嘘つき魔女(♂)はヤンデレ聖女にメス堕ちさせられる   作:なほやん

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04. やめてくれ。——やめないでくれ

 

 結界が震えている。三つの反応。

 そのうちの一つに、覚えがあった。

 

「セラフィ」

 

 振り向いた少女の目が、一瞬だけ揺れた。

 

「家にいなさい。出てきてはいけません」

「……はい」

 

 セラフィは従順に頷く。だがその指先から、微かな光が漏れていた。

 帽子の位置を確かめる。声を整える。背筋を伸ばす。歩幅を小さく、膝をほんの少し内に、重心を腰に落とす。

 「グレア様」の歩き方だ。

 

 一歩ごとに、腰の絹が太腿を撫でる。唇には膏のぬるい膜。セラフィが残した石鹸の香りが、襟元から立ち上る。

 全身を「女」で塗り固めて、あの男の前に立つ。

 

 村の広場に、三頭の馬が繋がれていた。王都の紋章。銀地に青の獅子。半年前まで、あの紋章の下で働いていた。

 

 いつもなら村人が薬草を束ねている広場が、静まり返っていた。

 騎士は三人。銀の鎧。手入れの行き届いた男が、先頭でこちらを見て膝を折った。

 

 知っている顔だ。

 半年前は肩を並べていた。宮廷の回廊で、同じ歩幅で歩いていた男が、今、跪くように膝を折っている。

 

「辺境の魔女グレア殿とお見受けする」

 

 「初めまして」の声を作っていた。俺が「グレア様」の声を作っているのと、同じように。

 

「ええ。何用でしょう」

「王都聖教会より命を受けて参りました。フェリオと申します」

 

 その目が一瞬だけ背後の部下へ流れた。——ああ、そういうことか。

 

 フェリオは部下の手前、「女」として扱っているだけだ。当然だ。任務中の礼儀作法。それ以上の意味はない。

 ——なのに、体が勝手に反応していた。俺の中身を知っている男の前で「女」を演じている。その事実だけで、鎖骨の下がじわりと灼けた。肌が粟立つ。腹の底で、何かが熱く脈打っていた。

 

「聖女セラフィーナの捜索です。数日前に教会を出奔し、行方が知れません」

 

 表情は動かさない。

 

「なぜこのような辺境に」

「詳細は申し上げられません。ただ、彼女は西に向かったという目撃情報があり、この街道沿いの集落を順に回っております」

 

 フェリオの目が、ほんの僅かに細くなった。

 

「心当たりがありません」

 

 嘘と共に、魔力が空気を揺らす。

 

 フェリオはしばらく俺の顔を見ていた。嘘を確認しているのだろう。それだけだ。

 なのに——その目が顔を、髪を、ピンクの唇を順に辿っているように見えた。

 唇の膏が、急に重くなった。セラフィに塗られた膜が、フェリオの視線を受け止めて、熱を溜めている。見られている。そう感じるだけで、体の奥が甘く掻き回されていた。

 

「グレア殿は……お若いですな」

 

 世辞だ。場を繋ぐための。——なのに、女として褒められたと感じた自分がいた。

 

「ご高齢だったと聞いておりますが」

「それは先代です。代替わりしました」

「なるほど。いつ頃」

「半年ほど前に」

「半年前……」

 

 フェリオが考え込む仕草を見せた。知っているくせに。

 

「宮廷魔法使いが一人、消えたころですね」

「……なんのことやら」

 

 自分でも白々しいとわかる声だった。

 

 フェリオが立ち上がった。

 

「もし聖女を見かけたら、ご一報いただけますか。彼女は教会にとって、大切な存在ですので」

 

 ああ、大切な「道具」だろう。

 

「ええ。もちろん」

 

 フェリオが部下に目配せした。二人が先に馬へ向かう。

 一歩、近づいてきた。声を落として、顔を寄せてくる。

 

 近い。内密の報告のためだ。それだけだ。

 なのに男の体温が肌まで届いて、腰を包む絹の縁が締まった。布が体温で伸びて、吸いついて、腰骨の形をなぞっている。半年前なら、この距離は戦友のそれだった。でも、今は——。

