魔法科高校のサーヴァント   作:綾辻真

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前回の続き、真夜視点でのエピソードとなります。


後日談8『未練』

弘一さんに別れを告げ、車に乗り込んだ私は七草の屋敷を後にする。

ぼんやりと窓の外を眺める私の目には町の向こうへと沈んでいく茜色の太陽が映っていた。

 

(もうすぐ陽が落ちる……。帰り着く頃には夜ね)

 

私がそんなことを考えていると、ふいに隣に座る【偽物(フェイカー)】から声がかかる。

 

「大丈夫かい?真夜(マスター)

「……何が?」

「大分、疲れたような顔をしているよ?」

「あ……そう、かな……そう、なのかも。……まぁ、当然よね。長年交際を続けていた婚約者に一方的に破談を伝えたんだもの。……無理ないわよね」

 

苦笑交じりに私はそう呟く。

脳裏に婚約破棄を宣言した時の彼の姿が浮かんだ。

彼は……破談を伝えてから私が帰る時まで、一言も私に何かを言おうとはしなかった。

感情的になって私を責めることも、私に別れの言葉を投げかけることもなく、ただ……銅像のように俯いて固まっているだけだった。

……いや。あれはもう、()()()()()()()()()()()()()と言ってもおかしくはない。

 

だからこそ、嫌でも分かってしまう。弘一さんが私のことをどう想っていたのか。

 

(あの人……本当に私のことが好きだったのね……)

 

()()()()()()()四葉と七草(お家)が決めた婚約だからだとかは、まったく関係なかった。

ただただ私を、一人の女性として大切にし、結婚したいと……そう……思っていたのだろう。

 

()()()()()()()()?」

「え!?」

 

まるで心を読まれているのかと思うようなタイミングで【偽物(フェイカー)】からそう言われ、思わずビクリと身体が跳ね上がる。

慌てて【偽物(フェイカー)】の方へ視線を向けるも、そこにはいつもの穏やかな笑みを浮かべる自身の英霊の顔があるだけであった。

 

「あ……うん、そうみたいね。彼、結構ショック受けてたみたいだし――」

「――違うよ、真夜(マスター)

「?」

「僕は婚約者だった彼のことを言っているんじゃない――」

 

 

 

 

 

真夜(キミ)のことさ。真夜(マスター)は彼の事、好きだったのかい(どう思ってたんだい)?」

 

 

 

 

 

「――っ」

 

一瞬、息が止まる。

……まったくこの英霊は、基本穏やかで優しいのにデリカシーの無さだけが玉に(きず)だ。空気が読めていないのか他人の心にズケズケと踏み込んでくる。

時折発する、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()含めて、だ。

 

――でも、何故だろうか。

 

私は【偽物(フェイカー)】のそういう所も含めて、()()()()()()()()()()()()()()()()

()()()()()()()接する時のように、自然と心を開けた状態(ありのままの自分)で話すことが出来る。

 

だからこそ……【偽物(フェイカー)】のこの問いかけにも、嘘や誤魔化しなどを考えることなく、素の自分の気持ちをさらけ出して答えることが出来た。

 

「正直……()()()()()()()()

「分からない?」

「うん。……弘一さんは、本当に私のことが好きだったんだと思う。確かに最初は七草(お家)のためだけの婚約だったのかもしれないけれど、でも……交際を重ねるうちに、彼が私を見る目が段々と変わってきていたのには、気づいてた。でも……私は、()()()()()()()。私にとってこの婚約は、四葉のための『義務』とか、『役目』とか……最後までそういった枠内でおさまる事でしかなかったから……」

「そうなのかい?」

「うん……ちょっと意地悪して、お願いやおねだりで()()()()()みた時も、彼は嫌な顔一つせずに笑ってそれらを聞いてくれてたけど……それでも、私の中で()()()動くことは……無かった。だから、『ああ、やっぱり私にとってこの婚約はただのお務めでしかなくて、彼の事は何とも想ってないんだなぁ』って、そう思った」

 

……崑崙方院に誘拐された時だってそうだ。

彼は命がけで私を守ってくれてたのに、右目を負傷してまで私を助けようとしてくれてたのに、私は……!

