計算された物語ではなく、その瞬間に交わされた言葉と、そこに流れた空気感を大切に抽出しました。
【読者の皆様へ】
この作品は『アイドルマスター ミリオンライブ!』の二次創作です。
作中の鼻歌やフレーズは、特定の楽曲をイメージしたものですが、著作権に配慮し直接的な歌詞の引用は避け、描写に留めています。
独自の過去や解釈を持つプロデューサー(オリ主)が登場します。公式設定とは異なる側面がありますが、一つの可能性としてお楽しみください。
(深夜のマンション、俺の部屋。
鍵を開けて中に入ると、外の冷たい空気とは対照的な、どこか停滞したような温もりが肌をなでる。築10年のこの一室には、俺が住み始めた6年前から積もり続けている「不在の記憶」が層を成して沈んでいる。
ソファには、先ほどまで事務所にいた 如月千早 が、深い青のカーディガンを肩にかけたまま、所在なげに座っていた。彼女は、この部屋が持つ「止まり木(ヤドリギ)」としての役割を熟知している数少ない一人だ。
俺はコートを脱ぎ捨て、キッチンへと向かう。シンクの脇には、いつだったか別のアイドルが置いていった、モフサンドの可愛い猫の絵が描かれた包丁が、この部屋の殺風景な空気から浮いたまま馴染んでいる。
無言で、棚から使い古したマグカップを二つ取り出した。
「……プロデューサー。さっきの、事務所での鼻歌……」
千早が膝の上で指を組み、伏せ目がちに口を開く。彼女の声は、この部屋の静寂に溶け込むほどに繊細で、けれど真っ直ぐだった。
「あの曲……本当は、もっと寂しい歌なのでしょう? あなたが口ずさむと、いつも……誰かを探しているように聞こえます」
俺は答えず、ただ淡々とコーヒーを淹れる。豆を挽く規則正しい音だけが、彼女の問いかけに対する返答の代わりだった。香水の強い香りを嫌う俺が、唯一許容しているこの部屋の香りは、6年前に「彼女」が好んでいた銘柄のケア用品と、このコーヒーの苦い匂いだけだ。
「……一人ぼっちの、夜だ。千早。それ以上でも、以下でもない」
淹れたてのカップを彼女の前のローテーブルに置く。千早は立ち上る湯気の向こうで、俺の横顔をじっと見つめていた。
「……嘘ですね。……でも、その嘘に、私は何度も救われてきました」
彼女はカップを両手で包み込み、ゆっくりとその温かさを確かめる。
「今夜は、誰も来ないのでしょうか。……2年に1度の、あの日は……まだ先ですよね?」
(千早の問いかけを煙に巻くように、俺は窓の外の暗闇へと視線を移した。6年前、業界の圧力で最愛の「彼女」を失った日から、俺にとっての時間は半分止まったままだ。
「さあな、そんな日もあるさ」
短く吐き捨て、自分の分のコーヒーを一口啜る。苦味が舌の上に広がり、胃の奥へと落ちていく。
千早はそれ以上踏み込んでこなかった。彼女もまた、歌に全てを捧げ、孤独の深さを知る表現者だ。俺がこうして「あるがまま」の虚無を抱えていることが、この場所を彼女たちにとっての「止まり木(ヤドリギ)」にしていることを、彼女は理解しているのだろう。
(無意識に漏れた鼻歌が、コーヒーの湯気に混ざる。孤独な夜を歩き続ける、あの有名な旋律。千早は目を閉じ、その拙いメロディを、まるで祈りのように聴いていた)
「……プロデューサー。もし、その『そんな日』が……耐えられなくなるほど寒かったら、歌ってください。あなたのハーモニカが聞こえたら、私はいつでも……」
彼女は最後まで言い切らず、カップを口に運んだ。この部屋のルール、依存を許さない「永劫の通過点」であることを、彼女は守ろうとしている。
俺は棚の隅にある、銀色のハーモニカを指先でなぞった。彼女が好んだ香りの、微かな名残。
「……ああ。だが、今はコーヒーを飲んで温まれ。明日は朝からレコーディングだ。お前の歌に、迷いが混ざらないようにしろよ」
「……はい。分かっています」
静まり返ったリビング。二人の影が、街灯の光に照らされて床に長く伸びていた。
