「――――――」
少女は目の前で起こっている光景が理解できず、ただただ言葉を失い、その場に立ち尽くすことしか出来なかった。
ついさっきまで自分と男を包んでいた膨大な光の波は次第に弱まっていき視界が回復してくると、そこには自分たち二人以外の第三者が唐突に現れていたのだから無理もない。
男が描いた『魔法陣』の中央に立ち尽くすそのモノはこの場に似つかわしくない容姿と雰囲気を纏っていた――。
腰までかかる萌黄色の長い髪に白い肌、その上から纏う服は貫頭衣のような簡素で真っ白いローブで履物は無く素足。
その顔立ちは少年のような少女のような中性的ではあるが、まるで超一流の彫刻家が作り上げたような美術品のような美しさをそのモノは持ち合わせていた――。
「……は、ハハッ……!やった……!成功、せいこう、だ――うぁっ」
その存在を前に、男は飛び上がらんばかりに歓喜の声を叫ぼうとするも、体の方が限界を迎えたのか、喜びのあまり気が緩んだのか、はたまたその両方なのか……その声は途中で気の抜けたものへと変わり、同時に男の体はその場に崩れ落ちた。
「おじさんッ!!」
「!」
それを見た少女は慌てて男へと駆け寄り、『その存在』もまた、目をわずかに見開いて男へと歩み寄る。
そして、倒れた男とその身を案じ、男にすがり付く少女を前に片ひざをついてしゃがむと『その存在』は男に向けて静かに問いかけてきた。
「……キミが、僕を呼んだ主なのかい?」
「……ああ……そうだ。……悪いな、突然呼び出されて何が何やらだろうが……頼む。俺たちを助けてくれ……!」
弱々しく、絞り出された男のその言葉に、『その存在』は小さく首をふる。
「問題はない。主、指示を……!」
「……俺たちは今、襲撃されている……!敵はすぐそこまで迫って来ている……!迎え撃て。生死は問わん……!」
男がそう言った直後、彼らのいる部屋の外からバタバタ!と荒い足音が複数、こちらに向けて急激に迫ってくる音が響き渡る。
それらは男と少女を追っていた軍人たちのもので、彼らもまた先程唐突に現れた光の奔流に飲まれてはいたが、その光が収まった後、自分たちや周りの状況に何も変化がない事を確認すると、先の光は男が放った単なる『こけおどし』と切り捨て、軍人たちは一気に強行突入に踏み切ったのだ。――それが、大きな間違いであるとも気づかずに。
廃墟へと突入した軍人たちは人の気配のする建物の奥へと突き進むと、男と少女の二人だけしかいないはずの部屋へとすぐさまなだれ込む。
「――ッ!!」
そうして、自分たちを見て目を見開き息をのむ少女と倒れている男へと複数の自動小銃の銃口を向けると軍人たちの一番先頭にいた隊長格の男が「動くな!」と声を張り上げようとし――その動きが途中で止まる事となる。
それは隊長格の男だけでなく部下の軍人たちも同じで、皆一様に一点を見つめながら硬直していた。
無理もない。そこには今の今までいるはずの無かった、この場に似つかわしくない異様な風体の『第三者』がいたのだから――。
唐突に現れたその『第三者』を前に、先程の少女同様に軍人たちの思考も一瞬止まり、動かなくなる。
――その一瞬のすきの間に、『その存在』は部屋の中央で男に向けて穏やかに語りかけた。
「了解した、主。クラス【偽物】の名の下に――」
「――その指令を遂行する……!」
――直後、その場にいた軍人たちはほぼ全員、一瞬の内に命を刈り取られた。
「…………………へ?」
少女は目まぐるしく変化していく目の前の状況にもはや理解が追い付けず、気の抜けた声を上げる事しかできなかった。
だが、それも無理もない事である。自分を助けてくれた男が何かしらの『魔法』を使って誰ともつかない得体の知れない『存在』を呼び出したのかと思ったら、直後に自分たちを追ってきた軍人たちが現れ、彼らが鬼気迫る勢いでこちらに銃口を突き付けてくると――。
