計算された物語ではなく、その瞬間に交わされた言葉と、そこに流れた空気感を大切に抽出しました。
【読者の皆様へ】
この作品は『アイドルマスター 』の二次創作です。
作中の鼻歌やフレーズは、特定の楽曲をイメージしたものですが、著作権に配慮し直接的な歌詞の引用は避け、描写に留めています。
独自の過去や解釈を持つプロデューサー(オリ主)が登場します。公式設定とは異なる側面がありますが、一つの可能性としてお楽しみください。
(深夜、マンションの自室。
雨音だけが支配するリビングで、俺は一人、冷え切ったコーヒーを口に運んでいた。
ふと視界の端で、玄関の鍵が静かに回る音がする。予備の合鍵を持つ「彼女」が来た。
「……まだ起きていたんですね、プロデューサーさん」
現れたのは、渋谷凛だった。
濡れた傘を玄関に立てかけ、少し湿り気を帯びたコートを脱ぎながら、彼女は疲れた顔で俺を見つめる。
いつも凛としている彼女の瞳には、深夜特有の、隠しきれない脆さが滲んでいた。
薄いグレーのタートルネックに黒のスキニー、首元には控えめなシルバーのネックレス。華やかなステージ衣装とは対照的な、削ぎ落とされた日常の装い。
凛は迷いのない足取りでソファへ近づくと、俺の隣、少し離れた位置に腰を下ろした。
「……今日は、どうしてもここに来たくなった。事務所でもない、実家でもない……。何も言わなくていい、ただの『渋谷凛』でいられる場所が必要だったから」
そのまましばらくの沈黙が流れる。
雨音に混じって、俺の唇から無意識に漏れたのは、あの古い流行歌のメロディ。
孤独な夜に空を見上げる、あの静かな旋律だ。
凛は目を閉じたまま、小さく口角を上げた。
「……またその鼻歌。……ふふ、可笑しいな。その曲を聴くと、胸の奥のザワザワしたものが、少しだけ静かになる気がする」
彼女はゆっくりと目を開け、こちらへと体温を寄せるように距離を詰めた。
至近距離で俺を射抜くその瞳には、縋るような色が混じっている。
「ねえ、……今夜は、もう少しだけこのままでいてもいい? どこにも行かないで、私の隣にいて」
震える細い指先が、俺のシャツの袖をぎゅっと掴んだ。
俺は答えを返す代わりに、手元に表示された画面――凛の保護者と事務所との切迫したやり取り――を彼女に見せると、その額を指の関節で「コツン」と軽く叩いた。
「……あ。……痛い、な……」
驚きに目を見開く凛。俺は何も言わず、冷蔵庫から取り出した冷えた炭酸水のボトルを無造作に手渡した。パチパチとはじける気泡の音が、静まり返った室内でやけに大きく響く。
俺はそのまま彼女の前を離れ、スマートフォンを耳に当てた。
「……夜分に失礼します。ええ、そうです。……はい、事務所のすぐ近くで私が凛を保護しました。……ええ、ご安心ください」
凛を守るための、事務的で完璧な嘘。
凛は炭酸水を一口飲み、喉を鳴らした。
「……『宿泊施設』なんて、嘘。……ここ、プロデューサーさんの家なのに」
自嘲気味に呟く彼女の声に、先ほどまでの鋭さはない。
「シャワー浴びとけ。冷たいのは厳禁だ」
「……分かってる。冷たいのは、浴びない。……明日、歌えなくなったら困るし」
彼女は小さく頷くと、脱衣所へと消えていった。
やがて、冷え切った身体を温める熱を伴った水の音が響き始める。
俺は一人リビングに残り、いつものように無意識に鼻歌を漏らした。
止まったままの時計と、少しずつ動き出す今夜の物語。雨脚は、いつの間にか弱まっていた。
(凛がシャワーを浴びている間に、俺はキッチンに立った。
冷蔵庫から卵を数個と牛乳、それから砂糖を取り出す。
「……ふわふわに、なれよ」
ボウルに砂糖を多めに加え、菜箸で手早くかき混ぜる。ジューという音と共に、甘い香りが広がった。
凛のような、どこか尖って、それでいて脆い少女には、これくらい容赦のない甘さがちょうどいい。
