嘘つき魔女(♂)はヤンデレ聖女にメス堕ちさせられる   作:なほやん

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08. 渇いた体が、一滴の嘘を貪っている

 

 夜が明けない。

 

 セラフィは眠れないらしかった。寝台の端で膝を抱えて、こちらをじっと見ている。暗がりの中で聖力が淡く明滅し、鈴を転がすような微かな音がしていた。

 レオが俺とセラフィの間で丸くなっている。尻尾の房が時折震えていた。

 

「グレア様」

「……何ですか」

「明日、あの方が来るんですよね」

「大丈夫です。私は大魔女ですから」

 

 暗がりの中で結界が微かに膨らむ。

 久しぶりにまともな痺れだった。微かに。掠れるように。渇いた体が、一滴の嘘を貪っている。

 

「もしレオが連れて行かれそうになったら、私が盾になります」

 

 馬鹿を言うな。

 だがセラフィの目は本気だった。聖力が、不安の明滅をやめて静かに灯っている。

 

「あなたは盾にならなくていい」

「なります」

 

 この子は一度決めると引かない。

 

「……聖女だからって」

「私だからです。グレア様こそ、一人で抱え込むのやめてください」

「抱え込んでいません」

「抱え込んでます。いつもそうです。お風呂のときも、訓練のときも、全部一人でやろうとする」

 

 図星だ。だが今、風呂を引き合いに出すな。あれは別の理由だ。

 

「グレア様」

「……まだあるの」

「あります。終わったら、一緒にごはん食べましょうね」

 

 約束だ、と言うように小指を差し出してきた。暗がりの中で、その指が淡く光っている。

 

「……ええ。食べましょう」

 

 小指を繋いだ。細い。温かい。聖力が指先を通じて滲んでくる。甘い。薬草とも違う、この子だけの匂い。

 

「ずっと、こうしていたいです」

 

 声が小さかった。聞こえなかったふりをした。

 

 聖力の光がゆっくり消えていく。寝息のリズムに合わせて、毛布の下で微かに脈打っていた。寝息が聞こえるまで、長くはかからなかった。

 ——だが繋いだ小指だけは、眠ったはずのセラフィの指が、まだ俺を握っていた。

 

 セラフィが起きる前に、家を出た。小指を、一本ずつ外して。

 

 昨夜セラフィが用意していた朝食が並んでいる。パンと干し果実と、スープ。

 手が伸びかけた。止めた。食えば音がする。音がすれば起きる。起きれば止められる。

 

 戸口でレオが目を開けていた。丸い目がこちらを見ている。

 

「留守番だ。セラフィを頼む」

 

 朝の冷たい空気を吸い込んだ。腹が鳴った。

 

  *  *  *

 

「考えは纏まったか」

 

 ビガロが結界の外に立った。昨日と同じ位置。同じ姿勢。鎧が朝日を鈍く弾いている。

 

「あの子を渡すわけにはいきません」

「仕方あるまい」

 

 ビガロが一歩踏み出した。

 嘘の力を弾くという鎧が、結界を軋ませる。

 

 交渉は終わりだ。

 

「小さいですね」

 

 わざと口に出した。

 ビガロの足が止まる。

 

「言われ慣れている」

 

 抑揚のない声。流したつもりだろう。

 

「身長じゃないですよ」

 

 視線を、鎧の腰回りに落とし、親指と人差し指を近づける。

 

 沈黙。

 

 鎧の継ぎ目から、白い蒸気が漏れた。歯の軋む音。抑えていたものが、金属の中で擦れている。

 

「……貴様!」

 

 怒りだ。あるじゃないか。

 

 この男は感情を捨てたんじゃない。鎧で蓋をしただけだ。

 ならば戦いようがある。

 

 剣が横薙ぎに来た。

 しゃがんで躱す。刃が帽子の先を掠めた。三角帽子が傾く。

 