――直後に、地面から突然生えた鎖によって、身体を貫かれてしまったのだから。
地面から生えた黄金色に光るその鎖の群れは、軍人たち全員の心臓をほぼ的確に狙い貫いており、軍人たちのほとんどが何が起こったのか理解する事も出来ず、その意識を永遠の闇に落とし絶命した。
「あ……がぁ……???」
――ただ一人、先頭に立っていた隊長格の男を除いて。
「おや……すまない。痛みなく終わらせるつもりがどうやらしくじってしまっていたようだ。……僕も呼び出されたばかりでまだ勘が鈍っているらしい……本当に、すまない」
部屋の中が異常な状況だというのに、男に呼び出された『その存在』はしゃがみこんだ状態から視線だけを隊長格の男に向けて穏やかな口調でそう呟く。
その言葉から軍人たちの命を奪った金色の鎖を生み出したのが目の前の『存在』の仕業であることを少女は理解する。
しかし、それでも少女の脳内は『その存在』に対する恐怖と動揺で大半が麻痺状態にあった。
その原因の中には、『その存在』の鎖――力の発動の動作にもあった。
先程、男の指示に呼応してから軍人たちが鎖に貫かれるまで、この『存在』は完全にノーモーションだった。
しゃがみこんだ姿勢から一ミリも動かずに、そんな様子も見せず、まるで普通に呼吸をするかのように『魔法』(らしき力)を発動して見せたのだ。
ぽかんと口を開けたまま唖然と見つめる少女の前で、『その存在』はゆっくりと立ち上がると、鎖で貫かれている隊長格の男へと静かに歩み寄った。
「……だが、じきにキミの機能も停止する。……来世では平穏な人生を送れることを願っておくよ」
「な゛、んだ……お゛ま゛ッ……!!」
そう声を絞り出した隊長格の男は、最後の悪あがきとでもいうように未だに持ったまま手放していなかった自動小銃を持ち上げ、その銃口を目の前の『存在』に向けようとする。
しかし、その銃口が完全に持ち上がる前に、目の前の『存在』がそっと隊長格の男の持つ自動小銃に手を添える。
そして意識がもうろうとし、闇に飲まれかけている隊長格の男に向けて、『その存在』はまるで子供に言い聞かせるようにして静かに語りかけた。
「僕が『何物』かなんて……キミにはもう知る必要のない事だよ。――」
「――僕はただの『使い魔』であり、命令を遂行するだけの……ただの『道具』でしかないのだから……」
『その存在』がそう言った直後、手を添えていた自動小銃はまるで砂の城のように塵芥となって消滅し、同時にそれを持っていた隊長格の男の命もその『器』から完全に消え去ってしまった。
「……お、おじさん。……あ、あれは一体何なのですか……?『人間』……なのですか……?」
『その存在』が起こした一部始終を前に、少女は『その存在』に畏怖の目を向けながらすがり付いている倒れた男に向けてそう問いかける。
軍人たちに向けて起こした『その存在』の力の一端を目の当たりにし、しかも当の本人はあれだけの力を行使してなお、まるでウォーミングアップにでもなっていないかのように平然としているため、少女は『その存在』が自分たちと同じ人間だとはとても思えなかったのである。
そんな少女を前に、倒れた男は呻くように答える。
「……あれは『英霊』……もしくは『使い魔』、だ……」
「えい、れい……?さー、ゔぁんと……?」
男の言葉に少女は未だに麻痺状態の脳内を必死にフル回転させながらそれを復唱し、それに男は小さく頷きながら簡潔に少女の疑問に答えていく――。
その男の英霊の説明が進むにつれ……『その存在』を凝視する少女の両眼と口が限界にまで徐々に大きく広がり、驚愕の表情を露わにしていった。
