嘘つき魔女(♂)はヤンデレ聖女にメス堕ちさせられる   作:なほやん

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05. 昨日までなかった曲線

 

 花が、咲いていた。

 

 窓辺の鉢植え。淡い青。

 ……咲いてしまった。

 三日の約束。今日で、最後だ。

 

「おはようございます、グレア様」

 

 セラフィの声はいつもと変わらなかった。台所に薬草茶の温かい匂いが満ちている。今日は一品多い。

 

 何も言わない。「今日で最後ですね」とも「もう少し」とも。ただいつもより丁寧に、匙を並べている。

 

「グレア様、座ってください」

 

 椅子に座らされた。背後に回ったセラフィの指が、銀の髪に差し込まれた。

 櫛ではない。素手だ。指の腹が頭皮を擦る。こめかみから後頭部へ、絡まりをほどくように、ゆっくり。

 

「グレア様の髪、本当に綺麗ですね」

 

 耳の後ろを掬われた。指先が耳朶の縁をかすめて、うなじに落ちる。

 産毛が逆立った。背骨の一番上の突起を、体温のある指がなぞっている。

 

「毛先が少し傷んでますね。……ここ」

 

 肩口に垂れた一房を、セラフィが両手で挟んで滑らせた。毛先まで。指の間を髪が抜ける感触が、頭皮を引っ張って、頭蓋の奥まで響いた。

 

 気持ちいい。——こんなもので、溶かされてたまるか。

 

 それから櫛に持ち替えた。歯が細かい。一梳きごとに頭が後ろに引かれて、喉が伸びる。天井が見える。セラフィの顔が、逆さまに覗き込んでいた。

 

「力加減、大丈夫ですか」

「……ええ」

 

 声が掠れた。作っていない。勝手にそうなった。

 

「それと」

「何ですか」

「お胸の件です」

 

 まだ言っている。

 

「作ったんです。グレア様に合うように仕立てました」

 

 白い胸当てだった。薬草の綿が薄く入っている。

 丁寧な縫い目。一針ごとに揃えて縫ったのだ。

 

 いつの間に……

 

「つけてみてください。それとも私が……」

「っ! 自分でできます!」

 

 恥ずかしいから一人で、と戸を閉めた。

 

 胸当てを広げた。

 薬草。蜜蝋。その奥に、セラフィの掌の匂い。あの子の体温が、糸の一本一本に残っている。

 

 服を解いた。

 

 胸当てを当てる。背中に手を回す。

 初めての動作に、関節が悲鳴をあげた。

 

 薬草の綿が鎖骨の下に触れた瞬間、肌が吸い込んだ。

 それを隠したくて、慌てて上着を着る。

 

 見下ろした。

 

 ——ある。

 

 鎖骨の下に、昨日までなかった曲線。小さい。薄い。だが、ある。

 二の腕の内側が、膨らみに触れた。

 

 小さく反発する感触が腕と、胸に広がる。

 

 鏡の前に立った。

 銀の髪。細い肩。そして鎖骨の下の——柔らかな曲線。

 

 魔力が肋骨の内側で燃えていた。

 

  *  *  *

 

 胸当ての綿越しに、心臓を数えていた。

 ——拍動が、乱れた。結界の端が、引きつっている。

 

「グレア様、村の方から結界の外に何かがいると……」

 

 セラフィの声に、現実に引き戻された。

 

 帽子を被り、村の外れへ向かう。セラフィが当然のようについてきた。

 歩くたびに、知らなかった感触が肩を擦った。

 

 結界の境目。薬草の香りが途切れる線。その向こうの枯れ草の中に、白い塊がうずくまっていた。

 小さい。仔犬ほどの大きさ。丸い頭に、体に見合わない大きな前足。泥と血で汚れた毛並みの下から、淡い光が脈打っていた。

 

「……聖獣」

 

 セラフィの足が止まった。

 

「大きくなりすぎると手に負えないからと……」

 

 声が止まった。

 獣の腹に焼印があった。十字の烙印。毛皮が焼き潰され、皮膚が爛れている。

 

「処分印です」

 

 セラフィの声から温度が消えた。

 足元の薬草がざわりと揺れた。風はない。聖力が地面を這っている。

 獣が掠れた声で鳴いた。結界の外から、セラフィに向かって這おうとしている。

 

「グレア様」

 

