曰く付きの妖刀を拾った凡人が、天才を曇らせる剣鬼になる話。 作:白たくあん
『はえー。攘夷派はすごいね。こんなに立派な隠れ家があるなんて。私の前の持ち主が率いてた倒幕派は、片田舎に潜伏してたのに』
日の国の建造物とは真逆の立派な洋館。
攘夷派の隠れ家の内装を見て、妖刀は率直な感想を述べる。
前から思っていたのだが、この刀はどうやって周囲の状況を把握しているのだろうか。
どこにも、目がついていないのに……なんて、下らない事を考えている暇などない。
俺は、懐から一枚の紙を取り出す。
そこには、事前に書き留めておいた面接でよく聞かれる質問の数々が記されていた。
「次の方、どうぞ」
「は、はいっ!」
黒装束を着用する女性に呼ばれて、俺の前の浪士が立ち上がる。
そして、攘夷派の頭目が待つ部屋へと入る。
……そう。
俺は今、面接を受けようとしているのだ。
攘夷派に加入するための。
ここまでの道のりは短かった。
城下を歩いている際に、俺の動向を探っている黒装束の女性が居たので、とっ捕まえたら攘夷派の人間だった。
俺が浅葱一門を抜けた事を知った攘夷派の頭目が会いたがってるそうなので、彼女についていった。
豪華絢爛な洋館に連れて行かれて、攘夷派に入りたいのなら面接を受けてくださいと言われた。
これが、経緯である。
正直、思っていたのと違う。
俺はもっと、こう……力を試される的な展開を期待していた。
攘夷派の浪士と斬り合って、実力を確認するものだと思ってきたのだ。
しかし、冷静に考えると、妥当な判断だと思う。
攘夷派の主義は、外敵である外の国の人々を排し、天皇を敬うといったもの。
その思想に共感しているか、理解した上で攘夷派の一員になる事を望んでいるか。
実際に話して確認するのは、大事な事である。
だが、どうにも、場違いな気がした。
後方をちらっと見ると、攘夷派に入る事を望む浪士の姿が目に入る。
彼女が着用する羽織は新品同様で、面接という場に適していた。
だけど、俺は見窄らしい。
2年間も着古していた羽織はボロボロ。
髭は剃っているが、髪は伸びっぱなし。
最低限、風呂に入って身を清めたものの、清潔感があるとは言えない。
こんな風体で、合格できるのだろうか。
そもそも、俺は政府の人斬り役人だった。
急に姿を眩まして、浅葱一門の門下生が探し回り、将軍様が御触書をだしたとはいえど。
攘夷派と敵対していた時期があったのだ。
そのような人間を易々と隠れ家に入れるなんて、明らかに変だ。
密偵である可能性を考慮する方が自然なのに。
もしかして、これは罠なのだろうか。
面接を装って、俺が隙を見せた瞬間に、首を取ってやろうという算段なのだろうか。
その可能性は十分にある……。
「次の方、どうぞ」
「……はい」
ついに、順番が来てしまった。
黒装束の女性が、俺を呼ぶ。
残念ながら、何も準備できていない。
用意した質疑応答の紙を読まずに、余計な考えを巡らせてしまったから。
『もしかして、緊張してるの? お可愛いねぇ』
「…………」
『気持ちは分かるよ。私も就活してた頃、メンタルが終わってたもん。働きたくないのに働くために面接する。最悪の気分だよねー』
訳のわからぬ事を抜かして、妖刀が揶揄ってくる。
反論したいが、平常心を失っているのは事実。
面接前の緊迫した空気に充てられて、口の中が渇いて手足が震える。
元より、俺は社会不適合者。
男性が女性に奉仕する社会に適応する事が嫌で、刀を握り始めた身。
堅苦しい状況が、何よりも大嫌いなのだ。
「……ふぅ」
一息ついた俺は、心構えを改める。
嫌でも何でも、やらねばならぬのだから覚悟を決めなければ。
この程度で弱音を吐く男が、最強になれる訳ないのだから。
平静を取り戻した俺はドアを3回ノックする。
この建物は洋風なので、普段とは勝手が違う。
日の国の作法と混同しないように心がけながら、お伺いを立てる。
「どうぞ」
「失礼します」
許しを得た俺は、入室する。
部屋に入った後に軽く会釈して、一度ドアの方を向いて扉を閉める。
事前に、妖刀が指導してくれた所作を、完璧にこなしていく。
外の国のマナーに明るくない俺は、これが本当に合っているかどうかわからないけれど。
「
「こちらこそ宜しくお願いします。では、お掛けください」