「……そ、そんな……!う、うそ……!い、いくら『魔法』が体系化された今の時代の技術でも、そんな『過去の存在』を……!それも『実在していたかどうかも分からない存在』すらも呼び出して使役するだなんて……!そんなこと……!」
「ははっ……流石に信じられねぇか……?だが、嬢ちゃんが見えている今の光景……それが全て、さ……」
「…………」
男の説明を聞いても到底完全に信じることが出来ず、少女は驚愕の表情のまま首を小さく振って否定の言葉を吐くも、男に弱弱しくもはっきりとした口調でそれをバッサリと一刀両断されると、少女も沈黙せざるを得なくなる。
(……ま。そうは言ったものの……まさか俺も『神霊』を召喚しちまうとは夢にも思わなかったが……)
驚きに固まる少女から、自身が説明をしている間に軍人たちの死体をきれいに横たえて並べ、両手を組んで祈りを捧げている呼び出したばかりの英霊へと視線を移動させながら、男は心の中でそう呟く。
『原作』を知り尽くしている男は、目の前にいる『存在』の真名――正体が何なのかとうに分かっていた。
それは『ギルガメッシュ叙事詩』という物語に登場する『英雄王』の唯一無二の親友である神造兵器。それがかの『存在』……【偽物】の正体だった。
神の手で作られた『その存在』は今は人の形をとってはいるものの、本来は特定の形態を持たない粘土細工であり、その特性ゆえにどんな姿形にも変化することが出来、その変化したモノの能力をも真似られた。
その経歴故に【偽物】は英霊としてはワンランク上の神格を持った『神霊』級の実力を有しているが、本来『神霊』はサーヴァントとしての器に収まりきれる存在ではなく、『原作』シリーズでは様々な理由で英霊としてスケールダウンした存在が登場している。
――そして今回の【偽物】の召喚も、それなりの理由が『二つ』存在していた。
一つは前述した【偽物】の『本物』を真似ることが出来るというその能力の特性ゆえに【偽物】というクラスに当てはまることが出来た。
そして二つ目は『転生者』である男の存在そのものにあった。
今現在死の淵に立っている男には気づく余裕もなかったが、『転生者』である男は以前いた世界から神の手によって今の世界に生まれた存在である。
そして【偽物】も、神の手によって地上に生まれ落ちた経歴がある。
――つまり、どちらも神の関与によって世界に生まれたという共通点があった。
話は少し逸れるが、英霊召喚には特定の英霊を狙って召喚する方法が存在する。
――それが『聖遺物(またの名は『触媒』)』を使った英霊召喚である。
『聖遺物』とはその英霊の生前にまつわる物品のことで(『原作』では騎士王の聖剣を収めていた鞘や征服王のマントの切れ端などがある)、それを『魔法陣』の前に設置した祭壇において召喚を行うと、意図して狙った英霊を召喚する確率がぐんと跳ね上がるのである。
――しかし今回のように、『聖遺物(触媒)』無しで召喚を行った場合、マスターとなる者の人物や性格といった性質の近い英霊が選出され呼ばれるのが法則となっている。
つまり今回召喚された【偽物】は、前述した男とのその『共通点』が影響して選び呼ばれる要因の一つとなったのである。
こうして、クラスの特性による当てはまりと男の持つ性質との『共通点』が重なったことでここに今回の【偽物】が召喚されたのであった。
――一通りの軍人たちへの祈りを終えた【偽物】は、男と少女の下へを戻ってきた。
そして、倒れている自身の主である男の上半身をゆっくりと優しく抱き起す。
対する男はぼやけ始めた視界に静かに見下ろしてくる己がサーヴァントを弱弱しく見上げながら小さく問いかけた。
「【偽物】……率直に聞く……。俺は……助かると思うか……?」
その問いかけに、【偽物】は目を伏せて小さく首を振る。
「……いいや。残念ながら今から近くの医療施設へ駆け込んだところで、キミはもう助からないだろう」
