嘘つき魔女(♂)はヤンデレ聖女にメス堕ちさせられる   作:なほやん

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12. 分かっていて信じるのが、私の嘘だ

 

 差し出された指を握った瞬間、セラフィの膝が折れた。

 抱きとめた。軽い。法衣の下に体がほとんどない。

 

「すみません……立てると、思ったんですけど」

 

 廊下の壁に背を預けさせて、ゆっくり座らせた。レオがすぐに膝へ飛び乗る。小さな前足で法衣を踏んで、顔を覗き込んでいた。

 セラフィがレオの額に触れた。白い光が一瞬だけ灯り、廊下の空気がほんの少しだけ温くなって、すぐ消えた。

 

「なんで……」

 

 言いかけて、止めた。

 

「断らなかったんです」

 

 セラフィが先に言った。

 

「苦しんでる人がいて、私にできることがあるのなら断ることはありません」

「馬鹿ですね」

「グレア様に言われたくないです」

 

 セラフィが笑った。

 

  *  *  *

 

 懐から包みを出した。

 

「先生の調合です。聖力を安定させる」

 

 腕に走る黒い線の上に、砕いた薬草を乗せていく。冷たい。体温が低すぎる。

 

「グレア様、そのお洋服」

「魔法少女です」

「……魔法少女」

 

 セラフィが口元を押さえた。

 

「すごく、可愛いです」

 

 首筋まで薬草を伸ばす。近い。息がかかる距離。

 

「セラフィ」

「はい」

「私は……」

 

 セラフィの目が、こちらを見ている。

 

「嘘を、ずっとついていました」

「知ってました」

 

 セラフィが言った。静かに。当たり前のように。

 

「……いつから」

「最初から」

「なら……」

「だって、それはグレア様のものですから」

「……名前もグレアじゃない。本当はガレアです」

「ガレア様」

 

 呼ばれた。本当の名前で。

 

「……怒らないのですか」

「怒りません」

 

 セラフィが自分の顔に触れた。

 

「私もずっと嘘をついてました。笑ってれば大丈夫だって。誰かに必要とされてれば壊れないって」

 

 完璧な笑顔の、裏側。

 

「ぜんぶ嘘です。本当は痛いし、怖いし、逃げたかった。でもそう言ったら、必要とされなくなるから」

 

「お揃いですね」

「……痛いか」

「痛いです」

 

 初めて聞いた。この子が痛いと言うのを。

 

「すごく、痛いです」

 

 声が震えていた。

 二人で廊下の床に座っていた。聖力の金色の壁が、ぼんやりと横顔を照らしている。レオが二人の間で丸くなった。

 セラフィが私の手に触れた。指に体温がない。こんな手で、この子はまだ笑おうとしている。

 黙って、その手を握り返した。

 

「ねえ、グレア様」

「……まだあるの」

「私、ずっと見てました。爪を塗る手が震えなくなったこと。鏡の前に立つ時間が長くなったこと。裾を撫でる指が、だんだん優しくなったこと」

 

 やめて。

 

「あれは——任務で」

「嘘です」

 

 笑っていた。嘘を見抜く目じゃない。ただ、ずっと隣で見ていた人の目だ。

 

「私がぜんぶ映してます。グレア様がどんな顔をしていたか」

 

 喉が塞がった。

 この子の瞳の中に、知らない私がいる。フリルの裾を撫でて、桜色の爪に見惚れて、鏡の中の自分に微笑んでいる——そんな私が。

 

 嘘だ。嘘のはずだ。

 でも、セラフィの瞳はそれを映している。ずっと、映していた。

 

  *  *  *

 

 薬草は効いていた。でも、脈打つ黒い線が消えない。

 掌に魔力を滲ませて、そっと触れた。何も起きない。黒い線は脈打つだけで、薄くすらならない。

 魔力は傷を塞がない。呪いは魔力では治療できない。聖力でなければ。だがセラフィ自身の聖力はもう殆ど残っていない。

 

 治療だけは、どうしても嘘の領分じゃない。

 だから——これが本当に治るのなら、それは治療じゃない。奇跡だ。

 ——なら、飲み込む。矛盾ごと。

 

 先生の言葉が蘇る。嘘を本気で信じろ。——矛盾した力。

 嘘は嘘のまま、現実を書き換える。

 

 セラフィの腕を見た。黒い線。冷たい肌。

 

