魔法科高校のサーヴァント   作:綾辻真

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後日談7『破談と嫉妬と』

七草(さえぐさ)家の子息――七草弘一(さえぐさこういち)はあ(・)の(・)日(・)の事を決して忘れることはないと自信を持って言えることが出来た。

 

崑崙方院が起こした最(・)愛(・)の(・)婚(・)約(・)者(・)である四葉真夜の拉致事件。それが、彼女や四葉家だけでなく自身の人生までも大きく狂わせる要因となってしまった。

あの日、真夜と共に台北の少年少女魔法師交流会に参加していた弘一は、不運にも真夜の誘拐現場に居合わせる結果となってしまう。

それでも何とか愛しい婚約者を守ろうと奮闘する弘一だったが、その努力の甲斐もむなしく彼は真夜を目の前で攫(さら)われた上、右目を負傷するという散々な結果を迎える事となった。

 

崑崙方院の手の者によって意識を奪われ、次に弘一が目を覚ましたのは病院のベットの上。

 

そこですぐに現状を把握した弘一を襲ったのは、人生で初めて味わう事となる敗北の屈辱と最愛の人を守り切れなかったという喪失と絶望、そして自身の無力感であった。

その上、弘一は以前から崑崙方院という組織の醜悪な実態を噂程度ではあれど知っていたため、それが彼の心に大きな絶望をさらに上乗せすることとなる。

今こうしている間にも、自身の大切な人がどこぞと知らぬ男たちの欲望の目にさらされ、さらに実験と称してモルモットにされた挙句、性欲のはけ口にされているのだと思うと弘一は怒りと絶望で頭がおかしくなってしまいそうな錯覚に陥る。

更に、その感情の高ぶりのせいか受けた右目の傷口が痛み出し、それが一掃、弘一の精神を刺激し拍車をかける結果となってしまう。

 

しかし、敵が今どこにいるのか、最愛の人が今どこに囚われているのか皆目見当もつかず、自身も病院のベットから動くこともかなわず、弘一は屈辱と悔しさに目尻に涙をためながら、ただただ状況が進展するのをそこから待つことしか叶わなかった。

 

見舞いに来てくれた両親やその他の七草の親類から、「お前はよくやった」だの「その右目は名誉の負傷」だのと励ましの言葉をもらいはしたが、そんなものは今の弘一の心には少しも響くことはなかった。

 

 

 

 

 

――それから数日と経たぬうちに、真夜が無事救助されたという朗報を耳にするまでは。

 

 

 

 

 

その知らせを聞いた瞬間、弘一の心に飛来したのは、あの崑崙方院から無事助け出されたという信じられないという気持ちと、それでも最愛の人が帰って来てくれたという深い安堵感であった。

話を聞くに、真夜は疲労しているものの五体満足な上、異(・)性(・)に(・)穢(・)さ(・)れ(・)て(・)も(・)い(・)な(・)い(・)状態であるという。

それを聞いて自分は右目を犠牲にしたものの彼女は以前と変わらない様子であることに弘一は心の底から歓喜する。それこそ、自身が受けた屈辱や無力感などどうでもよくなるほどに。

 

――しかし、それもまた一時のモノに過ぎなかった。

 

それからすぐに聞かされた婚約者の新たな情報は、弘一でもにわかには信じがたい話であった。

真夜が崑崙方院に拉致された後、彼(・)女(・)は(・)最(・)後(・)の(・)抵(・)抗(・)と(・)ば(・)か(・)り(・)に(・)、ま(・)だ(・)四(・)葉(・)家(・)で(・)開(・)発(・)途(・)中(・)だ(・)っ(・)た(・)『英(・)霊(・)召(・)喚(・)』な(・)る(・)魔(・)法(・)を(・)発(・)動(・)さ(・)せ(・)て(・)そ(・)れ(・)を(・)奇(・)跡(・)的(・)に(・)成(・)功(・)さ(・)せ(・)た(・)こ(・)と(・)。

そ(・)し(・)て(・)そ(・)の(・)英(・)霊(・)な(・)る(・)存(・)在(・)を(・)使(・)役(・)し(・)て(・)無(・)事(・)生(・)還(・)を(・)果(・)た(・)し(・)た(・)の(・)だ(・)という。

