曰く付きの妖刀を拾った凡人が、天才を曇らせる剣鬼になる話。   作:白たくあん

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浅葱一門

 

 月明かりを頼りに、夜道を歩く。

 街並みはさほど変わっていなかった。

 

「知ってる? 男だてらに剣を振る武士様が、2年前に失踪した話」

 

憲剛(けんごう)様の事でしょ? もちろん、知ってるわよ。今でこそ落ち着いたものの、当時は大騒ぎになっていたじゃない」

 

 2年ぶりに、いきつけの店で団子を買った。

 偶然出会った顔見知りの店主は、俺のことを黙ってくれるらしいので、焦る必要はない。

 みたらし団子と三色団子を1本ずつ。

 まずは、三色団子に手をつける。

 久しぶりの甘味、ゆっくりと味わおう。

 

浅葱(あさぎ)一門の門下生がそこら中を探し回って、おおわらわ。憲剛様をいたく気に入っていた将軍様が御触書を出した話は、郊外住みの私でも知ってるわ」

 

「そう。その話なんだけど、ここ最近……城下で憲剛様の姿が発見されたそうよ」

 

 と、思っていたが、俺は爆速で喰らう。

 みたらし団子も三色団子も、次々と口の中へと放り込んでいく。

 ああ、もったいない。

 本当は、三色団子の繊細な甘みと、みたらし団子の背徳的な甘みをじっくりと堪能したかったのに。

 

「天を衝く巨躯に、長い黒髪。何よりも、精悍な顔立ち。間違いなく、憲剛様だったって。昨日、すれ違ったって、娘が言っていたわ」

 

「それなら丁度。同じような外見の人が……って、あれ?」

 

 すぐ近くを歩いていた貴婦人に気づかれる前に、俺は人目がない路地裏へと足を運んだ。

 ……浅葱一門のみんなが捜索するのはまだしも。

 まさか、あの将軍様が御触書を出しているとは。

 多分、俺の人相書をばら撒いて「情報提供者には金一封を渡す!」という御触れを出したのだろう。

 やるかやらないかで言ったら、あの方はやる。

 頭がおかしい方だからな。

 

『話には聞いていたけど……有名人なんだねぇ、君。とはいえ、名が通ってるのも楽じゃないね。のんびりと団子を食べる事さえ許されないんだもん』

 

「貴様が望む通りに行動した結果だろう。他人事のように言うな」

 

『酷い言い草だなぁ。浅葱一門のみんなと私の指導を天秤に乗せて、私を選んだのは君自身なのにさ』

 

「ぐっ……」

 

 それを言われると、ぐうの音も出ない。

 人間関係をかき乱す事を望む妖刀は外道ではあるが、外道の提案に乗った俺も外道。

 闇堕ちする道を選んだのは、俺自身だった。

 

『決して悪い選択じゃ無かったでしょ。2年前と比べて、君は格段に強くなれたんだし』

 

「……そうだな。その通りだ」

 

 素直に首肯する。

 妖刀の指導は、正確無比。

 2年間もの山籠りで、俺は確かな力を得た。

 浅葱一門に身を置いては得られなかった剣術を、数えきれないほど習得することが出来た。

 何よりも……人よりも膂力に優れている、自分の体の使い方を学べた。

 闇堕ちして得た対価は、凄まじいものだった。

 その事実は、認めざるを得ない。

 

『それで、これからどうするの? 闇に堕ちた剣の鬼として、ありとあらゆる剣豪に勝負を挑んで、2年間の修行の成果を見せつけちゃう?』

 

「いや、攘夷派に身を置くつもりだ。最終的な判断は、頭目の話を聞いてから決めるがな」

 

 数年前まで、我が国は門を開くことが無かった。

 外の国の人々が国土に踏み入れることを許さず、断固として追い払ってきた。

 だがしかし、今代の将軍様は違った。

 諸外国と交友を持つ事は先の時代に必要な事だと断じ、禁忌とされていた開国を行った。

 伴天連を始めとした外の国の人々を迎え入れて、交易を始めたのだ。

 その変化を受け入れる人間もいれば、受け入れられない人間もいる。

 

 攘夷派。

 愛国心が強すぎるあまり、海を越えてやってきた人々を忌み嫌っている勢力。

 将軍家は外敵に屈したと捉えて、天皇中心の政治を行おうとする勢力が存在するのだ。

 妖刀を拾った際に壊滅させた倒幕派と、攘夷派は全く別の勢力。

 粗暴な人間が集まる倒幕派と違い、将軍の後継ぎ争いで負けた少女が率いる攘夷派は、巧妙に足取りを消して地下に潜っている。

 2年ぶりに城下に足を踏み入れて情報収集した結果、目立った動きはしていないものの、未だに存在する事は確認できた。

 

