嘘つき魔女(♂)はヤンデレ聖女にメス堕ちさせられる 作:なほやん
マローズの手が上がった。
風が生まれた。廊下を埋め尽くす竜巻は石壁を削り、床板を剥がしていく。
「セラフィ、下がって」
「嫌です」
魔力が、まだ戻らない。
セラフィが前に出た。両手から聖力を広げて風を弾こうとする。白い光が竜巻にぶつかって火花を散らした。弾ききれない。
マローズが指を振った。竜巻の向きが変わる。セラフィの壁を迂回して、横から。
レオが跳んだ。
小さな体がセラフィの前に立った。金色の光が毛並みから溢れる。
だが、次の風がレオを弾き飛ばした。壁にぶつかって、甲高い声が上がる。
「レオ!」
マローズが歩いてくる。靴音が正確に刻まれている。
「奇跡でも起こしたつもりですか」
唇が、薄く笑った。
「嘘は、私の前では無力です」
瞳が光った。嘘を見抜く目。
「あなたの魔力の正体は嘘。私が嘘だと見抜けば、その力は使えない。そうでしょう」
唇を噛んで、嘘を撃った。
「私は世界一かわいい!」
桜色の火花が散った。次の瞬間、霧みたいにほどけて消えた。
届く前に、消された。
もう一発。
「私は伝説の大魔女だ!」
今度は放った瞬間に、空中で裂けた。見えない指先で摘み潰されたみたいに、嘘の魔力が砕けて散る。
駄目だ。
見られている限り、嘘は全部殺される。
だったら——真実。
あの日を思い出す。ビガロの鎧。嘘は弾かれ、真実は通った。
溜めた魔力を、今度は真実に乗せて撃つ。
「私は、セラフィを守りたい!」
白い光が走った。
今度は消えない。マローズの看破をすり抜けた。だが、目の前で竜巻が幾重にも巻きつき、厚い壁になる。
光は風の層を二枚、三枚と削って、そこで止まった。押し切れない。
「真実なら届くとでも?」
マローズの指先が揺れる。風壁がさらに厚くなった。
もう一つ。
「私は、あの子を失いたくない!」
今度の真実は、さっきより深く食い込んだ。風壁の奥で火花が散る。だが、それだけだ。
足りない。威力が、足りない。
嘘は看破される。真実は防がれる。
通る弾が、ない。
どうしたらいい。
一人じゃ届かない。
——扉が吹き飛んだ。
* * *
「こっちを見ろ! マローズ!」
土埃の向こうに立っていたのは、三つの影。
フリルのドレスにレースの手袋。長いスカートの裾を優雅に摘んでいるヤギ髭。
淡い空色のワンピースに身を包んだ、長身の騎士。
白いブラウスと紺のスカート。長いまつ毛が映える、中性的な少年。
マローズが言葉を失った顔をしていた。
「知恵と花の魔法学者、ドレモント!」
先生がくるりと回った。
「正義と青の騎士、フェリオ」
任務だから言っている。そういう声。でも、耳が赤くなっている。
「お主も名乗れ」
「断る」
ビガロは腕を組んで横を向いていた。
先生の旅荷が妙に重かったのは、このためか。
恥ずかしい。馬鹿みたい。なのに胸の奥で糸が一本、切れた。
フリルの裏地が二の腕を擽る。自分だけの秘密だったものが、今ここで共有されている。喉の奥を焦げた蜜のように灼いた。
「……茶番は終わりですか」
マローズの、冷たい声が戻るとともに竜巻が膨れ上がった。
先生とフェリオが同時に動いた。
「そんな格好をして、恥ずかしくないのですか!」
「ああ、恥ずかしいさ……だが友を助けるためならば!」
フェリオの声と共に剣が風を裂く。
「お主が嘘を支配する王宮を出て、わしも自分を見つけることができたのじゃ」
「なにを……どうやら本気で言っているようですね」
キラキラの杖から放たれた魔力が、風の渦を中和する。