それを聞かされた時、弘一はまさに狐につままれたような心境に陥る。

しかし、それが事実であると言わんばかりにそのおよそ一月後には、崑崙方院の本拠地が巨大なクレーターへと変わり果て、その組織に関わっていた者たちは一人残らずその英霊によってこの世から葬られたという情報が、弘一の耳に続々と届けられるようになる。

更には、四葉と九島家の協力で新たにUSNAでも英霊が召喚され、もはや英霊という存在自体が疑いようのないモノへと変わっていった。

 

そしてその間、弘一は保護された真夜が本当に無事に帰ってきているのか自分の目で確認したいという思いから、退院後すぐに四葉家と何度か連絡をとるものの、英霊召喚の一件でごたついている四葉家から「今はまだ面談できない」という簡潔な答えが返って来るだけであった。

 

 

そうして、時を経(へ)てようやく真夜との面会が叶ったのは、彼女が崑崙方院に誘拐されてからおよそ二月近く経った後であった――。

 

 

 

 

 

 

――七草家の応接室。

 

右目の傷を眼帯で隠して応対した真夜(最愛の人)は、誘拐される前と変わらぬたたずまいを見せてはいたものの、自分を見るその目には異性に対する恐怖心がチラついていることを、長い間彼女を見続けていた弘一はすぐさま気づいた。気づいてしまった。

 

だが、それは無理からぬこと。崑崙方院に囚われた彼女は、その心に大きな傷を受けPTSDを発症したと聞く。

だからこそ、弘一は婚約者であるが異(・)性(・)である自分に対してもそういった感情を向けてしまうのは無理もない事なのだろうと、自分に言い聞かせた。

 

――しかし、その後に挨拶も早々に彼女の口から飛び出した言葉は、流石の弘一でも受け入れ難いものであった。

 

 

 

 

――それは、真夜の口から直接発せられた……婚(・)約(・)破(・)棄(・)の知らせであった。

 

そのショックから動揺を隠せずにいる弘一を前に、真夜はか(・)つ(・)て(・)婚(・)約(・)者(・)だ(・)っ(・)た(・)少年に対して淡々と説明を行う。

この婚約破棄の話は既に、四葉と七草の当主(父親たち)の間で話がまとまっていること。

破談の理由は、自身の抱えるPTSDが思った以上に重度であり、いつ完治するか分からず、このまま後々結婚まで行けたとしても子孫を残せるかどうか怪しいという理由(こと)。

 

そしてもう一つ、それ以上に大きな理由は――。

 

 

 

 

――四(・)葉(・)家(・)が(・)生(・)み(・)出(・)し(・)た(・)英(・)霊(・)召(・)喚(・)が(・)、全(・)世(・)界(・)に(・)知(・)れ(・)渡(・)っ(・)て(・)し(・)ま(・)っ(・)た(・)こ(・)と(・)。

 

 

 

 

弘一の目からしても、この英霊召喚という魔法は今までの魔法の歴史を振り返ってみても類を見ないほどに規格外なものであることは理解できていた。

最初に召喚された【偽物(フェイカー)】は一夜の内にあの巨大組織だった崑崙方院を壊滅させ、連鎖的にそれを抱えていた大漢という国そのものを滅亡に追いやった。

更に、最近召喚されたUSNAの【魔術師(キャスター)】は召喚早々に死者蘇生をやってのけたのだから開いた口が塞がらない。

だからこそ、英霊という存在が今のこの世界にとってどれほどとんでもない存在(ちから)なのかを弘一は嫌が応無く気づかされている。

 

そして、だからこそ……四(・)葉(・)は(・)今(・)、新(・)た(・)な(・)繋(・)が(・)り(・)を(・)持(・)つ(・)こ(・)と(・)が(・)か(・)え(・)っ(・)て(・)危(・)険(・)だ(・)と(・)判(・)断(・)し(・)た(・)の(・)だ(・)ろ(・)う(・)。

 

七草家は日本魔法師界において、四葉家と双璧を成すほどに最有力な家系である。

それは、四葉が魔法の実力で他の魔法師家系よりも頭一つ抜きに出ているのに対し、七草家は優秀な魔法師輩出の数と政治面で抜きに出ていた。

それ故に、真夜と弘一の婚約はその二つの家の結びつきをより強固なものへと変え、日本魔法師界での地位をより盤石にし、不動なものへと成っていくはずであった。

 