許しを得た俺は、椅子に座った。
そうして、攘夷派の頭目と対面する。
色素が抜けたような長い白髪、日の国の人間とは思えない真っ赤な瞳。
当代の将軍様と瓜二つの容姿を有する少女は……笑いを堪えていた。
俺の姿を見て、口元を抑えていたのだ。
「ふ、ふふふっ、あーはっはははっ!」
そして、爆発した。
腹を抱えて、大爆笑。
彼女は、何も変わっていなかった。
容姿こそ成長しているものの、中身は生意気だった子供の頃と全く同じ。
「不快に思ったのなら、ごめんなさいね。昔の貴方と全然違ったから、どうしても我慢できなくって」
「……お前な」
「丁寧に振る舞ってくれるのは嬉しいけど、肩の力を抜いていいわ。私も楽にしたいし」
将軍様の双子の姉、
彼女は、昔から奔放な性格。
かつては内向的だった妹とは対照的に、色々な問題を起こしていた……他ならぬ俺と一緒に。
「それにしても、大きくなったわね。最後に会った時は、あんなに小さかったのに」
「5年前だからな。身長も伸びる」
「あの時は良かったわ。何も考えず、自由気ままに過ごせて」
「自由に振る舞っているのは、今も変わらないだろう。その結果、お互いに落魄れた。将軍家の血を引く貴様が国賊。浅葱一門の武士だった俺が無職だ」
「ふふっ、確かに。それは言えてる」
「それにしても、隠れ家の外観には驚いた。攘夷派なのに洋館とは」
「意外性に富んでいるでしょう? 痕跡を残さずに堂々とすれば、案外気づかれないの」
遠慮なく言葉を交わして、互いに微笑む。
不思議と、懐かしさを覚えた。
幼い頃は、身分も立場も性別も気にせず、周と共に一日中遊びまわったものだ。
彼女は、俺を特別視しなかった。
高貴な身分の希少な男という側面を見ずに、俺という一個人を見てくれた。
故に、俺も将軍の娘として扱わず、一人の友人として接していた。
普段の生活はつまらなかったけど、周と一緒にいる時は楽しかった。
「昔話はこの辺にして、本題に入るわね。まず、私達の活動理念を説明するわ」
「ああ、頼む」
だが、あの時とは立場が違う。
今の俺達は、子供じゃない。
穢れを知らず、遊びに興じる歳ではない。
だからこそ、現実と向き合う必要がある。
「基本理念は、尊王攘夷。将軍が呼び寄せた外国の人を追い出して、政権を天皇に返上する。ここまでは、貴方も知ってるわよね?」
「無論だ。知りたいのは、目的と手段だな」
「目的は単純明快……将軍から実権を取り上げたいの。あの子が頂点にいる限り、この国に未来はないわ」
周は、俺と同じ意見を持っていた。
将軍様に対して、不信感を抱いていた。
それは、彼女の本性を知っているから。
「あの子は優秀よ。私なんて足元にも及ばない。開国することで、蒸気機関などの技術を取り入れて。外の国の人間とも、対等な関係を築いて。民衆からの支持は絶大で、求心力もばっちり。でも……」
「最終的には、外の国と戦争しようとしてる」
「……ええ、その通りよ」
仮に、将軍様に非の打ち所がなかったら、倒幕派や攘夷派なんて出来たりしない。
良くも悪くも、今代の将軍様は自分の欲望に忠実な人間だった。
俺と婚約関係を結んだのも、俺が欲しいから。
将軍になったのも、日の国の実権が欲しいから。
開国したのも、他所の国の技術が欲しいから。
戦争したがるのも……世界全てが欲しいから。
将軍様の欲望には、終わりがない。
何があっても、妥協する事がない。
たとえ、民草が何人死のうとも、自分の国が崩壊しようとも、世界の情勢が混沌を極めようとも、歩みを止めることはないだろう。
なんとなく、分かってしまう。
将軍様と俺は、同じだから。
目的を果たすためならば、何でもする点が共通しているから。
俺は最強になりたくて、将軍様は全てを欲する。
どちらも、絶対に諦めない。
だから、止めようとするならば、命の灯火を消すしか選択肢がない。
……その点も、俺と同じ。
「権力を奪還する手段は……武力よ。本音を言えば、穏当な手段を使いたいけど、あの子は交渉には応じない。だから、真っ向から戦うつもり。今は、戦力を集めている最中なの」
「そうか」
どうやら、周も俺と同意見のようだ。
彼女は、将軍様の双子の姉。
俺以上に、将軍様が内に秘めている歪んだ欲望を知っているのだろう。
