曰く付きの妖刀を拾った凡人が、天才を曇らせる剣鬼になる話。   作:白たくあん

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浅葱一門序列四位 浅葱瀬那

 

 この世界において、男性は少ない。

 正確な男女比は分からない。

 何故、男性は生まれにくく、女性が生まれやすいのかも分からない。

 けれども、ずっと昔からそうだったらしい。

 

 当然ながら、女だけでは人類は滅びてしまう。

 そのため、男性を重んじる文化が生まれた。

 日の国に存在する全ての男性は、幕府が厳重に管理している。

 平民が産んだ男児は無条件に親から引き剥がされて、国の資源になるのだ。

 幕府が管理する男性に与えられる役割は、とにかく繁殖する事。

 子孫繁栄の本能が働いているのか、着床率は百発百中。

 身分に関わらず、ある程度の経済的余裕がある女性と、性行為をして子孫を残す。

 その代わりに、男性達はそこそこ自由に生きる権利を与えられる。

 

 私は、その制度の恩恵を受けて生まれた。

 幕府が管理する顔も知らぬ父親と、農家として生きる母親の間に生まれた子供だった。

 

「あんたが男だったらなぁ……」

 

 だがしかし、望まれた子供ではなかった。

 母親は事あるごとに、私が女として生まれた事に文句を垂れていた。

 話を聞くところによると、男性を産んだ女性は幕府から金一封を贈呈されるらしい。

 片田舎で百姓をする母親は、それを夢見て働いていたそうだ。

 必死に金銭を貯めて、男性と子作りをする権利を得たそうだ。

 はっきり言って、馬鹿としか思えない。

 私の母親は、学がなかった。

 地頭も悪く、後先考えずに行動する。

 

 自分が産んだ子供が女だった時のことは、一切考えていなかった。

 人格的にも優れた人間ではないので、基本的に誰からも相手にされなかった。

 そのような人間が、子育てなど出来る筈もなく。

 私は奴隷商人に売り払われた。

 穀潰しを消して、遊ぶ金を稼ぐため。

 それだけのために、実の母親によって、二束三文で売り払われたのだ。

 

 気がついたら、両手に手縄。

 あれよあれよと押し込まれた牢屋の中は、凄まじい様相を呈していた。

 全てを諦めて黙り込む子もいれば、わんわんと泣き腫らす子もいる。

 しかし、少女達には共通する点があった。

 それは、これからの人生に希望なんて無いと本能で理解している事。

 

 地獄のような場所で、馬車馬のように働くことを強いられたり。

 訳もわからぬまま、戦場に放り込まれて捨て駒にされたり。

 最悪の場合、生きたまま内臓を摘出されるかもしれない。

 

 ……幼い私は、何も分からなかった。

 自分が置かれている状況すら理解していなかったけれど、何となくわかってしまう。

 自分に、明るい未来はない。

 もう死んだも同然なのだと。

 その事を感じ取って、絶望していると。

 

「……暇なら、俺と話をしないか?」

 

 不意に、話しかけられた。

 私に話しかけてくるのは、一回り年上の女の子。

 手入れされている長い黒髪に、男の子らしい中性的な顔立ち。

 見るからに快活そうな印象を受ける少女の言動は、堂々としていた。

 

「まず、自己紹介からしようか。俺の名前は憲剛。好きな物は剣で、嫌いな物は……」

 

「まだ、話すとは言ってないです」

 

「そうか。なら、俺の話を聞いてくれ。こんな状況で黙り込んでいると、色々と考えてしまって……気持ちが沈んでしまうからな!」

 

 前向きなようで、後ろ向き。

 色々と滅茶苦茶な憲剛は、話を始める。

 剣が好きで好きで堪らないこと。

 剣をこよなく愛していること。

 いつの日か、最強の剣士になりたいこと。

 

 とにかく、剣について話しまくる。

 どうやら、憲剛は何処かの道場で剣の修行をしている身らしい。

 