『君って、尊王攘夷の思想があったの?』

 

「少しだけ、ある。幕府の手足として動いていた時は、考えないようにしていたが」

 

『そーなんだ。なんか、意外かも。因みに、なんで? 幕府が嫌いなの?』

 

「幕府に不満はない。当代の将軍様を殺したい」

 

『……思ってたより、物騒だねぇ』

 

 将軍様は、暗君ではない。

 実行力と統率力があり、頭も冴えている。

 国の頂点に立つ器を有しているとは思う。

 しかし、肝心の中身が良くない。

 民衆の前では立派だが、裏の顔は……これより先は、口にしたくない。

 思い出すのすら悍ましい。

 あの方と結婚する可能性があった事を考えると、吐きそうになるくらいだ。

 

『それで、攘夷派に入る理由はそれだけなの?』

 

「無論、将軍憎しで反旗を翻す訳ではない。浅葱一門の面々と手合わせするためでもある」

 

 浅葱一門で免許皆伝の許しを得た者は、序列を与えられる。

 そして、序列を得た者は、自動的に幕府お抱えの武士となる。

 将軍家に忠誠を誓い、敵対する者は容赦なく殺す……人斬り役人と化すのだ。

 かつては、俺もそうだった。

 幕府の道具として、疑問を抱く事なく倒幕派や攘夷派の浪士を斬っていた。

 そこに、感情や慈悲はない。

 幕府に殺せと命じられたら、親族や友人も斬る。

 だからこそ、俺は攘夷派に入りたいのだ。

 ……浅葱一門の門弟達と全力で斬り合うために。

 

『えー、本当にいいの? そこまでしたら、勝負じゃ終わらないよ。命を賭けた殺し合いになる』

 

「覚悟の上だ」

 

『最悪の場合、君が攘夷派に寝返ったせいで、お家取り壊しになっちゃうかもよ。それでもいいの?』

 

「承知の上だ」

 

『分かんないなー。どうして、そこまでするのさ』

 

「俺が裏切った時、浅葱一門が幕府に忠心を示すためにする行動は一つ。なんとしても、俺の首を将軍様に献上しようとする。否応にも、俺を殺しにくる。そうなれば……本気の浅葱一門と戦うことができる。それが、俺の望みだ」

 

 俺は、浅葱一門のみんなが好きだ。

 彼女らは男である俺を受け入れ、同胞と認め、対等な立場で接してくれた。

 そんな人々と、争いたくはない。

 恩を仇で返すような真似もしたくはない。

 

 でも、それ以上に、強くなりたい。

 他の追随を許さない実力を身につけて、比類なき強者と立ち会いたい。

 強きものを打ち倒し、もっともっともっと強くなって……いつの日か、本気の灯花に勝ちたい。

 

 その一心で、俺は闇に堕ちることを選んだ。

 暖かな居場所を捨てて、妖刀を手に取った。

 人の道を外れた者として、半端な真似はしない。

 剣に魅入られた外道らしく、ひたすらに強者との戦いを。

 海内無双と名高い浅葱一門の門弟達との真剣勝負を所望するまで。

 

『……わーお。想像以上にイカれてるね。自分の欲望に一直線の碌でなしだ。闇落ちの才能あるよ』

 

「そうだな。俺がまともな人間だったら、このような不義理は働かないだろう」

 

『悪いことするんだから、罪悪感は忘れちゃダメだよ。君が人でありたいのならね』

 

「ああ。……承知した」

 

『……ふふふ。偉そうなこと言ってなんだけど、私は罪悪感なんて微塵も感じてないけどね! 正直、ワクワクが止まらないよっ! こんなに胸が高鳴るのは生まれて初めてっ!』

 

 人ならざる物に、胸など無い癖に。

 この刀は、疑う余地もなく妖刀。

 2年間も共に生活することで、おおよその性格は把握した。

 妖刀は、他者の心をぐちゃぐちゃにして悦に浸る、妖と呼ぶに相応しい人格をしているのだ。

 

『安心してねっ! 監督である私が、演技指導をバッチリとやってあげるから!』

 

 物凄い乗り気である。

 妖刀は、悪堕ちに対する拘りが凄まじい。

 戦うのは俺に任せて、闇堕ちした剣鬼としての振る舞いに口出ししまくるつもりなのだ。

 本音を言うと、小芝居などやりたくはないが、契約を交わした以上、従う他ない。

 だが、思うようにはいくまい。

 

「期待しているところに水を差すが、貴様が思い描く光景は見られんと思うぞ」

 

『……どうして?』

 

「浅葱一門の人間は柔じゃない。俺と殺し合うことになろうとも、動揺を見せないだろう」

 