 ——俺は研究者だ。後衛で、調合と解析が本職の人間だ。剣の間合いで戦う体なんか、していない。

 

「この結界の中では、私に逆らえません」

 

 嘘と共に魔力を叩きつける。

 弾かれた。鎧の表面で嘘が火花を散らして消える。手応えがない。

 

 返す剣。今度は突き。身を捩って避ける。フリルの裾が刃風に煽られた。

 

「私は伝説の大魔女です」

 

 嘘で魔力が溜まる。背筋に甘い痺れ。

 

「私は今朝、朝飯を食ってない」

 

 溜めた魔力を、今度は真実に乗せて撃つ。

 鎧が音を立てた。だが、軽い。

 

 ビガロが間合いを詰めてくる。踏み込みが重い。鎧ごとぶつかるように来る。

 横に飛んだ。靴底が石畳を滑る。

 

「私は昨夜、三百歳になりました」

 

 体勢を立て直しながら嘘と共に魔力を放つ。フリルが揺れるたびに膝の裏を絹が叩く。

 ビガロは避けなかった。この男は、嘘だと見抜けば攻撃を避けない。

 

「私はこの村が好きだ」

 

 真実を放つ。避けきれなかった兜に罅が走った。

 ビガロが半歩退いた。

 

 なぜだ。

 朝飯は大して効かなくて、村が好きは効く。

 

 差は何だ。どちらも真実なのに。

 

 考える間も与えてくれない。剣が袈裟懸けに振り下ろされる。

 転がって避けた。

 

 もう一つ試す。

 

「お前は身長を恥じて鎧で身を隠した」

 

 ビガロの剣が止まった。

 胸甲に細い亀裂。今のは——効いた。さっきの「村が好き」より、深く。

 

「黙れ」

 

 声が低い。怒りではなく、拒絶だ。

 だが剣は止まらない。怒りを乗せた横薙ぎ。背を反らして躱した。刃が鼻先を通り過ぎる。

 

 ……そうか。

 

 朝飯を食ってないのは、ただの事実だ。自分でもどうでもいい。

 村が好きなのは——認めるのに少しだけ抵抗がある事実だ。ここを去れなくなるから。

 鎧で身を隠した——これはビガロ自身が、たぶん認めたくない。

 

 真実の威力は、どれだけ隠蔽されているか。

 あるいは……どれだけ本人が認めたくないか、だ。

 

「マローズの狙いは、聖獣ではなく聖女だ」

 

 剣を潜りながら魔力を乗せて撃つ。

 鎧の肩が砕けた。ビガロがよろけた。

 

 やはり、当たりだったか。

 

「お前は、そのための捨て駒だ」

 

 膝当てに亀裂。ビガロが初めて片膝をついた。

 

「っ——黙れ!」

 

 声が割れていた。鎧の隙間から、この男の素肌が覗いている。

 細い腕だった。鎧の威圧とは不釣り合いなほど、華奢な。

 

 ——いける。もう一撃。

 

「その鎧はお前を守ってなんかいない。お前を閉じ込めているだけだ」

 

 真実を放つ。

 

 ビガロが——横に跳んだ。

 

 外れた。魔力が地面を抉って消える。

 兜の奥で、目が光っていた。冷たい目だ。さっきまでの怒りが引いている。

 

「……なるほど」

 

 低い声だった。

 

「ならば——真実だけ避ければいい」

 

 ビガロが間合いを詰めてくる。剣が横薙ぎに来た。

 転がって躱す。石畳に肘を打ちつけた。

 

「私の魔力は無限だ」

 

 嘘で充填。溜まる。

 

「お前は命令に縛られている!」

 

 真実を撃つ。ビガロの体が沈んだ。——膝を折って潜る。剣の腹が足元を薙いだ。

 靴ごと足首を刈られた。

 

「っ——」

 

 倒れかけた体を手で支える。フリルの袖が石畳を擦って裂けた。

 

「お前は本当は戦いたくない!」

 