しかし、英霊の登場でその未来予想図に大きな狂いが生じる事となる。

 

前述のとおり、英霊は弘一のみならず誰が見ても規格外すぎる存在である。だからこそ、その召喚システムにはそ(・)う(・)簡(・)単(・)に(・)口(・)外(・)出(・)来(・)な(・)い(・)何(・)か(・)と(・)て(・)つ(・)も(・)な(・)い(・)大(・)き(・)な(・)秘(・)密(・)が(・)隠(・)さ(・)れ(・)て(・)い(・)る(・)のだということを、察することが出来た。

それは弘一のみならず、世間の風潮に囚われない賢しい者たちなら簡単にたどり着ける結論である。

だからこそ、四葉はその『秘密』を守るために、現(・)状(・)関(・)係(・)の(・)浅(・)い(・)七草家との婚約破棄を宣言したのだ。

 

七草との関係を断つことでその『秘密』の漏洩……いずれ、七草を通して『秘密』が世間に広まるというその懸念(けねん)の種を未然に摘み取るために。

 

 

 

 

――真夜(婚約者)から直接、婚約破棄を言い渡されてショックで半ば放心状態であったものの、頭の隅でそこまで四葉の事情を推察した弘一は、僅かながらも婚約破棄の理由に関しては納得できた。

しかし、真夜を心から好いていた弘一個人にとってはやはり受け入れることが到底できなかった。

 

だがそんな彼の心境を知ってか知らずか、目の前で同(・)じ(・)く(・)心(・)痛(・)な(・)面(・)持(・)ち(・)で(・)言葉を吐き続ける真夜。

 

「――……こちらからの一方的な事情で婚約を破談にしてしまった事、心よりここに深くお詫び申し上げます。……つきましては、その償いとまではいかないかもしれませんが、婚約破棄の慰謝料に上乗せして弘一さんのその右目の傷……その治療と費用もすべて四葉(こちら)で持たせてはもらえませんか?……もとよりその傷は、私を守ろうとして負った傷ですので……」

 

愛しい人からそんな優しい言葉をかけられても、弘一は俯いたまま微動だに出来なかった。

彼の心は今、現状の理解と理解できてもそれでも納得できないという感情がごちゃ混ぜになっており、真夜に対して返す言葉も感情も思い浮かばず、それどころか顔を上げる事すらも考(・)え(・)ら(・)れ(・)な(・)く(・)な(・)っ(・)て(・)い(・)た(・)。

 

そんな元(・)婚(・)約(・)者(・)の様子に、真夜は目を伏せるとゆっくりと座っていた来客用ソファから立ち上がる。

 

――そして……未だに俯いてソファに座ったまま動くことのない弘一に向けて……彼女は静かながらも、ど(・)こ(・)か(・)寂(・)し(・)そ(・)う(・)な(・)声(・)質(・)で彼に『最後の言葉』を送った……。

 

 

 

 

 

 

 

「――ごめんなさい。私はもう……貴方と共に歩めない」

 

 

 

 

 

 

 

――何故だかその言葉だけが、弘一の心に深くしみ込み……そして残る事となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

――元婚約者……真夜との面会が終わり、弘一は付き人達を引き連れて玄関先まで真夜を見送る。

七草家の門前には四葉の黒塗りの車が停まっており、真夜の帰りを待っていた。

 

未だに暗い表情で視線を落とす弘一に、真夜はペコリと静かに頭を下げるとそのまま彼に背を向ける。

それに気づいた弘一は彼女の背中に何か声をかけようと顔を上げて口を開きかけたが、彼女に何を言えばいいのか、どうすればいいのか、今の弘一には何も思いつかなかった。

 

「さよなら」を言うべきなのか、それとも引き留めるべきなのか……もはや自分がどうしたいのかさえ、分からない。

 

そうこうしている内に、真夜は七草家の門をくぐり、あと数メートルで車にたどり着こうとしていた時だった。

 

『!!』

 

弘一を含む彼の付き人達はこぞって息をのんだ。

 

四葉の車の前……何もない空間から唐突に降って湧いたように白い影が現れたのだ。

 

萌黄色の長髪に白い簡素な服をまとったそのモノは、やって来る真夜に向けて穏やかな笑みを浮かべる。

それを見ていた弘一の付き人の一人が思わず呟いた。

 

「あれが……英霊(サーヴァント)、【偽物(フェイカー)】……」

 

付き人のその呟きが、弘一の耳にするりと入り込んだ……その次の瞬間だった――。

 

(……!?)

