嘘つき魔女(♂)はヤンデレ聖女にメス堕ちさせられる   作:なほやん

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14. 腰骨から這い上がる甘い痺れ

 

 久しぶりに戻った村は、静かだった。

 

 結界がない間も、村は村のまま残っていた。畑は少し荒れている。井戸の蓋が外れていた。だが家は無事で、薬草も枯れていなかった。

 村人が戸口から顔を出す。こちらを見て、安堵の顔。

 

「魔女様、お帰りなさい」

 

 その呼び名が、もう痛くない。

 

「私はこの地の守護者です」

 

 魔力が沸いた。鳩尾の底から熱が昇る。

 結界が広がっていく。薬草畑を覆い、井戸を包み、村の境界線まで伸びる。前より分厚い。嘘の純度が、上がっている。

 以前は恐ろしかった快楽が、今は懐かしい。腰骨から這い上がる甘い痺れに、目を閉じた。

 

 窓辺の鉢植えに、蕾がついていた。

 前の花が散ってから、ずっと空だった茎。王都から戻った朝に、小さな蕾が膨らんでいた。

 

「咲きそうですね」

 

 セラフィが隣で微笑んだ。黒い線はもうない。頬に色がある。

 レオがセラフィの足元で欠伸をした。尻尾の房が鉢植えの葉を撫でている。

 

  *  *  *

 

「グレア、こっちも着てみてください」

「もう三着目ですよ……」

「四着目です」

 

 セラフィが箪笥の中身を片っ端から引っ張り出していた。

 魔女服、魔法少女服、先生が置いていったフリルの予備、村人から貰った普段着。どこからか見つけたメイド服。

 

「せっかく隠さなくていいんですから。全部試しましょう」

 

 目が輝いている。完全に玩具を見つけた子どもの目だ。

 

「隠さなくていいのと着せ替え人形になるのは……」

「はい、腕上げてください」

 

 聞いていない。

 

 魔女服を着せられた。裏地の絹が二の腕を撫でていく。

 フリルの重みが肩にかかる。リボンを結ぶセラフィの指が、鎖骨のすぐ上を掠めた。戦いの痕が残っている。マローズの風に裂かれた擦り傷が、布地に触れるたびに微かに痛んだ。

 着せられている。自分以外の誰かの手で。傷ごと包まれている。その事実が、布地の感触とは別の場所を温める。

 

「やっぱりこれが一番似合います」

 

 反論できなかった。鏡の中の自分は、どう見ても似合っている。

 

「次はこっち」

 

 先生のフリルを突きつけられた。逃げようとしたらレオが足元に絡まって転んだ。その隙にリボンを結ばれた。

 

「……かわいい」

 

 セラフィが両手を合わせた。嘘じゃない顔。本気で言っている。

 否定しなかった。もう否定する必要がない。

 

「次は——」

「待って」

 

 セラフィの手が止まった。

 箪笥の前にしゃがんで、自分で選んだ。奥に畳まれていた、白いブラウスと深い青のスカート。先代の魔女が残していった普段着だ。派手な装飾はない。袖口にだけ、小さな刺繍がある。

 

「それは……」

「着てみたかったんです。ずっと」

 

 自分で袖を通した。肩甲骨の上で布が張って、背中の形に沿う。誰に着せられたのでもない。自分で、選んだ。

 スカートに足を通す。膝を越え、腰骨を越え、布が吸いついた。あの最初の日と同じ感覚。でも今は——怖くない。

 

「髪、結びましょうか」

 

 セラフィが後ろに回った。指が(うなじ)を掠めて、髪を束ねる。息が近い。耳の後ろに触れる指先の温度を、振り払わなかった。

 鏡を見た。派手ではない。でも、これが一番——私の顔をしていた。

 

「最後の仕上げです」

 

 セラフィが薬草の紅を指先に取って、私の唇に塗った。触れている間、息を止めた。指が離れた。

 唇から脳裏に、電気が走った。

 

  *  *  *

 

 パンを切る。セラフィがスープを温める。鍋の前に並んで立つと、肩が触れた。どちらも避けなかった。

 スープの湯気が顔にかかる。セラフィの袖が私の手首に触れる。布越しに、脈が伝わった。

 

「グレア、はいこれ」

 

 蜂蜜を塗ったパンを受け取った。手が触れた。お揃いの桜色の爪先が、蜂蜜の光を映している。

 セラフィが一瞬だけ指を握って、何事もなかったように離した。指の跡が、しばらく残っていた。

 

