嘘つき魔女(♂)はヤンデレ聖女にメス堕ちさせられる 作:なほやん
久しぶりに戻った村は、静かだった。
結界がない間も、村は村のまま残っていた。畑は少し荒れている。井戸の蓋が外れていた。だが家は無事で、薬草も枯れていなかった。
村人が戸口から顔を出す。こちらを見て、安堵の顔。
「魔女様、お帰りなさい」
その呼び名が、もう痛くない。
「私はこの地の守護者です」
魔力が沸いた。鳩尾の底から熱が昇る。
結界が広がっていく。薬草畑を覆い、井戸を包み、村の境界線まで伸びる。前より分厚い。嘘の純度が、上がっている。
以前は恐ろしかった快楽が、今は懐かしい。腰骨から這い上がる甘い痺れに、目を閉じた。
窓辺の鉢植えに、蕾がついていた。
前の花が散ってから、ずっと空だった茎。王都から戻った朝に、小さな蕾が膨らんでいた。
「咲きそうですね」
セラフィが隣で微笑んだ。黒い線はもうない。頬に色がある。
レオがセラフィの足元で欠伸をした。尻尾の房が鉢植えの葉を撫でている。
* * *
「グレア、こっちも着てみてください」
「もう三着目ですよ……」
「四着目です」
セラフィが箪笥の中身を片っ端から引っ張り出していた。
魔女服、魔法少女服、先生が置いていったフリルの予備、村人から貰った普段着。どこからか見つけたメイド服。
「せっかく隠さなくていいんですから。全部試しましょう」
目が輝いている。完全に玩具を見つけた子どもの目だ。
「隠さなくていいのと着せ替え人形になるのは……」
「はい、腕上げてください」
聞いていない。
魔女服を着せられた。裏地の絹が二の腕を撫でていく。
フリルの重みが肩にかかる。リボンを結ぶセラフィの指が、鎖骨のすぐ上を掠めた。戦いの痕が残っている。マローズの風に裂かれた擦り傷が、布地に触れるたびに微かに痛んだ。
着せられている。自分以外の誰かの手で。傷ごと包まれている。その事実が、布地の感触とは別の場所を温める。
「やっぱりこれが一番似合います」
反論できなかった。鏡の中の自分は、どう見ても似合っている。
「次はこっち」
先生のフリルを突きつけられた。逃げようとしたらレオが足元に絡まって転んだ。その隙にリボンを結ばれた。
「……かわいい」
セラフィが両手を合わせた。嘘じゃない顔。本気で言っている。
否定しなかった。もう否定する必要がない。
「次は——」
「待って」
セラフィの手が止まった。
箪笥の前にしゃがんで、自分で選んだ。奥に畳まれていた、白いブラウスと深い青のスカート。先代の魔女が残していった普段着だ。派手な装飾はない。袖口にだけ、小さな刺繍がある。
「それは……」
「着てみたかったんです。ずっと」
自分で袖を通した。肩甲骨の上で布が張って、背中の形に沿う。誰に着せられたのでもない。自分で、選んだ。
スカートに足を通す。膝を越え、腰骨を越え、布が吸いついた。あの最初の日と同じ感覚。でも今は——怖くない。
「髪、結びましょうか」
セラフィが後ろに回った。指が
鏡を見た。派手ではない。でも、これが一番——私の顔をしていた。
「最後の仕上げです」
セラフィが薬草の紅を指先に取って、私の唇に塗った。触れている間、息を止めた。指が離れた。
唇から脳裏に、電気が走った。
* * *
パンを切る。セラフィがスープを温める。鍋の前に並んで立つと、肩が触れた。どちらも避けなかった。
スープの湯気が顔にかかる。セラフィの袖が私の手首に触れる。布越しに、脈が伝わった。
「グレア、はいこれ」
蜂蜜を塗ったパンを受け取った。手が触れた。お揃いの桜色の爪先が、蜂蜜の光を映している。
セラフィが一瞬だけ指を握って、何事もなかったように離した。指の跡が、しばらく残っていた。
卓に二人分の食事を並べた。向かい合って座る。レオが卓の端に前足を乗せて、スープの匂いを嗅いでいた。