その無慈悲な返答に、そばで聞いていた少女は絶望のあまり絶句し、反対にそれを告げられた本人は諦めがついたかのように小さく笑った。
「……ははっ……まあ……自分でも分かっちゃいたことだ。……悪かった……あえて聞くような真似をしちまって……」
「気にしなくていいよ」
「おじさん……ッ!」
穏やかに小さく笑いながら【偽物】がそう答えた直後、男の体に少女が今にも泣きそうな顔で縋り付く。
そんな少女を男はぼやけた目で静かに一瞥すると【偽物】と少女に向けて口を開いた――。
「……時間が、無い……。【偽物】……そして嬢ちゃん……今から俺の言うことをよく聞いてくれ……」
弱弱しくもはっきりとした男のその言葉に、少女と【偽物】は真剣な表情で男の顔を覗き込み、次の男の言葉を待った。男は言葉を続ける――。
「……今から俺の『マスター権限』を、嬢ちゃんへと譲渡する。……嬢ちゃん、今から嬢ちゃんが【偽物】の主だ」
男のその言葉に少女は小さく息をのみ、その間に男は【偽物】へと視線を移す。
「そして【偽物】……今から嬢ちゃんがお前の主だ……。俺の代わりに……この娘を……守って、やってくれ……」
「了解したよ、主。……手伝うよ」
【偽物】はそう言って男の手と少女の手をとってそっと重ね合わせる。
本来『令呪』、そして『マスター権限』の譲渡は受け取る側にも主としての資格、もしくはサーヴァントと魔術的つながりを持ち合わせていなければいけないのだが、そこは男の『令呪』が本物を真似た偽物である事と【偽物】の『神霊』としての力がうまくその条件を素通りさせ、少女を新たな主として承認させることが出来た。
男の手を通して少女に『マスター権限』が譲渡されると、それと同時に少女の右手に激痛が走る。
「――ッ!」
反射的に少女が右手を見るとそこには形は違うものの男と同じ、されど本物の赤い三画の紋様が右手の甲に表れていた。
「……じょう、ちゃん……」
半ば呆然と右手に浮かびあがった『令呪』を見つめていた少女に、男はかすれた声で呼びかける。
それに視線を向けてきた少女に、男は弱弱しいほほ笑みを浮かべながら口を開いた――。
「……ごめん、な。……さい、ご、まで……まもって、やれ、なくて……」
「――ッ、おじっ……さんッ……!!」
男の途切れ途切れとなったその言葉に、少女は頭を殴られたようなショックを受け、同時にその双眸から涙がボロボロと零れ落ちる。それで『別れ』がすぐ目前に来ている事を嫌というほど少女は実感させられた。
涙を流す目を伏せて小さく首を振る少女に、男は何かを思い出したかのように目をわずかに見開く――。
「ぁ……そういやぁ……おれ……まだ……じょう、ちゃ……ん……の……なま、え……しら、な…………――」
男が言葉を紡げたのは、そこまでだった――。
そこから先の言葉を男が続けることは……もはや、永遠に有りはしなかった――。
◇◇◇
――ああ……お前か……。迎えに来てくれたのか……。
――……悪かった。たった一人の……俺たちの娘を危ない目に合わせた上、今の医学じゃ治らない重い障害まで負わせてしまった。
――全部。不甲斐なかった俺のせいだ。
――出来る事なら、あの英霊召喚システムを使って医療に特化したサーヴァントを呼んで娘の障害を治したかったが……それももう、無理そうだな。
――実の娘を助けることはできなかったが……せめてあの嬢ちゃんが【偽物】と共に無事に助かってくれればいいんだが……それを確かめるすべももうないな……。嬢ちゃんの名前も聞くことが出来なかった……。
――ああ、分かってる。……逝こう。終わっちまった今、俺たちに出来ることはもう、『あの娘たち』の行く末を空の上から見守っていくことだけだ……。
――……ああ……でも、どうか……どうかせめて、これだけは願わせてほしい――。
