魔法科高校のサーヴァント   作:綾辻真

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注:今回登場する新たな(マスター)はこの小説のオリジナルキャラクターではありますが、魔法科高校『原作』に実際登場する人物の身内という設定です。


後日談5『二騎目の英霊召喚』(後)

USNA政府で官僚をしている男には妻と娘がおり、第三次世界大戦の真っただ中ではあったものの、比較的穏やかな生活を送っていた。

 

――ありふれた家庭。ありふれた日常。ありふれた生活。

 

何処にでもあるありきたりをこの男とその家族も謳歌していた。

しかし、そのありふれた日々も、これまた()()()()()()()()()()()唐突に終わりを告げる事となる。

 

――男の愛妻が突然自宅で倒れ、そのまま病院生活を余儀なくされてしまったのだ。

 

仕事場で妻が倒れたことを知らされ、急いで病院に駆けつけてきた男を待っていたのは、妻が今の医学では到底完治できない難病にかかっていたという、これもまた()()()()()()()であった。

 

その上、妻を(おか)しているその病はすでに脳にまで浸食を始めており、入院してから数日もしない内に男は医師から妻の脳死を宣告されてしまう。

たった数日前まで何事もなく一緒に暮らしていた最愛の女性が、たちまち植物状態となって病院のベットで静かに寝かされているという現実に、当初男は理解が追い付けていなかった。

しかし、それで事態が好転するわけでもなく、男はどうにかして妻を助けることが出来ないか奮闘をし始める。

 

仕事の合間に、妻を助ける方法や医師がいないか四方八方に手を付けて探してみたり、毎日のように娘と一緒にお見舞いに来ては意識のない妻に向けて声をかけたりと……男は思いつく限りの方法を片っ端から試しつくした。

 

されど、そんな男の努力をあざ笑うかのように、妻の体内を支配する病原は少しずつ、されど確実にその侵攻の手を広範囲に広げていく。

脳の機能が停止しても、忌々しきその病の動きは一向に止まらず、担当医がどれだけ手を尽くしてもその動きを遅くするので精一杯だった。

このままでは確実に病原は妻の全身を掌握し、命の灯火が消えて『完全なる死』を迎えるのも時間の問題であった。

 

その現実を叩きつけられた男は奈落に突き落とされたかのようなショックを受け、半ば放心状態のまま情けなくもまだ幼い娘に支えられながら日々を送るようになる。

 

やがていつの日からか、男は頭の中で誰とも知れぬ存在に向けて強く願い始める。

 

――誰でもいい。何でもいい。神や悪魔……何なら人類の理解の及ばない未知の存在だっていい。大切な家族をあの絶望から救い出してくれるのなら、()()()()()()()()、と。

 

彼自身、無意識のこと故に特定の誰かに対して祈ったわけじゃなかった。彼自身、頭の奥底では『こんなちっぽけな祈りだけで事態が好転するわけがない』ことを理解していた。

 

――しかし。運命の悪戯か。

 

――それからしばらくして、男の人生が一変する出来事が起こり、()()()()()()()()

 

 

 

 

 

――未知の存在、英霊(サーヴァント)。かの存在が崑崙方院、および大漢の崩壊を引き起こしたという全世界を揺るがす大事件。

 

それは、日々抜け殻のように過ごしていた男にとっても度肝を抜かれるほどの驚きであった。

四葉が流した崑崙方院崩壊映像の光景……その一部始終を見た男は、その時ばかりは妻のことが頭から吹っ飛び脳内は真っ白になっていたという。

その一件からしばらくの間、世間は英霊(サーヴァント)の話で持ちきりとなり、男の耳にもその話題が入らない日はなかった。

そんなある日、職場でいつものように働いていた男の耳に英霊(サーヴァント)関係で聞き流せない話が舞い込んできた。

 

――それは、USNAで英霊召喚を全世界公開で実演する計画が浮上し、今その(マスター)の立候補者を応募しているという知らせであった。

 

それを聞いた瞬間、男の脳内に電流が走り、反射的に自分のディスクから立ち上がっていた。

そして、そのまま流れるように政府上層部へと後先考えずに直談判を行った――。

 

――どうか、自分に英霊召喚の(マスター)をさせてほしい、と。

 