 理屈は分かっている。矛盾も分かっている。——それでもやる。

 

「セラフィ」

「はい」

「私の魔力で、あなたを治す」

 

 全部、飲み込む。

 

 女と呼ばれた時の、あの陶酔を。セラフィの前で「グレア様」でいた時間の、全部を。

 嘘をつくたびに背筋を灼いた、あの甘い震えを。

 

 あの日、ビガロの鎧を砕いた言葉が蘇る。

 ——俺は男だ。

 あの時は、喉が裂けるほどの真実だった。認めたくない真実だから、鎧を砕けた。

 今、同じ言葉を口にしたら——。

 

 セラフィの瞳が、答えを映している。

 

 恥ずかしかった。怖かった。でも、もう目を逸らせない。

 あれも私だ。全部、私だ。

 

 顔を寄せた。セラフィの目が見開かれる。

 

「ガレア様……」

「……グレアと呼んで」

「グレア……」

 

 セラフィの声が、その吐息が肌を撫でる。近い。薬草と、微かな汗と、この子だけの匂い。

 私はただ、一言言った。

 

「私は女で、セラフィを愛してる」

 

 唇を、重ねた。

 冷たかった。呪いの冷たさだ。口づけを通じて、その冷たさが舌の裏まで滲みてくる。なのに甘い。セラフィの唇は乾いていた。荒れた皮膚の凹凸が、自分の唇の軟膏に引っかかる。

 鼻先が触れた。睫毛が頬を掠めた。セラフィの髪が顎に落ちて、その一筋がくすぐったくて、目の奥が熱くなった。

 セラフィの息が、歯の裏から漏れた。小さな音。壊れかけた声。冷たい指が私の襟元を掴んでいる。力が弱い。なのに離さない。

 

 嘘だ。私は男で、魔力で呪いなんか祓えない。全部嘘だ。

 分かっている。分かっていて、目を閉じた。

 

 ——意識の底が抜けた。

 

 嘘の快楽と、嘘じゃない感情が、区別がつかないまま溶けていく。

 自覚がある。嘘だと分かっている。それでいい。

 分かっていて信じるのが、私の嘘だ。

 

 魔力が爆ぜた。

 

 唇から流れ込んだ力が、セラフィの中の黒い線を塗り替えていく。指先から手首。手首から肘。肘から肩。首筋から。

 

 嘘だった言葉が、事実に変わっていく。壁を伝う金色の光のように、黒い線が退いた跡を温かさが満たしていく。

 

 セラフィの体が温かくなった。冷たかった唇に、熱が戻る。

 

 唇を離した。

 息が荒い。視界が白い。体中の魔力を、残らず流し込んだ。

 

 最後の黒い線が、消えた。

 

 前のめりに崩れた。床に手をついた。

 息がうまくできない。指先が震えている。全部出し切った。体の中に、何も残っていない。

 

 セラフィの顔が、目の前にあった。

 頬に色が戻っている。唇が温かい色をしている。黒い線が消えた腕が、白く、ただ白く光っていた。

 

 セラフィが私の手を握った。温かい。さっきまでとは全然違う。

 指が絡んだ。小指が、絡んだ。

 

「……うれしい」

「私も」

「戻って、ごはん一緒に食べましょうね」

「ええ」

「一緒にお風呂入りましょうね」

「それは——」

「入りましょうね」

 

 セラフィの指先が、熱を帯びる。

 

「爪も塗り直してあげます。髪も私が梳きます。毎朝」

「セラフィ」

「お洋服も私が選びます。全部。ぜんぶ私がやります」

 

 手を握る力が強くなった。指が白い。

 

「他の誰にも、させません」

 

 声が低かった。笑顔のまま、目の奥だけが光っていた。

 

「だから、グレア。一緒に帰りましょう」

「はい、セラフィ」

 

 その時、廊下の奥で、靴音がした。

 

「見事でした。この世界の(ことわり)ではありえない。魔力で治療するなど——」

 

 低く、澄んでいて、冷たい。一音ずつ鋳型に流し込んだような、完璧な発声。

 

「ですが……」

 

 廊下の闇から、女が現れた。

 黒いローブ。銀の髪。

 

「一緒に帰れるというのは……嘘ですね。なぜなら、あなたたちは、私が帰しません」

 

 マダム・マローズが、微笑んだ。

 

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