 

「ドレモント先生は無事だ」

 

 低い声だった。

 

 その言葉に、あのヤギ髭が目に浮かんだ。

 顔が緩んだのが、自分でも分かった。「グレア様」の仮面が一瞬外れて、素の顔が覗いた。

 フェリオがそれを見ていた。旧友の無事を確かめる目だった。——それだけのはずだった。

 

「お達者で、グレア殿」

 

 半年前は拳を突き合わせて別れた男が、軽く頭を下げた。

 女性への礼。それだけだ。

 なのに、その拳が胸の前に添えられているのを見た瞬間、腰の奥が、甘く疼いた。

 

 ——やめてくれ。

 

 胸の奥で別の声が返った。

 

 ——やめないでくれ。

 

  *  *  *

 

 家に戻るとセラフィが窓辺に立っていた。

 窓の外を見ている。いや——見ていたのは窓ではない。広場の方向だ。

 

「グレア様」

 

 振り向いた顔は、笑っていた。

 だが声が、微かに硬かった。

 

「あの方は、グレア様のお知り合いですか」

「いいえ」

 

 嘘の魔力が腹の底で唸った。

 

「あの方の匂いがグレア様についてます」

 

 声に温度がなかった。

 セラフィが近づいてきた。俺の袖口を取って、顔を寄せた。布に鼻先が触れるほど近い。

 嗅いでいる。俺の「女」の表面に残った男の匂いを、一つ残らず拾おうとしている。

 

 セラフィの裾が、白く光り始めた。

 窓辺の鉢植えが、かたかたと揺れた。

 

「私……信じていました」

 

 セラフィが小さく言った。袖口を握ったまま、離さない。

 

「グレア様は、私のことを守ってくれるって。それに、あの方と話している間、結界がどんどん強くなっていましたから」

 

 ……気がついていたのか。

 

「グレア様の気持ちが、結界を通じて伝わってきました」

 

 違う。守ろうとしていたのではない。嘘をついていただけだ。

 

「でも……」

 

 セラフィの周りの空気が、焦げた蜜の匂いを帯びた。甘いのに、焦げている。

 

「最後に、あの方と二人きりで——」

 

 声が途切れた。唇を噛んで、飲み込んだ顔。

 裾の光が、じわりと広がっている。感情を殺しているのに、体が追いつかない。

 

「あれは……公務の挨拶です。気にすることはありません」

 

 空気が重くなる。セラフィから漏れ出る聖力が、足裏に振動となって伝わってくる。

 

 セラフィの指が、袖口からゆっくりと上がってきた。

 肘。二の腕。肩。——フェリオが近づいた側を、なぞるように。

 

「負けません」

 

 指が、鎖骨の手前で止まった。

 

「え?」

 

 セラフィが顔を上げた。笑っていた。目だけが、笑っていなかった。

 

「あの方が何者か存じませんが。私、負けませんので」

「何を……」

「グレア様の一番そばにいるのは、私です」

 

 セラフィの目が、据わっていた。

 

 棚の薬瓶が一つ、音を立てて倒れた。

 

「……教会が、あなたを探しているそうです」

「……」

「戻りたくないのですか」

「グレア様のおそばに、います」

 

 それは、「いたいです」ではなく「います」だった。

 

 俺は一歩近づいて、セラフィの頭に手を置いていた。

 魔力で聖力を、包み込む。

 

「ここにいるあいだは、私が守ります」

 

 その気持ちは、嘘ではなかった。

 

 セラフィの光が弱まった。

 消えたのではない。穏やかになったのだ。

 

「ありがとう、ございます」

 

 声が震えていた。

 頭に置いた手を引こうとして引けなかった。

 セラフィの手が、俺の袖を掴んでいた。

 

 下を向いたまま、離さない。

 

「……鉢植え、まだお花が咲いていないんです」

 

 小さな声だった。明日で終わるはずなのに。

 

 俺は何も言わなかった。

 言えなかった。

 

 窓の外で、馬蹄が遠ざかっていく音がした。

 

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