嘘つき魔女(♂)はヤンデレ聖女にメス堕ちさせられる   作:なほやん

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01. 背筋を這い上がる痺れ

 

「グレア様! 大変です!」

 

 干していた洗濯物を落とした。フリルまみれのそれを拾い上げる。絹が指に吸いついた。

 半年着ていたら、肌がこっちを覚えてしまった。男物の感触が、もう思い出せない。

 鏡に映るその姿から一拍遅れて目を逸らし、三角帽子を被り直す。

 

「どうしましたか」

 

 声を切り替える。作り上げた「グレア様」の声。低すぎず高すぎず、少しだけ気怠い感じの。

 村のご婦人に「色っぽいお声ですねえ」と言われた時、否定するより先に頬が緩んだ。

 

 石畳を蹴る。薬草の匂いが風に混じる。結界の端が微かに揺れている。外から何かが触れた痕だ。

 村の入り口に人だかり。パン屋の女将が顔を青くしている。八百屋の主人が腕を組んで後ずさりしている。

 かき分けた先に、少女が一人倒れていた。

 白い法衣。泥だらけの裾。傷だらけの手。

 

 だが問題はそこではない。

 この子の皮膚の下を這うように、白い光が明滅していた。

 

 聖力だ。

 弾ける。このままだと。

 

「下がってください」

 

 少女の傍にしゃがみ、手を翳す。指先が光に触れた瞬間、腕の芯まで衝撃が貫いた。

 

 強い。聖力と魔力は相性が悪い。普通なら弾かれる。

 だが俺は普通じゃない。嘘をつけば、力が応える。

 

「私は伝説の魔女グレアです」

 

 嘘をつく。体の奥から魔力が昇ってくる。

 背筋を這い上がる痺れ。尾骶骨から首筋まで、鋭い電流が駆け抜ける。

 

 気持ちいい。

 

 最悪だ。気持ちいいのだ、これが。

 こんなものは副作用だ。嘘を媒介にする魔力の、ただの反動。

 ——なのに指先がまだ震えている。爪の裏側で、残響が脈打っていた。

 

 聖力の奔流に魔力を叩き込んだ。暴れる聖力を少女の体に押し戻す。

 光が消え、少女の呼吸が戻る。

 誰かが祈るように額を伏せた。

 

「さすがグレア様……」

「片手で聖力を鎮めるなんて……」

 

 片手ではない。全力だ。背中が汗で張りついている。

 

 だが「大したことはありません」と微笑む。唇が勝手にそう動く。いつの間にか仕上がった笑い方。口角の角度。目の細め方。男の笑い方を、もう思い出せない。

 

  *  *  *

 

 少女を家に運んだ。抱え上げた時、骨と皮のように軽かった。

 寝台に横たえる。法衣の裾から覗く足首が細い。旅の途中で倒れたのだろう。靴底が擦り減っていた。

 茶を淹れる。棚から乾燥薬草を取り出し、すり鉢で潰す。この半年で手際だけは良くなった。魔女の仕事の大半は、こういう地味な家事だ。

 その間に鏡の前を通った。

 

 三角帽子。銀の髪が肩にかかる。鎖骨の窪みに一房落ちて、くすぐったい。

 我ながらどこからどう見ても、美少女だ。

 変身魔法ではない。この顔は、生まれつきだ。中性的な顔立ちに長い髪を足して、声と仕草を半年磨いた。それだけで、誰も疑わなくなった。

 

 半年前はそれを認めたくなかった。だが、今はもう——鏡の中の少女が唇の端を上げた。

 

 寝台の上の少女が、ぴくりと動いた。

 

 目が開く。透き通った青。頬は赤いのに、瞳だけが刃物のように冷たい。

 

「あなたが、大魔女グレア様でいらっしゃいますか」

「……ええ」

 

 嘘。いつもの嘘。

 なのに、喉の奥で引っかかった。

 

「先ほどの術。意識が遠のく中で、魔力が私を包んだのが、分かりました」

 

 半分死にかけていたのに覚えているのか。

 

「教会の司祭が五人がかりでも抑えられなかったものを、あなた様は……」

 

 声が震えた。

 

「どうして、このような辺境に」

 

 答えられない。嘘のせいで王宮から追放されたなんて。

 

「セラフィーナと申します」

 

 少女が姿勢を正す。深く頭を下げた。

 

「お願いです。どうか、私を弟子にしてください」

「……弟子」

「この力の扱い方を、学びたいのです。自分の力が、怖いのです」

 

 セラフィーナの拳が白くなった。爪が掌に食い込んでいる。

 

「聖力が溢れるたびに、周りの人が傷つきます。教会の祭壇を……触れただけで、砕いてしまって」

 

 声が小さくなった。

 

「司祭様にも、お前は危険だと。居場所が、なかったのです」

 

 俺もだ。——と、喉まで出かけた言葉を飲み込んだ。

 

「私は、あなたが期待するような者では……」

「いえ、間違いありません」

 

 遮られた。

 

「私がずっと探していた大魔女様です」

 

 セラフィーナの指先が光っていた。

 淡い白。抑えているのに漏れている。

 この子は、感情が動くと聖力が漏れるのか。

 

「ここに来るしか、なかったのです」

 

 セラフィーナは光る指先を見ないようにしながら、そう言った。

 

「三日」

 

 口が勝手に動いた。

 

「三日だけ、ここにいることを許しましょう」

 

 なぜそう言ったのか、分からない。

 セラフィーナが顔を上げた。笑っていた。張り詰めた糸が緩んで、泣く寸前のような笑顔。

 同時に、体が光り始めた。さっきより強い。溢れて、抑えきれなくて。部屋が白く染まっていく。

 

「……ちょっと光りすぎですね」

「え、あ……す、すみません……!」

 

 両手を胸に押しつける。光は指の隙間から溢れ続ける。顔が真っ赤になる。抑えようとして、かえって強くなる。

 

「す、すぐ止まりますから……」

 

 止まっていない。全く止まっていない。

 必死に手を握り締めるセラフィーナ。指の隙間から白い光が漏れて。恥ずかしくて、でも止められなくて、唇を噛んで俯くこの子を見ていたら。

 

 ……ああ。

 

 まずい。

 

 これは、まずい。

 

「お茶が冷めました。淹れ直しましょう」

 

 立ち上がって、背を向けた。

 窓辺の薬草が一斉にざわめいた。嘘が増えた分、少しだけ濃くなっている。

 

 面倒なのが来た。

 面倒で、眩しくて、厄介で。

 

 俺の嘘を、全部剥がしにかかってくるような子が。

 





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