 振り向いた目。初めて会った時と同じ——切実な青。

 

「この子を助けてください」

 

 セラフィが結界の外へ踏み出そうとした。

 

「出るな!」

 

 腕を掴んで引き戻した。

 結界の外でセラフィの聖力が剥き出しになれば、追手に位置を知らせるようなものだ。

 獣を見た。動けない。引きずった跡が血で途切れている。

 

 俺が結界の外に出れば、維持者を失った結界が揺らぐ。一瞬でもセラフィの聖力が外に漏れれば、追手を呼ぶ。外に出て連れてくることはできない。

 だが、結界を広げることはできる。

 今の出力では足りない。結界の外縁をこれだけ押し出すには、嘘が要る。大きな嘘が。

 

 聖女を匿った上に聖獣まで隠せば、教会への全面対立になる。

 フェリオが見逃してくれた借りも帳消しだ。

 

 ——それがどうした。

 

 息を吸った。

 

「私はこの地の守護者。結界の内に在るものは全て、私の庇護の下にある」

 

 大嘘だ。

 

 守護者などではない。

 偽りの名で、偽りの性別で、先代からなし崩しで引き継いだ称号で、ここに居座っているだけの詐欺師だ。

 だが、嘘に力は応える。

 

 肺の奥が、熱い鉄を流し込まれたように灼けた。吐き出した息が、唇に残る膏の甘さを連れて、冷たい外気と混ざる。

 魔力が爆発した。

 

 足元から衝撃波のように広がっていく。結界の外縁が膨らむ。

 白い獣が、結界の内側に呑み込まれた。枯れた草が、境界線を越えた瞬間に青みを帯び始める。

 

 フリルが爆風で膨らんで全身を叩いた。

 足首から力が抜けた。視界がちかちかする。魔力を出しすぎた。

 

 この声で嘘を吐くたびに、声帯が弦のように軋んで灼ける。偽りの名。偽りの性。

 守るためについた嘘の全部が、肋骨の裏側を内から焦がしている。

 

 最悪で、最高だ。

 

  *  *  *

 

 聖獣を家に運んだ。抱え上げた時、あの日のセラフィと同じ軽さだった。

 

 泥を拭うと白い毛並みの下に金色の斑が透けていた。尻尾の先に、小さな房。

 セラフィが獣の傍にしゃがむ。手を翳すと、白い光が指先から流れ、焼印の傷に染み込んでいく。

 

 獣が小さく鳴いた。痛みが抜けていく声だった。

 同時に、セラフィの手首が赤く染まった。焼印の爛れが、獣の腹から少しずつ這い上がるように移っていく。皮膚が水膨れを起こし、薄い皮が破れる音がした。

 セラフィは眉一つ動かさない。この子はもう、慣れている。

 

 薬草棚から軟膏を取ると、セラフィは何も言わず手首を差し出した。

 

 獣がセラフィの腕の中で丸くなって目を閉じた。

 

 セラフィの指が、焼印の痕をそっと撫でた。自分の手首の火傷と見比べるように。

 長い沈黙だった。

 

「……名前、つけていいですか」

 

 黙って頷くと、セラフィが獣を覗き込んだ。

 丸い顔。金色の房がついた尻尾が、鼻先に巻きついている。安心しきった寝息。

 

「レオ」

 

 柔らかい声だった。レオは寝たまま、セラフィの指に頬を寄せた。

 

「レオ。私たちの子供ですね」

「……え」

「だって、グレア様がこの子をお家に迎えて、私が治して。二人で育てるんですもの」

 

 セラフィの声が、一音だけ低くなった。

 

「誰にも渡しません。この子も、グレア様も」

 

 レオを抱くセラフィの腕に力がこもった。

 胸当ての綿が、心臓の拍動を押し返している。セラフィが縫った偽物の曲線が、こんな時にまで鼓動を拾って、体温を溜めて、離さない。

 

 ——ああ。もう、どうにでもなってしまえ。

 

「レオには……今しばらく聖力を扱える保護者が必要なようです」

「それって……」

「ええ」

 

「っ! グレア様! ありがとうございます!」

 

 セラフィの光が、部屋を照らした。

 

 レオが腕の中で寝息を立てている。セラフィの聖力と、部屋に漂う俺の魔力に包まれて。

 窓辺の花が、光の中で揺れていた。

 

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