計算された物語ではなく、その瞬間に交わされた言葉と、そこに流れた空気感を大切に抽出しました。
【読者の皆様へ】
この作品は『アイドルマスター 』の二次創作です。
作中の鼻歌やフレーズは、特定の楽曲をイメージしたものですが、著作権に配慮し直接的な歌詞の引用は避け、描写に留めています。
独自の過去や解釈を持つプロデューサー(オリ主)が登場します。公式設定とは異なる側面がありますが、一つの可能性としてお楽しみください。
(雨は静かに、けれど執拗にマンションの窓を叩いていた。
数日前の「ハチミツウィンナー事件」の狂乱。事務所中を支配したあの暴力的な甘い香りと、千早の放ったお玉の衝撃。それらはようやく記憶の彼方へと追いやられ、部屋には再び、6年前から変わらない石鹸の香りと、静かな孤独が戻ってきた……はずだった。
ガチリ、と合鍵が回る。
「……悪いな。どうしても、アンタの部屋の空気が……必要だったんだ」
現れたのは ジュリア だった。
雨に濡れた黒のライダースジャケットを脱ぎ、ボサボサになった髪を無造作に掻き上げる。その瞳には、新曲の制作が完全に行き詰まった者の、剥き出しの焦燥と疲労が張り付いていた。
彼女はふらりとリビングへ歩を進め、俺の背中に向かって、縋るような声を振り絞る。
「アタシのロックが、何なのか……分からなくなっちまった。P、アンタのあの……下手くそだけど、嘘のない魂の籠もったハーモニカ、聴かせてくれないか」
だが、ジュリアの言葉はそこで凍りついた。
視線の先。かつては孤独な男が夜な夜なポエムを紡いでいたはずのリビングは、今や完全に「別の何か」に変貌していた。
壁一面には、新調されたばかりの超高輝度プロジェクターによって、巨大な猫が乱舞する中毒性の高い映像が、爆音の電子音と共に投影されている。
「……ハッピー……ハッピー……」
「……P? アンタ、何やってんだ……?」
俺はゆっくりと振り返った。その瞳には、6年前の恋人を想う哀愁など一ミリも残っておらず、ただ映像への盲目的な陶酔だけが宿っている。
「ジュリアか。……素晴らしいだろう。俺は気づいたんだ。過去の重みに耐えて上を向くよりも、この、何も考えていない猫のリズムに身を任せる方が、……通過点としては、ずっと効率的だ」
「効率的って……アンタ、正気か!? あのハーモニカはどうしたんだよ!」
「ハーモニカなら、あそこだ」
俺が指差した先。
キッチンカウンターには、ハチミツにベタベタに汚れたハーモニカが、なぜか「ハチミツウィンナー」の皿の横に無造作に放置されていた。
「……嘘だろ。嘘だって言ってくれよ……」
ジュリアは絶望し、その場に膝をついた。
魂のロックを探しに来た少女の目の前で、かつての「聖域」は、今や完全にネットの濁流に呑み込まれていた。
映像が切り替わり、さらに脳を溶かすような、高速のラテン風のリズムが流れ出した。意味を排した音の羅列が、一定の周期で繰り返される。
「……チャパチャパ……ドゥビドゥビ……」
「待て、ジュリア。ロックとは、自己の証明だと言ったな。……なら、今の俺を見てみろ。この空虚な旋律の中に、……6年前の未練など、一欠片も残っていない」
「……当たり前だろ! 何もかも消え去ってんじゃねぇか! 脳みそごと!!」
ジュリアは愛用のギターケースを抱きしめ、怒りと悲しみで肩を震わせた。
だが、あまりにもバカバカしすぎて、自分が何に悩んでいたのかさえ、高速のリズムの彼方へ消え去ろうとしていた。
「……いいよ。アタシも、その地獄に、……一曲分だけ付き合ってやる」
彼女はケースから愛用のギターを取り出し、おもむろにシールドをアンプへ繋いだ。
