あまりにも突拍子もない真夜のその提案に、元造は思わずソファから腰を上げる。
「馬鹿な!そんなことをすれば、それこそ世界の混沌化を加速させるだけ――」
「――いや、待たれよ元造殿。……存外に悪くない案かもしれん」
「九島先生!?」
驚く元造を前に、九島は腕組をしながら冷静な口調で口を開く。
「……少し、状況を一から整理しながら話を進めていきましょうか。元よりこの英霊召喚のシステムは、かの願望器である聖杯をこの世界に出現させ、そして完成させるための一種の通過点の魔法に過ぎず、召喚された七騎の英霊とそのマスターたちは互いに殺し合いを行うことで七騎の内の六騎の英霊を消滅させ、その六騎の英霊の想子……いわゆる魔力を聖杯に注ぎ込むことで初めて聖杯は願望器としての機能を有し完成する。そして生き残った英霊とマスターがその願望器を使って願いを叶えるというのが、聖杯戦争の一連の流れである。……ここまではよろしいですね?」
九島のその問いかけに、その場にいた全員が静かに頷く。それを確認した九島は言葉を続ける。
「……ですが現状、我々はその英霊召喚のシステムを使って同盟国である国々に英霊召喚を提供し、世界のパワーバランスを正そうとしている立場にあります。……このまま、聖杯の存在を秘匿し続けて何事も無ければよろしいが、それでは召喚された英霊たちが黙ってはいないでしょう。いずれは、英霊たちの口から聖杯のことが知れ渡り、同盟国同士で聖杯戦争という殺し合いに発展しかねない。……そしてその情報が敵国や中立国の方にも知れ渡れば、英霊やマスター権限の取り合い、もしくは大聖杯の強奪なども起こりかねない。……そうして基本一騎一個人で一陣営だった聖杯戦争の規模が、国そのものを巻き込んでの規模になり国同士で殺し合いをする戦争に発展する事となるでしょう。……それは今、世界中で起こっている第三次世界大戦よりもより凄烈でより凄惨なものとなり、最悪の場合人類滅亡のレベルにまで達する恐れすらある」
鬼気迫る険しい顔で現状を冷静に分析する九島。そんな九島を元造と真夜が固唾を飲んで見つめる。
その時ふと、九島は真夜の隣に立つ【
「【
「そうだね、残念だけれどキミの言うとおりかな。流石の僕も、呼び出した英霊の思惑なんて読み取れないし、そんな無償でこの世界のために尽くし、かつ無償でマスターの言う事を聞いてくれるような聖人
「……ん?ちょっと待った。それなら先の【
元造のその疑問に【
「いや。もちろん、アスクレピオス自身にも聖杯で叶えたい願いはあったと思うよ?……召喚時の
「……え、『交渉』?」
唐突に登場した『交渉』という言葉に、そばで聞いていた真夜は小首をかしげ、それを耳にした【
「実は
「え、あの時そんなことをしてたの!?」
初めて知ったその新事実に、真夜は素直に驚く。それはそばで聞いていた元造と九島も同じであった。
そんな三人を前に、【
「うん。おそらく召喚された当初はその願望を叶えようという思惑はあったんだと思うけど……自分が二騎目に召喚されたという事実と、今のこの世界の現状を知って、聖杯戦争に参加することは断念したみたいだね。……でもやっぱり願い自体は諦めきれないし、このまま『英霊の座』に還る気にもならないから、ひとまず聖杯のことは二の次にして今は自らの実力のみで現状改善に挑戦しながら様子を見ようって方針を固めた感じかな?」
当時のアスクレピオスの心境をイメージしながらそう推測し、最後に「――まぁ、おそらくは、だけどね」と締めくくった【
「……話を戻すとしましょう。先の【
考えたくもない最悪の未来予想図を頭に浮かべながら、九島は深いため息とともにいったんそこで言葉を留めると、すぐにキッと真剣な表情をその顔に深々と浮かべ、力のこもった声で言葉を続けた。