 

――彼は今日……それこそ、英霊や真夜からの直接の婚約破棄宣言を言い渡された時以上の衝撃的で受(・)け(・)入(・)れ(・)が(・)た(・)い(・)光景を目の当たりにすることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――【偽物(フェイカー)】に迎えられて歩み寄った真夜は……笑(・)っ(・)た(・)の(・)だ(・)。

 

 

 

 

それも、四葉家令嬢として浮かべる造られた笑みなどではなく、何処にでもいる普通の少女が浮かべるような、純(・)粋(・)で(・)無(・)垢(・)な(・)笑(・)顔(・)だ(・)っ(・)た(・)の(・)だ(・)。

 

弘一は長年、真夜と交流を重ねてきた。それこそ、彼女が行きたいとねだった場所に行ったり、欲しいと言っていた物を贈ってあげたりと……彼女が喜びそうなこと、お願いしてきたことは断ることなく何だって応(こた)えてきたつもりだった。

しかしそれでも、彼女が感謝と共に自分に向ける笑顔は……いつも、四(・)葉(・)の(・)令(・)嬢(・)と(・)し(・)て(・)の(・)顔(・)だ(・)け(・)で(・)あ(・)っ(・)た(・)。

だが、彼女にとってはそれも仕方ない事なのかもとも弘一は思っていた。

自分の意思とは関係なく、親の意思だけで決められた婚約。親のため、お家のためにあえて家(・)の(・)『道具』とならざる負えない立場故、彼女は自身の感情を押し殺し、従うしかなかった。

 

だから……その家庭環境と立場を背負っているため、自分との婚約もまた四葉のためという事務的な面でしか見れなかったのかもしれない。

 

 

――しかし。

 

――しかしだ……。

 

 

――それでも……納得できない(赦せない)……!!

 

 

 

 

 

自分が長年、開くことが出来なかった(見ることが出来なかった)彼女の心(笑顔)を……あろうことかそ(・)れ(・)を(・)あ(・)の(・)英(・)霊(・)は(・)自(・)分(・)の(・)目(・)の(・)前(・)で(・)や(・)っ(・)て(・)の(・)け(・)た(・)の(・)だ(・)……!

 

まだ彼女と出会って数ヶ月しか経っていないはずの、あのぽっと出の存在が……!!

 

自分に出来なかったことを平然とやってのけた……!やってのけやがったのだ……!!

 

それがどれだけ赦(ゆる)せず、かつ認めがたい事か!!

 

 

彼女を崑崙方院という地獄から救ってくれたことには、感謝している。しかし、それと引き換えにするかのようにあの英霊は……英(・)霊(・)と(・)い(・)う(・)存(・)在(・)は(・)、あろうことか婚約を破談に追いやっただけでなく、自分から最愛の人の心を奪い去っていったのだ。

 

それを理解した瞬間、弘一は腸(はらわた)がよじれ、マグマのような怒りの感情がグツグツと心の奥底から湧き出てくる錯覚を覚える。

無意識に自身の胸元に手を置いてその部分の服をぐしゃりと力強く握る。それでできた服の大きく歪んだシワが、今の弘一の感情を表しているようであった。

 

(……ああ……分かっている。……これは嫉(・)妬(・)だ。最愛の人を守り切れず、かつ最愛の人の心を人(・)な(・)ら(・)ざ(・)る(・)モ(・)ノ(・)に奪い去られてしまった、無力で愚かな醜い男の嫉妬)

 

だがそれを理解し、認めたとしても……弘一は生涯、この光景を忘れず、そして赦すことが出来ないだろう。――永遠に。

 

 

 

 

 

真夜(最愛の人)と【偽物(フェイカー)】が笑い合っているその光景を、遠くから暗く、どす黒い嫉妬の炎をその瞳に宿らせて見つめる弘一。

 

こ(・)の(・)日(・)、彼の心に初めて【偽物(フェイカー)】――英霊に対する憎悪が生まれた瞬間であった。

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