嘘つき魔女(♂)はヤンデレ聖女にメス堕ちさせられる 作:なほやん
鳥の声で目が覚めた。窓の外で、薬草畑に朝露が光っている。
寝台から降りようとして、足が何かに触れた。
床に毛布を敷いて、セラフィーナが丸くなっていた。
毛布の端が寝台から垂れて、セラフィーナはそれを片手で握って眠っていた。
……女同士というのは、こういうものだろうか。こういう時の距離感が、分からない。
起こさないように台所に向かった。
茶を淹れる。乾燥薬草の濃い匂いが湯気に混じる。パンを切る。鏡の前を通った。寝起きの顔。三角帽子なし。寝癖のついた銀髪。
背後で衣擦れの音がした。
「グレア様、おはようございます」
振り向くと、セラフィーナが法衣を脱ぎかけていた。
肩が出ている。鎖骨が見えている。寝汗で張りついた下着の白が、朝日に透けて。
「あ、替えの服が……」
当然だ。この子はここに着の身着のまま辿り着いた。
「私の服を貸しましょう」
背を向けた。声が裏返りかけるのを、全力で抑えた。
「ありがとうございます! お洗濯はもちろん私がしますからね!」
箪笥を開けた瞬間、気が付く。
半年間、外は完璧に偽っていた。だが一番肌に近い場所だけは「俺」のままだった。
取り出したワンピースを後ろ手でセラフィーナに渡す。
そして、箪笥の奥の小さな棚に手を伸ばす。
洗濯を任せてしまえば、バレる。
取り出したそれが、薄い。滑る。
「あの、グレア様」
「何ですか」
「背中、結んでいただけますか」
当然の頼みだ。女同士なのだから。
覚悟を決めて振り向く。
髪を横に避けたセラフィーナの項が見えた。白い。細い。うなじに沿って、聖力の光が淡く走っている。
紐を結ぶ。指が触れないように。
「きつくないですか」
「はい、ぴったりです」
セラフィーナが振り向いて微笑んだ。袖が指先まで余って、法衣の時より幼く見えた。
「似合いますね、セラフィーナ」
嘘ではない。だから魔力が少し減った。
「本当ですか?」
セラフィーナの指先が光った。
「……セラフィーナでは長いので、セラフィ、と呼んでいただけませんか」
また一歩、距離を詰めてきた。
「……では、セラフィ。私も着替えますので少し外で待っていてください」
「はい!」
セラフィの目が今まで以上に輝いていた。
俺は、手に持った薄布の感触に、覚悟を決めた。
戸が閉まった。セラフィの足音が遠ざかる。
半年間、ここだけが「俺」だった布が、足元に落ちる。
朝の冷気が素肌を舐めて、産毛が逆立った。
薄布を広げた。指の間から匂いが立つ。
石鹸。乾いた花。長く畳まれていた絹が放つ密やかな澱み。
片足を通した。
音がしない。肌の上を薄い水が昇るように。
骨盤を越え、布が、吸いついた。隙間がない。腰骨の左右を、絹の縁が挟んでいる。体温を吸って、布が温まっていく。冷たかったものが、じわりと肌の一部になる。
ただの布だ。素材が変わっただけだ。
——なのに膝が笑っている。立っているのに、足元が頼りない。
鏡は見なかった。見たら、戻れない。
一歩、踏み出す。
太腿の内側を、絹の縁がかすめた。
——っ、
魔力が噴き上がった。梁が軋んだ。窓硝子が震える。
「グレア様? 大丈夫ですか?」
外から、セラフィの声。
「……ええ。魔力の調整をしていただけです」
声が甘く掠れていた。作っていない。勝手に、そうなった。
* * *
「まず、呼吸を整えなさい。目を閉じて。力の流れを感じて」
セラフィが素直に目を閉じる。
「偉大な魔女である私が、聖力の制御を教えられる」という嘘を重ねるほど、魔力が底から湧き上がってくる。実際に何かそれらしい術が使えそうな気さえしてくる。
「では、私が魔力で包みます。その中で、聖力を少しだけ解放してみなさい」
セラフィの周囲に魔力の膜を張る。繭のように薄く、柔らかく。
「グレア様。もう少し近くに来ていただけますか。その……力が、感じやすいので」
近づいた。セラフィの背後に立つ。
一歩ごとに、腰の上で絹が動く。
セラフィが俺の手を握り、自らの肩に置く。
体温が掌を通して伝わってくる。掌の下で細い骨が動いた。爪の裏側がじんと熱い。
「……では」
セラフィの体から、白い光が滲んだ。おそるおそる、指先から一筋だけ。怯えた子どもが手を伸ばすように。
光が魔力の膜に触れた。
弾かれない。
「初めてです。誰かの力に拒まれなかったのは」
振り向いたセラフィの目が潤んでいる。顔が近い。
肩に置いた手が、そのまま。
「グレア様」
セラフィが俺の手を両手で包んだ。師匠と弟子だから。何の疑いもなく、感謝を込めて、俺の手を頬に寄せた。
柔らかい。温かい。涙で少し濡れている。
近い。近すぎる。触れた掌から、嘘が透けてしまいそうだ。
腰を包む絹の締め付けが、さっきよりも強くなった。
——「私は女です」。
嘘。嘘。嘘。
魔力が暴力的に膨れ上がった。視界が白く滲む。窓の外で、薬草畑が風もないのにうねった。
セラフィが目を丸くした。
「す、すごい……グレア様、今の魔力……」
「……少し、力が入りすぎました」
「やっぱりグレア様は凄い方です。こんなにお優しくて、こんなにお強くて……」
違う。優しいから強いのではない。
「休みましょう」
「あ、はい。すみません、取り乱してしまって」
「取り乱してなどいません」
取り乱しているのは、俺の方だ。
「……グレア様」
振り返ると、セラフィがこちらを見つめていた。
「私、ずっとお傍にいたいです」
許可を求める声ではなかった。願いだった。三日の約束は——この子の中では、最初から存在していないのかもしれない。
嬉しかった。嬉しいのが、怖かった。
この子が近づくほど、嘘の輪郭が際立つ。