 そんな少女に、興味を持った。

 話が面白かったから、という訳ではない。

 逆に、剣の話しかしないので、聞いてるだけで飽き飽きしていた。

 私が関心を持った理由は、ただひとつ。

 憲剛は、明るく振る舞い続けていたから。

 決して、現実逃避はしていない。

 絶望的な状況に置かれている事を理解しながら、微塵も絶望していない。

 だからこそ、私は質問した。

 

「なんで、貴女は絶望しないのですか?」

 

 間違いなく、少女の心の中は不安だらけ。

 私に話しかけてきたのも、少しでも恐怖を和らげるためでしかなく、人攫いから逃げ出す算段なんて無いに違いない。

 どうして心が折れないのか、純粋に知りたかった。

 

「俺は自分から捕まったんだよ。それ故に、絶望していない。無論、緊張はしてるがな」

 

 思わず、思考停止してしまう。

 憲剛は一体、何を言っているのだろうか。

 

「すまん、言葉が足りなかったな。剣を教えてくれる先生に言われたんだ。人攫いにわざと捕まって、全員ぶっ飛ばしてこいって」

 

「な、何故、そんな事するのです?」

 

「俺の剣の流派の習わしなんだよ。どんな命令でも、遂行できる能力があるか確かめるために……理不尽な試練を与える。まぁ、要するに、これも修行の一環だ」

 

 私の住む世界とは違う次元の話。

 懇切丁寧に説明されても、分からない。

 脳が、理解する事を拒んでいた。

 けれど、それでも、眩しかった。

 

「心配するな。俺が何とかしてやる。人攫いを一人残らず、叩き斬る」

 

 憲剛の瞳は、輝きを放っていた。

 明るい未来を見据えて、希望を胸に抱き続けていたのだ。

 

「……っ」

 

 ごくりと息を呑む。

 生まれて初めてだった。

 ここまで、心臓が早鐘を打つのは。

 

 たった数刻会話しただけで思い知った。

 流されるままに生きてきて、最後の最後まで何もしなかった私。

 明確な目標を掲げて、絶望的な状況を前にしても、希望を捨てない少女。

 私と彼女は、真逆の人間だ。

 

「貴女が羨ましいです」

 

「何故だ」

 

「私には何もない。夢も希望も何もかも。だから、羨ましいんです。確固たる願いを持つ貴女が。最強の剣士になる夢を持つ貴女が。生きる意味を持つ、貴女が……」

 

 どうして、話を続けているのだろうか。

 この状況で絶望しない理由が知りたいという目的は達成したはずなのに。

 少女と話す理由は、無くなったのに。

 自然と口が動いて……。

 

「それなら、剣を振ろう」

 

「け、剣、ですか?」

 

「夢がないなら、俺の夢を分ける。生きる意味がないなら、俺が与える。だから、最強の剣士になるために剣を取れ」

 

 真っ直ぐで曇りなき眼差し。

 こちらに寄り添ってくれる優しい言葉が、心の奥で染み渡っていく。

 ここで、理解した。

 ずっと……この言葉を待ち望んでいたのだと。

 

 私という人間は、空っぽだ。

 肉親である母親から必要とされず、誰とも関わる事なく生きてきた。

 だからか、自意識が希薄で、自らの存在価値を見出せない。

 生きる意味も、夢も希望も何もない。

 

 けれども、そんな私に手を差し伸べてくれる少女と出会うことができた。

 こんな奇跡、今後起こり得ないと断言できる。

 そう実感すると、心の奥に仕舞ったはずの願望が露呈しかけ、差し伸べられた手を掴みそうになる。

 

「気休めは、やめてください。貴女がなにを言おうと、現状は好転しません。私達は奴隷として生きて死ぬだけです」

 

「そうか。ならば、仕方がない」

 

 だが、救いの手を振り払った。

 私は、拭いきれなかったのだ。

 母親に愛されなかった心の傷を。

 

 他人に期待しても、何も変わらない。

 自分勝手に期待して、自分勝手に裏切られる。

 