車内に短くも、重たい沈黙が下りる。

そんな空気に耐えられず、自身のスカートをギュッと握ると、私はちらりと【偽物(フェイカー)】を横目に見ながら問いかける。

 

「最低だと思う?」

「どうかな。どうだろう。……でも、たとえそんな気持ちを抱えたまま結婚したとして、キミは()()()()()()()()()()()()()()()?」

「それは――」

 

――どう、なんだろうか。

夫婦仲が冷めきっていた可能性だってあるし、私が途中で心変わりをして暖かな家庭を築けた可能性だってある。想像がつかない……。

 

――…………………。

 

――いや、これ以上考えるのは……()そう。……結局のところ、『たられば』の範疇(はんちゅう)を越えない話だ。

それに、婚約破棄を宣言した後である今となっては、もう……どうこう言ったところで遅すぎる。

 

「……結局のところ、『分からない』が今の答えでしかないのね」

「そういう事だね。……まぁ、親友が持っていた『未来を見通す目』を僕も持っていたのならもっと良いアドバイスが出来たんだろうけど、生憎と僕にはそんな機能は無いからね。……でも、婚約破棄を行ったのは何も事前に機密漏洩の可能性を防ぐだけじゃなく、七草(彼ら)()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「……うん」

 

偽物(フェイカー)】のその指摘に私は素直に頷いた。

確かに婚約破棄を行った主な目的は、七草から四葉の機密情報の漏洩が起こることを防ぐための対策ではあったが、それは逆にこれから英霊関連で様々な災難(トラブル)が降りかかるであろう四葉から七草を遠ざけ、守るための措置でもあった。

今この状況で、七草という新たな繋がりを四葉が持ってしまえば、それを知った外部の者たちに七草が集中的に狙われることとなる。

もしこのまま結婚まで行っていたら、四葉と繋がりの浅い状態の七草が外部にとって情報入手のための『抜け道』として扱われ、そこをから英霊の情報を引き抜かれることになるのは目に見えていた。

最悪の場合、七草は情報入手のためのただの使い捨ての駒として利用され、四葉にかかる災厄に巻き込まれることとなり、現状四葉の双璧として名を馳せている七草にとって悪影響(不利益)でしかなかったことだろう。

 

「……私もお父様も、四葉(こっち)の問題で弘一さんたち無関係の七草の人たちを巻き添えにするのは忍びなかったから」

「なら、キミが彼に『何とも想っていない』ってことは、無いんじゃないかな?」

「――え?」

 

偽物(フェイカー)】からのその言葉に、私は思わず顔を上げて【偽物(フェイカー)】を見る。

そんな私を【偽物(フェイカー)】はいつもの穏やかな笑みで見つめながら言葉を続けた。

 

「そうでなければ、キミの口から今、彼に対して『忍びない』なんて言葉は出てこないさ」

「あ……」

「確かに真夜(マスター)は彼に異性への好意(恋心)を抱けなかったのかもしれないけれど……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「……そう……かな」

 

恐る恐るそう尋ねる私に【偽物(フェイカー)】は短く「うん」と頷いて見せる。

……少しだけ、本当にほんの少しだけ、心が軽くなるような錯覚を覚えた。

あれだけ尽くしてくれた弘一さんに対して私は最後まで恋心を持つことが出来なかった。

でも、彼をただの政略結婚の相手(道具)だけだと見切りをつけていなかったことに心の底から安堵した。

結婚相手としても、恋人としても見れなかった。けど――。

 

(私はちゃんと……あの人のことを、道具としてでは無く一人の人間として見れていたのね……)

 

考えてみれば、彼が右目を負傷した時も私は()()()()()()()()()()()()()

身近な人が傷つけられるのを目の当たりにしたのだから当然だけれど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

胸をなでおろすと同時に、フッと笑みがこぼれる。

 

「ありがとう、【偽物(フェイカー)】」

「うん、少し元気になったみたいで良かったよ。道具の僕が考え付く言葉で元気になるようならいくらでも声をかけてほしい。いつでも協力は惜しまないし、いくらでも使い潰してくれて構わないから」

「もう!またそうやって自分を卑下する!言っておくけど、私はアナタを道具としてみる事なんて永遠にないから!ずっと私の英霊(サーヴァント)として一緒にいてもらいますからね!」