 彼女らの心は強い。

 顔見知りが闇堕ちしても迷わない。

 感情を表に出す事なく、斬り伏せる。

 俺は何があっても彼女達を殺したりしないが、彼女らに殺されても文句は言えない。

 真剣勝負の末、力及ばずに敗北して、命を奪われたとしても恨んだりしない。

 寧ろ、かつての同胞に斬られるのは、外道に相応しい末路と言える。

 

『そっか。でも、私は楽しみにしておくよ。刀の中にいると娯楽が少なくて、退屈だからね〜』

 

 それは、軽い言葉だった。

 重みなど微塵もない一言。

 だけれど、妖刀は確信しているようだった。

 必ず……面白いことが起こる、と。

 

 

「……うぅ。兄上……どうして……っ!」

 

 親愛なる兄上が姿を消してから、2年もの月日が経っていた。

 だと言うのに、今日も涙が止まらない。

 私は毎晩のように、夢を見る。

 兄上と共に過ごしていた時の夢を。

 甘美な時間に浸って、ずっと続いてほしいと願ったところで……目が覚める。

 現実に、兄上はいない。

 そんな現実を直視して耐えきれなくなる。

 兄上が消え失せた絶望に押しつぶされて、心の均衡が壊れてしまう。

 それが、私の日常と化していた。

 

「…………」

 

 食堂に赴いて、朝食を食べる。

 誰一人として歓談する者は居なかった。

 揃いも揃って、虚な瞳で此処ではない何処かを見ながら、黙々と麦飯を口に運んでいる。

 もちろん、私も例外ではない。

 

 浅葱一門の剣士は、人にあらず。

 我らは、将軍が振るう刀である。

 というのが、浅葱一門の教え。

 私達は、人の形をした刀。

 将軍家に忠誠を誓い、外敵を排除する。

 道具に感情はいらない。

 主義主張も、思想も不要。

 だからこそ、これが在るべき姿に違いない。

 

 けれども、兄上が居た頃は違った。

 彼は、常に明るく豪胆で陽気な人。

 一緒に食事をとると、剽軽な振る舞いで笑わせてくれるので、以前の食堂は活気に溢れていた。

 

 聞くところによると、彼は高貴な生まれらしい。

 将軍家に近い身分の家に生まれて、将軍様の許嫁に選ばれていたらしい。

 けれども、兄上はそれを良しとしなかった。

 高貴な身分も、将軍様の許嫁の地位も捨てて、剣士として生きる道を選んだ。

 そんな彼は、どんな時も優しかった。

 この世界において、男性は希少な資源。

 女と男は、決して対等な立場ではないのにも関わらず、見下すことはなかった。

 同じ目線に立ち、同じ景色を見ていた。

 共に笑って、共に剣を振り、共に歩む。

 上下のない関係を築いてくれた。

 

 とは言っても、軽薄な人間ではない。

 兄上は、誰よりも剣と向き合っていた。

 浅葱一門の指導者である依子(よりこ)様が、一をやれと指示したら、躊躇なく百をする。

 朝早く道場を訪れて、丹念に掃除をして、設備の手入れを行う。

 誰よりも遅くまで道場に残って、自身が満足するまで剣を振り続ける。

 何処までも真面目で、剣に対する真摯な姿勢は、我らの模範になっていた。

 

 自分に厳しく、他人に優しい。

 私達にとって、兄上は太陽のような存在。

 彼の明るさに照らされて、我らは一振りの刀ではなく一人の人になれた。

 道具としての役割を忘れて、心安らぐ日々を過ごすことが出来たのだ。

 ……しかし、兄上はもう居ない。

 

『浅葱憲剛は、妖刀に魅入られた』

 

 と、灯花(とうか)様は仰っていた。

 それ以外は、何も言わなかった。

 

 その言葉を耳にした時、私は深い後悔に襲われた。

 心当たりは、ある。

 失踪前、兄上は悩んでいた。

 光り輝いていた笑顔は翳り、物思いに耽る時間が多くなっていたのだ。

 どんな悩みを抱えているのか、私には分からない。

 けれど、教えて欲しいとは思っていた。

 

 それなのに……私は、何もしなかった。

 悩み苦しむ兄上の姿を眺めるばかりだった。

 私は、彼に救って貰ったのに。

 あの時の恩を、まだ返せていないのに。

 

「本当に、自分が情けない……っ」

 

 兄上の苦悩を見て見ぬ振りした理由。

 それは、極めて身勝手なもの。

 

 私は、嫌われたくなかった。

 

 親愛なる兄上の心に踏み込んで、拒絶されることが怖かった。

 だから、何も言わず、行動しなかった。

 

 その結果が、これだ。

 倒幕派の隠れ家を襲撃する任務で、妖刀を拾った兄上は乱心してしまった。

 浅葱一門と決別する判断を下したのだ……。

 

