嘘つき魔女(♂)はヤンデレ聖女にメス堕ちさせられる   作:なほやん

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07. 檻の跡が、肌に残っている

 

 結界に、亀裂があった。

 

 昨日の嵐——マローズの声が叩いた場所だ。塞いだ。だが、膜が薄い。他の場所より明らかに脆い。

 この隙間から、セラフィの聖力が外に漏れたかもしれない。

 

 今まではこちらの魔力で覆っていた。だが亀裂がある以上、俺の膜だけでは足りない。

 セラフィ自身が、聖力を制御できるようにならなければ。

 

「今日から、訓練を変えます」

 

 セラフィが背筋を伸ばした。レオがセラフィの足元で丸くなっている。

 

「聖力を球にしてください。昨日と同じ。ただし——自分で膜を張ること」

「膜……ですか」

「聖力を外に漏らさず、内側に留める。私の結界と同じことを、あなた自身の力でやるのです」

 

 俺が教えたのは嘘だ。聖力の制御法なんて知らない。

 魔力の扱いを聖力に当てはめて、それらしく語っていただけ。

 

 なのに……

 

「三十秒」

 

 セラフィが自分で数えていた。白い光が薄い膜に包まれて、掌の上で静かに回っている。

 レオの尻尾の房が、光に合わせて揺れていた。

 

「グレア様の教え方が上手だから……」

「いえ、あなたの呑み込みが早いのです」

 

 この子は才能がある。制御さえ覚えれば、俺の魔力の膜など最初から不要だった。

 嘘が、いつの間にか本当になったのだ。

 

「グレア様。今、何かが変わりました」

 

 セラフィが首を傾げている。光の球を見つめて、それから俺を見た。

 

「グレア様の魔力が、一瞬だけいつもとは違う、もっと……」

 

 言葉を探している。見つからないようだった。

 足元のレオが顔を上げていた。丸い目がこちらを見ている。尻尾の房が立っている。

 

 俺には、何もわからなかった。

 

  *  *  *

 

 訓練で魔力を使いすぎた。汗が首筋を伝っている。

 湯浴みは、唯一の聖域だった。

 

 浴桶に湯を張り、「グレア様」の鎧を全部脱ぐ。一日の中でこの時間だけ、俺は俺に戻れる。

 湯に沈んだ。肩まで浸かる。平らな胸。男の体。湯気が薬草の匂いを運んでくる。

 

 湯気の中で、鎖骨の下に赤い筋が浮いていた。胸当てが食い込んでいた跡。昨日までの曲線を保つために、肌に刻まれた檻の痕だ。

 指先でなぞった。まだ温かい。布の記憶が肌に残っている。だがその下は平坦で、男の胸でしかない。——なのに指先が膨らみを探して、空を掻いた。跡がついている場所だけが、まだ女の形を覚えている。

 

 湯を掬い、鎖骨の下に落とした。湯がまっすぐ腹へ滑り落ちる。あまりに直線的だ。もっとこう——手に吸いつくような曲線が、そこにあるべきだった。

 嘘で塗り固めた方が、今の俺には「正しい」。

 

 畳んで脇に置いた下着が目に入る。

 女物だ。絹が湯気を吸って、仄かに石鹸の匂いを放っている。

 湯の中で桜色の爪だけが、水面に浮いて光っていた。セラフィに塗られた色だけが、裸になっても剥がれない。

 

 浴場の戸が鳴った。

 

「グレア様、お疲れでしょう。お背中、流します」

 

 セラフィの声。戸の向こう。

 

「入るな!」

 

 地声が、狭い浴場に反響した。自分の声の低さに、全身が粟立つ。

 慌てて声を作り直す。

 

「入ってはいけません」

「え? 女同士じゃないですか」

 

 戸一枚の向こう。衣擦れの気配。セラフィが戸に手を置く音まで聞こえた。

 裸の俺と、服を着たあの子。一枚の板を隔てて、俺を「女」として扱う少女の体温が、湿った空気に混じって流れ込んでくる。

 

「……体調が優れないのです。一人にしてください」

 

