嘘つき魔女(♂)はヤンデレ聖女にメス堕ちさせられる   作:なほやん

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11. 視界が一瞬だけ艶めいた

 

 街道沿いの景色が変わっていく。痩せた麦畑が青い牧草地に。藁屋根が瓦に。王都が近づくほど、世界に色が増える。

 

「先生」

「なんじゃ」

「私の魔力……何か変わっていませんか」

 

 先生がヤギ髭を指で梳いた。

 

「嘘を本気で信じ込んだとき、その魔力は現実を書き換える力になる……お主の『俺』が『私』になったようにの」

 

 顔が熱くなった。

 

「じゃが嘘つきは自分の嘘を知っとる。信じようとした瞬間に、嘘だと自覚してしまう。嘘つきのパラドクス(・・・・・・・・)じゃ」

「ならそれは本来起こり得ない矛盾……ということですね」

「うむ、飲み込みが早い。やはりわしの一番の生徒じゃな」

 

  *  *  *

 

 王都の門が見えたのは、日が傾いた頃だった。

 

 半年前に追い出された街だ。変わったのは私だけだ。フリルを纏って帰ってくるとは思わなかった。

 街道を行き交う人の視線が、フリルの裾を撫でるように通り過ぎていく。誰も怪訝な目をしない。膝の力が一瞬抜けた。

 

 門の手前にフェリオが立っていた。外套を目深に被っている。

 目が合った。フェリオは私の格好を上から下まで見て、一瞬だけ口元が歪んだ。

 

「……似合ってるな」

 

 頬が熱い。

 

「前より板についてる。前は『着せられてる』感じだったが、今は違う」

 

 フェリオはそれ以上言わず、外套の下から地図を出した。折り目に沿って広げる。手際がいい。

 

「北棟の特別治療院。聖教会の管轄だ。それと……」

 

 フェリオが一瞬言い淀んだ。

 

「治療院は女性しか入れない。門番が男を通さん」

 

 沈黙が落ちた。

 先生が私を見た。ビガロが私を見た。フェリオが私を見た。

 

「お主なら、まあ通れるじゃろ」

 

 先生がヤギ髭の奥でにやりと笑った。

 

「わしも行きたいところじゃがの」

 

 ビガロが腕を組んだ。

 

「裏口の錠は開けられる。だが中には入れん」

「俺たちは外で見張る」

 

 フェリオが頷いた。

 

 白い建物の裏手へ向かう。石畳を踏む足が重い。

 ここで止められたら、それまでだ。嘘が足りなかったということだ。半年かけて作り上げた「グレア」が、見知らぬ修道女の一瞥で砕ける。

 鳩尾(みぞおち)の奥が硬い。息を吸った。吐いた。もう一度吸った。

 姿勢を作る。肩を落とし、顎を引き、歩幅を絞る。半年で体に刻んだ全部を、今、この十歩に賭ける。

 

 門番がいた。修道女だ。こちらをまっすぐに見ている。

 目が合った。修道女の瞳が、額から顎まで一度だけ滑った。品定めではない。確認だ。男か女か。それだけを、見ている。

 

「そちらの女性の方。面会ですか」

 

 ——女性の方。

 膝の裏が痺れた。フリルの裾が二の腕を撫でた。顔は動かさない。

 

「ええ」

 

 声が、出た。掠れなかった。半年かけて磨いた声が、ここで初めて本物になった。

 心地よい嘘に、魔力が揺れた。

 視界が一瞬だけ艶めいた。

 唇の内側を噛んだ。噛まないと、笑ってしまう。嬉しくて壊れてしまう。

 

 踏み出した一歩が、やけに軽かった。踵が石の床を叩く。その音が自分の足音で、それが女の靴音で——フリルが膝裏を叩く小さな音と重なって、廊下に響いた。

 レオが足元をすり抜けて廊下に飛び込んだ。

 

 廊下は暗い。消毒と清めの術式の匂い。薬草とは違う、冷たい匂い。

 すれ違う修道女が、軽く会釈した。何の疑いもない目。当たり前のように、同じ場所にいることを許されている。

 奥へ進む。角を曲がり、階段を上り。靴音だけが廊下に残る。

 結界があった。

 