 そう思い込んで、拒絶してしまった。

 ……それなのに。

 

「俺の言葉が気休めではない事を、証明してやろう」

 

「……え?」

 

「刮目するがいい。近い将来、日の国に名を轟かす……浅葱憲剛の生き様を」

 

 次の瞬間。

 憲剛の手縄が、千切れていく。

 そうやって、自由を手に入れた彼女は、私の手縄も引き千切った。

 道具を使わずに、純粋な腕力で。

 

「ふんっ!」

 

 そして、牢屋すら破壊した。

 鉄格子を掴んで、ひん曲げたのだ。

 道具を使わずに、純粋な腕力で。

 

「えっ、ちょっ。はあっ!? 何なんだよ、おまっ」

 

 最後に、現実離れした芸当を目の当たりにして、困惑を隠せない監視役の顔面に拳を叩き込む。

 予想だにしない出来事に反応しきれなかった彼女は、ばたりと倒れて口から泡を吐く。

 たった一撃で、気を失ってしまったのだ。

 

 憲剛は、何もかもおかしい。

 気が狂ってるとしか思えない行動に、子供とは思えないほどの膂力。

 ……というか、剣士とは何だったのか。

 ありとあらゆる障害を筋肉で解決している。

 

「中々、良い得物を持っているではないか。人攫いの愛刀にしておくには勿体無い逸品だ」

 

 倒れ伏す監視役が腰に刺していた刀を奪った憲剛は、不敵な笑みを浮かべる。

 そうして、迷わずに歩き始めた。

 人攫い達が集まっている方向へ。

 

「おい、拘束から逃れてる餓鬼がいるぞ」

 

「一丁前に真剣を持ってやがる……」

 

「念には念を入れて、数の力で潰すか」

 

 たどり着いたのは、屋敷の大広間。

 牢屋から脱出した憲剛を見て、人攫い達は驚いたような表情を見せる。

 まさに、絶望的な戦力差。

 あちらは屈強な成人女性が数十人いるのに対して、こちらは少女一人。

 

「全員纏めて、かかってこい」

 

 しかし、憲剛はそう言い放った。

 真っ向から迎え打つ宣言をしてみせたのだ。

 怖がりながらも、逃げたりはしない。

 如何なる時も光を掲げ、諦めたりしない。

 ……本当に、信じられなかった。

 こんな人間が、現実に存在することが。

 

「馬鹿なガキが……ぶっ殺せ、お前ら!」

 

「殺せるものなら、殺してみろ。俺を、満足させて見せろっ!」

 

 隊長らしき人攫いが高らかに叫ぶと、雑兵達が一斉に憲剛へと襲いかかる。

 次の瞬間、斬って斬られての殺し合いが始まると思いきや。

 

「へげぇっ」

「ひでぶ!」

「たわば!!」

 

 憲剛の倍くらいの上背を有する人攫いが、バッタバッタと薙ぎ倒されていく。

 数の暴力を得意とする集団相手に、刀一本で対処する彼女には、並大抵の相手では敵わない実力が備わっていた。

 絶え間なく襲いかかる攻撃をすいすいと避け、間隙を縫って斬撃をお見舞いする。

 どんな相手の命も一振りで刈り取っていく。

 また、屋敷内の家具を有効活用して、1対1の状況を作り出し、各個撃破する。

 常に最適な行動をとり、焦る事なく剣を振る。

 

 これが、剣士という生き物なのだろうか。

 同じ人間とは思えないほど、動きが洗練されており、見てて惚れ惚れする。

 なによりも、夢を叶えるために止まっていられない、という強靭な意思を垣間見て。

 

 ……心が動かされる。

 憲剛は、英雄だ。

 私みたいな弱者を救ってくれる英雄。

 最善を尽くして逆境に抗い続ける彼女の輝きに、私の魂は焼き焦がされてしまった。

 無気力だった精神に活力が注入されて、無彩色だった景色に色が戻る。

 空っぽな私が今日まで、生き永らえた理由。

 それは、彼女とこの場所で出会うためだったんだ……と、確信して。

 共に生きてみたいと、思えたのだ。

 

