曰く付きの妖刀を拾った凡人が、天才を曇らせる剣鬼になる話。 作:白たくあん
月明かりを頼りに、夜道を歩く。
街並みはさほど変わっていなかった。
「知ってる? 男だてらに剣を振る武士様が、2年前に失踪した話」
「
2年ぶりに、いきつけの店で団子を買った。
偶然出会った顔見知りの店主は、俺のことを黙ってくれるらしいので、焦る必要はない。
みたらし団子と三色団子を1本ずつ。
まずは、三色団子に手をつける。
久しぶりの甘味、ゆっくりと味わおう。
「
「そう。その話なんだけど、ここ最近……城下で憲剛様の姿が発見されたそうよ」
と、思っていたが、俺は爆速で喰らう。
みたらし団子も三色団子も、次々と口の中へと放り込んでいく。
ああ、もったいない。
本当は、三色団子の繊細な甘みと、みたらし団子の背徳的な甘みをじっくりと堪能したかったのに。
「天を衝く巨躯に、長い黒髪。何よりも、精悍な顔立ち。間違いなく、憲剛様だったって。昨日、すれ違ったって、娘が言っていたわ」
「それなら丁度。同じような外見の人が……って、あれ?」
すぐ近くを歩いていた貴婦人に気づかれる前に、俺は人目がない路地裏へと足を運んだ。
……浅葱一門のみんなが捜索するのはまだしも。
まさか、あの将軍様が御触書を出しているとは。
多分、俺の人相書をばら撒いて「情報提供者には金一封を渡す!」という御触れを出したのだろう。
やるかやらないかで言ったら、あの方はやる。
頭がおかしい方だからな。
『話には聞いていたけど……有名人なんだねぇ、君。とはいえ、名が通ってるのも楽じゃないね。のんびりと団子を食べる事さえ許されないんだもん』
「貴様が望む通りに行動した結果だろう。他人事のように言うな」
『酷い言い草だなぁ。浅葱一門のみんなと私の指導を天秤に乗せて、私を選んだのは君自身なのにさ』
「ぐっ……」
それを言われると、ぐうの音も出ない。
人間関係をかき乱す事を望む妖刀は外道ではあるが、外道の提案に乗った俺も外道。
闇堕ちする道を選んだのは、俺自身だった。
『決して悪い選択じゃ無かったでしょ。2年前と比べて、君は格段に強くなれたんだし』
「……そうだな。その通りだ」
素直に首肯する。
妖刀の指導は、正確無比。
2年間もの山籠りで、俺は確かな力を得た。
浅葱一門に身を置いては得られなかった剣術を、数えきれないほど習得することが出来た。
何よりも……人よりも膂力に優れている、自分の体の使い方を学べた。
闇堕ちして得た対価は、凄まじいものだった。
その事実は、認めざるを得ない。
『それで、これからどうするの? 闇に堕ちた剣の鬼として、ありとあらゆる剣豪に勝負を挑んで、2年間の修行の成果を見せつけちゃう?』
「いや、攘夷派に身を置くつもりだ。最終的な判断は、頭目の話を聞いてから決めるがな」
数年前まで、我が国は門を開くことが無かった。
外の国の人々が国土に踏み入れることを許さず、断固として追い払ってきた。
だがしかし、今代の将軍様は違った。
諸外国と交友を持つ事は先の時代に必要な事だと断じ、禁忌とされていた開国を行った。
伴天連を始めとした外の国の人々を迎え入れて、交易を始めたのだ。
その変化を受け入れる人間もいれば、受け入れられない人間もいる。
攘夷派。
愛国心が強すぎるあまり、海を越えてやってきた人々を忌み嫌っている勢力。
将軍家は外敵に屈したと捉えて、天皇中心の政治を行おうとする勢力が存在するのだ。
妖刀を拾った際に壊滅させた倒幕派と、攘夷派は全く別の勢力。
粗暴な人間が集まる倒幕派と違い、将軍の後継ぎ争いで負けた少女が率いる攘夷派は、巧妙に足取りを消して地下に潜っている。
2年ぶりに城下に足を踏み入れて情報収集した結果、目立った動きはしていないものの、未だに存在する事は確認できた。
『君って、尊王攘夷の思想があったの?』
「少しだけ、ある。幕府の手足として動いていた時は、考えないようにしていたが」
『そーなんだ。なんか、意外かも。因みに、なんで? 幕府が嫌いなの?』
