嘘つき魔女(♂)はヤンデレ聖女にメス堕ちさせられる   作:なほやん

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06. 指先から「女」が浸透してくる

 

 レオが来てから数日が過ぎた。日々が変わった。

 

 朝、レオの餌を用意する。薬草を刻んで湯で戻す。レオは食べる時に前足を皿の中に突っ込む癖があった。拭いてやると、尻尾の房で手を叩いてくる。

 

 昼、セラフィがレオを膝に乗せて聖力の訓練をする。レオが近くにいると聖力が安定する。暴走しかけても、レオが短く声を上げると光が収まった。

 

「グレア様、見てください。今日は十秒も保ちました」

 

 セラフィが笑った。

 十秒。たった十秒だ。だが一昨日は三秒だった。昨日は五秒。

 

「流石です」

 

 伸ばした俺の手を、セラフィが取った。

 

「グレア様」

 

 掌を上に返して、指を一本ずつ見ている。

 

「割れてます。ここも。……ここも」

「薬草仕事ですから、仕方がないです」

「仕方がなくないです」

 

 セラフィが棚に向かった。戻ってきた手に、小さな壺が三つ。

 

「これは……」

「軟膏です。爪に塗ると割れにくくなるんですよ」

 

 三つの壺の蓋を開けた。淡い桜色。透き通った琥珀色。それと、透明の白。

 

「どれがいいですか?」

 

 しない、と言う選択肢は与えられなかった。

 

「……目立たないものを」

「ではこれを」

 

 セラフィが手に取ったのは、桜色だった。

 

「それは、一番目立つものでは」

「一番綺麗なものです」

 

 反論を封じる笑顔。手を引こうとしたが、指を掴まれていた。

 

「右手からいきますね。動かないでください」

 

 小指から始まった。セラフィの指が俺の小指を挟んで、持ち上げる。

 小さな刷毛が爪の表面に触れた。爪に神経はないはずだ。なのに、刷毛の毛先が根元から先端へ滑るたびに、指の芯まで何かが通る。硬い面を柔らかいものが撫でている。それだけのことが、指の腹を裏側からくすぐるように響いた。

 

「グレア様、手が綺麗ですよね」

「……そうですか」

「指が長くて。羨ましいです」

 

 薬指。中指。人差し指。一本塗るたびに、指先の色が変わっていく。

 塗った端から軟膏が冷えて、爪の表面で薄い膜になる。液体だったものが、乾いて、固まって、俺の爪の一部になっていく。

 爪に薄い桜色が乗る。指先から「女」が浸透してくる。——自分の手なのに、自分の手じゃない。

 嘘を纏って、魔力が腰骨の奥で湧き上がる。

 

 セラフィが塗り終わった指先を、そっと握った。

 

「次」

 

 右手で知っている。刷毛の感触も、乾いていく温度も、指を挟まれる圧も。

 知っていて——左手を差し出していた。自分からだった。

 セラフィが一瞬だけ目を上げた。何も言わなかった。ただ、口の端がほんの少し上がった。

 ——見られた。自分から欲しがったのを。

 

「左手の方が荒れてますね。薬草を左で持つんですか」

「ええ」

 

 セラフィの指が、俺の左手の小指を挟んだ。温かかった。

 同じ手順。同じ丁寧さ。二度目だから、次に何が来るか分かっている。分かっているのに、刷毛が爪に触れるたびに息が浅くなった。

 

「乾くまで動かさないでくださいね」

「……どのくらいですか」

「少し」

 

 両手を膝の上に揃えて、動けなかった。

 桜色の指先が十本、朝の光を受けて薄く光っている。膜が完全に乾くまで、何もできない。何も触れられない。

 茶碗に手を伸ばしかけた。

「まだです」

 セラフィの声に止められた。乾くまで触れてはいけない。塗ったのも、止めるのも、全部この子だ。

 セラフィに塗り替えられた指先を、ただ見ている。

 

「ほら、似合います」

 

 セラフィが、満足そうに頷いた。

 

