計算された物語ではなく、その瞬間に交わされた言葉と、そこに流れた空気感を大切に抽出しました。
【読者の皆様へ】
この作品は『アイドルマスター ミリオンライブ!』の二次創作です。
作中の鼻歌やフレーズは、特定の楽曲をイメージしたものですが、著作権に配慮し直接的な歌詞の引用は避け、描写に留めています。
独自の過去や解釈を持つプロデューサー(オリ主)が登場します。公式設定とは異なる側面がありますが、一つの可能性としてお楽しみください。
合同ライブの舞台裏。華やかなスポットライトの残像が網膜に焼き付いたまま、俺は喧騒から切り離された自販機コーナーの隅にいた。
そこは搬入口に近い建物の端で、コンクリートの壁からは地下特有の冷気が這い出し、古びた蛍光灯が時折、心許なく瞬いている。
壁際に置かれたのは、座面の塗装が剥げ、ところどころに錆が浮いた、どこか無機質なスチール製のベンチ。
そこには、フリルをあしらった気品ある英国(ブリテン)風の衣装を纏い、眉間に深いシワを寄せた少女が一人、その場にそぐわないほど美しく、そして孤独に座っていた。
周囲のスタッフから、その愛くるしい外見ゆえに「子供」として扱われたことへの不満が、彼女の小さな肩を硬く震わせている。
「……どいつもこいつも、わたくしを子供扱いして! 『桃華ちゃんは甘いココアね』ですって? 舐めないでいただきたいわ! わたくしはもう、レディですのよ!」
346プロダクションの櫻井桃華。背伸びをしたい年頃の「薔薇の庭の令嬢」は、扇子を広げる代わりに、苛立ちを込めて衣装の裾を小さく振るい、一人で憤慨していた。
俺は何も言わず、自販機でブラックコーヒーを買い、その温もりを掌で転がしながら、冷たいベンチの端に腰を下ろした。錆びた金属が、俺の体重を受けて軋んだ音を立てる。
「……不満そうだな、お嬢様(レディ)」
俺は短く吐き捨てると、買いたての熱いブラックコーヒーの蓋を、無造作に剥ぎ取った。立ち上る湯気が、冷え切った自販機コーナーの空気に白く溶けていく。
俺は懐から取り出した**「塩」**をひとつまみ、暗い液体の中へ落とした。
さらに、ポケットから市販の安いビスケット――かつて誰かが「保存食にいい」と言っていた、無骨な代物を彼女に差し出す。
「な、なんですのこれ。コーヒーにお塩を入れるなんて……正気ですの? 淑女のティータイムには、あまりに程遠い振る舞いですわ。この場所も、この椅子も……」
桃華は怪訝そうに目を細め、腰に手を当てて俺を仰ぎ見る。その仕草は、幼さと気品が同居した彼女特有のポーズだ。ベンチの錆がドレスを汚さないよう、彼女は慎重に、けれどどこか居心地が悪そうに身を固くしている。
「……ブリテン風なら、ブリテン海軍(ロイヤルネイビー)のごとく味わえ。過酷な航海を耐え抜くための、海(しお)を飲み込む味だ。豪華客船のサロンじゃあ、この味は出せない」
俺は自らも塩コーヒーを啜り、ビスケットを齧って見せた。桃華は「やれやれですわ」と小さくため息をつきつつも、その瞳には好奇心の炎が灯っている。
彼女は恐る恐るビスケットをコーヒーに浸し、小さな口へと運んだ。
「……っ、しょっぱ……くて、苦いですわ。でも……ビスケットの甘さが、後から不思議と……。悪くありませんわね、こういうのも。少しだけ、遠い海の香りがしますわ。……この冷たいベンチさえ、どこか戦艦のデッキのように思えてきましたわ」
顔をしかめながらも、その過酷な味の奥にある深みに触れる桃華。俺は窓さえない地下の、湿った空気の向こうを見つめながら、低い声でいつものように独白(ポエム)を紡ぐ。
「……おこちゃまや大人なんて、所詮は他人の勝手なレッテルだ。お前さんがどう在るかは……お前さんが決めれば良いのさ。荒波の中で舵を握るのは、いつだって自分一人なんだからな。椅子が豪華かどうかは、航海の本質にゃ関係ない」