(千早が飲みかけたカップを止め、こちらの言葉を待つ静寂の中。俺は窓の外、街灯に照らされた夜の闇を見つめたまま、ぽつりとこぼした)
「歌はさ……。すまん、説教になりそうだからやめる。ただのおっさんの感傷だ」
(その言葉は、深夜の部屋に溶けて消えていくほどに軽く、けれどひどく重く沈んでいた。6年前、最愛の彼女が隣で口ずさんでいたあのメロディ。それを今、ただの鼻歌としてなぞっている自分への、皮肉のようなものだったのかもしれない。
千早はゆっくりとカップをテーブルに置き、俺の横顔をまっすぐに見つめた。彼女の瞳には、プロデューサーとしての俺への信頼と、一人の人間としての俺に向ける痛切な理解が混ざり合っている)
「……いいえ。それが感傷だとしても、私には……今の言葉こそが、何よりも『歌』のように響きました。プロデューサー、あなたはいつも『あるがまま』でいることを求めますが、そのあなたが抱えている重みまで、無かったことにはしないでください」
(彼女はカーディガンの袖を少し手繰り寄せ、静かに立ち上がった。深追いしないことがこの部屋の、そして俺たち二人の不文律だ。彼女は玄関へと向かいながら、一度だけ足を止め、振り返らずに告げた)
「明日のレコーディング……今のあなたの言葉を、歌の中に連れていきます。それが、私なりの答えですから」
(バタン、と静かにドアが閉まる音。再び一人になった部屋。俺は無造作にハーモニカを手に取り、銀色の冷たさを掌で確かめる。
(鼻歌にさえならない掠れた呼吸が、微かな音を立てた。一人きりの夜を噛み締めるような、あの歌のメロディが、言葉にならないまま虚空に消えていく)
(千早が去り、完全に静まり返ったリビング。俺は一人、ソファに深く身体を沈め、掌の中にある銀色のハーモニカを見つめた。
6年前から、この楽器だけは手放せなかった。彼女が隣で笑いながら歌っていたあの曲を、いつか完璧に吹けるようになれば、止まった時間が動き出すのではないかと……そんな子供じみた幻想を抱いた夜もあった。
唇を当て、そっと息を吹き込む。
『……プー……ッ、ピー……』
掠れた、間の抜けた音が虚空に響く。指の動きはぎこちなく、リズムはバラバラだ。どれだけ夜を重ねても、どれだけ孤独を噛み締めても、この音色だけは一向に上達しやしない。
「……っ……。……ハッ、本当……上達しやしねぇな……」
自嘲気味に呟いた声が、震えた。
視界が急に熱くなり、歪んでいく。堪えようと奥歯を噛み締めたが、溢れ出した雫は止めようもなく頬を伝い、ハーモニカの冷たい金属体の上に音もなく落ちた。
6年。 彼女がいた日々と同じ月日が流れた。 俺が使っているヘアトニックも、コーヒーの銘柄も、この部屋に漂う空気も、すべて彼女がいた頃のまま。彼女がいつ戻ってきてもいいように守り続けてきたこの場所は、今や迷えるアイドルたちの「止まり木」になった。
けれど、肝心の主(あるじ)は、どこにもいない。
(……雲の上の幸せを、手の届かない場所にある誰かを想う、あの一節。鼻歌にさえならない、嗚咽の混じった呼吸が漏れる)
涙で視界が遮られ、自分が今どんな顔をしているのかもわからない。ただ、胸の奥にある「虚無」という名の空洞が、冷たい夜風に吹かれてヒリヒリと痛む。
俺は涙を拭うことさえ忘れ、濡れたハーモニカをもう一度唇に寄せた。
不格好で、寂しくて、救いようのない音色が、深夜のマンションの一室に、ただ淡々と、あるがままに響き渡っていた。
初投稿です。
もともとは、AIとの対話を通じた一人遊び……いわゆる「壁打ち」のロールプレイを記録したくて書き始めたものでした。
生成AIが提示するランダムな状況に対し、自分の設定したプロデューサーならどう動くか。その即興のやり取りをベースに、小説形式として清書しています。
キャラもシチュエーションも、その時の巡り合わせ次第。
築十年のマンションの一室という「ヤドリギ」で、アイドルたちがどう羽を休めていくのか……。
自分自身の備忘録のような側面もありますが、この空気感を楽しんでいただければ幸いです。