もはや現代医学にすがることが出来ず、日々衰弱していき()()()()()()()妻を見ている事しか出来なかった男にとってこの知らせは神からもたらされた天啓に等しかった。

今の科学で妻の難病を治せないなら、もはや神仏などの未知の力に頼るしかない。そう考え、決断した男の行動に迷いは一切と言っていいほど無かったのだ。

 

男からの突然の()()に、USNA政府は最初こそ戸惑ったが、男が呼び出そうとしている英霊が()()()()()()()()()()存在であることと、彼以外の立候補者がその時点では()()()()()()()()()ことで、政府は男を英霊召喚の(マスター)に採用することをその場でほぼ決定することとなった。

立候補者がほとんどいなかったのはまだ応募して間もないことも理由の一つであったが、英霊召喚の際にもし人類に害をなす存在を呼び出してしまったら?という不安と恐怖心から、興味は有れど敬遠する者がほとんどであったのだ。

そして何より、政府が英霊に対して興味津々となっており、本来なら長い目で慎重に事を進めていかなければならなかった事態であったが、男がすぐさま立候補してきたことがきっかけで、応募がすぐさま打ち切られ、男を(マスター)対象として決定する運びとなったのである。

 

 

 

――こうして、(マスター)として志願した官僚の男本人ですら、驚くほどにトントン拍子に事が運んでいき……ついに、実演当日の日を迎える事となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

――某日。USNA某所。

 

人里離れた郊外のとある荒野に、【偽物(フェイカー)】と真夜の姿があった。

彼女と一騎の周りには他にもたくさんの人間が行き来しており、皆忙しく『準備』を行っていた。

元造を筆頭とする四葉の人間。日本政府関係者。USNA政府関係者。そして、全世界に『その光景』を広めるための厳選されたTV関係者や新聞報道者。その他雑務のために呼ばれ、厳重チェックを受けたスタッフなどなど……いつもならあまり人が訪れることが無いその場所に、多くの人間が集結し、多くの思惑が混ざり合うという異質な状況を作り出していた。

 

「結構な大事(おおごと)になったね。周りにいる人間もそうだけど、少し離れた場所にはUSNAの軍関係者らしき兵士や魔法師……戦車まで何台も待機しているね」

「さっきから軍用ヘリもあちこちに飛んでる。…………それだけの事態だっていうのは分かるけれど……ちょっと怖い、かな」

 

物々しい警戒態勢に行きかう人々の鬼気迫る重苦しい空気に、どこか他人事で涼しい顔で佇む【偽物(フェイカー)】とは反対に真夜は少したじたじとなっていた。

そんな真夜に【偽物(フェイカー)】は声をかける。

 

「大丈夫だよ真夜(マスター)。キミはいつも通り、堂々としていればいい」

「うん……」

 

真夜が頷いたとほぼ同時に、真夜たちのもとに共に同行していた九島が()()()()と一緒にやって来る。

 

「真夜さん、【偽物(フェイカー)】……紹介しよう。こちらが今回、実演に協力してくださる、(マスター)候補の()()()氏だ」

 

九島に紹介され、銀色の髪に青い瞳を持った官僚の白人男性――スミスが真夜と【偽物(フェイカー)】に会釈し、真夜たちも軽く会釈を交わす。

 

「今日は、その……よろしく、お願いいたします」

「初めまして、四葉真夜です。……九島先生経由でそちらにお送りしました『英霊召喚の詠唱文』はもう暗記なされましたか?」

「あ、はい。一言一句……頭の中に、叩き込みました。練習も済んでおりますので、問題はない、かと……」

 

日本語が不慣れなのか、はたまた緊張しているのか、スミスの放つ言葉はたどたどしく、どこか頼りない声質を含んでいた。英霊である【偽物(フェイカー)】のことが気になるのか時折チラチラとかの存在へと視線が移動する。

そんなスミスに、真夜と九島が内心苦笑を浮かべていると、また新たな一団が真夜たちの所へとやって来る。

それは全身を黒のサングラスと黒スーツで包み込んだUSNA側の黒服(エージェント)たちであった。

先頭に立つジェラルミンケースを持った黒服が代表して真夜たちに向けて声をかける。

 

「お話の途中、失礼します。九島様、そして四葉様。ご要望の品物が届きましたので、ご確認を」

 