「捕えられていた子供達は救出した。後は、浅葱一門の門下生の到着を待つだけだ」

 

「…………分かった」

 

 そこからは、あっという間だった。

 圧倒的な力を持つ憲剛を前に、人攫い達は手も足も出ない。

 かすり傷すら負うことなく、敵勢力の殲滅に成功した。

 その上、捕らえられていた子供達の解放も、彼女が所属している剣術道場への連絡も完了していて。

 

 最後に、残っているのは。

 ずっと待ち望んでいた瞬間。

 私は、微塵も心配していない。

 きっと、彼女なら受け入れてくれる筈だから。

 

「憲剛さん。私も剣を振りたいです。貴女と同じ夢を見てみたいです」

 

「ふっ、そうか。こちらこそよろしく頼む」

 

 憲剛は、改めて手を差し出す。

 にこやかに、微笑みを浮かべながら。

 対して私は、恐る恐る、彼女の手を握る。

 そうやって感じたのは、岩肌のような手のひら。

 何度も皮がめくれては治って、何重にも重なる。

 至る所にマメが出来ており、固くなっている。

 剣の鍛錬を積み重ねてきた証であった。

 

「……姉上と呼んでも良いですか?」

 

 私は、心に決めた。

 何があっても一生、姉上についていく。

 剣を振って、誰よりも強くなって。

 いつの日か、英雄の力になってみせると。

 

「悪いが、その頼みは聞けない。絶対に、姉上とは呼ばないでくれ」

 

「どうして、ですか……?」

 

「俺は女じゃない。れっきとした男だから」

 

 これが、始まり。

 何時も、鮮明に思い出せる大切な記憶。

 運命的な出会いを果たした私と兄上は、最強の剣士になる夢を共有した私と兄上は。

 いつだって、二人で一人だったのに。

 ……何故、私を置いていったのですか?

 

 

「ああ……兄上。やはり、すでに毒されてしまっているのですね。可哀想に……必ずや、妹である私が正気に戻して差し上げます」

 

 私の頬に涙が流れる。

 まさしく、悲劇だ。

 私達は、引き裂かれてしまった。

 魂の繋がりを断たれてしまったのだ。

 忌まわしき妖刀に、兄上を誑かした悪魔共に。

 

 許さない。

 許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない。

 妖刀は、完膚なきまでに粉砕する。

 攘夷派の人間は、皆殺しにする。

 兄上を穢した罪は、拭えはしない。

 生まれてきた事、存在する事を後悔させてやる。

 だが、まずは。

 

「…………」

 

 浄化をしなければ。

 今の兄上は、毒されている。

 妖刀に魅入られて、攘夷派に洗脳されて、妹である私に剣を向けている。

 間違いなく、正気ではない。

 だから、元に戻さなければならない。

 心優しい兄上を取り戻さなければならない。

 

 とはいえ、焦りは禁物だ。

 2年前の彼は、私の奥義「瞬閃(しゅんせん)」を受け止める力量を有していなかった。

 それこそ、反応すら出来ていなかった。

 その結果、序列戦で私に敗北してしまったが……あの時の兄上はもういない。

 

「おやめください、兄上! 私は貴方の妹ですよ! 妹を傷つけるだなんて、兄上らしくありません!」

 

「……黙れ、狂人」

 

 静止の言葉に耳を貸す事なく、兄上は距離をつめてくる。

 矢継ぎ早に、妖刀を振るう。

 最小限の動作で、私を斬ろうとする。

 横薙ぎ、袈裟斬り、一文字斬り。

 四方八方から斬撃が飛んできて、私は反撃することすら出来ない。

 太刀筋に躊躇はなく、付け入る隙は無い。

 

 一体、どうするべきか。

 初撃を防がれて、一方的に攻められる。

 今の状況が続けば、間違いなく私は負ける。

 