 その日は何をしても目に入った。薬草を刻む指。茶碗を持つ指。

 レオの頭を撫でた時、桜色の爪が金色の毛に沈んだ。あの子に塗られた指で、別の温もりに触れている。爪の表面と毛並みの間で、膜がかすかに軋んだ。

 村の女が声をかけてきた。「あら、グレア様。お爪、おしゃれですね」

 返事をする前に、魔力が肋骨の裏で跳ねた。

 ——洗っても落ちない。こすっても消えない。セラフィの指が触れた場所だけが、一日中、俺の手の上で光っていた。

 

 夕刻、戸口が叩かれた。

 

「お届け物です、グレア様」

 

 村の男だった。包みを差し出されて、受け取る。指が触れた。

 男の目が、一瞬だけ桜色の爪に落ちた。

 ——それだけのことで、指先が熱くなった。

 

「グレア様、何ですかそれ」

 

 セラフィの声が、すぐ後ろから飛んできた。

 包みを開ける。セラフィ用の調合だ。聖力を安定させる配合。

 

「これは……? どなたから?」

「わかりません」

 

 嘘の魔力が喉の奥で鳴った。

 

 この調合ができる人間には、一人しか心当たりがなかった。

 ドレモント先生だ。なぜ……いや、間違いない。フェリオが知らせたのだ。

 

 包みを開ける桜色の指先が、一瞬止まった。半年前の自分の手には、この色はなかった。

 石造りの廊下。銀の杖が床を叩く音。マダム・マローズの、嘘を見抜く瞳。

 ——『俺がやりました』。

 生涯で一番重い嘘。先生を庇って吐いた、喉が焼き切れるほどの。

 見抜かれていた。分かっていて、見逃された。先生は助かった。俺は追放された。

 あれ以来、喉の奥はずっと焦げたままだ。

 

 薬草の束を握る指が、桜色の爪ごと白くなった。

 

 不意に、レオが鳴いた。甲高い、怯えた声。セラフィが抱き上げる。

 

「グレア様」

「家にいなさい。出てこないで」

 

 空を見上げた。風が渦を巻いている。

 魔力の嵐だ。

 

 風に声が乗っていた。

 

『危険な猛獣が逃走中である』

 

 女の声だった。低く、澄んでいて、冷たい。一音ずつ鋳型に流し込んだような、完璧な発声。

 

『聖教会は、当該猛獣の処分に懸賞金を設定する。発見した者は最寄りの教会に届け出よ』

 

 結界が軋む。声が壁を殴っている。

 村人がちらちらとこちらを見ている。

 

 レオのことだ。これ以上皆に聞かせるわけにはいかない。

 

「私はこの地の守護者です」

 

 あの時吐いた嘘を、もう一度。結界が厚くなる。声が、壁の外で弾かれる。

 

『繰り返す。危険な猛獣は……』

 

「私の結界は誰にも破れない」

 

 嘘をもう一枚纏う。

 鳩尾が軋む。視界が揺れる。出力が足りない。ここ数日、嘘をつかなさすぎた。

 何でもいい。嘘なら何でも。

 

「私の胸は、大きい」

 

 足元から力が噴いた。くだらない。だが、嘘だ。

 

「私の爪は、生まれつき桜色です」

 

 全身が震えた。馬鹿馬鹿しいほどに。結界の強度が上がる。

 

 風が止み、声が途切れた。

 

 村人が不安げに空を見上げている。

 膝が震えて、汗が顎から落ちた。

 

 あの声。あの発声。間違いない。

 

 ——マローズだ。

 

「グレア様!」

 

 セラフィが飛び出してきた。出てくるなと言ったのに。レオを抱えたまま駆け寄ってくる。

 

「大丈夫ですか。結界がすごく揺れて……」

「大丈夫です」

 

 嘘だ。大丈夫ではない。

 

「嵐が来ただけです。もう去りました」

 

 そう言いながら結界の端を探る。

 もし、あの魔力で亀裂が入っていたら……

 

 無意識に自分の爪を見た。

 桜色に、小さな傷ができていた。

 





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