そう言って黒服はジェラルミンケースの中身を真夜たち全員が見えるように開く。

それとほぼ同時に真夜、【偽物(フェイカー)】、九島、そしてスミスがこぞって中を覗き込んだ。

偽物(フェイカー)】がケースの中を覗き見ながら黒服へと声をかける。

 

「よく発見できたね、こんな()()

「数年前に()()()の聖地――『エピダウロス』の遺跡から新たに発掘された品物のようです。『向こう』の考古学者が言うには、()()()()()()()()()()ではないかという考察です」

「ふむ……【偽物(フェイカー)】どう思うかね?」

 

九島のその問いかけに、【偽物(フェイカー)】は考え込むしぐさをしながら口を開く。

 

「どうだろうね?……だけど比較的、()()()()が生きていた時代に極めて近い物だと思うよ?……何にしろ、触媒としての効果は十分発揮されるはずさ」

「……でも、もし本物だったら国宝級でしょう?よく貸し出してくれたわよね」

 

真夜のその問いかけにケースを持った黒服が答える。

 

「『向こう』の政府も英霊召喚には大いに興味をお持ちでしたので、『無傷で返してくれるのなら』と快く承諾してくれました」

 

黒服がそこまで言った直後、今度は九島同様、同行していた元造が真夜たちのもとにやって来た。

 

「真夜、【偽物(フェイカー)】……()()()()()()()()()()()

 

元造のその言葉に、その場にいた()()()()()者が『いよいよか』と言わんばかりに顔をこわばらせる。

しかし、ただ一人……いやただ『一騎』のみ緊張とは無縁とばかりにいつもの穏やかな口調で口を開く。

 

「ありがとう、元造。今行くね。……それじゃあ皆――」

 

 

 

 

 

「――始めようか」

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

――多くの衆人環視といくつものカメラの目が荒野のある一点に向けて集中する。

 

そこにあるのは四葉の研究員たちによって描かれた大きな英霊召喚の魔法陣があり、そのさらに前には小さな祭壇が設置され、その上には先程黒服たちが持ってきた英霊を呼び出すための触媒が丁重に置かれていた。

そして今、魔法陣を挟んで祭壇の反対側には【偽物(フェイカー)】とスミスが立っており、【偽物(フェイカー)】はスミスに自身の手を取るようにとそっと手を差し出す。

促されるように【偽物(フェイカー)】の手を取ったスミスは、次に放つ【偽物(フェイカー)】の言葉に耳を傾けた。

 

「今からキミにマスター権限を与える。少し激痛が走るけど、我慢してほしい」

「――ッ!」

 

そう【偽物(フェイカー)】が言い終わるか否かのそのタイミングで、スミスの手に焼きごてを押し当てられたかのような熱さと激痛が走った。

反射的に差し出した手を引っ込めたスミスはその手に起こる現象に目を奪われる。

まるであぶり出しのように手の甲に現れる三角の赤い紋様。それを見てスミスは無意識に『それ』を口にする。

 

「これが……令呪」

「そう……それが英霊のマスターである証にもなっている。でもたとえ、それを全て失っても想子供給(パス)が失われるわけじゃないからすぐに英霊が消えることは無いけれど、絶対命令権という首輪は失うことになるから使う時は慎重によく考えるようにね」

 

偽物(フェイカー)】からの忠告に、スミスは静かに、されどはっきりと頷いて見せる。

それを見た【偽物(フェイカー)】もスミスに向けて静かに頷き返すと言葉を続けた。

 

「うん。それじゃあここから先はキミの出番だ。僕の『合図』と共に詠唱を開始してほしい」

 

それだけ言い残すと、【偽物(フェイカー)】はスミスから離れ、魔法陣の縁に沿って移動すると、丁度魔法陣とスミスの間の位置に当たる場所で立ち止まり、そこにかがみ込むと魔法陣の縁にそっと手を触れる。

そして反対側の手で服の中から元造から渡されていたインカムを取り出し、それを耳に入れると電源を入れた。

 

「……聞こえるかい元造?『大聖杯』を起動してほしい」

『ああ、分かった』

 

インカムの向こうから元造の了承の声が響いた直後――大地を通じて起動した『大聖杯』と【偽物(フェイカー)】が接続(リンク)された。

 

(『神霊』……もしくはそれに相当する英霊を意図的に選んで呼び出すなんて芸当は、流石に僕だけじゃ難しい。……でも前マスターが創った『大聖杯』を()()()にすることで、僕の機能を一時的に底上げ(ブースト)させれば、それを可能な領域にまで押し上げることが出来る……!)