 避けられた。ビガロは嘘と真実の気配を嗅ぎ分けている。嘘は無視し、真実だけを正確に避ける。

 返しの剣。三角帽子が吹き飛んだ。結い上げた髪が崩れて肩に散る。

 

 まずい。

 

 嘘を撃つ。弾かれる。真実を撃つ。避けられる。

 繰り返すたびに距離が詰まっていく。

 

 剣の柄が胸を打った。息が止まった。仰向けに倒れる。

 

「ぁ——っ」

 

 袖が裂けた。絹が肌から剥がれていく。

 冷たかった。半年間、絹で覆い続けた素肌に、外の空気が直接触れている。

 

 ——怖い。

 

 剥がれていく。俺の「グレア」が、一枚ずつ。

 

 歯を食いしばって魔力を練る。

 

「お前は——」

 

「無駄だ。嘘は効かない。真実は避ければいい」

 

 ビガロが剣を喉元に突きつけた。冷たい刃が首筋に触れている。

 

 動けなかった。

 真実を撃っても、この男は避ける。もう、通る弾がない。

 

 衣のあちこちが裂けている。フリルが千切れて地面に散っている。 

 

 ——半年かけて纏った「グレア」が、ぼろぼろだった。

 

 セラフィが結んでくれた髪紐だけが、まだ残っていた。崩れた髪の中で、かろうじて。

 

 ——終わりだ。

 

「さあ——聖女のところへ案内してもらおう」

 

 ——聖獣を渡せという建前すら、もう言わないのか。

 

 打つ弾がない。嘘は弾かれる。真実は避けられる。

 この男に通る攻撃が、もう——

 

 ……ある。

 

 一つだけ。

 

 喉の奥に、ずっと転がっていた。石のように重い。飲み込めもしない、吐き出せもしない。

 

 でも——いいのか。

 これを言ったら。半年間の「グレア様」が壊れる。セラフィの前で微笑んだあの顔が。レオを膝に乗せた夜が。「ずっとこうしていたいです」と、あの子が言ったあの声が。

 全部、嘘だったと認めることになる。

 

 認めたくない。

 

 だが、それ以外にない。

 

 ビガロの剣が首筋を押す。冷たい。じわりと血が滲んだ。

 

 ——この男は、これを避けない。

 避けようがない。こんなものが真実だとは、思いもしないから。

 

 地肌が、冷たい空気に晒されて粟立っている。

 肌に吸いついていた絹。唇に残る軟膏の苦み。桜色に塗った爪。

 全部——嘘で出来た、俺の半年。

 

 ……ごめん。

 

「俺は——」

 

 声が、震えた。目の奥が熱い。

 

「——男だ」

 

 最後の力で、鎧の胸板へ拳を叩き込んだ。

 

「そんな嘘を——」

 

 ビガロは避けなかった。

 

 衝撃が通った。拳から、魔力を流し込む。

 鈍い音が鎧の内側で鳴った。ビガロの目が見開かれる。

 

「——なに」

 

 鎧が砕ける。

 

 拳を当てた一点から罅が爆発的に広がり、残っていた胸甲が割れ、肩当てが落ち、兜の残骸が地面に転がった。

 鎧を失ったビガロが、そこに立っていた。

 

 喉元に魔力を集める。今なら、この男をここで落とせる。

 でも、撃たなかった。

 

 鎧を剥がされた者の顔は、俺自身が一番知っている。

 

 ビガロは数秒動かず、低く言った。

 

「……命令の遂行は、不可能と判断する」

 

 踵を返し、破片を引きずって歩き出す。

 その背中が見えなくなってから、俺も倒れた。

 

 結界が、薄れていた。

 

 薄膜は残っている。

 だが、外敵を弾き返す壁は——もうない。セラフィの聖力を隠す覆いも。

 俺が女だと嘘をつき、その力で厚く保ってきた結界の大半が剥がれていた。

 

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