嘘つき魔女(♂)はヤンデレ聖女にメス堕ちさせられる 作:なほやん
差し出された指を握った瞬間、セラフィの膝が折れた。
抱きとめた。軽い。法衣の下に体がほとんどない。
「すみません……立てると、思ったんですけど」
廊下の壁に背を預けさせて、ゆっくり座らせた。レオがすぐに膝へ飛び乗る。小さな前足で法衣を踏んで、顔を覗き込んでいた。
セラフィがレオの額に触れた。白い光が一瞬だけ灯り、廊下の空気がほんの少しだけ温くなって、すぐ消えた。
「なんで……」
言いかけて、止めた。
「断らなかったんです」
セラフィが先に言った。
「苦しんでる人がいて、私にできることがあるのなら断ることはありません」
「馬鹿ですね」
「グレア様に言われたくないです」
セラフィが笑った。
* * *
懐から包みを出した。
「先生の調合です。聖力を安定させる」
腕に走る黒い線の上に、砕いた薬草を乗せていく。冷たい。体温が低すぎる。
「グレア様、そのお洋服」
「魔法少女です」
「……魔法少女」
セラフィが口元を押さえた。
「すごく、可愛いです」
首筋まで薬草を伸ばす。近い。息がかかる距離。
「セラフィ」
「はい」
「私は……」
セラフィの目が、こちらを見ている。
「嘘を、ずっとついていました」
「知ってました」
セラフィが言った。静かに。当たり前のように。
「……いつから」
「最初から」
「なら……」
「だって、それはグレア様のものですから」
「……名前もグレアじゃない。本当はガレアです」
「ガレア様」
呼ばれた。本当の名前で。
「……怒らないのですか」
「怒りません」
セラフィが自分の顔に触れた。
「私もずっと嘘をついてました。笑ってれば大丈夫だって。誰かに必要とされてれば壊れないって」
完璧な笑顔の、裏側。
「ぜんぶ嘘です。本当は痛いし、怖いし、逃げたかった。でもそう言ったら、必要とされなくなるから」
「お揃いですね」
「……痛いか」
「痛いです」
初めて聞いた。この子が痛いと言うのを。
「すごく、痛いです」
声が震えていた。
二人で廊下の床に座っていた。聖力の金色の壁が、ぼんやりと横顔を照らしている。レオが二人の間で丸くなった。
セラフィが私の手に触れた。指に体温がない。こんな手で、この子はまだ笑おうとしている。
黙って、その手を握り返した。
「ねえ、グレア様」
「……まだあるの」
「私、ずっと見てました。爪を塗る手が震えなくなったこと。鏡の前に立つ時間が長くなったこと。裾を撫でる指が、だんだん優しくなったこと」
やめて。
「あれは——任務で」
「嘘です」
笑っていた。嘘を見抜く目じゃない。ただ、ずっと隣で見ていた人の目だ。
「私がぜんぶ映してます。グレア様がどんな顔をしていたか」
喉が塞がった。
この子の瞳の中に、知らない私がいる。フリルの裾を撫でて、桜色の爪に見惚れて、鏡の中の自分に微笑んでいる——そんな私が。
嘘だ。嘘のはずだ。
でも、セラフィの瞳はそれを映している。ずっと、映していた。
* * *
薬草は効いていた。でも、脈打つ黒い線が消えない。
掌に魔力を滲ませて、そっと触れた。何も起きない。黒い線は脈打つだけで、薄くすらならない。
魔力は傷を塞がない。呪いは魔力では治療できない。聖力でなければ。だがセラフィ自身の聖力はもう殆ど残っていない。
治療だけは、どうしても嘘の領分じゃない。
だから——これが本当に治るのなら、それは治療じゃない。奇跡だ。
——なら、飲み込む。矛盾ごと。
先生の言葉が蘇る。嘘を本気で信じろ。——矛盾した力。
嘘は嘘のまま、現実を書き換える。