 

『大聖杯』からの補助によって強化された【偽物(フェイカー)】の聖杯としての英霊を呼び出す力と、【偽物(フェイカー)】の足元の大地から吸い上げられていく膨大な自然想子(マナ)が、かの存在の身体から魔方陣に添えられた手を通して魔法陣へと注ぎ込まれていく――。

 

――やがて、魔法陣が淡く光り輝きだすと、それを視認した【偽物(フェイカー)】がもう片方の手でスミスに向けて『合図』を送る。

 

――その『合図』を確認したスミスは、一度小さく深呼吸をして心を落ち着かせると…………詠唱を開始した。

 

 

 

「……素に銀と鉄、礎に石と契約の大公――」

 

 

スミスの口から英霊召喚の詠唱が紡がれる――。

詠唱が進むにつれ、魔法陣の光が次第に強く、輝きが増していく――。

誰もが皆、一様に沈黙し、その光景に目をくぎ付けにさせながら固唾を飲んで見守る――。

 

 

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)。――」

 

 

やがて光が強まってくると同時に、魔法陣を中心に強い風が渦を巻き始める――。

その風も光同様に次第に強まっていく――。

 

――そうして、魔法陣を直視できないほどに光と風が強まってくると、そこでスミスが最後の詠唱文を詠み上げた。

 

 

 

「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ――――天秤の守り手よ……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――その場にいた誰もが……いや、それを含めカメラを通してその光景を見ていたほぼ全ての人々が言葉を失った。

 

唯一、その光景を見て平静でいられたのは一度『転生者』の男の召喚を見ていた真夜とその時呼び出された【偽物(フェイカー)】本人だけだった。

 

スミスの最後の詠唱が謳い終わると、光と風が急激に霧散し、それらに隠れていた魔法陣が再び姿を現す。

 

そしてその魔法陣の中心には、先程までいなかった異様な風体な男がそこに立っていた――。

 

銀色の髪にそれを覆う目深にかぶったフード。そしてそのフードのついた両袖が異常に長い黒コートを纏い、口元には(くちばし)状のマスクをつけて顔を隠したその男は、暗く、ネガティブさを全面に出したような目で目の前でポカンと立ち尽くすスミスに向けて口を開いた。

 

「問おう……お前が僕を呼び出したマスターか?」

「…………」

「……?おい、聞いているのか?」

 

自分で行った事とは言え、いざ行使して起こった現実離れした英霊召喚……その出現の光景に周囲の人々同様、呆気に取られて立ち尽くすスミスに、呼び出されたその男は若干苛立ちを交えながら再度スミスに問いかけた。

そこでようやくハッと我に返ったスミスは慌てて返答する。

 

「あ、ああ、そうだ。私が貴方を呼び出したマスターだ」

「ようやく返答したか。一瞬失語症か何かだと思ったが、そうでなくて何よりだ。……しかし、何なんだこの状況は?ここは屋外の見世物小屋か何かか?」

 

遠巻きに自身を見つめて来る無数の視線の数々に、黒コートの英霊()は不快そうに顔をしかめる。

そんな無数の視線に耐え兼ね、キョロキョロと視線をさまよわせていたその英霊は……そばに立つ【偽物(フェイカー)】の存在に気づき、()()()()()目を細め……その次に祭壇に置かれた触媒に目を留めた。

 

「……む。こいつはひょっとして、僕の()()()()()()()か……?」

「予備……?」

 

黒コートの英霊の言葉に、スミスが反応し、オウム返しにそう聞き返す。

それに黒コートの英霊は、スミスに目を向けることなく、触媒を覗き込んだまま頷いた。

 

「ああ。……生前、患者の一人から『治してくれたお礼』と称して僕にくれた物だ。……使っている愛用の杖が壊れるか()くすかした時のために、ぜひ使ってくれって言って半ば強引にな」

 

その時のことを思い出したのか、半ばうんざりした声と表情でそう呟く黒コートの英霊。

このタイミングで触媒の真偽――その真実を知る事となり、スミスとその周りにいる人々は更なる驚愕に打ちひしがれることとなる。

やがて黒コートの英霊はため息を一つ着くと、グルリとスミスに自身の体を向ける。

 