――……『あの娘たち』の歩む未来が、幸福であらんことを……。
◇◇◇
「真夜……四葉真夜、です。……おじさん」
仰向けに横たえた男の遺体の両手を組ませながら、少女――四葉真夜は静かに男に向けてそう名乗った。
そうして、涙にぬれた顔を拭きもせず黙とうする真夜に、先程から明後日の方向をじっと見つめていた【偽物】が声をかけてくる。
「お嬢さん……いや、主。残念だけどゆっくりと死者を悼んでいる時間はないようだよ」
「え……?」
どういう事かと真夜は【偽物】に向けて顔を向ける。
【偽物】は視線を明後日の方向に固定しながら察知している事実を口にする――。
「……今僕が見ている方向、数百メートル先から大所帯の一団がこちらに向けてやってくるのが分かる。……規模はざっと見積もっても数百人くらいはいるね」
「!……もしかして助けが……?」
「……いや、残念ながらこの感じは敵の『増援』のようだね。……おそらくは、この軍人たちと合流するはずだった『本隊』といったところだろう」
「そんな……!」
淡々と語られた【偽物】からのその報告に真夜は絶望的な表情を浮かべる。
このままじっとしていたらあっという間に捕まり、あの廃墟の屋敷で受けた恥辱以上の悲惨な目にあわされることは確実だった。
最悪な未来を頭の中で想像してしまった真夜は無意識に自分を抱きしめてカタカタと震える。
そんな真夜の前に【偽物】は静かに歩み寄ると腰をかがめて彼女と同じ目線の高さに合わせると、当然のことのようにその言葉を紡いだ。
「ならないよ」
「……え?」
その言葉に真夜は顔を上げる、そこには見たものすべてを安心させるような穏やかな笑みを浮かべる【偽物】の顔があった。
「キミが今想像しているような悲惨な未来には決してならない。何故なら僕がいるからだ。僕は前マスターからキミを守ってくれと頼まれた、その義務があるからね。醜悪な魔の手がキミに届くことは絶対に有り得ないよ」
穏やかながらも力のこもった【偽物】のその言葉を聞いた真夜は、自身の胸中を渦巻いていた不安という名の暗雲がゆっくりと晴れていくような感覚を覚えた。
最初こそ圧倒的すぎる力で敵の軍人たちを何の躊躇も容赦もなく屠った英霊という目の前の存在に恐怖していた真夜だったが、今はこの存在がいればもうどんな厄災が襲って来ようが怖くないという深い安心感と強い頼もしさを【偽物】に感じていた。
自分の味方だと認識した途端にこうも印象が変わってくるものなのかと、自分の調子の良さに内心呆れつつも、それでも真夜は目の前で自分を覗き込む自身の使い魔になったばかりのこの英霊に対して確かめずにはいられなかった。
「助けて、くれますか?」
「うん」
「守って、くれますか?」
「うん」
「そばに……一緒にいてくれますか……?」
「キミがそれを望み続ける限り、僕はずっとキミのそばにいるよ」
【偽物】からのその返答を聞いた瞬間、真夜は思わず立ち上がり、【偽物】の懐に飛び込んでいた。
突然縋り付いてきた真夜に【偽物】は一瞬驚いた顔を浮かべるもすぐにまた穏やかな顔に戻り、そっと彼女の頭に手を置いた。
その手の『優しさ』を頭の上で感じながら、真夜は今の願いを口にする――。
「……お願い、連れ出して――」
「――このおぞましくて恐ろしい窮地から、私を救い出して……!!」
目じりに涙をためながら、切実を含んだ真夜のその叫びに、【偽物】は強く頷いた。
「了解したよ、主。さあ、指示を授けてほしい。襲ってくる敵に立ち向かうも逃走するもキミの自由だ。僕はそれに全力て答えよう。決して一人になんてさせはしない、キミが行くところなら何処にだってついて行くよ?世界の果てだろうが、地獄の底だろうがキミと運命を共にすることを約束する……!」
両手を広げながらそう宣言する【偽物】に、涙目のままポカンと見上げる真夜。