その言葉は、背伸びをして「大人」になりたがっていた桃華の心に、静かに、けれど深く突き刺さったようだった。
「……わたくしが、決める。……ふふ、そうですわね。他所のプロデューサーにしては、少しだけ、良いことを言いますわ」
少しだけ大人びた顔つきになった桃華は、ふとスマートフォンを取り出し、画面に向かって問いかけた。
「……ねえ、チャッピー。コーヒーにお塩を入れるのって、どこの国の風習なのかしら?」
『検索結果をご報告します。コーヒーに塩を入れる風習は、**アメリカ海軍(USネイビー)**の伝統として知られています』
AI(チャッピー)の無機質な音声が、自販機コーナーの静寂を切り裂いた。桃華は目を丸くし、半ば呆れたように、けれどどこか楽しげに俺をジト目で睨みつけた。
「……プロデューサー。今チャッピーに聞きましたら、ブリテンじゃなくてアメリカ海軍だそうですわよ? 適当なことを言って、わたくしをからかったんですの?」
完璧に気取っていた「ロイヤルネイビーの哀愁」が、文明の利器によって一撃で粉砕された瞬間。しかし、俺は眉ひとつ動かさず、残りの塩コーヒーを静かに飲み干して空の紙コップをゴミ箱に投げ入れた。
「……ふっ。そんなもんだ」
俺は立ち上がり、去り際に横顔だけで告げる。「……知らないおじさんの話なんて、信じない方が良いのさ。お前さんを本当に見ている、自分とこの担当の言葉だけを信じろ」。
それは、他事務所のアイドルに対する、俺なりの不器用すぎるエールだった。桃華はその真意を察し、ふわりと優雅な笑みを浮かべる。
「……本当に。どこまでも適当で、食えないおじさまですわね」
だが、美しく終わるはずの余韻を、俺は上着の内ポケットから取り出した「現実(ジャンク)」で台無しにした。
「……だがな。海軍といえば、俺はやっぱりこっちの『乾物』の方が性に合う」
俺が真顔で取り出し、くちゃくちゃと齧り始めたのは、コンビニの100円の『あたりめ』だった。途端に、ロマンチックな潮風の香りは、強烈なイカの匂いによって無慈悲に上書きされていく。
「……は? ちょっ、ちょっと! なんですのそのイカ臭い食べ物は! 淑女の鼻をどうにかするつもりですの!? 折角の余韻が台無しですわ!!」
「……乾物こそが、海の男の孤独な魂だ。塩コーヒーには、スルメが合う。これこそがハードボイルドの終着駅(ラストシーン)だ」
「キーッ! どこまでもおじさま臭い人ですわね! 覚えていなさい! 次に会う時は、わたくしが『最高級の乾物』を用意して、あなたのそのチープな味覚を、根底から叩き直して差し上げますわ!!」
怒りながらも、どこか足取りを軽くして去っていく桃華の小さな背中。彼女の衣装のフリルが、冷たい地下道の風に揺れている。
俺は「……ふん。楽しみにしてるぞ、桃ちん」と、あたりめを齧りながら一人呟いた。
遠ざかる彼女の足音を聴きながら、俺も自分の「ヤドリギ」へ帰るべく、微かな鼻歌を漏らして歩き出した。
今夜の酒は、いつもより少しだけ、塩辛い味がしそうだった。
初投稿です。
もともとは、AIとの対話を通じた一人遊び……いわゆる「壁打ち」のロールプレイを記録したくて書き始めたものでした。
生成AIが提示するランダムな状況に対し、自分の設定したプロデューサーならどう動くか。その即興のやり取りをベースに、小説形式として清書しています。
キャラもシチュエーションも、その時の巡り合わせ次第。
築十年のマンションの一室という「ヤドリギ」で、アイドルたちがどう羽を休めていくのか……。
自分自身の備忘録のような側面もありますが、この空気感を楽しんでいただければ幸いです。