「まぁいい。大事なのは過去よりも現在(いま)だ。……この触媒を使ったということは、最初(はな)から僕を呼び出すつもりだったという事だろ?なら、()()()()()()()()()()()()()

 

そう言いながら黒コートの英霊はスミスに歩み寄る。

 

「まずは服を脱いで横になれ。最初は触診と問診だ。できうる限り身体で調子の悪部分をこと細かく教えてくれ」

「……へ?え?ちょ、ちょっと待ってくれ」

「何だ?……ああ、大衆の面前で服を脱ぐのは流石に抵抗あるか?ならすぐに場所を変えるぞ。……それから脱げ」

「いや、そうじゃなくて」

「……?ああ、そうか。そう言えばまだ自己紹介がまだだったな。真名は……まあ答えるまでもないか。何ならクラス名で呼んでくれてもかまわない。今回僕は【魔術師(キャスター)】で顕現している。よろしくな。……それじゃ、脱げ」

「あ、ああ……えっと、私はスミス、だ……ってそうじゃない!」

 

黒コートの英霊――【魔術師(キャスター)】からの脱衣コールの嵐にスミスは若干苛立ちながらその要求を半ば無理やりに止めにかかる。

そして自身を落ち着かせるために一度深呼吸を行うと、目の前に立つ自分の英霊に向けて落ち着いた口調で説明を始めた。

 

「……確かに、貴方の力で助けてほしい人がいるからお呼びしましたが、その相手は私ではありません」

 

至極冷静に、スミスは【魔術師(キャスター)】に向けて丁寧な口調でそう言うも、それを聞いた【魔術師(キャスター)】は不満そうに顔をしかめる。

 

「む。……何だ、お前じゃないというのか?……なら、早く患者を僕の前に連れてこい。患者のいない医者ほど無意味なものはないからな」

 

そう素っ気なく腕を組みながら言う【魔術師(キャスター)】を前に、スミスは困惑の顔を浮かべる。

 

(……な、何なんだこの英霊は?……本当にこの存在が、私が呼び出したかった()()()、なのか……?)

 

風体もそうだが、自身のイメージしていた(くだん)の神とはあまりにもかけ離れた【魔術師(キャスター)】を前に、スミスは目の前に立つ英霊に対して疑念の目を向け始めた……その瞬間だった。

 

「――!」

 

ふいにスミスのポケットに入っていたマナーモード状態の携帯が唐突に震える。

それに気づいたスミスは携帯を取り出すと……その画面に映し出された通信先の『病院』という文字に表情が固まる。

 

「?」

 

明らかに様子が変わったスミス(マスター)に【魔術師(キャスター)】は怪訝な表情を浮かべるも、今のスミスに()()を説明している余裕はなくなりかけていた。

『通話』ボタンを押し、スミスはゆっくりと携帯を耳に押し当る…………そして――。

 

 

 

 

「…………………………………………え?」

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()を聞かされることとなった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――()()()()()を耳にした直後、スミスの記憶は()()()()()()からかすっぽりと抜け落ちていた。

 

気づけばスミスは最愛の妻が入院している病院の廊下を患者や医療スタッフの周囲の目もくれずに全速力で駆け抜けていた。

目的地は言わずもがな。スミスの妻がいる病室だ。

全身に滝のような汗を流し荒く息を吐きながら、スミスは妻の病室の前にたどり着くと、すぐさまその扉をあけ放つ。

白を基調とした清潔感のあふれる真っ白な個室。そこには一台のベッドを囲んで立ち尽くす数人の白衣を纏った者たちがいた。スミスの妻の担当医とその看護師たちだ。

そしてそのベッドには一人の女性が寝かされており、その女性に今……十代前半と思しき少女がその双眸に涙を溢れさせながらしがみ付いていた。

その少女が、病室に入ってきたばかりのスミスに気づく――。

 

「……()()

「……じぇ、()()()()()()……。ま……ママ、は……?」

 

スミスからのその問いかけに、ジェニファーと呼ばれた少女は何も答えずに、ただ静かにその濡れた視線をベッドに横たわる女性――ジェニファーの母親でありスミスの妻である人物に目を向けた。

 