ともかく、実権を奪う手段に武力を用いるのは、俺にとっては好都合だ。
現在、幕府軍は外の国の技術を得た事で、急速に力を伸ばしている。
引き金を引けば誰でも人を殺せる鉄砲など、様々な兵器の開発に勤しんでいる。
対して、攘夷派の戦力は乏しい。
人員も物資も、何もかも足りない。
そんな中で、浅葱一刀流の免許皆伝の許しを得た剣士がやってきたのだ。
周からすれば、喉から手が出るほど欲しい筈。
「それじゃ、今度は憲剛のことを聞かせて。何故、貴方は攘夷派に入りたいの?」
周は、こちらに質問を投げかける。
個人的に、攘夷派のやり方に文句はない。
このまま、余計なことは言わずに無難に話す。
そうすれば、攘夷派に入る事が出来るだろう。
ほっと胸を撫で下ろした俺が、口を開こうとすると。
『ようやく、長ったらしい話が終わった。ここからは、私の出番だねっ!』
……これまで、不気味なくらいに黙り込んでいた妖刀が喋り始めた。
『よし。ここで、一丁ぶちかまそう。闇堕ちした剣鬼の真の姿を見せてみよう!』
何を言っているんだ、こいつは。
と、言いたいところであるが、口に出す訳にはいかない。
ここには、周がいる。
俺がいきなり一人で喋り始めたら、頭がおかしい奴だと思われる。
妖刀が話しかけてきたから返事をした……なんて言ったら、色々な意味で心配されるだろう。
闇堕ちした剣鬼の姿を見せる。
これは、浅葱一門の門下生と戦うために攘夷派に入りたい旨を伝えろ、という事だろうか。
もちろん、最初から言うつもりだった。
純粋に国を憂う周に、不純な動機だと思われるかもしれない。
けれども、自らの醜い側面を隠し通すのは……。
『大胆不敵に、俺に着いて来い……って言おう!』
「……!?」
思わず、声を荒げそうになる。
だが、すんでのところで押しとどめる。
何なんだ、俺に着いて来いって。
そのような事は、したくない。
俺の望みは二つ。
将軍様を殺し、浅葱一門と戦う。
ただそれだけだと言うのに。
『ちっちっち。分かってないなぁ、君は。面接ってのはね、大袈裟に言ってナンボなんだよ。何なら、嘘をついてもいい。私が就活してた時も、盛りに盛りまくっていたよん』
清々しいほど、性悪な思考。
今回ばかりは、納得できない。
許容し難いが、受け入れざるを得ない。
何故なら、恩があるから。
妖刀は、熱心に俺を鍛えてくれた。
文句一つ言わず、真摯な態度で。
それを裏切るわけにはいかない。
契約を反故にする事は許されない。
「……俺が、浅葱一門を抜けた事は知っているな? その動機は、何だと思う?」
「ええと……ごめんなさい。見当もつかないわ」
「力を手に入れるためだ。他の追随を許さない、圧倒的な力を」
意を決した俺は口を開く。
周の旧友としての立場を捨てて、闇堕ちした剣鬼として振る舞い始める。
「俺は貴様とは違う。胸を張って言えるような主義主張などない。攘夷派に入りたい理由は、強者と果し合いをするためだ」
大仰な仕草を交えて、言葉に重みを持たせる。
一変した俺の姿を見て、周は息を呑んでいた。
「攘夷派に加入すれば、浅葱一門と戦う機会がある。幕府の手足となって動く、彼女らと戦う運びになる。海内無双と呼ばれる浅葱一門の武士と真っ向から斬り合い、勝ち続ける事で俺は強くなれる」
ちょっと盛ってるし、誇張表現だ。
本音を言うと、浅葱一門の門下生に勝てるかどうか、半信半疑ではある。
「だから、俺の事は刀だと思ってくれ。障害を排除したい時に使う武器として使えばいい」
「……なんで、そこまで……」
「俺は純粋に戦いを渇望しているから。剣士として高みに至る事を望んでいるから。そして、宿命の相手を超えたいと願っているからだ」
だが、大袈裟な言葉も実現すれば真実。
浅葱一門の者達は、俺が最強に至る為に剣を交える相手。
最初から、全てを斬り伏せるつもりだったのだ。
今は、大言壮語にしか聞こえなくても。
やがて、現実のものになる。
「絶対に俺は負けない。周が歩みたいと願った道を切り開いてみせる。だから、着いてきてくれ」
……面接とは、何だったのか。
色々と、もう滅茶苦茶である。
だが、熱意は伝わったと思いたい。
『うんうん。いいね、いいねぇ』
満足したのか、妖刀の声に喜色が混じる。