「幕府に不満はない。当代の将軍様を殺したい」
『……思ってたより、物騒だねぇ』
将軍様は、暗君ではない。
実行力と統率力があり、頭も冴えている。
国の頂点に立つ器を有しているとは思う。
しかし、肝心の中身が良くない。
民衆の前では立派だが、裏の顔は……これより先は、口にしたくない。
思い出すのすら悍ましい。
あの方と結婚する可能性があった事を考えると、吐きそうになるくらいだ。
『それで、攘夷派に入る理由はそれだけなの?』
「無論、将軍憎しで反旗を翻す訳ではない。浅葱一門の面々と手合わせするためでもある」
浅葱一門で免許皆伝の許しを得た者は、序列を与えられる。
そして、序列を得た者は、自動的に幕府お抱えの武士となる。
将軍家に忠誠を誓い、敵対する者は容赦なく殺す……人斬り役人と化すのだ。
かつては、俺もそうだった。
幕府の道具として、疑問を抱く事なく倒幕派や攘夷派の浪士を斬っていた。
そこに、感情や慈悲はない。
幕府に殺せと命じられたら、親族や友人も斬る。
だからこそ、俺は攘夷派に入りたいのだ。
……浅葱一門の門弟達と全力で斬り合うために。
『えー、本当にいいの? そこまでしたら、勝負じゃ終わらないよ。命を賭けた殺し合いになる』
「覚悟の上だ」
『最悪の場合、君が攘夷派に寝返ったせいで、お家取り壊しになっちゃうかもよ。それでもいいの?』
「承知の上だ」
『分かんないなー。どうして、そこまでするのさ』
「俺が裏切った時、浅葱一門が幕府に忠心を示すためにする行動は一つ。なんとしても、俺の首を将軍様に献上しようとする。否応にも、俺を殺しにくる。そうなれば……本気の浅葱一門と戦うことができる。それが、俺の望みだ」
俺は、浅葱一門のみんなが好きだ。
彼女らは男である俺を受け入れ、同胞と認め、対等な立場で接してくれた。
そんな人々と、争いたくはない。
恩を仇で返すような真似もしたくはない。
でも、それ以上に、強くなりたい。
他の追随を許さない実力を身につけて、比類なき強者と立ち会いたい。
強きものを打ち倒し、もっともっともっと強くなって……いつの日か、本気の灯花に勝ちたい。
その一心で、俺は闇に堕ちることを選んだ。
暖かな居場所を捨てて、妖刀を手に取った。
人の道を外れた者として、半端な真似はしない。
剣に魅入られた外道らしく、ひたすらに強者との戦いを。
海内無双と名高い浅葱一門の門弟達との真剣勝負を所望するまで。
『……わーお。想像以上にイカれてるね。自分の欲望に一直線の碌でなしだ。闇落ちの才能あるよ』
「そうだな。俺がまともな人間だったら、このような不義理は働かないだろう」
『悪いことするんだから、罪悪感は忘れちゃダメだよ。君が人でありたいのならね』
「ああ。……承知した」
『……ふふふ。偉そうなこと言ってなんだけど、私は罪悪感なんて微塵も感じてないけどね! 正直、ワクワクが止まらないよっ! こんなに胸が高鳴るのは生まれて初めてっ!』
人ならざる物に、胸など無い癖に。
この刀は、疑う余地もなく妖刀。
2年間も共に生活することで、おおよその性格は把握した。
妖刀は、他者の心をぐちゃぐちゃにして悦に浸る、妖と呼ぶに相応しい人格をしているのだ。
『安心してねっ! 監督である私が、演技指導をバッチリとやってあげるから!』
物凄い乗り気である。
妖刀は、悪堕ちに対する拘りが凄まじい。
戦うのは俺に任せて、闇堕ちした剣鬼としての振る舞いに口出ししまくるつもりなのだ。
本音を言うと、小芝居などやりたくはないが、契約を交わした以上、従う他ない。
だが、思うようにはいくまい。
「期待しているところに水を差すが、貴様が思い描く光景は見られんと思うぞ」
『……どうして?』
「浅葱一門の人間は柔じゃない。俺と殺し合うことになろうとも、動揺を見せないだろう」
彼女らの心は強い。
顔見知りが闇堕ちしても迷わない。
感情を表に出す事なく、斬り伏せる。