――スミスの妻は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

――そう。眠っているのではない。いや、ある意味では眠ってはいるのだ。()()()

 

――彼女は二度と目が覚めない、()()()()()()()()()()()()()()、未来永劫の旅に出てしまったのだ。

 

妻のその姿を見た途端、スミスは嫌が応無くその事実を脳内に刻み込まれることとなった。

 

「……つい、1時間ほど前です。病状が悪化して、そのまま……」

「……あ、ああ……ぁ……」

 

担当医のその言葉もほどんど耳に入らないまま、スミスはフラフラとした足取りで妻の横たわるベッドへと歩み寄る。

それとほぼ同じタイミングで、病室に今回の英霊召喚に立ち会った主要人物たちが続々と入ってきた。

 

四葉元造、九島烈、真夜、そして【偽物(フェイカー)】。そして入室はしていないものの、廊下側にもUSNAの黒服や四葉の者たちや報道者数人などが皆こぞって病室の中を覗き込んで様子をうかがっている。

突然の大所帯の入室に担当医たちやジェニファーは目を白黒とさせ、対して入室してきた側の者たちは、スミスの妻の現状を見て息を飲んでいた。

 

「そんな……間に合わなかった、の……?」

真夜(マスター)……」

 

両手で口元を抑えてそう響く真夜に、【偽物(フェイカー)】はいたわるように真夜に声をかける。

何とも言えない重い空気が病室内を充満していく――。

 

 

 

――しかし次の瞬間。その空気を破壊するかの如く、()()()()()が病室内に響き渡った。

 

 

 

 

「……なるほど。状況から察するにマスターが僕を呼び出したのは、彼女の治療のためだったわけか」

 

その言葉と共に、ベッドの隣に呆然と佇むスミスの横に霊体化を解いた【魔術師(キャスター)】が実体化してその姿を現した。

突然降って湧いたかのように登場したその黒コートの男に、事情を知らないジェニファーと医療関係者一同は皆一斉に目を大きく見開いて驚愕する。

そんな彼女たちの様子にも意に返さず、【魔術師(キャスター)】は放心状態のスミスに声をかけた。

 

「全く、一体何を呆けているんだマスター?」

「【魔術師(キャスター)】……?」

 

半ば無意識にスミスは呆然とした表情のまま視線を【魔術師(キャスター)】に向ける。

そんなスミスの視線を受けて、やれやれと肩をすくませて【魔術師(キャスター)】はスミスからベッドで横になって眠る女性へと目を向けて言葉を続ける。

 

「お前は、彼女を僕に治してほしくて呼んだのだろ?なら、その務めを果たさなければ僕がここに呼ばれた意味が無い。何もせずに終わって呼ばれ損なんて真っ平ごめんだ――」

 

そこまで言った【魔術師(キャスター)】は視線をスミスへと戻し、先程とは違い力のこもった口調で口を開いた。

 

「――早速始めるぞ、マスター……()()()!」

 

その言葉にスミスだけでなく周囲のほとんどの者たちも驚く。

そんな周囲の者たちを代表するかのように、スミスは戸惑いながらも口を開く。

 

「……な、何を言って――」

「――そっちこそ何を言ってるんだマスター?僕を事前に呼び出そうとしていたのなら、()()()()()()()()()()()()調()()()()()()()()()()()?――」

 

 

 

 

 

「――()()()()……()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

「……!!」

 

魔術師(キャスター)】のその言葉にスミスだけでなく、その場にいた何人かもハッとなる。

そして気づく。目の前に立つクラス【魔術師(キャスター)】で顕現したばかりの件の神が、()()()()()()()()()()()()()()()()()

それを理解した途端、先程まで妻の死で絶望から同じく死んでいたスミスの目に再び生気が宿る。

そして一言一言、確かめるかのようにスミスは【魔術師(キャスター)】へと声をかけた。

 

「……妻を、助けられる、のか……?」

「そう言っている」

 

当たり前だと言わんばかりにあっさりとそう肯定した【魔術師(キャスター)】。

そして隣に立つスミスを押しのけるようにしてベッドに眠るスミスの妻の前に立つと、一際力強い声でスミスに向けて『要求』を放った。

 

「マスター……『宝具』の使用許可を要求する……!」

 

魔術師(キャスター)】からのその一切の不安の要素の無い、自身に満ちたその言葉を聞いた途端……スミス(マスター)の中で迷いや不安は一気にかき消されていた。

 

当然だ。()()が出来るというのなら、何を絶望することがあろうか。

愛する妻を救えるのなら、何を迷う必要があるだろうか。

その上、()()が出来ると言ってのけた相手は()()()自身。何を不安がることがある。

 

――ただ……()()が成功するとまた()()()()()が浮上する事だけは間違いない。

 

しかし、それがどうした?