セラフィの腕を見た。黒い線。冷たい肌。
理屈は分かっている。矛盾も分かっている。——それでもやる。
「セラフィ」
「はい」
「私の魔力で、あなたを治す」
全部、飲み込む。
女と呼ばれた時の、あの陶酔を。セラフィの前で「グレア様」でいた時間の、全部を。
嘘をつくたびに背筋を灼いた、あの甘い震えを。
あの日、ビガロの鎧を砕いた言葉が蘇る。
——俺は男だ。
あの時は、喉が裂けるほどの真実だった。認めたくない真実だから、鎧を砕けた。
今、同じ言葉を口にしたら——。
セラフィの瞳が、答えを映している。
恥ずかしかった。怖かった。でも、もう目を逸らせない。
あれも私だ。全部、私だ。
顔を寄せた。セラフィの目が見開かれる。
「ガレア様……」
「……グレアと呼んで」
「グレア……」
セラフィの声が、その吐息が肌を撫でる。近い。薬草と、微かな汗と、この子だけの匂い。
私はただ、一言言った。
「私は女で、セラフィを愛してる」
唇を、重ねた。
冷たかった。呪いの冷たさだ。口づけを通じて、その冷たさが舌の裏まで滲みてくる。なのに甘い。セラフィの唇は乾いていた。荒れた皮膚の凹凸が、自分の唇の軟膏に引っかかる。
鼻先が触れた。睫毛が頬を掠めた。セラフィの髪が顎に落ちて、その一筋がくすぐったくて、目の奥が熱くなった。
セラフィの息が、歯の裏から漏れた。小さな音。壊れかけた声。冷たい指が私の襟元を掴んでいる。力が弱い。なのに離さない。
嘘だ。私は男で、魔力で呪いなんか祓えない。全部嘘だ。
分かっている。分かっていて、目を閉じた。
——意識の底が抜けた。
嘘の快楽と、嘘じゃない感情が、区別がつかないまま溶けていく。
自覚がある。嘘だと分かっている。それでいい。
分かっていて信じるのが、私の嘘だ。
魔力が爆ぜた。
唇から流れ込んだ力が、セラフィの中の黒い線を塗り替えていく。指先から手首。手首から肘。肘から肩。首筋から。
嘘だった言葉が、事実に変わっていく。壁を伝う金色の光のように、黒い線が退いた跡を温かさが満たしていく。
セラフィの体が温かくなった。冷たかった唇に、熱が戻る。
唇を離した。
息が荒い。視界が白い。体中の魔力を、残らず流し込んだ。
最後の黒い線が、消えた。
前のめりに崩れた。床に手をついた。
息がうまくできない。指先が震えている。全部出し切った。体の中に、何も残っていない。
セラフィの顔が、目の前にあった。
頬に色が戻っている。唇が温かい色をしている。黒い線が消えた腕が、白く、ただ白く光っていた。
セラフィが私の手を握った。温かい。さっきまでとは全然違う。
指が絡んだ。小指が、絡んだ。
「……うれしい」
「私も」
「戻って、ごはん一緒に食べましょうね」
「ええ」
「一緒にお風呂入りましょうね」
「それは——」
「入りましょうね」
セラフィの指先が、熱を帯びる。
「爪も塗り直してあげます。髪も私が梳きます。毎朝」
「セラフィ」
「お洋服も私が選びます。全部。ぜんぶ私がやります」
手を握る力が強くなった。指が白い。
「他の誰にも、させません」
声が低かった。笑顔のまま、目の奥だけが光っていた。
「だから、グレア。一緒に帰りましょう」
「はい、セラフィ」
その時、廊下の奥で、靴音がした。
「見事でした。この世界の
低く、澄んでいて、冷たい。一音ずつ鋳型に流し込んだような、完璧な発声。
「ですが……」
廊下の闇から、女が現れた。
黒いローブ。銀の髪。
「一緒に帰れるというのは……嘘ですね。なぜなら、あなたたちは、私が帰しません」
マダム・マローズが、微笑んだ。