 

「失礼します」

 

 私は、当主の部屋へと足を踏み入れる。

 すると、そこには……私以外の序列持ちの武士が揃っていた。

 

「急に呼び出してしまい、申し訳ありません。どうしても、伝えなければならない事柄がありまして」

 

「いえ。お心遣い痛み入ります」

 

 浅葱一門の最高指導者であり、現当主。

 序列二位の浅葱依子(よりこ)様。

 彼女は目下の者にも、柔らかな態度を崩さない。

 私を含めた浅葱一門の門下生を一から育てた実力者であり、人としても尊敬できる人格者であった。

 

「……遅いぞ、瀬那(せな)。師匠を待たせるな」

 

「申し訳ございません」

 

 門下生の中で、最古参。

 序列三位の浅葱詩雨(しう)様。

 私を叱責した彼女は険しい表情を浮かべて、正座したまま微動だにしない。

 兄上と比肩する努力家である詩雨様は、自他に厳しい性格をしている。

 同時に、浅葱一刀流の剣士である事に、誰よりも誇りを持っている方であった。

 

「……ふぁあ。ねむー」

 

 門下生の中で、最年少。

 序列七位の浅葱刈埜(かりや)

 彼女は退屈そうに欠伸する。

 極めて異質な存在である刈埜は、生まれ持った才能だけで序列を取得した。

 まともに剣を振ることも、体を鍛えることもせず、免許皆伝の許しを得たのだ。

 それ故に、序列を持たない門下生から嫉妬されて、一方的に嫌われてしまっている。

 

「……………………」

 

 最後に、最強。

 序列一位の浅葱灯花(とうか)様。

 彼女は、ただただ呆然としていた。

 光が宿っていない瞳と、能面のような無表情からは、一切思考を読み取れない。

 灯花様は、誰からも恐れられていた。

 齢10歳の時に序列一位の座を手にした圧倒的な剣才、淡々と敵対者の首を切る合理性。

 常に他を寄せ付けない存在感を放つ彼女に、誰も近づくことは出来ない。

 勝負を挑んでも勝てないことは分かりきっているので、誰も挑もうとはしなかった。

 たったの一人の例外である……兄上を除いて。

 

 因みに、あと一人。

 序列六位の門下生がいるものの、この場に姿を現すことは無いだろう。

 高貴な身分だった兄上の従者を務めていた彼女は、兄上以外の人間の指図を受けないから。

 

「お忙しい中、お集まりいただきありがとうございます。前置きは無しにして、手短に要件を言いますね。……憲剛くんが、城下にて発見されました」

 

 依子様が言葉を発した途端に、場の空気が一気に引き締まる。

 私の兄上。

 2年も姿を消していた彼が、見つかったのだ。

 

「「「「…………………」」」」

 

 依子様を除いた、序列持ちの剣士全員の様子が一変する。

 ある者は唇を噛み締め、ある者は微笑み、ある者は表情を動かさず、私は歓喜に打ち震えていた。

 反応こそ、三者三様。

 それでも、考えてることはみな同じ。

 

 ……ようやく、憲剛に逢える。

 

 そう考えているのだろう。

 私だけじゃない。

 浅葱一門の門下生は例外なく、兄上に重い感情を抱いていた。

 純粋に慕う者もいれば、執着心を持つ者もいる。

 歪な欲望を秘める者もいれば、側にいるだけでいいと願う者もいる。

 大なり小なり、程度は異なるものの、兄上に関心があるのだ。

 

 浅葱一門の剣士は、人にあらず。

 我らは、将軍が振るう刀である。

 というのが、浅葱一門の教えであるが、人としての感情を捨てた刀など此処には存在しない。

 何故なら、門下生全員が兄上に……脳髄を焼き焦がされていたから。

 人間らしい欲望を胸の内に秘める異常者しか、存在しないのだ。

 

「知っての通り、将軍様は彼の身柄を欲しています。じきに捜索命令がなされるでしょう。身勝手な行動は控えて、各自与えられた任務を……」

 

 依子様の命令が頭に入らない。

 恐らく、彼女は釘を刺しているのだろう。

 私達が兄上に執着心を抱いている事を知っているから、暴走しないように忠告しているのだ。

 だが、そんなの知らない。

 少なくとも、私は従わない。

 

 兄上は、今も苦しんでいる。

 妖刀の呪縛に囚われているのだ。

 悠長に指示を待ってはいられない。

 私は、罪人だ。

 我が身可愛さに兄上が思い悩む姿を見過ごした前科がある。

 だから、もう二度と過ちは犯さない。

 

 妖刀に狂わされた兄上は、私が正気に戻す。

 彼の心は、私が救ってみせる。

 ……誰に邪魔されようとも、絶対に。





 
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