今はそんな事、()()()()()()

 

 

 

 

――今はただ……愛する妻を救えればそれでいい。

 

 

 

 

 

 

「【魔術師(キャスター)】……『宝具』の使用を、許可する……!私の想子(サイオン)なんぞ、湯水の如く使ってくれてかまわない!!」

 

スミスからの力強いその返しに、【魔術師(キャスター)】はハッと笑う。

 

「さっきとはえらい違いの、力のこもった良い返事だ。……しかも魔力の大盤振る舞いとは、随分と気前がいい。少し見直したぞ。……では、治療を開始する!そこな小娘と一緒に少し離れていてくれマスター!」

 

魔術師(キャスター)】からのその指示に、スミスは未だ状況の理解が追い付かず混乱している愛娘を抱えて離れる。そして次の瞬間――。

 

 

 

――小さな病室内で、【魔術師(キャスター)】の『宝具』が解放された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――その場にいた全員が息をのむ。

 

いつの間にか……それこそどこから取り出したのかもわからないまま【魔術師(キャスター)】の手に現れた機械的な印象の捻じれた杖。

 

その杖の先に血液のような赤黒いエネルギーがこれまたどこからか集まりだし、球体を形作っていく――。

 

魔術師(キャスター)】はその球体を見上げながら独り言のように、あるいは祝詞(のりと)を唱えるかのように()()を呟く――。

 

 

 

 

「――真なる蘇生薬とは比べるべくも無い――」

 

 

「――だが、お前にはこの処方で十分だろう――」

 

 

「――受け取れ――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『倣薬・不要なる冥府の悲難(リザレクション・フロートハデス)』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

「…………ぅ……ん……?」

 

彼女は、まるで普段通りと言わんばかりに自然とその目を開き、()()()()

それは彼女にとってはいつもの日常……いつもの変わらない朝の目覚めと大して変わらないものであった。

そのため彼女にとってはいつもの如く、いつも通りの動作でベットから上半身を起こし、大きく伸びをする。

 

そして頭の中がクリアとなり、寝ぼけてぼやけていた視界がはっきりしてくると……彼女はキョトンとなった。

 

彼女は見知らぬ白い部屋のベットの中におり、そのベットを囲むようにして様々な容姿をした人々が皆こぞって信じられないモノを見るかのように自分を見ていたのだ。

それは白衣を着た医療関係者らしき人達だったり、黒いスーツを纏った人達だったり、あるいはどこかの報道者らしきスタッフの服を着た人達と様々であった。

何が起こっているのかわからず状況が呑み込めないまま周囲をキョロキョロとする彼女。

やがて、周囲にいる人々の中に彼女は見知った顔を二人見つける。

 

――それは彼女の愛する夫と娘であった。

 

娘は両目に涙をためて彼女へと駆け寄り、そして抱き着く。

対して夫の方はというと……何故か全身から力が抜けているのか()()()()()()()()()()()()()()()、それでもなお娘同様目に涙をためながら、文字通り這って彼女のいるベットへと近づき、同じく娘と一緒に彼女を強く抱きしめていた。

何が起こっているのかわからず混乱の渦中にいた彼女であったが、二人からの熱い抱擁に混乱していた頭が徐々に落ち着いていき……やがて愛おしげに二人を抱きしめ返していた。

 

 

 

 

 

 

――そして、そんな一つの家族愛の光景を見つめながら、【偽物(フェイカー)】は誰に言うまでも無く独り呟く。

 

「――死者を蘇らせるなんて、流石だね【魔術師(キャスター)】……いや、それとも――」

 

 

 

 

 

 

 

「――ここは真名の……医神『アスクレピオス』と呼んだ方がいいのかな?」




蛇足ではありますが、『宝具』使用後の【魔術師(キャスター)】はマスターの想子(魔力)不足により、しばらくの間は実体化が困難な状態です。
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