 私の愛刀は普通の刀ではなく、希少な鋼を用いた特別な刀。

 強度はそのままで、羽のように軽い。

 この刀があるからこそ、自分の持ち味を十全に生かせる。

 先の先を極めた、高速の剣技。

 目にも止まらぬ速さで鞘から抜刀し、瞬時に敵を切り伏せる奥義「瞬閃」を行使できる、のだが。

 

 当然、デメリットもある。

 日本刀の強みは、切れ味。

 刀特有の反りと、緻密に計算された重量。

 他にも様々な要素が組み合わさる事で、他の剣を超越する切れ味を有している。

 しかし、私が扱う刀は重量がない。

 それ故に、何も考えずに振るっても、薄皮一枚切るのがやっと。

 人を傷つけるためには、完璧な太刀筋で攻撃する事が求められる。

 

「……どうした? 反撃しないのか?」

 

「したくとも出来ないのですよ、兄上は意地悪ですね……!」

 

 それを知っていて、兄上は一心不乱に妖刀を振るっているのだろう。

 距離を取ろうとする私に詰め寄って、行動を封じているのだろう。

 兄上は、私に瞬閃を使われる前に、手数で圧倒しようとしている。

 この戦法は、極めて有効だ。

 否応にも、私は回避に専念せざるを得ない。

 落ち着いて体勢を整えることも、抜いた刀を鞘に納める事すら出来ない。

 このままでは瞬閃が使えない。

 

 兄上は、特別な肉体を有している。

 並の人間よりも力が強く、頑強で、再生力も高い。

 そのため、生半可な斬撃は通さない。

 普通の人間ならば致命傷になる攻撃でも、兄上の体だとかすり傷を負わせられるかどうか。

 正直、私の刀との相性は最悪。

 兄上に手傷を負わせるためには、予備動作が必要とされる。

 鞘に収めた刀を瞬時に抜き放つ工程を経なければならない。

 要するに、瞬閃を使わなければ、兄上を斬る事が出来ないのだ。

 

 しかし。

 何も問題はない。

 2年間、兄上が鍛錬を積んで成長したように。

 私だって、新たな技を身につけているのだから。

 ……兄上の攻撃を回避しながら、懐に隠していた短刀を手に取る。

 そして、瞬閃を発動させた。

 

「……っ!」

 

 隠し持っていた懐刀による虚を突いた瞬閃。

 虎の子の新技は、兄上に当たらない。

 避けられるのは、当たり前だ。

 短刀の刃渡りは極めて短い。

 こちらの予備動作に気づく事さえできれば、少しばかり後退するだけで躱せる。

 謂わば、虚仮威しのような物。

 兄上ならば、避けてくれると信じていた。

 

 元より、短刀で斬るつもりは無い。

 私が欲しかったのは、僅かな時間。

 本命である愛刀を鞘に納める時間なのだから。

 十分な間合い、愛刀の納刀、敵を斬る心構え。

 これで、瞬閃の発動条件は整った。

 

「「…………」」

 

 一瞬の沈黙。

 私も兄上も、声を出さない。

 次の瞬間、勝負が決まると理解しているから。

 

 一度目の瞬閃。

 兄上を悪の道へと引き込もうとする悪魔の首を刎ねようとした瞬閃は、防がれてしまった。

 ならば、二度目も防がれるだろうか。

 

 否。

 瞬閃は防がれない。

 絶対に、兄上を斬る事ができる。

 私は、そう確信していた。

 

 兄上が一度目の瞬閃を防いだ時、私は微かに違和感を覚えた。

 こちらの予備動作を見た彼は迷わずに、攘夷派の悪魔の首の前に刀を差し出したのだ。

 まるで、そこに攻撃が来る事が分かっていたかのように。

 つまり、兄上は瞬閃に反応して防いだのではなく……瞬閃が来る場所に刀を置いただけなのだ。

 恐らく、私の溢れんばかりの殺気を感じ取り、首を刎ねてくると予想したのだろう。

 