そして、猫のダンスに合わせて、歪んだ爆音のコードを叩きつけた。
「アタシのギターで、その猫のリズム……最高にロックな地獄に変えてやるからな!!」
爆音の電子音と、ジュリアが掻き鳴らすディストーション。
カオス極まる「ヤドリギ」の中心で、俺は静かに、けれど激しく右手を上下させた。
その時、ふと、玄関の鍵が回る音がした。
「……プロデューサー。少し、お話が……。って、何ですか、この地獄絵図は」
扉の隙間から覗いたのは、不運にもこの狂乱のタイミングで訪ねてきてしまった 如月千早 だった。
「……千早、いいところに来た。お前なら、この旋律をどう乗りこなす?」
「……正気ですか、プロデューサー」
千早の手が、俺の喉元へと伸びる。
彼女の瞳には、ハチミツウィンナーを断罪した時よりも、さらに深く、静かな怒りと困惑の色。
「……音楽とは、魂の震えです。それを、こんな……意味を持たない音の羅列で汚すなど、私は……許せません」
「意味がないからこそ、自由なんだ、千早。さあ、その喉で、この猫の魂を震わせてみろ……」
千早は沈黙した。
そして、彼女はおもむろに、事務所から持参した「お玉」を掲げた。
「……わかりました。あなたがそこまで言うのなら。……私が、この安っぽい旋律を、至高の賛歌にまで昇華させて差し上げます」
千早が深く、深く息を吸い込む。
次の瞬間、彼女の喉から放たれたのは、圧倒的な声量と至高のビブラートを伴った「空虚な音の連なり」だった。
窓ガラスが震え、部屋の空気が一変する。
それはもはや流行の動画ではない。命を削り、魂を浄化する、壮大な鎮魂歌(レクイエム)。
「……素晴らしい……。千早、お前が歌うと、この猫さえも……聖母に見えるぞ……」
ジュリアの爆音、千早の絶唱、そして俺の奇妙なダンス。
止まり木(ヤドリギ)は今、人類が到達してはいけない領域へと足を踏み入れていた。
――ドンドンドンドンドンドンドンドンッ!!!
玄関のドアが、暴力的な勢いで叩かれた。
「ちょっと! 何時だと思ってるのよ、この部屋!!」
踏み込んできたのは、このマンションを30年仕切る管理人のおばちゃんだった。
「毎日毎日、変な歌を歌ってると思ったら……今度は猫!? それにこの、鼻が曲がりそうなニンニクとハチミツの匂いは何!? 警察呼ぶわよ!!」
おばちゃんの放つ圧倒的な「生活の現実感」の前に、すべての狂気は一瞬にして霧散した。
「……すみませんでした」
千早が顔を真っ赤にして脱兎のごとく部屋を飛び出し、ジュリアも「……ロックじゃねぇ、これは勝てねぇ……」と呟きながら逃走した。
静まり返ったリビング。
壁に映る猫だけが、無音の中で虚しく首を振っている。
「……あんた、明日、始末書持ってきなさいよ!」
おばちゃんが去り、玄関の扉が重々しく閉まった。
俺は一人、ハチミツまみれのハーモニカを拾い上げると、そっと窓を閉めた。
「……素晴らしい。……これもまた、……あるがままの結末か」
俺の喉の奥から、最後に小さく、消え入りそうな音が漏れた。
「上を向いて、、、」
初投稿です。
もともとは、AIとの対話を通じた一人遊び……いわゆる「壁打ち」のロールプレイを記録したくて書き始めたものでした。
生成AIが提示するランダムな状況に対し、自分の設定したプロデューサーならどう動くか。その即興のやり取りをベースに、小説形式として清書しています。
キャラもシチュエーションも、その時の巡り合わせ次第。
築十年のマンションの一室という「ヤドリギ」で、アイドルたちがどう羽を休めていくのか……。
自分自身の備忘録のような側面もありますが、この空気感を楽しんでいただければ幸いです。