しかし、すぐにクスリと小さく笑って口を開く。
「……流石に、少し大げさすぎですよ?」
「うん。キミを元気づけるために少し大げさに言ってみたけど、上手くいったみたいでよかったよ。……でも、今言ったことは、全てが全て大げさってわけでもないんだよ?」
そう言ってスッと真夜に向けて手を差し伸べ、柔らかく微笑む【偽物】は言葉を続ける。
「この窮地を潜り抜けた後も、僕たちは長い付き合いをしていくことになる。これから先、どうなっていくのかは僕にも分からないけれど、使い魔として、この義務だけは全うするつもりだ。……さぁ、敵にキミの人生を台無しにされないためにも、そして前マスターから受けた最後の指令を聞き届けるためにも――」
「――行こう、主」
【偽物】のその言葉に、真夜は迷うことなく力強く頷くと、差し伸べられた手をギュッと握り取っていた――。
◇◇◇
――……ああ、『転生者』の俺は逝ってしまったか……。
――俺が描いた『魔法陣』を通して『大聖杯』から様子をうかがってはいたが……あの嬢ちゃんが何とか助かりそうでよかった……。
――しかし、まさか嬢ちゃんがあの有名な四葉の家の令嬢だとは思わなかったな。……ああ、これでまた……恐れていた可能性が高まってしまった……。
――俺が自我を保っている時間もあとわずかしない……。
――……俺は、『大聖杯』にAIで作り出した俺を同期させる際、完全に自我が目覚める前に『大聖杯』へと取り込ませたつもりだったみたいだが……完全に取り込まれる前にわずかながらも自我が生まれ、こうして残留思念となって『大聖杯』の中で今も漂っているなんて、俺は最後まで気づくこともなかったな……。
――だが、そんな俺のこの自我も英霊召喚が起動した影響でじきに『大聖杯』へと完全に同期され、取り込まれることになるだろう。……俺の自我が『大聖杯』の中へと消えるのも、あとわずかだ……。
――俺は……きっと満足して逝くことが出来たのだろう……。自分の娘の障害を治すという大本の目的の『半分』は果たせずじまいだったが、もう半分の目的である英霊召喚を成功することが出来たし、今もなお窮地の中にいる嬢ちゃん――もとい、真夜ちゃんもあの英霊がいれば心配する必要すらいりはしないだろう。……そして――。
――……自分がとんでもない厄災の種を、彼女に押し付けて逝ってしまったのにも気づかなかったことも……。
――俺が気づけなかった大きな誤算は『二つ』ある。……一つは【偽物】として呼び出されたあの英霊の存在だ。
――【偽物】……。そのクラス名の通り、『あの存在』はあらゆる『本物』を真似ることが出来る。姿形だけでなく、その能力すらも。そしてそれはその気になれば――。
――願望器すらも、真似ることが出来る。
――それは『原作』のスピンオフ作品である『Fate/strange Fake』で『あの存在』との再会を果たした『英雄王』が放った言葉からもそれは証明されている。
――作中で『英雄王』は『なまなかな【願望器】など、おまえ自身がなれるであろう』と『あの存在』に向けて言っていたが、その言葉のとおり聖杯と比べても劣化した性能なのだろう。……だがそれでも、願いが叶えられるだけの十分な魔力と『あの存在』がその気になれば、聖杯に近い事をやってのけられることを意味していた。……そしてそれは――。
――自分自身を『大聖杯』に見立てることで英霊召喚を行えるということも……。
――もちろん劣化性能故、基本の七騎を全て呼び出す事は出来ないかもしれないが、自分よりの格下の英霊ならば何騎か呼び出す事は……おそらく可能だろう。
――そして、もう一つの誤算は真夜ちゃん……。彼女が四葉家の令嬢であったことだ。