 この憶測が正しいなら、殺気さえ出さなければ瞬閃は防がれない。

 ……いや、これは憶測ではない。

 経験則からくる、確信である。

 人間の才能は、生まれつき決まっている。

 兄上に与えられた才能は、超人じみた身体能力。

 剣才は凡庸であり、積み重ねてきた鍛錬によって、2年前の時点で剣の腕は上限に達していた。

 伸び代がない状態で、2年間鍛錬しても、生まれ持った才能は変えられない。

 

 確かに、兄上は強くなっている。

 浅葱一門で教わった剣の型を、自分の体に合った型に改良しており、動きが読みにくくなっていた。

 瞬閃に反応できるようにもなった。

 けれども、兄上は……私の瞬閃を完璧に防ぐ技量を、今も持ち合わせていないのだ。

 

 必ず、瞬閃は兄上に届く。

 殺気を消して、狙いを悟られないようにする。

 断ち切るのは、右の手首。

 兄上には申し訳ないが、全力で刀を振る。

 手心は加えず、躊躇もせず、手首を切断する。

 全身全霊をかけた瞬閃を放たせてもらう。

 

 体の負担を厭わずに、刀の柄を握りしめる。

 自分に出せる最高速度で鞘から刀を抜く。

 不可視の斬撃、瞬閃は兄上に迫り。

 

「………………え」

 

 呆気なく、防がれた。

 こちらの愛刀と、兄上の刀がぶつかり合う。

 私の刃は、届かなかったのだ。

 

「…………」

 

 兄上は、無言だった。

 驚きも、戸惑いもなく。

 淡々と私と鍔迫り合いをして、奥義を発動する。

 その名も「刃砕き」。

 兄上の技巧によって、私の愛刀はへし折れる。

 

 もう、何が何だか分からない。

 そんな私を、兄上は見下ろして。

 ……情け容赦なく、頭を殴りつけた。

 

「か、はっ!」

 

 脳天を揺さぶる衝撃。

 あまりの痛みに、声が出ない。

 指先を動かす事すら、ままならない。

 

「な、ぜ……どう、して……」

 

 その状態で、私は言葉を絞り出す。

 どうやって、私の瞬閃を防いだのか。

 一介の剣士として、答えが知りたかった。

 

「貴様の読みは当たっている。俺に、真っ向から瞬閃を受け止める技量はない」

 

「そ、れ……なら……」

 

「……視線だ。貴様は瞬閃を使う時、無意識に狙っている場所を目視する癖がある」

 

 ああ、そうなのか。

 それで、先読みしていたのか。

 殺気を感じて、推測していた訳じゃなかった。

 私の憶測は、最初から見当違いだったのだ。

 

 ……でも、でもでもでもでもでもっ。

 兄上は、やっぱり優しい。

 2年前の時も、こうだった。

 手合わせした後は、改善するべき箇所を丁寧に教えてくれていた。

 自分が不利益になるのにも関わらず、私の事を考えてくれていたのだ。

 それは、今も変わらない。

 きっと、兄上は昔のまま。

 

 もしかしたら、私と真剣勝負した事で、呪いが消え去ったのかもしれない。

 妖刀の呪縛と攘夷派の洗脳から解放されたのかもしれない。

 いや、そうだ。

 絶対に、そうに違いない。

 

「あに、うえ……」

 

 自分の体に鞭を打つ。

 死力を尽くして、上を見上げる。

 そうやって、兄上の顔を見てみると。

 

「瀬那。貴様には、心底失望した」

 

 彼は、無表情のまま。

 軽蔑するような眼差しを、こちらに向けていた。

 

「こんなにも脆弱だとは。これでは糧にすらならん。貴様との立ち合いは時間の無駄だった」

 

「……あ、れえ?」

 

「殺す価値すらない。生かしておいてやるから、次に会う時までに鍛え直しておけ」

 

 兄上は、歩き出す。

 私を置いたまま、部屋を出ようとする。

 興味を失ったとでも言いたげに。

 

