だった存在が
これからの世界において歴史の1ページに決して消えることのない爪痕を残した此度の一大事。その渦中の中心人物にして
――ただ……ただ一つ、はっきりとできる事実はこの夜、男が起こした『
――『歴史』が。
――『神話』が。
――そして、『
次回、後編を投稿いたします。
男の正体と何故あの『儀式』が成功したのか、そして
前書きにも書きました通り、原作未読の『にわか』レベルなため、連載は予定していません。