余計な茶々を入れられなさそうで一安心。
「…………っ」
肝心の周は、悩んでいるようだった。
こちらの勘違いでなければ、何処となく悲しそうに、俺の顔をじっと見つめる。
憐れむような、同情するような。
今にも、泣き出しそうな顔をしていたのだ。
そんな彼女に対して、俺は……。
「最後に、一つだけ言っておかねばならぬ事がある」
「な、なに?」
「俺は、浅葱一門の門下生にトドメを刺さない。それでも良ければ、俺を仲間に入れてくれい!」
勢いよく頭を下げた。
身勝手極まりない要求をした理由は、二つある。
一つ目は、殺すのが勿体無いから。
殺してしまったら、そこで終わり。
けれども、生きて返せば、もう一回戦える。
どう考えても、トドメを刺さない方がお得なのだ。
なので、俺は浅葱一門の者達を殺したくない。
敗北を経験して強くなった彼女達と再戦するのは、俺にとっても良い経験になるから。
そして、二つ目。
単純に、出来るなら殺したくない。
本当に情けないが、親交深い少女達を手にかける覚悟ができないのだ。
妖刀を手に取る道を選んだのにも関わらず。
俺は、最後の一線を越えられない。
どうしても、闇に堕ちた剣鬼になりきれない……腰抜けな卑怯者そのものであった。
「……なにそれ」
周は、呆れたような声を出す。
当然の反応だ。
今まで散々、調子のいい事を言っておきながら、この体たらく。
刀として扱えと言っておきながら、親しくしていた人を殺さないと宣う。
我ながら、意味不明である。
自分の発言を振り返ると、恥ずかしくなってきた。
穴があるなら、入りたい。
「いいわよ」
「……え?」
「その条件、特別に飲んであげる。攘夷派に入る事を許すわ。寛大な私に感謝しなさいよね」
咄嗟に、頭を上げる。
周は、柔らかく微笑む。
心から安心したような表情を浮かべていた。
「腰抜けですまない。恩に着る……!」
「ふふん。格好つけてた癖に、なんだかんだ昔と変わらないんだから」
周が優しすぎる。
心なしか、後光が差している気がする。
『ぶーぶー! 折角、いい感じに剣鬼っぽく振る舞えてたのに! 全部、台無しだよー!』
鞘の中で文句を垂れる妖刀とは大違いである。
この刀には、人の心がないのだろうか。
いや、妖なので有るはずもないか。
「無事に話も纏まったし、隠れ家の中を案内してあげる」
「重ね重ね、すまない。宜しく頼む」
「……ダメですよ、兄上」
キィと音を立てて、部屋の扉が開く。
それと同時に、聞き馴染みのある声が俺と周の会話を遮った。
和やかな雰囲気は、瞬く間に消え去る。
「よくないです。幕府に楯突く人間と会話するなんて。清廉で美しい兄上の魂が穢れてしまいます」
彼女の姿は、変わり果てていた。
碌に眠っていないのか、目の下には酷いクマが出来ている。
血色も悪く、瞳は虚。
「一緒に帰りましょう、兄上。心配せずとも、私が何とかします。どんな手を使ってでも、妖刀の呪縛から解放してみせます。なので、全部終わったら、よくやったって褒めてくださいね……」
浅葱一門、序列四位。
浅葱
正気を失いつつある彼女は、鞘から刀を引き抜こうとする。
予備動作を見た俺は、即座に妖刀を手にした。
刹那。
不可視の斬撃と称される瀬那の抜刀術が、無防備な周に襲いかかるも……。
「……っ!」
すんでのところで、受け止めた。
一瞬でも反応が遅れていたら、周の首は刎ねられていただろう。
「どうして邪魔をするのですか? 私は兄上の事を思って、悪魔を殺そうとしてるのに……こんなの、おかしい。おかしいおかしいおかしいおかしい」
俺が攘夷派の人間を庇った事実が受け止められないのか、瀬那の顔色がもっと悪くなる。
けれども、微塵も殺意が衰えない。
寧ろ、増していくばかりであった。
「逃げてくれ、周……!」
「……死なないでね、憲剛」
躊躇う事なく、周は部屋を出る。
目まぐるしく変化する状況に、即座に適応できるのは流石としか言えない。
「ああ……兄上。やはり、すでに毒されてしまっているのですね。可哀想に……必ずや、妹である私が正気に戻して差し上げます」
距離を取った瀬名は、一筋の涙を流す。
そうして、改めて刀を握りしめる。
浅葱一門の門下生との、真剣を用いた果し合い。
浅葱瀬那との決闘の火蓋が切られた。