「最後に、言っておくが。俺は妖刀に操られてなどいない。自分の意思で、浅葱一門を抜けたのだ」

 

「…………」

 

「俺の目的は誰よりも強くなること。他の門下生にも言っておけ。挑戦はいつでも受ける……とな」

 

 全てが終わる。

 私の視界は暗くなって、意識が消えていく。

 心の中に深い絶望を抱えたまま。

 

 

 目が覚める。

 瞼を開けると、そこには見慣れた天井があった。

 私は、自室の布団に横たわっているのだ。

 

「やっほー。調子どう?」

 

 起き上がって、横を見る。

 すると、意地の悪い笑みを浮かべる少女の姿を捉えた。

 黒い長髪を二つに分けた特徴的な髪型、切れ長の鋭い瞳、人をくったような表情。

 彼女の名前は、浅葱(ひさ)

 浅葱一門の序列六位の武士であった。

 

「貴女が、私をここまで運んだのですか?」

 

「お、分かっちゃう? そうだよー、アタシだよー! 華麗にシュッと助けたんだから、たっぷり感謝してよねぇ」

 

「……ありがとうございます」

 

「瀬那ちゃんは偉いね。感謝できて偉い!」

 

 どうやって、とは聞かなかった。

 多分、一部始終を見ていたのだろう。

 兄上との戦いを見届けて、私が敗北した姿を確認した後に救出した……といったところか。

 久の生い立ちは一際特殊。

 かつて、兄上の従者を務めていた彼女は、忍びとして生きていた過去がある。

 その時に会得した技能を活かして、あの場にいた人間に気づかれないように隠れていたのだ。

 

「それにしても、ご主人様は凄かったよねー。ホント、流石って感じ。瀬那ちゃんもアリガトね!」

 

「感謝される謂れはありません」

 

「あるよ、大アリだよ。だって、瀬那ちゃんが突っ走ってくれたお陰で、ご主人様が浅葱一門を離れた理由を知る事が出来たじゃん! もちろん、他の門下生にも伝えといたよん。愛するご主人様の命令は即実行する。アタシって、従者として超優秀だって思わない?」

 

 捲し立てるように、久は言葉を発する。

 一見すると友好的に見えるが、彼女は極端なほど冷たい人間であった。

 具体的に述べると、久は……兄上以外の人を人間だと思っていない節がある。

 この明るさも、表面上のものに過ぎない。

 

「申し訳ありませんが、一人にさせてくれませんか? 色々と考えたい事があるのです」

 

「んーとね。まぁ、オッケー! 最後に、一つだけ聞いてもいーい?」

 

「……なんでしょう」

 

「ご主人様に負けた後、何て思った?」

 

 今この瞬間も。

 久は、ニヤニヤと笑っている。

 けれど、瞳の奥は笑っていなかった。

 私が、どのように返答するのか。

 真剣に知りたがっているように見えた。

 

 ここで、適当に誤魔化すことも出来るのだろう。

 しかし、助けて貰った恩がある以上、不義理な真似はしたくない。

 だから、私は率直な感想を述べる。

 

「兄上の事を……何も分かっていなかった、と思いました」

 

「というと?」

 

「私は、理想像を押し付けていたんです。その結果、本当の兄上の姿を見れていなかった」

 

 全て、思い込み。

 私が見ていた兄上は、現実の兄上じゃない。

 自分の中で作り出していた理想の兄上だった。

 

 これまで、私は兄上が完璧な存在だと思っていた。

 男ながらに女性社会に入り、弱者を救済するために戦う、心優しい英雄だと信じ込んでいた。

 でも、実際は違う。

 兄上は、ひたすらに力を追い求めているだけ。

 浅葱一門に入ったのも、強くなるため。

 弛まぬ研鑽を続けるのも、強くなるため。

 妖刀を手に取り、浅葱一門と対立したのも、強くなるため。

 あの時、私を助けたのも、強くなるためなのだろう。

 改めて考えてみると、兄上の行動は最初から一貫していた。

 彼は、自分が信じる道を歩んでいるだけ。

 