俺は何があっても彼女達を殺したりしないが、彼女らに殺されても文句は言えない。
真剣勝負の末、力及ばずに敗北して、命を奪われたとしても恨んだりしない。
寧ろ、かつての同胞に斬られるのは、外道に相応しい末路と言える。
『そっか。でも、私は楽しみにしておくよ。刀の中にいると娯楽が少なくて、退屈だからね〜』
それは、軽い言葉だった。
重みなど微塵もない一言。
だけれど、妖刀は確信しているようだった。
必ず……面白いことが起こる、と。
◇
「……うぅ。兄上……どうして……っ!」
親愛なる兄上が姿を消してから、2年もの月日が経っていた。
だと言うのに、今日も涙が止まらない。
私は毎晩のように、夢を見る。
兄上と共に過ごしていた時の夢を。
甘美な時間に浸って、ずっと続いてほしいと願ったところで……目が覚める。
現実に、兄上はいない。
そんな現実を直視して耐えきれなくなる。
兄上が消え失せた絶望に押しつぶされて、心の均衡が壊れてしまう。
それが、私の日常と化していた。
「…………」
食堂に赴いて、朝食を食べる。
誰一人として歓談する者は居なかった。
揃いも揃って、虚な瞳で此処ではない何処かを見ながら、黙々と麦飯を口に運んでいる。
もちろん、私も例外ではない。
浅葱一門の剣士は、人にあらず。
我らは、将軍が振るう刀である。
というのが、浅葱一門の教え。
私達は、人の形をした刀。
将軍家に忠誠を誓い、外敵を排除する。
道具に感情はいらない。
主義主張も、思想も不要。
だからこそ、これが在るべき姿に違いない。
けれども、兄上が居た頃は違った。
彼は、常に明るく豪胆で陽気な人。
一緒に食事をとると、剽軽な振る舞いで笑わせてくれるので、以前の食堂は活気に溢れていた。
聞くところによると、彼は高貴な生まれらしい。
将軍家に近い身分の家に生まれて、将軍様の許嫁に選ばれていたらしい。
けれども、兄上はそれを良しとしなかった。
高貴な身分も、将軍様の許嫁の地位も捨てて、剣士として生きる道を選んだ。
そんな彼は、どんな時も優しかった。
この世界において、男性は希少な資源。
女と男は、決して対等な立場ではないのにも関わらず、見下すことはなかった。
同じ目線に立ち、同じ景色を見ていた。
共に笑って、共に剣を振り、共に歩む。
上下のない関係を築いてくれた。
とは言っても、軽薄な人間ではない。
兄上は、誰よりも剣と向き合っていた。
浅葱一門の指導者である
朝早く道場を訪れて、丹念に掃除をして、設備の手入れを行う。
誰よりも遅くまで道場に残って、自身が満足するまで剣を振り続ける。
何処までも真面目で、剣に対する真摯な姿勢は、我らの模範になっていた。
自分に厳しく、他人に優しい。
私達にとって、兄上は太陽のような存在。
彼の明るさに照らされて、我らは一振りの刀ではなく一人の人になれた。
道具としての役割を忘れて、心安らぐ日々を過ごすことが出来たのだ。
……しかし、兄上はもう居ない。
『浅葱憲剛は、妖刀に魅入られた』
と、
それ以外は、何も言わなかった。
その言葉を耳にした時、私は深い後悔に襲われた。
心当たりは、ある。
失踪前、兄上は悩んでいた。
光り輝いていた笑顔は翳り、物思いに耽る時間が多くなっていたのだ。
どんな悩みを抱えているのか、私には分からない。
けれど、教えて欲しいとは思っていた。
それなのに……私は、何もしなかった。
悩み苦しむ兄上の姿を眺めるばかりだった。
私は、彼に救って貰ったのに。
あの時の恩を、まだ返せていないのに。
「本当に、自分が情けない……っ」
兄上の苦悩を見て見ぬ振りした理由。
それは、極めて身勝手なもの。
私は、嫌われたくなかった。
親愛なる兄上の心に踏み込んで、拒絶されることが怖かった。
だから、何も言わず、行動しなかった。
その結果が、これだ。
倒幕派の隠れ家を襲撃する任務で、妖刀を拾った兄上は乱心してしまった。
浅葱一門と決別する判断を下したのだ……。
◇
「失礼します」
私は、当主の部屋へと足を踏み入れる。