「……ならばどうするか。……同盟国からの要望、そして英霊の聖杯への願い、そのどちらも両立させるにはもはや一つしか考えつきません」
「……それが、真夜が提唱する聖杯の複製と生産化ですか?」
元造のその言葉に、九島は深く頷く。
「そうです。たった一つの願望器を取り合って世界規模の大戦争が行われるより、その願望器を事前に複数用意し、それを分配する方がよほど平和的です」
「で、ですが、万が一それで聖杯戦争を回避できたとしても、それでもまだ安心はできません。……もし、もしも、聖杯を手にしたその英霊の願いが、
「…………」
硬い表情でそう問いかける元造に、九島は押し黙った。
――そう。それが真夜の提案する計画の最大の不安要素であった。
もしも今後、聖杯を複製し生産化できる方法が見つかってそれが実現できたとして、生産したその聖杯を呼び出した英霊たちに分け隔てなく行き渡らせたとしても、それで全てが丸く収まるわけではない。
英霊が渡した聖杯を悪用しないとも限らないのだ。良い方向へ転ぶような善意の願いならいざ知らず……それが全世界に災厄を呼び寄せてしまうような
元造からのその指摘に、九島はしばらく考えるそぶりを見せるも、やがてゆっくりと首を振って見せた。
「……いや元造殿、貴方が危機感を抱くのはもっともですが……今は同盟国と英霊、その両方が納得できる落とし所
「むぅ……し、しかし……」
「元造殿」
「…………………………。わ、分かりました。今は目の前の問題解決
「ええ、分かっておりますとも」
「肝に銘じておきます。お父様」
真剣な表情でそう言う元造に、九島と真夜は強く頷きながらそう答えてみせた――。
――そうして、渋々と言ったていで元造が了承したのを機に、応接室での会談は次なる議題へと移っていく。
「――さて、真夜さんの提唱する計画を進めるとして……まず必要となって来るのは聖杯を複製するための研究費用と生産体制を整えるための資金源ですな」
「それなら問題はないよ。……何せ
九島からのその出題に【
「……次に必要となってくるのは『期間』、でしょうか?出来るだけ短い期間で成果を出して聖杯の生産化を実現させる必要がありますが……。それも、先のお父様が提案した『英霊を五騎のみに留める』という案が役に立ちますね。先程もおっしゃったようにそれを土台に情報操作を行えば同盟国の方々は数年は待ってくれるはずですし、前述で解決した支援者たちによる資金源と人材の提供も膨大と言っていいほど多く得られるはずですから、不可能ではないはずです」
と、真夜がそう言ってその出題も驚くほどあっさりと解決してしまった。
「ふむ……となると、やはり最後に問題となって来るのは『聖杯の製造方法』についてだが……。ここまで来てなんなのだが……正直に言って本当に聖杯の複製など可能なのだろうか?」
今更ながらにそう疑問を呟く元造に、九島も唸りながら考え、【
「【
「そうだね……。前マスターが遺した研究資料を
【
――すると次の瞬間、【
「「「!?」」」
突然のことに目を見開く真夜たちをよそに、これまたいつの間にか伊達眼鏡をかけ、右手に
「それじゃあここからは、僕の考察も含めたちょっとした聖杯講座を始めていこうかな」
「おいおい、いきなりだな」
半ば呆れながら元造がそう呟き、真夜がジト目で【
「……ねぇ、説明してくれるのはいいけど、その伊達眼鏡は何?」
「……?複数の人間に同時に何かを教える人って皆こんな感じじゃないのかい?学校の先生とかがいい例さ」
「教師全員が眼鏡かけてるわけじゃないわよ。どこから仕入れてきたのよ、その
カチャッと、顔にかけた眼鏡のズレを直す【
そんな真夜を九島が「まあまあ」と宥めながら【
「それじゃあ【
九島のその言葉に【