 手を伸ばした。弾かれた。ここは「女か男か」ではない。「聖力を持つか否か」だ。

 私の魔力では、通れない。

 

「レオ」

 

 足元の小さな獣を見下ろした。丸い目がこちらを見上げている。

 

「この先に、セラフィがいる」

 

 レオの尻尾が下がった。耳が寝た。怖いのだ。知らない場所で、たった一匹。

 だが、前足が一歩踏み出した。

 

 金色の光がレオを包んだ。——セラフィの聖力が、まだこの子の中に残っている。光がレオを呑み込み、通していく。

 小さな白い背中が、廊下の奥へ消えた。

 

 待った。

 金色の壁の前にしゃがんで、額を押しつけて。聖力の壁は温かい。セラフィの手も、こうだった。

 

 頼む。あの子を、連れてきてくれ。

 

 膝を抱えた。セラフィが縫った裾を、爪が白くなるほど握った。

 もし——もうあの子が歩けないほど弱っていたら。もしレオが迷って戻れなかったら。

 壁を拳で叩いた。聖力が指先を弾く。通れない。嘘では開かない扉がある。

 セラフィが苦しんでいる場所に、私だけが行けない。

 指先が冷たい。桜色の爪が、暗い廊下でぼんやり光っている。

 

 壁に頬を寄せた。温かい。温かいのが、余計に辛い。

 

 時間の感覚が消えかけた頃、足音が聞こえた。

 小さな足音と、もう一つ。不規則な、引きずるような足音。

 

 金色の壁が揺れた。

 

 レオが先に出てきた。息が荒い。小さな体で、振り返りながら何かを導いている。

 その後ろから——セラフィが、壁を通り抜けた。

 

 白い法衣。白い肌。その肌に、黒い線が走っていた。

 首筋から鎖骨へ。脈に合わせて明滅している。袖口から覗く腕にも同じ紋が這っている。

 

 痩せていた。頬の輪郭が鋭くなっている。鎖骨が法衣の襟から浮き上がっている。あの頃の柔らかさが、もうなかった。

 それでも——目だけは、あの頃のままだった。

 

 セラフィは壁に手をついて、かろうじて立っていた。

 その目が、私を見た。

 

 顔を。肩を。胸元を。フリルの裾を。——ゆっくりと、桜色の爪先まで。

 自分が縫ったものが、この人の体の上で息をしているのを、見ていた。

 

「……着て、くれたんですね」

 

 声が震えていた。でも、笑っていた。

 あの笑顔だった。瞳の奥だけが揺れている、完璧な笑顔。——目尻に、光るものが溜まっていた。

 

 先生経由で預けてくれた服だ。一針ずつ、あの子が縫った。離れていても、私の体を覚えて縫ったのだろう。どこも余らない。

 

「似合ってます。……すごく」

 

 セラフィが一歩、壁から離れた。足元がふらついた。手を伸ばした——支えるつもりだった。

 セラフィの方が早かった。私の襟元に指が触れた。ほんの少しだけ、ずれていた襟を直す。冷たい指だった。黒い線が手首まで這っている。

 それでも、指先だけはあの頃と同じだった。丁寧で、正確で、優しい。

 

 襟を直した指が、そのまま降りてきた。鎖骨の上のリボンに触れた。結び目をなぞった。左の輪が少し大きい——あの夜、闇の中で一人で結んだ蝶結び。不格好な結び目を、セラフィの指が読んでいる。

 

「……自分で結んだんですね」

 

 分かるのだ、この子には。針目で布を読むように、結び目で私を読む。

 

「練習しました」

 

 声が掠れた。嘘ではなかった。

 

 セラフィの手のひらが、リボンの上から胸に触れた。冷たい。セラフィの手は、こんなに冷たくなっていた。

 なのに、心臓の音が手のひらに漏れている。聞こえているはずだ。早すぎる拍動が。

 

「お約束——まだ、ですよね」

 

 小指が差し出された。

 細い。前より、ずっと。

 黒い線が、指先まで這っていた。

 

 その指に、私の指を絡める。

 桜色の爪が、金色の壁の光を反射していた。

 

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