すると、そこには……私以外の序列持ちの武士が揃っていた。
「急に呼び出してしまい、申し訳ありません。どうしても、伝えなければならない事柄がありまして」
「いえ。お心遣い痛み入ります」
浅葱一門の最高指導者であり、現当主。
序列二位の浅葱
彼女は目下の者にも、柔らかな態度を崩さない。
私を含めた浅葱一門の門下生を一から育てた実力者であり、人としても尊敬できる人格者であった。
「……遅いぞ、
「申し訳ございません」
門下生の中で、最古参。
序列三位の浅葱
私を叱責した彼女は険しい表情を浮かべて、正座したまま微動だにしない。
兄上と比肩する努力家である詩雨様は、自他に厳しい性格をしている。
同時に、浅葱一刀流の剣士である事に、誰よりも誇りを持っている方であった。
「……ふぁあ。ねむー」
門下生の中で、最年少。
序列七位の浅葱
彼女は退屈そうに欠伸する。
極めて異質な存在である刈埜は、生まれ持った才能だけで序列を取得した。
まともに剣を振ることも、体を鍛えることもせず、免許皆伝の許しを得たのだ。
それ故に、序列を持たない門下生から嫉妬されて、一方的に嫌われてしまっている。
「……………………」
最後に、最強。
序列一位の浅葱
彼女は、ただただ呆然としていた。
光が宿っていない瞳と、能面のような無表情からは、一切思考を読み取れない。
灯花様は、誰からも恐れられていた。
齢10歳の時に序列一位の座を手にした圧倒的な剣才、淡々と敵対者の首を切る合理性。
常に他を寄せ付けない存在感を放つ彼女に、誰も近づくことは出来ない。
勝負を挑んでも勝てないことは分かりきっているので、誰も挑もうとはしなかった。
たったの一人の例外である……兄上を除いて。
因みに、あと一人。
序列六位の門下生がいるものの、この場に姿を現すことは無いだろう。
高貴な身分だった兄上の従者を務めていた彼女は、兄上以外の人間の指図を受けないから。
「お忙しい中、お集まりいただきありがとうございます。前置きは無しにして、手短に要件を言いますね。……憲剛くんが、城下にて発見されました」
依子様が言葉を発した途端に、場の空気が一気に引き締まる。
私の兄上。
2年も姿を消していた彼が、見つかったのだ。
「「「「…………………」」」」
依子様を除いた、序列持ちの剣士全員の様子が一変する。
ある者は唇を噛み締め、ある者は微笑み、ある者は表情を動かさず、私は歓喜に打ち震えていた。
反応こそ、三者三様。
それでも、考えてることはみな同じ。
……ようやく、憲剛に逢える。
そう考えているのだろう。
私だけじゃない。
浅葱一門の門下生は例外なく、兄上に重い感情を抱いていた。
純粋に慕う者もいれば、執着心を持つ者もいる。
歪な欲望を秘める者もいれば、側にいるだけでいいと願う者もいる。
大なり小なり、程度は異なるものの、兄上に関心があるのだ。
浅葱一門の剣士は、人にあらず。
我らは、将軍が振るう刀である。
というのが、浅葱一門の教えであるが、人としての感情を捨てた刀など此処には存在しない。
何故なら、門下生全員が兄上に……脳髄を焼き焦がされていたから。
人間らしい欲望を胸の内に秘める異常者しか、存在しないのだ。
「知っての通り、将軍様は彼の身柄を欲しています。じきに捜索命令がなされるでしょう。身勝手な行動は控えて、各自与えられた任務を……」
依子様の命令が頭に入らない。
恐らく、彼女は釘を刺しているのだろう。
私達が兄上に執着心を抱いている事を知っているから、暴走しないように忠告しているのだ。
だが、そんなの知らない。
少なくとも、私は従わない。
兄上は、今も苦しんでいる。
妖刀の呪縛に囚われているのだ。
悠長に指示を待ってはいられない。
私は、罪人だ。
我が身可愛さに兄上が思い悩む姿を見過ごした前科がある。
だから、もう二度と過ちは犯さない。
妖刀に狂わされた兄上は、私が正気に戻す。
彼の心は、私が救ってみせる。
……誰に邪魔されようとも、絶対に。