 嘘で、結界が揺れた。

 

「大丈夫ですか? 無理してませんか?」

「だめ!」

 

 湯を蹴立てて戸を押さえた。濡れた手が滑る。桜色の爪が、戸の木目に食い込んだ。

 

「女同士でも、師匠には師匠の威厳が……」

 

 何を言っている。威厳。裸で戸を押さえながら。

 戸の向こうで、レオが鳴いた。

 

「……分かりました」

 

 セラフィの足音が遠ざかった。

 浴桶に崩れ落ちた。湯が溢れた。

 

  *  *  *

 

 髪を拭いていたら、セラフィに布を奪われた。

 

「グレア様! そんな拭き方じゃ髪が傷みます!」

 

 風呂の件を許してもらうかわりに、髪を預けることになった。

 

「いつもそのお手入れで、なんでこんなに綺麗なんですか……」

「……生まれつきです」

「ずるい。もう、放っておけません」

 

 セラフィが布で銀の髪を挟み、毛先から水気を吸い取っていく。絞らない。叩かない。ただ挟んで、待って、離す。丁寧すぎる。

 髪を通じて頭が揺れるたびに、うなじにセラフィの吐息がかかった。

 

 結界の継ぎ目が、鳴った。

 

 セラフィの手が止まった。昨日の嵐とは違う。もっと硬い。鉄を叩くような振動。

 

「セラフィ。レオを連れて家に」

 

 髪がまだ濡れたまま、立ち上がった。セラフィの顔が強張る。レオを抱き上げて、家へ走る。

 俺は結界の外縁へ向かった。濡れた髪が首筋に張りついている。桜色の爪に、まだ湯気が残っていた。

 

 村の入り口。街道の先。

 

 小さかった。

 

 それが第一印象だった。結界の外縁に立っていたのは、俺より頭一つ低い全身鎧の男。

 鎧の表面に紋章があった。聖教会の十字。だがその下に、もう一つ。銀地に歯車。

 マローズ家の私紋だ。

 

「辺境の魔女グレア殿か」

 

 声に抑揚がなかった。

 

「ええ。どなた様でしょう」

「ビガロ、聖教会の者だ」

 

 結界越しに対峙する。鎧の男は結界の外に立ったまま、動かない。

 

「この村に、処分印を押された聖獣がいるはずだ。教会の管理物である。返還を求める」

「聖獣などおりませんが」

 

 嘘の魔力が、空気を揺らす。

 しかし、ビガロに触れたそれが、霧散した。

 

「この鎧にはある方の魔力が込められている。嘘をつく者にはこれを貫けない」

 

 厄介なものを。

 

「聖獣を引き渡していただきたい」

「お断りします」

 

 ——空気が、鳴った。

 嘘ではなかった。本心だった。だからこそ、魔力ではない何かが結界を伝って走った。

 ビガロの鎧が、かちりと鳴った。小さく。ほんの一瞬、足が揺れたように見えた。

 

「……処分命令が出ている」

 

 間があった。さっきまでなかった間が。

 感情のない声。命令。それだけがこの男を動かしている。

 

「……考える時間をください」

「では明朝、迎えに来る」

 

 ビガロが踵を返した。

 

  *  *  *

 

 セラフィがレオを抱いて待っていた。レオの毛が逆立っている。聖力が不安の色に明滅していた。

 

「どなたでしたか」

「教会の使いです。レオを返せと」

 

 嘘はつかなかった。つけなかった。セラフィの目を見て、嘘をつく気にならなかった。

 

「返しません」

 

 セラフィの声は静かだった。だが腕の中のレオを抱く力が強くなった。

 

「この子には処分印が押されています。返したら、殺されます」

 

 レオがセラフィの腕の中で低く喉を鳴らした。

 

 ——猶予は一晩。

 

 明朝、あの鎧が来る。

 嘘の魔力が通じない相手に、どう戦う。

 

 窓の外が暗くなっていく。

 鎖骨の下が疼いた。湯の中で見た檻の跡が、まだ消えていない。

 結界の亀裂が、昨日より少しだけ広がっていた。

 

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