「命令じゃない。自分で、決めた」
ビガロの声が響き、斧が煌めいた。
しかし、風はむしろ勢いを増していく。
「貴様らのような異常者に、私の王都を汚させはしない!」
竜巻の刃が、ドレスを、ワンピースを、スカートを切り裂いていく。
フェリオの肩口が裂け、ビガロの頬に血が走った。
先生がわざと大仰に裾を翻した。マローズの視線が吸われる。
あの裾の重さを、私は知っている。膝を叩くリズム。太腿を擽る感触。
三人の布が鳴るたびに、私の肌の下で何かが応えていた。
「グレア」
セラフィの手が、ずっと私の手を握っていた。
皆が暴れている間、魔力が少しずつ戻ってきていた。
「いけます」
手を繋いだまま、マローズに向かって腕を伸ばした。
セラフィの指の温度が手首を伝い、腕を昇り、肺の底で嘘の快楽と混ざっていく。繋いだ手の下で、レースの袖口が二人の肌を一緒に包んでいる。この感覚を、もう恐れない。
魔力と聖力。正反対の二つが、繋いだ掌の中で一つになり——
光が放たれた。
白と金が螺旋を描いて廊下を貫く。
「そんなもの!」
マローズが手を掲げると竜巻が光に巻きついた。看破が嘘を削り、風が散らす。光が押し戻されていく。
「グレア! もっと!」
押している。足りない。
マローズがもう片方の手を上げた。竜巻が渦を巻いて、一本の槍になる。
「無駄だ。私が……正義だ!」
マローズの声が変わっていた。冷たさが剥がれている。残ったのは、剥き出しの確信。
風の槍が放たれ、胸を貫かれた——はずだった。
硬い音がした。鉄と風が噛み合う、短い悲鳴。
胸の奥で鎧の欠片が、風の槍を弾いていた。欠片の表面に、マローズ家の私紋が光っている。
「その鎧は……」
「そう、嘘つきには貫けない。自分が正義だなんて——あなたも嘘つきね、マローズ」
私はセラフィの手を、強く握った。
「最後の一発を!」
「はい!」
魔力を最大に高める。そのために、最大の嘘をつく。
フリルが二の腕を撫でる。指先の桜色が熱を持つ。声帯が勝手に絞まり、あの声を作ろうとする。骨盤の内側で何かが弾けて、快楽が脊椎を一椎ずつ舐め上がっていく。裾のレースが太腿を叩く。一拍遅れて、全身の産毛が逆立った。
ああ……もう、わかっていた。
あの日と同じ台詞。あの日、ビガロの鎧を砕いた真実。
「私は——」
声が震えた。目の奥が熱い。
「——男だ」
あの日は真実だった。
でも今は真実で、同時に嘘だ。
嘘を吐くたびに気持ちよくなる体が、最後の一発を解き放つ。
光の渦が竜巻を飲み込んでいく。
「馬鹿な——それは、真実では……!?」
マローズの声が割れた。完璧だった発声が、初めて崩れていた。
真実と嘘が同時に存在する矛盾を、マローズは処理できない。
光がマローズを包み、吹き飛ばした。黒いローブが宙を舞い、廊下の奥の闇に消えた。
後には、静寂だけが残った。
腰が床に落ちた。今度こそ本当に空っぽだ。セラフィと一緒に床に座り込んだ。裂けたフリルの端が、焦げた匂いを立てている。
レオが走ってきた。膝の上に飛び乗って、顔を舐めた。ざらざらして、温かい。涙の味がするのか、何度も舐める。
「勝った」
「勝ちました」
フェリオが壁にもたれて立ち上がる。ワンピースの袖が裂けて、肩から血が滲んでいた。ビガロが片膝で体を支えている。スカートの裾が焦げている。
先生がドレスの裾を払って、にやりと笑った。レースの手袋が片方なくなっていた。
セラフィの額が、私の肩にこつんと当たる。温かい。生きている温度だった。
「帰りましょう」
「はい。今度こそ」