計算された物語ではなく、その瞬間に交わされた言葉と、そこに流れた空気感を大切に抽出しました。
【読者の皆様へ】
この作品は『アイドルマスター 』の二次創作です。
作中の鼻歌やフレーズは、特定の楽曲をイメージしたものですが、著作権に配慮し直接的な歌詞の引用は避け、描写に留めています。
独自の過去や解釈を持つプロデューサー(オリ主)が登場します。公式設定とは異なる側面がありますが、一つの可能性としてお楽しみください。
長く続いた梅雨が明けようとしている夜。
窓を叩く雨音はどこか遠のき、湿った空気が少しずつ夜の静寂へと溶けていく。
俺は自室のソファに深く腰掛け、無言で「温かい麦茶」を啜っていた。プロジェクターは片付けられ、爆音の電子音も、首を振る猫も今はいない。
部屋にはようやく、かつての「6年前の石鹸とコーヒーの香り」が辛うじて復活し、落ち着きを取り戻している。
そこへ、玄関の鍵が回る微かな音がし、 七尾百合子 が恐る恐るドアを開けた。
彼女はひょこっと顔を出すと、リビングの様子を慎重に窺う。
「……あの、プロデューサーさん。今日は……お部屋で、猫の動画とか流してないですよね?」
俺は遠い目をしながら、静かに首を振った。
「……ああ。狂乱の宴は終わった。ここは再び、静かなる『ヤドリギ』だ」
百合子はホッとしたように胸を撫で下ろし、警戒を解いてソファの端に座る。
俺は無言で彼女にも麦茶と、刺激の一切ない上品な和菓子――練り切りを差し出した。
かつての喧騒を洗い流すような、穏やかな茶の時間。
「……ここ数日のプロデューサーさん、本当にどうかしちゃってましたよ。事務所でホットプレートなんか出して……それに、千早さんのあんなお玉、私初めて見ましたし……」
百合子の言葉に、俺は未だに鈍い痛みの残る喉仏をそっと撫でた。あのお玉の衝撃と、至高のビブラートによる「空虚な旋律」の残響が、脳裏をかすめる。
「……通過点だ。……あれもまた、俺という人間が、一度は通り過ぎるべき熱病だったんだろう」
「熱病って……。あ、でも、管理人さんに怒られてる時のプロデューサーさん、なんだか少しだけ……若返ったみたいに見えましたよ?」
百合子はクスクスと笑い、練り切りを小さく口に運んだ。
「……そうですよね。私が口にハチミツをつけてたのも、全部、梅雨が見せた空想の産物ですよね!」
百合子はコクリと力強く頷き、自分に言い聞かせている。
だが、その視線はふと、キッチンカウンターの隅に置かれたままの「熊の形をしたハチミツボトル」に止まり、一瞬だけ泳いだ。
「……でも、あのハチミツウィンナー。不思議な物語の味がしました。……毒に侵された王を救うために、あえて禁断の果実を差し出す道化師のような……。うぅ、やっぱりあれも私の脳内のプロットだったことにします!」
彼女は麦茶を一口飲み、ふぅと息を吐いた。
「……あるがままだ。アイドルなのも、プロデューサーなのも。……そして、いつかこうして道が分かれるのもな」
俺は手に持ったハーモニカの、ひんやりとした金属の感触を指先でなぞった。
ハチミツに汚れ、一度は虚無に放置されたそれは、今や丁寧に磨き直され、鈍い光を放っている。
この部屋も、この関係も、永遠ではない。
彼女たちはここで羽を休め、傷を癒やし、再び眩いスポットライトの中へと飛び立っていく。
俺にできるのは、その「通過点」として、ただここに在り続けることだけだ。
「……プロデューサーさん」
百合子が麦茶のグラスをテーブルに置き、少しだけ寂しそうな、けれど何かを決意したような瞳で俺を見た。
「『道が分かれる』なんて、物語の最終回みたいなこと言わないでください。……しおりを挟む場所は、まだたくさんあるんですから。……ハチミツまみれのページだって、私にとっては大切な伏線なんですよ?」
彼女は少し照れくさそうに笑い、練り切りの最後の一欠片を口に含んだ。
窓の外では雨が上がり、雲の切れ間から微かな月明かりが差し込み始めている。
6年前から止まっていたはずのこの部屋の空気が、彼女たちの賑やかな「汚染」を経て、ほんの少しだけ新しくなったような気がした。
「……ふん。伏線なら、回収し忘れないことだな。……さあ、もう遅い。麦茶を飲んだら、現実に戻る準備をしろ。明日は早いんだろ」
「はい! ……あ、でも最後に! ……次の作品のプロット、ちょっとだけ聞いてくれませんか? 『梅雨に狂った男と、空飛ぶ猫の鎮魂歌(レクイエム)』っていうタイトルなんですけど……」
「……却下だ。寝ろ」
止まった時間が再び、静かに、そしてあるがままに流れ出そうとしていた。
俺はそっと、ハーモニカをポケットに仕舞い込んだ。
次の「通過点」へ向かうために。)
初投稿です。
もともとは、AIとの対話を通じた一人遊び……いわゆる「壁打ち」のロールプレイを記録したくて書き始めたものでした。
生成AIが提示するランダムな状況に対し、自分の設定したプロデューサーならどう動くか。その即興のやり取りをベースに、小説形式として清書しています。
キャラもシチュエーションも、その時の巡り合わせ次第。
築十年のマンションの一室という「ヤドリギ」で、アイドルたちがどう羽を休めていくのか……。
自分自身の備忘録のような側面もありますが、この空気感を楽しんでいただければ幸いです。