「先の説明でもあったように、【願望器】聖杯……その正体は複数の英霊の魔力を凝縮した
そう言った【
その現象に小さく驚く真夜たちを横目に、【
「ここで一つ質問なんだけど、膨大とは言え魔力……
【
そうして、代表するかのように少し困ったような表情で真夜がそれに答えた。
「……正直、魔法師の観点から見てもどうにも現実味に欠けるわね」
「うん、僕もそう思うよ。……
「……そうすることで、『原作』で言う『根源』に触れて『魔法使い』っていう超越者になろうとしたのよね?」
「そう。……まあもっとも、その
真夜の言葉に【
「それでも、七騎に届かずとも六騎分の想子でどんな願いも叶えられる力を持つのだから十分規格外だがな」
「そうだね。……話は戻すけれど、六騎分の膨大な魔力とは言え
そこまで言った【
「……それは『聖杯の器』にも言える事だね。膨大な英霊の魔力を注ぎ込むための聖杯の器……それは『原作』だと人間や棺桶、果てはシチュー鍋なんかでも代用できるって話なんだけど、そんな適当な器が英霊六~七騎分の膨大な魔力を
「……まず、溢れるか決壊するとかして使い物にならないね」と言って、いったん締めくくる【
そうして、今度は元造が口を開いた。
「……ならば、『原作』の聖杯はやはり作り話でしかないということか?」
元造のその質問に【
「そうとも限らない。『魔力の操作性』と『器の強度』、聖杯のこの二つの問題を
「表向きに……確か『聖杯の正体は実は霊体で、手に入れるには教会にある器に降ろすか、同じ霊体である英霊に触れさせなければならない』というやつか?……だがそれは
怪訝な顔でそう問いかける元造に【
「うん。……でも、その文面のごく一部――『聖杯は実は霊体だった』という一文だけは、真実だったんじゃないかと僕は思ってるんだ」
「え!?聖杯って元は生き物だったってこと!?」
驚きながらそう尋ねる真夜に、【
「そこまでは僕にも分からない。けど、
「……?それは、どういう意味だ?」
九島からのその問いかけに【
「……聖杯を手にした誰かが『お金持ちになりたい』と願ったとしたら、
「ふむ……別の例えを挙げるなら、『とある一個人のみをこの世から消してほしいと願ったつもりが、世界中にいる同姓同名の人物全員をこの世から消してしまった』という事態になり得るのか」
九島の呟きに【
「そうだね。無論、この問題は使用者もある程度正確に聖杯に願わなければならない所もあるけれど、聖杯側もある程度は
「AI並みに優れた対応力か……」
「そう……そしてこの聖杯の霊体にはもう二つ、重要な能力が備わっていないといけない。……それは、使用者が望む無理難題な願いをも瞬時に叶えてくれるほどの超高性能な『術式構築能力』と英霊七騎分の魔力を内包できる『
元造がそう呟いたと同時に【
先程まで描かれていた文字と絵がスッと消え、代わりに『術式構築能力』と『魔力容器能力』の文字が浮き出てきた。
「後者の『魔力容器能力』の必要はもちろんのことだけど、先に行ったAI並みの知能と英霊数騎分の魔力だけじゃ使用者の願いを叶えることはほぼ不可能。……それを可能な域にまで押し上げられるとすれば、この
「超高性能な『魔法演算領域』……」
真夜のその呟きを耳にしながら、【
「……以上の能力が揃って初めて聖杯としての機能が成立するんだと思う。さっきも言ったシチュー鍋などの入れ物は、その霊体状態の聖杯を憑依させ、実体化させるための言わば『
「以上が僕の聖杯に対する考察だね」と言って、【
しかしその直後、思案顔になっていた九島がそこで待ったをかけた――。
「……いや、ちょっと待ってくれ【
「――
中途半端ではありますが、ここでいったん区切らせれもらい投稿とさせていただきます。
そして次回で、この会談の後編へと話を進めていこうと思います。