「それは構わないけれど……。でもずっとってことは、キミが年老いて老婆になってもだよね?そうなると僕は英霊の肩書を捨てて介護員に転職するべきなのかな――」

「ぶん(なぐ)られたいの?」

「ごめんごめん。……でもいずれはそういう未来が来るはずだから、純粋に少し気になっちゃってね」

「そんなはるか先の未来の事なんてまだ真面目に考えなくていいわよ!」

 

本っっっ当にこの英霊(サーヴァント)は!真名(正体)真名(正体)なだけに考え方が少しズレているというか、自虐的というか……!

なのに少しも嫌悪感を抱かない上に、話していてかえって安心する自分(わたし)がいるからそれが余計にもやもやするというか何と言うか……!ああ、もうっ……!!

 

「もしかしてこれが『恋心』っていうやつなの!?もしそうなら私の恋愛感覚どうかしてるわ!自分で自分に絶望するレベルよ!」

「落ち着いて真夜(マスター)。随分と興奮しているね?何か新たな悩み事でも思い出したのかい?僕でよければ相談に乗るよ?」

「悩みの(元凶)に相談しても逆効果なだけよ!?」

 

その後も車内でギャーギャーとはしたなく騒ぎまくる私をどうにか(なだ)めようとする【偽物(フェイカー)】。そしてそんな私と英霊のヘンテコな痴話げんかを見て見ぬふりをしながらもバックミラー越しにどこか微笑ましいモノを見るような笑みで運転をする運転手の姿がそこに在った。

 

そうしてひとしきり騒いで落ち着いた私は気恥ずかしさに顔を赤らめながら深くため息をつくと、恨みがましい目を【偽物(フェイカー)】に向けながら口を開く。

 

「全く……自分でも不思議なくらいだわ。どうしてこんな顔だけの自虐英霊(サーヴァント)に私ったらここまで心許せているのかしら?……出会った当初は得体の知れない存在のアナタに恐怖心すら抱いていたはずなのに、今じゃそんな感情なんて微塵も感じていないんだから」

「うーん、そう言われても()()()()()真夜(マスター)がどうしてそこまで心変わりしたのか、心当たりがまるでないんだけどね」

「PTSDも医師からの宣告でまだ完治には至っていないみたいなのに、アナタとは親密な存在……お父様や深夜と同じように落ち着いて対話が出来ているのよ。他の男性とは未だに近づいただけで拒否反応が出て来るのに、本当にどうしてかしら……?実際のところ、()()()()()()()()()()()()()()?」

「どうだろうね。……あ!もしかしたら、僕が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。同じ人間じゃ無いことがかえってキミの心を安定させているのかも。ほら、心身が傷ついた人が愛犬や猫なんかの動物に寄り添って治療するっていう、動物介在療法(アニマルセラピー)?……アレに近いのかも」

「まさかそんなわけ…………あれ?(何故かしら?否定したいのにそれが一番しっくりくるような……?)」

 

偽物(フェイカー)】からのその指摘に、私は否定しようにも心のどこかでそれに同意してしまう自分がいて、はたと悩んでしまう。

しかしすぐにハッとなって(かぶり)を振ると、慌てて【偽物(フェイカー)】に取り繕う。

 

「ま、まあ何はともあれ、アナタに恐怖心を抱かなくなったのは大きな進歩だったわね。そうじゃなきゃ、台北で崑崙方院に追われていたあの時、一緒に逃げる事なんて出来なかっただろうし。……ひょっとしたらその時のおかげでこうやって私はアナタを信頼できているのかも?……もしかして私自身、知らず知らずの内にアナタのこと、異性として好きになってたりしてね?」

「……?()()()()?」

「そうよ。あの時のアナタ……今もだけど、すっごく頼もしかったし、強いし顔立ちもいいから好きになっちゃってもおかしくはないはずでしょ?」

 

冗談半分で【偽物(フェイカー)】に私はそう言って見せる。

実際のところ、先の【偽物(フェイカー)】を犬猫と同列視した自身に対する誤魔化しが主な理由での発言であったけれど……その直後に返ってきた【偽物(フェイカー)】からの返答は、私が全く予想だにしていないモノだった。