――四葉家は日本で設立された魔法師開発機関である『魔法技能師開発研究所』の出身である『二十八家』の一家に属しており、四葉家はその中でもさらに上位の存在――『十師族』と呼ばれる『魔法師が人として生きる権利を守る』ための組織の一角を担う一族でもあった。……その立場故、日本の政治にも影響を及ぼすほどの超法規的な特権を持っているとも聞く。
――それ程までに強大な一族だ。このまま真夜ちゃんが四葉家に無事に助け出されれば、自ずと彼女の口から俺のことや、彼女と一緒にいる【偽物】……英霊の存在で、俺が設営しているキャンプ地や実家が調べられることは目に見えている。
――『大聖杯』や残してきた膨大な研究資料が発見されるのも時間の問題だろう。……その資料から俺が『転生者』であることや『前世の世界』のことも知られるだろう。
――四葉家が『大聖杯』や研究資料をどう使うかは、俺には分からない。
――だが俺なんぞより優れた技術力を持った連中が多いのは確かだ。……もしかしたら資料を基に『大聖杯』を改良してより完成された機能にする事も出来るかもしれない。
――そうなれば、より多くの英霊を呼び出す事が可能になるだろう。
――そうなってしまえば、いよいよもって最悪が始まってしまう……。
――……【偽物】の能力と『大聖杯』の改良……それらが成されて多くの英霊達がこの世界に呼び出されたりでもしたら、いずれ『Fate/strange Fake』で合衆国と魔術師たちが共謀して起こした『偽りの聖杯戦争』のように最初に呼び出された英霊達を触媒にして『本物』の『聖杯』が現れる可能性だって十分に有り得る。呼び出される英霊の数もさらに増えることになるだろう。
――そうなってしまえばもう、いくら四葉家でも収拾が追い付かなくなる。いずれ英霊達の存在が公の場にさらされ全世界へと広まってしまうことになるのは目に見えている。
――そしてそれに引っ張られる形で『願望器』や『聖杯戦争』の存在も世間に知れ渡ってしまうことも……。
――……そうなってしまえば最後にたどり着く先にあるのは、今現在起こっている第三次世界大戦なんて比べ物にならないほどの苛烈で凄惨な世界規模の『聖杯』争奪戦……。それこそ『聖杯戦争』の枠組みを超えた――。
――『聖杯大戦』の、開幕だ……!
――……ああ……ああ、ああ……!あああああああ……ッ!!
――最悪……!最悪だ……!!全く笑えない!悪い冗談だ!!何で!何でこうなった!?何処で『俺』は間違えた!??何を間違えた!!??何が間違った!!!!????
――【偽物】が『あの存在』じゃなく、もっと別の英霊ならこうはならなかったのか!?
――それとも真夜ちゃんが四葉の人間じゃなければ……ッ!!
――……いや、違う!違う違う違う違う違う違う違う……!!!違うッ……!!!!
――結局は『俺』のせいだ!!!!
――俺が無責任に死んじまったせいでその責務を……!その業を……!!あの娘のあの小さな身に全部背負い込ませることになってしまったんだ!!
――『俺』の『死』が!!『研究』が!!『計画』が!!『存在』が……!!
――全部!全部全部全部全部全部全部全部全部全部……!!――。
――あの娘を……真夜ちゃんを……!新たな地獄へと誘ってしまった……!!
――……う、うぅ……畜生……ちくしょう……!チクショウ……ッ!
――…………。
――…………あ、………あぁ………!……じ、自我の消滅が……始まった……!始まって……しまった……!
――……き、きえていく……俺が……『大聖杯』の……なか、に……!こ、んな……ところ、で……!
――……た……た……のむ……も、し………かみ、さま……という……そん、ざい……が……い、ル……ナ、らば……きキ……と、ドけテ……ホ、しイ………………ド、ウ…………カ……………――。
――どうか、真夜ちゃんと【偽物】の行く末に『福音』があらんことを――。
◇◇◇
(――おや……?)
