嘘つき魔女(♂)はヤンデレ聖女にメス堕ちさせられる   作:なほやん

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02. 骨盤を越え、布が、吸いついた

 

 鳥の声で目が覚めた。窓の外で、薬草畑に朝露が光っている。

 

 寝台から降りようとして、足が何かに触れた。

 床に毛布を敷いて、セラフィーナが丸くなっていた。

 

 毛布の端が寝台から垂れて、セラフィーナはそれを片手で握って眠っていた。

 

 ……女同士というのは、こういうものだろうか。こういう時の距離感が、分からない。

 

 起こさないように台所に向かった。

 茶を淹れる。乾燥薬草の濃い匂いが湯気に混じる。パンを切る。鏡の前を通った。寝起きの顔。三角帽子なし。寝癖のついた銀髪。

 

 背後で衣擦れの音がした。

 

「グレア様、おはようございます」

 

 振り向くと、セラフィーナが法衣を脱ぎかけていた。

 肩が出ている。鎖骨が見えている。寝汗で張りついた下着の白が、朝日に透けて。

 

「あ、替えの服が……」

 

 当然だ。この子はここに着の身着のまま辿り着いた。

 

「私の服を貸しましょう」

 

 背を向けた。声が裏返りかけるのを、全力で抑えた。

 

「ありがとうございます! お洗濯はもちろん私がしますからね!」

 

 箪笥を開けた瞬間、気が付く。

 半年間、外は完璧に偽っていた。だが一番肌に近い場所だけは「俺」のままだった。

 

 取り出したワンピースを後ろ手でセラフィーナに渡す。

 

 そして、箪笥の奥の小さな棚に手を伸ばす。

 洗濯を任せてしまえば、バレる。

 取り出したそれが、薄い。滑る。

 

「あの、グレア様」

「何ですか」

「背中、結んでいただけますか」

 

 当然の頼みだ。女同士なのだから。

 

 覚悟を決めて振り向く。

 髪を横に避けたセラフィーナの項が見えた。白い。細い。うなじに沿って、聖力の光が淡く走っている。

 紐を結ぶ。指が触れないように。

 

「きつくないですか」

「はい、ぴったりです」

 

 セラフィーナが振り向いて微笑んだ。袖が指先まで余って、法衣の時より幼く見えた。

 

「似合いますね、セラフィーナ」

 

 嘘ではない。だから魔力が少し減った。

 

「本当ですか?」

 

 セラフィーナの指先が光った。

 

「……セラフィーナでは長いので、セラフィ、と呼んでいただけませんか」

 

 また一歩、距離を詰めてきた。

 

「……では、セラフィ。私も着替えますので少し外で待っていてください」

「はい!」

 

 セラフィの目が今まで以上に輝いていた。

 俺は、手に持った薄布の感触に、覚悟を決めた。

 

 戸が閉まった。セラフィの足音が遠ざかる。

 

 半年間、ここだけが「俺」だった布が、足元に落ちる。

 朝の冷気が素肌を舐めて、産毛が逆立った。

 

 薄布を広げた。指の間から匂いが立つ。

 石鹸。乾いた花。長く畳まれていた絹が放つ密やかな澱み。

 

 片足を通した。

 音がしない。肌の上を薄い水が昇るように。

 

 骨盤を越え、布が、吸いついた。隙間がない。腰骨の左右を、絹の縁が挟んでいる。体温を吸って、布が温まっていく。冷たかったものが、じわりと肌の一部になる。

 ただの布だ。素材が変わっただけだ。

 ——なのに膝が笑っている。立っているのに、足元が頼りない。

 

 鏡は見なかった。見たら、戻れない。

 

 一歩、踏み出す。

 太腿の内側を、絹の縁がかすめた。

 

 ——っ、

 

 魔力が噴き上がった。梁が軋んだ。窓硝子が震える。

 

「グレア様? 大丈夫ですか?」

 

 外から、セラフィの声。

 

「……ええ。魔力の調整をしていただけです」

 

 声が甘く掠れていた。作っていない。勝手に、そうなった。

 

  *  *  *

 

「まず、呼吸を整えなさい。目を閉じて。力の流れを感じて」

 

 セラフィが素直に目を閉じる。

 「偉大な魔女である私が、聖力の制御を教えられる」という嘘を重ねるほど、魔力が底から湧き上がってくる。実際に何かそれらしい術が使えそうな気さえしてくる。

 

「では、私が魔力で包みます。その中で、聖力を少しだけ解放してみなさい」

 

 セラフィの周囲に魔力の膜を張る。繭のように薄く、柔らかく。

 

「グレア様。もう少し近くに来ていただけますか。その……力が、感じやすいので」

 

 近づいた。セラフィの背後に立つ。

 一歩ごとに、腰の上で絹が動く。

 セラフィが俺の手を握り、自らの肩に置く。

 体温が掌を通して伝わってくる。掌の下で細い骨が動いた。爪の裏側がじんと熱い。

 

「……では」

 

 セラフィの体から、白い光が滲んだ。おそるおそる、指先から一筋だけ。怯えた子どもが手を伸ばすように。

 

 光が魔力の膜に触れた。

 弾かれない。

 

「初めてです。誰かの力に拒まれなかったのは」

 

 振り向いたセラフィの目が潤んでいる。顔が近い。

 肩に置いた手が、そのまま。

 

「グレア様」

 

 セラフィが俺の手を両手で包んだ。師匠と弟子だから。何の疑いもなく、感謝を込めて、俺の手を頬に寄せた。

 柔らかい。温かい。涙で少し濡れている。

 近い。近すぎる。触れた掌から、嘘が透けてしまいそうだ。

 腰を包む絹の締め付けが、さっきよりも強くなった。

 

 ——「私は女です」。

 

 嘘。嘘。嘘。

 

 魔力が暴力的に膨れ上がった。視界が白く滲む。窓の外で、薬草畑が風もないのにうねった。

 

 セラフィが目を丸くした。

 

「す、すごい……グレア様、今の魔力……」

「……少し、力が入りすぎました」

「やっぱりグレア様は凄い方です。こんなにお優しくて、こんなにお強くて……」

 

 違う。優しいから強いのではない。

 

「休みましょう」

「あ、はい。すみません、取り乱してしまって」

「取り乱してなどいません」

 

 取り乱しているのは、俺の方だ。

 

「……グレア様」

 

 振り返ると、セラフィがこちらを見つめていた。

 

「私、ずっとお傍にいたいです」

 

 許可を求める声ではなかった。願いだった。三日の約束は——この子の中では、最初から存在していないのかもしれない。

 

 嬉しかった。嬉しいのが、怖かった。

 この子が近づくほど、嘘の輪郭が際立つ。

 

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