 

「それはおそらく、()()()()()()?」

「……え?」

 

予想外にもきっぱりとそう否定され、私は思わず動揺する。

そんな私を前に【偽物(フェイカー)】はその理由を説明し始めた。

 

「こうやってキミと会話を重ねていて、一つ気づいたことがあるんだ。……キミは時折、会話している僕に視線を向けるんじゃなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。……まあ、その様子だとキミは無意識的にそれをやってて、自分では気づいてなかったみたいだね」

「それって……どういう……?」

 

動揺しながらもそう絞り出すように問いかける私に、【偽物(フェイカー)】は少し目を細めながらそれに答えた――。

 

 

 

 

 

「――キミはおそらく、()()()()()姿()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 

 

 

「……………………。あ、はは、まさかそんなわけ――」

 

偽物(フェイカー)】の言葉に私が否定しようとした、次の瞬間だった――。

 

 

 

――不意に私の視界にいる【偽物(フェイカー)】の姿が、()()()

 

 

 

「!?」

 

驚いて目を見開く私の前で、まるで【偽物(フェイカー)】から()()()()()()()一つの影が姿を現す。それは――。

 

()()……()()……?)

 

――私を崑崙方院(あの地獄)から命がけで助け出し、そして死んでゆく自身と引き換えに私に英霊という存在を(のこ)してくれた……――。

 

 

 

 

――()()()()の姿だった。

 

 

 

 

(――ッ!)

 

あの人を幻視した瞬間、私の頭の中で殴られたかのような衝撃(ショック)と共に過去の光景がフラッシュバックする。

 

それは私が崑崙方院に拉致され、あの廃屋の屋敷のベッドの上で無理やり犯されそうになった時の光景。

 

(よだれ)をまき散らし、血走った目を向けて私の視界いっぱいに迫って来るおぞましい崑崙方院の軍人(ケダモノ)の顔。

もう駄目だと諦めかけたその時――。

 

 

『大丈夫か……?』

 

 

――典型的な英雄(ヒーロー)のように颯爽(さっそう)と現れ、私に襲い掛かろうとしていた軍人を殴り倒すと、その身を案じるかのように私にそう……優しくそう問いかけてきたあの人の光景が頭の中で鮮明に蘇る。

軍人に破かれた私の服を見て、その身を隠すようにと自身のパーカーを私に差し出してきたその時のあの人の姿が、()()()()()()()()()()()()()()()()()、呆けた顔であの人を見上げ続けていたのを今のでもよく覚えている。

 

――……いや……違う。

 

とても口にすることが出来ないほど猛烈に恥ずかしい話ではあるが……今ならその理由が、分かる。

 

私はあの時、私を助けてくれたあの人の姿を、歴史や物語で見るような救世主……いや――。

 

 

 

――幼い子供が読むような絵本などに出て来るおとぎ話……その中に登場する古典的な『白馬の王子』を、あの人に幻視して見てしまっていたのだ。

 

 

 

それに気づいた瞬間、トクンと私の心臓が一度だけ大きく跳ね上がる。

これが()()()()からくる恋の感情(ときめき)……いや、()()感情(ときめき)だと気づくのにそう時間はかからなかった。

 

真夜(マスター)……」

「え……あれ……?」

 

偽物(フェイカー)】の声で現実へと引き戻される。気が付けば私の両眼からポタポタととめどなく涙が溢れ出していた。

 

「わた、し……どうし、て……?」

 

自分で自分にそう問いかける。……いや、分かっている。……もう分っているのだ。

 

私はあの人のことを……もうこの世にはいないあの人のことを――。

 

 

 

――今更ながらに、どうしようもなく……恋焦がれ、()かれてしまっていた。

 

 

 

「【偽物(フェイカー)】……ごめん……ちょっとだけ、胸……貸して……?」

 

嗚咽(おえつ)にまみれた私からのその懇願にも、【偽物(フェイカー)】はいつもの穏やかな笑みを浮かべながら「もちろん」と短く答え、それを受け入れてくれる。

そうして【偽物(フェイカー)】の胸に顔をうずめた私は、周囲を気にする余裕もなく、静かに……そして小さく泣き声を上げた。

 