 卓に二人分の食事を並べた。向かい合って座る。レオが卓の端に前足を乗せて、スープの匂いを嗅いでいた。

 

「いただきます」

 

 スープを啜った。舌に染みる。温かい。セラフィが切った野菜の形が不揃いで、それがいい。

 セラフィがいて、指が触れて、それが当たり前で。「当たり前」が、こんなに甘い。

 レオにパンの端を千切ってやった。丸い目がこちらを見上げる。尻尾が揺れている。

 

「グレア、お風呂沸きました」

「……一人で入ります」

「もう隠すことないですよね」

「隠すことがなくても一緒に入る理由が……」

「約束、ですよね?」

 

 その目に、抗えない。

 

「脱がせてあげます」

 

 声が低かった。笑顔のまま。手が袖口に触れている。

 

「セラフィ……」

「ここの傷、まだ痛みますよね。私が丁寧にやります」

 

 風に裂かれた腕の傷を、指先でなぞられた。痛い。痛いのに、離れないでほしいと思った。

 

  *  *  *

 

 湯上がりの肌に夜風が触れた。窓から月が差している。

 髪から水の匂いがする。肌がまだ火照っている。セラフィに洗われた場所が、全部覚えている。背中。肩。鎖骨の窪み。指の一本ずつ。丁寧すぎる手つきで、隅々まで。

 

 セラフィが櫛で私の髪を梳いている。さっきまで結んでいた髪を、丁寧に解きながら。櫛の歯が頭皮を撫でるたびに、背骨の奥で何かがほどけていく。

 

「グレアの髪、伸びましたね」

「切った方がいいですか」

「私は好きですよ。このまま」

 

 櫛が止まった。

 セラフィが寝台の上で一冊の本を広げた。古い。革の表紙が擦り切れている。

 

「グレア。体の形を書き換える秘薬があるって言ったら……興味ありますか?」

 

 手が止まった。

 

「書き換える?」

「嘘ではなく。本当に」

 

 セラフィの指が、本の一行を辿った。挿絵がある。錬成陣(れんせいじん)のようなものと、人体の輪郭。

 

「グレアの体は……服を脱いだら、まだ男の子のままでしょう」

 

 さっき、全部見られた。否定できない。

 

「この秘薬なら、体そのものを、本当に書き換えられる」

 

 セラフィが言葉を切った。

 

「ただ、そのためにはあの子に会わないと。できれば頼りたくない相手なんですが」

 

 セラフィの唇が、きつく結ばれた。

 

「……本当は、私の力だけで全部やりたかった」

 

 声が低い。さっきまで髪を梳いていた手が、本の表紙を握り潰すように掴んでいた。

 

「グレアの体に触れていいのは私だけです。書き換えるのも、私がやるべきなのに——あの子に頼らないと、できない」

 

 聖力が指先から漏れていた。本の革表紙が微かに焦げた匂いを立てている。

 

「……でも、グレアのためなら。グレアが望むなら」

 

 セラフィが顔を上げた。目が潤んでいた。悔しさと、それを呑み込む覚悟が滲んでいる。

 

「飲んだら、もう元には戻れません」

 

 窓辺の鉢植えの蕾が、月明かりで薄く光っていた。

 セラフィが本を閉じた。唇だけが笑っている。

 

「元のグレアを知っているのは、私だけになる」

 

 ——分かっている。この子がどういう意味で言っているか。

 私の「元」を独占したいのだ。変わる前の体を、変わる前の名前を、全部自分だけの秘密にしたいのだ。

 怖い。怖いのに——その怖さの奥で、体が震えている。嫌な震えではなかった。

 

 もちろん、とセラフィは続けた。何でもないことのように。

 

「グレアが嫌なら、無理にとは言いませんよ」

 

 嫌、ではない。怖い、が近い。

 今はまだ、服を脱げば男の体に戻る。その最後の一線が、どこかで安全綱になっていた。だが体そのものを書き換えたら——もう「俺」には、二度と戻れない。

 

 背筋を、震えが走った。

 断ればいい。笑って流せばいい。冗談で返せばいい。

 なのに喉が動かない。拒否の言葉が、どこにも見当たらない。

 

 セラフィの指が、私の手に触れた。温かかった。あの廊下で握った時とは違う、生きている手だった。

 

 私は静かに、頷いた。

 









 『嘘つき魔女(♂)はヤンデレ聖女にメス堕ちさせられる』第一部、これにて完結です。
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