 それを、妖刀に魅入られたと思い込み、攘夷派に洗脳されていると考えたのは。

 自分が思い描く理想の兄上を、現実の兄上に押し付ける。

 私の中の歪みが発露した結果だった。

 

「……そっか。答えてくれて、アリガト! ゆっくり休んで、修行がんばってねー! レッツゴー、ファイト! あっさぎセナ!」

 

 答えを聞いて、満足したのか。

 私に向かって激励の言葉を投げかけた久は、何処となく愉快そうに部屋を出る。

 そして、静寂が訪れた途端に。

 

「う、うう……」

 

 大粒の涙が、流れ始める。

 心の中には、絶望しかなかった。

 後悔が渦巻いて、離れない。

 

 私は、最初から間違っていた。

 兄上に理想を押し付けて、自分にとって都合の良い側面を見ていた。

 本物の兄上の心と向き合おうとしなかったのだ。

 

 だからこそ、考えてしまう。

 もしも、私が初めから兄上と向き合っていたら。

 彼が抱える強さへの執着を理解できていたならば……もっと、別の道があったのではないか。

 浅葱一門と対立する事も、攘夷派に身を寄せる事もなく。

 今も、一緒にいられたのではないか。

 対等な剣士として、高め合えたのではないか。

 その可能性が、頭にこびりついて離れない。

 

 しかし、全てが遅すぎる。

 時間は、巻き戻らない。

 どんなに後悔しようとも、兄上が戻ってくることは絶対に無いのだから……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それなら、剣を振ろう」

 

 でも。

 

「夢がないなら、俺の夢を分ける。生きる意味がないなら、俺が与える。だから、最強の剣士になるために剣を取れ」

 

 それでも。

 

「殺す価値すらない。生かしておいてやるから、次に会う時までに鍛え直しておけ」

 

 私の脳内では、兄上の言葉が聞こえ続ける。

 今も昔も、変わらない。

 空っぽな私の中は、兄上で埋め尽くされていた。

 

 ……そうだ。

 まだ、終わってはいない。

 ここで、全てを投げ出す訳にはいかない。

 私は、何度も間違いを重ねた。

 兄上と出会った時に間違えて、兄上と剣を振っていた時に間違えて、兄上と戦った時にも間違った。

 我ながら、無能で鈍臭くて、どうしようもない。

 だからこそ、今度は間違えられない。

 私には、やるべき事がある。

 

「絶対に、強くなろう」

 

 そう自分に言い聞かせる。

 下らない妄想は、しない。

 死に物狂いで鍛え直して、強くなるだけでいい。

 私も、兄上と同じになる。

 剣に人生を捧げるバケモノになる。

 きっと、そうすれば。

 

「兄上は、私だけを見てくれる……!」

 

 兄上が、誰よりも強くなる事を望むなら。

 私は、そんな彼よりも強く在り続ける。

 どんなに強くなっても、私が上に立つ。

 乗り越えるべき壁として、立ち塞がる。

 

 そうなると、どうなるか。

 兄上は、私とずっと戦ってくれる。

 私が兄上に負けるまで、ずっと、ずーっと。

 二人だけの世界が、理想郷が完成する。

 

「ふ、ふふ、ふふふふっ! 待っていてくださいね、兄上。私は、貴方に勝ちます」

 

 部屋の片隅に置いてある刀を手に取った私は、おもむろに走り出す。

 目指すのは、浅葱一門の訓練場ではない。

 私は、武者修行の旅に出る。

 浅葱一門の立場を捨てて、各地に点在する強者と殺し合いをする。

 名だたる剣豪を斬りまくって、必ず強くなる。

 

「血も涙もない剣鬼である兄上の全てを喰らう……最強の化け物になってみせますから!」

 

 ですので、どうか。

 その時が訪れたら……私を褒めてくださいね。

 

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