「いただきます」
スープを啜った。舌に染みる。温かい。セラフィが切った野菜の形が不揃いで、それがいい。
セラフィがいて、指が触れて、それが当たり前で。「当たり前」が、こんなに甘い。
レオにパンの端を千切ってやった。丸い目がこちらを見上げる。尻尾が揺れている。
「グレア、お風呂沸きました」
「……一人で入ります」
「もう隠すことないですよね」
「隠すことがなくても一緒に入る理由が……」
「約束、ですよね?」
その目に、抗えない。
「脱がせてあげます」
声が低かった。笑顔のまま。手が袖口に触れている。
「セラフィ……」
「ここの傷、まだ痛みますよね。私が丁寧にやります」
風に裂かれた腕の傷を、指先でなぞられた。痛い。痛いのに、離れないでほしいと思った。
* * *
湯上がりの肌に夜風が触れた。窓から月が差している。
髪から水の匂いがする。肌がまだ火照っている。セラフィに洗われた場所が、全部覚えている。背中。肩。鎖骨の窪み。指の一本ずつ。丁寧すぎる手つきで、隅々まで。
セラフィが櫛で私の髪を梳いている。さっきまで結んでいた髪を、丁寧に解きながら。櫛の歯が頭皮を撫でるたびに、背骨の奥で何かがほどけていく。
「グレアの髪、伸びましたね」
「切った方がいいですか」
「私は好きですよ。このまま」
櫛が止まった。
セラフィが寝台の上で一冊の本を広げた。古い。革の表紙が擦り切れている。
「グレア。体の形を書き換える秘薬があるって言ったら……興味ありますか?」
手が止まった。
「書き換える?」
「嘘ではなく。本当に」
セラフィの指が、本の一行を辿った。挿絵がある。
「グレアの体は……服を脱いだら、まだ男の子のままでしょう」
さっき、全部見られた。否定できない。
「この秘薬なら、体そのものを、本当に書き換えられる」
セラフィが言葉を切った。
「ただ、そのためにはあの子に会わないと。できれば頼りたくない相手なんですが」
セラフィの唇が、きつく結ばれた。
「……本当は、私の力だけで全部やりたかった」
声が低い。さっきまで髪を梳いていた手が、本の表紙を握り潰すように掴んでいた。
「グレアの体に触れていいのは私だけです。書き換えるのも、私がやるべきなのに——あの子に頼らないと、できない」
聖力が指先から漏れていた。本の革表紙が微かに焦げた匂いを立てている。
「……でも、グレアのためなら。グレアが望むなら」
セラフィが顔を上げた。目が潤んでいた。悔しさと、それを呑み込む覚悟が滲んでいる。
「飲んだら、もう元には戻れません」
窓辺の鉢植えの蕾が、月明かりで薄く光っていた。
セラフィが本を閉じた。唇だけが笑っている。
「元のグレアを知っているのは、私だけになる」
——分かっている。この子がどういう意味で言っているか。
私の「元」を独占したいのだ。変わる前の体を、変わる前の名前を、全部自分だけの秘密にしたいのだ。
怖い。怖いのに——その怖さの奥で、体が震えている。嫌な震えではなかった。
もちろん、とセラフィは続けた。何でもないことのように。
「グレアが嫌なら、無理にとは言いませんよ」
嫌、ではない。怖い、が近い。
今はまだ、服を脱げば男の体に戻る。その最後の一線が、どこかで安全綱になっていた。だが体そのものを書き換えたら——もう「俺」には、二度と戻れない。
背筋を、震えが走った。
断ればいい。笑って流せばいい。冗談で返せばいい。
なのに喉が動かない。拒否の言葉が、どこにも見当たらない。
セラフィの指が、私の手に触れた。温かかった。あの廊下で握った時とは違う、生きている手だった。
私は静かに、頷いた。
『嘘つき魔女(♂)はヤンデレ聖女にメス堕ちさせられる』第一部、これにて完結です。
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