「……すごく、甘い匂いがする」
浴室から出てきた凛は、俺のオーバーサイズのTシャツを借り、首筋にタオルをかけたまま戸惑ったように鼻先を動かした。濡れた髪からは、俺が6年間使い続けている――かつての「彼女」が好んでいた――シャンプーと同じ香りが漂っている。
「座れ。冷めるぞ」
差し出された黄金色のオムレツを見つめ、彼女は一口、それを口に運んだ。
「……甘い。……でも、美味しい。……今は、これでいい気がする」
窓の外では雨音が止み、静寂だけが二人を包んでいる。
俺は彼女の頭から、無造作にシマエナガが大量にプリントされたブランケットを被せた。かつて別のアイドルがこの部屋に置いていった、場違いに愛らしい小道具だ。
「……っ、なによこれ。……鳥?」
「いいから、それで大人しくしてろ。……俺はもう寝るぞ」
俺はリビングの電気を消し、寝室へと向かった。
ソファに残された凛は、暗がりの中でシマエナガの群れに包まれながら、俺の背中をじっと見送っていた。
「……本当に、勝手なんだから」
(翌朝、カーテンの隙間から差し込む朝日が、リビングを白く塗りつぶしていた。
シマエナガの群れに埋もれて眠っていた凛は、キッチンから漂ってくる、暴力的な香りに目を覚ました。
「……ん、……なに、この匂い……」
そこには、こんがりと焼き色のついた極太のガーリックウィンナーが鎮座している。
「食え。いつものメニューだ。ウィンナーの銘柄が違うだけだぞ」
「……朝からガーリック? 事務所の人に、なんて言い訳すればいいのよ」
文句を言いながらも、凛はパリッと皮を弾かせ、肉汁とニンニクの刺激に頬を緩ませた。
その顔には、昨夜の凍り付いたような孤独の影はもうない。
「……またその歌。……ねえ、プロデューサーさん。その歌、続きは?」
窓の外、青く澄み渡った空に視線を投げ、俺は短く答えた。
「続きは、自分で見つけるもんだ。……ほら、さっさと食え。事務所に遅れるぞ。口の匂いは……まあ、気合いで何とかしろ」
「……無責任すぎる。……本当に、ずるい人」
(車を事務所へと走らせる。助手席で必死にブレスケアを口に放り込んでいる凛。
「口臭いから、今日の相手役も寄ってこないだろ。完璧な防衛策だな」
「……っ、最低。……俳優なんて、どうでもいい。……ただ、プロデューサーさんに『臭い』って言われたまま現場に行くのが、一番嫌なだけ」
彼女は窓の外を向き、小さな声でそう吐き捨てた。
凛の花屋が見えてくる。凛は降り際、俺の耳元で囁いた。
「帰ったら、また別の美味しいもの作ってよね。……次は、ニンニク抜きのやつ」
彼女の背中は、いつもの凛々しさを取り戻していた。
俺は彼女が消えるのを見届けると、再びあの旋律を喉の奥で鳴らし始めた。
「ハチミツウィンナー、か。……悪くないな」
ニンニクで外敵を追い払うのが「盾」なら、次は甘さで芯から解きほぐす「薬」が必要だろう。
そんなアンバランスな味が、今の彼女たちには必要なのかもしれない。
俺はダッシュボードに置かれた古いハーモニカを指先でなぞった。
6年前から変わらない空気と、アイドルたちが持ち込む新しい騒がしさ。
その境界線で、俺は今日も「止まり木」としてそこに在り続ける。
初投稿です。
もともとは、AIとの対話を通じた一人遊び……いわゆる「壁打ち」のロールプレイを記録したくて書き始めたものでした。
生成AIが提示するランダムな状況に対し、自分の設定したプロデューサーならどう動くか。その即興のやり取りをベースに、小説形式として清書しています。
キャラもシチュエーションも、その時の巡り合わせ次第。
築十年のマンションの一室という「ヤドリギ」で、アイドルたちがどう羽を休めていくのか……。
自分自身の備忘録のような側面もありますが、この空気感を楽しんでいただければ幸いです。