「うぁ……あぁぁ……ッ!」

 

私の目から溢れる涙が、【偽物(フェイカー)】の服を濡らす。感情が(せき)を切ったかのように私の中で激流のように流れ出し、止まらない。

 

それと同時に私の頭の中で、あの人の姿……光景が、次々と蘇ってくる。

 

追手から逃げるために、森に駆け込んだ直後。

背後から降りかかってきた弾丸の雨を、その流れ弾に私が当たらないよう……()()()()()()()()()()()()()()()あの人の姿。

 

その後もあの廃墟に逃げ込み、崑崙方院の追っ手に追い詰められながらも、私を守るために最後の力を振り絞って【偽物(フェイカー)】を召喚するために立ち上がった、儚くも力強いあの人の背中。

 

――そして……。

 

 

『……ごめん、な。……さい、ご、まで……まもって、やれ、なくて……』

 

 

もうすぐ命の火が消えようとしているのに、最後まで私の身を案じ、そして私を残して逝ってしまうことを謝りながらこの世を去ってしまった、あの人の声……。

 

そんなあの人の光景が、姿が、そして言葉(こえ)が……私の心を、理性を、そして感情をぐちゃぐちゃにかき乱していく。

 

「あぁぁぁ……!あぁぁぁぁ……!」

 

偽物(フェイカー)】の腕の中で、私はさめざめと泣く。泣き続ける。

私を抱きしめる【偽物(フェイカー)】の腕の感触と温もりが、あの時私に令呪を刻み付ける(マスター権を渡す)ために取ったあの人の手の感覚を想起させた。

 

 

 

 

 

 

――……ああ……やっぱり……。

 

――私は最低だ。……最低で酷い女だ。

 

――今も生きている婚約者だった弘一さんよりも、私はあの人のことばかり意識して(考えて)しまっている。

 

長年交流を深めていた相手よりも、一晩だけ行動を共にしただけの……今はもうどこを探してもいない相手ばかりを……!

 

(ごめん、なさい……弘一さん……。本当に、ごめんなさい……!)

 

頭の中で、つい先ほど見た婚約者だった人(弘一さん)の……項垂(うなだ)れて微動だにしないその姿(まぼろし)に向けて、私はひたすら謝り続ける。

だが、分かっている。どれだけ謝ろうともはや何も変わらない。弘一さん(あの人)と長年築き上げてきた(えん)は、ついさっき自らの手で断ち切ってきたばかりだから。

 

……本当に、未練がましいにも程がある。

 

 

 

――ああ……弘一さん。

 

――……どうかこんな女のことはさっさと忘れて、貴方は貴方のことを心の底から愛してくれる女性(ひと)を見つけて、その人と結ばれて幸せになってほしい。

 

――……私のことは、どう思われようと構わない。私を恨み、憎み続けてもいい……。貴方にはその権利があるから。

 

(でも……それでも……!私……私はッ……!)

 

偽物(フェイカー)】の胸に顔をうずめながら、私はそっと涙にぬれた目を見開く。

その瞳は未だ濡れてはいたものの、最奥には先程までなかった『決意』と『覚悟』の色がにじみ出ていた。

そうしてその瞳で思い起こすのは、先日邂逅を果たしてきたばかりの愛しい転生者(あの人)の一人娘。次に思い浮かべるのは転生者(あの人)が生み出した『大聖杯』と……転生者(あの人)が私のために残してくれた、今も私の涙を受け止め続けてくれている【偽物(フェイカー)】の姿。

それらの姿を頭の中でぐるぐると目覚ましく移ろわせながら、私は一つの『誓い』をその心に深く刻みつける――。

 

 

 

 

(――私は……あの人がこの世界に(のこ)してきたモノを、この命を()してでも守る。……守り続ける!)

 

 

 

 

――いつしか車窓から見える夕日に染まった茜色の世界が、静寂の夜の世界へとその姿を変えていた。

 

それは今までの日常が過ぎ去り、新たな日常を迎えようとしているかのようだった。

 

 

 




真夜と【偽物(フェイカー)】の会話劇なだけのはずなのに、意外と長くなってしまいました。

そして真夜は、自分でも気づかない内に『枯れ専』(それも()持ち)に成っていた模様。
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