男の遺体を担ぎ、移動する準備を終えた【偽物】は、そこで足元の違和感に気づく。
見ると、男が描いた魔法陣が未だ僅かながらに微弱な光を放っているのが目に入った。
軍人たちの襲撃と増援の出現。そして前マスターである男の死と真夜へのマスター権限の譲渡と状況変化が連続で続き、そして何より『魔法陣』から放たれる『魔力反応』が【偽物】の感知能力でも引っ掛かりにくいほど弱まっていたため、【偽物】は今の今までその『魔法陣』の反応に気づくことが出来なかった。
だがその『魔力反応』の光も【偽物】が気づいて数秒もしない内に、まるで燃え残った火が消えるようにスゥっと消滅していった。
(……今、『魔法陣』を通じて『誰か』……いや、『何か』が見ていた……?)
光が完全に消えきる直前に【偽物】は『魔法陣』の向こうで『何か』がこちらを見ていたことにすぐさま気づくも、それが何なのかその正体を知り得る前にそれは『消滅』してしまった。
(……よくは分からなかったけど、こちらに全く『敵意』が無かったから害はなさそうだった。……いや、むしろこちらの身を案じているような……)
そこまで思考した【偽物】だったが、唐突に服の裾を引っ張られる感覚を受け、現実へと意識を戻した。
見るとそこには自身の服の裾を小さな手で摘まんで不思議そうな目で見上げて来る真夜の顔があった。
「どうしたの?」
「……いいや、何でもないよ。……もう済んだ話みたいだしね」
「……?」
【偽物】の言っている意味が分からず、真夜は小首をかしげる。
そんな真夜に向けていつもの穏やかな笑みを浮かべた【偽物】は、半ば強引に話を切り替えながらゆっくりと歩きだした――。
「さあ、行こう主。今一度、周囲の気配を探ってみたんだけど、敵本隊のさらに後方……結構遠いんだけど、そこにもこちらに向かってくる一団があるんだ。おそらくそっちが、キミの救助に向かってきている団体なんだと思う」
「本当……!」
その言葉に真夜は顔をパッと明るくさせながら、【偽物】の背中を追いかける。
やがて廃墟を出た真夜と【偽物】の前に広がる森の向こう――先程まで黒い闇に染まっていた空が白み始めているのが彼女たちの目に飛び込んできた。
「……夜明けが近い。主、キミの夜明けももうすぐだよ」
「うん!……あ、でも――」
「?」
「う、ううん。何でもない!……行こう、【偽物】!」
何かを言いかけた真夜はすぐさま首を振り、明るい口調でそう否定すると、男の遺体を担ぐ【偽物】の反対側の空いた手をそっと握る。
――彼女の心の中は、もうすでに晴れていた。
そこには先程まであった『不安』や『恐怖』と言った黒い霧は少しも渦巻いてはいない。
現実に目の前で夜明けの朝日が昇るよりも一足先に、彼女の心は夜明けを迎えていたのだ。何故なら――。
――とても心強い『力』を秘め、絶望の渦中にいようが心から安心できる、温かくも穏やかな『太陽』が今、自身の差し出した手を優しく握り返してくれているのだから……。
英霊召喚のシステムを生み出した、創造主たる『転生者』はもう、この世界には存在しない。
そこに在るのは『転生者』によって呼び出された『過去の影法師』とその主になりたての一人の少女がいるだけであった。
一人と一騎はお互い会話を交わすことなく、ほぼ同時に暁の空へと向けて共に静かに歩き出した――。
彼女たちがこれから先どんな苦難や逆境に見舞われ、そしてどんな人生を歩んでいくのか、それは本人たちにも今は分からない。
『転生者』の分身が危惧した最悪の末路に巻き込まれる運命なのか、はたまたそうはならないのか……。
――それは結局のところ、本人たち次第なのである。
――そう。これは、『転生者』の物語などではない。
――その『転生者』が遺した英霊召喚のシステム、そのシステムによって呼び出された……――。
――英霊と、その主たちの物語だ――。