計算された物語ではなく、その瞬間に交わされた言葉と、そこに流れた空気感を大切に抽出しました。
【読者の皆様へ】
この作品は『アイドルマスター 』の二次創作です。
作中の鼻歌やフレーズは、特定の楽曲をイメージしたものですが、著作権に配慮し直接的な歌詞の引用は避け、描写に留めています。
独自の過去や解釈を持つプロデューサー(オリ主)が登場します。公式設定とは異なる側面がありますが、一つの可能性としてお楽しみください。
ピンポーンッ! ピンポンピンポンピンポーンッ!!
静寂を取り戻したはずの夜を切り裂くように、インターホンが執拗に、そして悲痛なリズムで鳴り響く。
俺は溜息を吐き、ハーモニカをポケットにねじ込むと、重い腰を上げてドアを開けた。
「……プロデューサーっ! 酷いのよ、もうあんまりだわ……っ!」
そこに立っていたのは、涙でメイクをボロボロにし、肩を震わせる馬場このみだった。
彼女は俺の顔を見るなり、堰を切ったように言葉をぶちまける。
「聞いてよぉ! また居酒屋で身分証出せって言われて……お財布を事務所に忘れちゃったから追い出されて、ヤケ酒しようとコンビニに行ったら、そこでもビール売ってもらえなくて……『お嬢ちゃん、お父さんと一緒に来なきゃダメだよ』なんて……っ! 私、もう二十歳なんてとうに過ぎてるのに……っ!」
大人の女性としてのプライドを粉々に打ち砕かれ、玄関先で子供のように泣きじゃくるこのみ。
俺は何も言わず、ただフッと目を伏せてドアを大きく開けた。
「……入れ。嵐は外だけで十分だ」
リビングに招き入れ、ソファに座り込んでもなお「酷いわ……」と零し続ける彼女を尻目に、俺はキッチンへと向かった。
冷蔵庫から、キンキンに冷えた瓶を取り出す。
「……これを飲め。お前の喉に必要なのは、理屈じゃなくこれだろ」
俺は無言で、彼女の目の前に置かれたグラスに、黄金色の液体をトクトクと注いだ。
真っ白でクリーミーな泡が立ち上がり、見た目だけは完璧な「一杯」が完成する。
傷ついた「大人の女」を癒やすための、無言の優しさのつもりだった。だが、このみはそのグラスを凝視した瞬間、ピタリと涙を止めた。
「……プロデューサー。これ……何?」
「……ビールだ。お前が欲しがっていた、現実を忘れさせるための……」
「これ、子供ビールじゃない!! 甘い匂いがするわよ! なんでよりによって、この私が一番敏感な時にこれなのよ!!」
このみはガタッと椅子を蹴り飛ばさんばかりの勢いで立ち上がった。
「身分証なしで買えるからって、これを出すなんて……プロデューサーまで私を子供扱いするの!? コンビニの店員と同じ目で見てるのね!? この私を!!」
俺は首をさすり、窓の外の月を見上げた。
「……梅雨は人を狂わす。そして、俺の冷蔵庫のストックも狂わせていたらしい。……ハッピーな見た目だと思ったんだがな」
「笑えないわよ!!」
ヤドリギの夜に、また新しい「断罪」の予感が漂い始めた。
「……まあ、今冷えてるのはこれだけだからな。桃ちん用だ。……我慢しろ」
俺は不機嫌そうに肩を揺らすこのみを横目に、半分だけ笑って、もう一度キッチンへ向かった。子供ビールの泡は、彼女のプライドを逆撫でするだけの不純物でしかなかったらしい。
俺は冷凍庫の奥から、霜の付いたイワシとシシャモの袋を引っ張り出した。
それを予熱もしていないグリルに、文字通り「雑」に放り込む。
ジュゥゥ、と、皮の焦げる香ばしい、そして救いようのないほど生活感に満ちた匂いが、ハチミツの残り香を完全に上書きしていった。
「……まて。今、本物を作ってやる」
数分後、皿の上で無造作に積み上げられた、少し焦げの目立つ魚たち。
そして俺は、棚の隅に放置されていた、コンビニで投げ売りされているようなクソ安いワンカップの酒を手に取った。
アルミの蓋を「ペリッ」と無造作に剥がし、それをコトッ、とこのみの前に置く。
「……ほら。お前が欲しがっていたのは、こういう『飾り気のない現実』だろ」立ち上る、安酒特有 of ツンとしたアルコールの匂いと、焼き魚の脂の香り。
そこには「お嬢ちゃん」と呼ぶような甘えも、アイドルとしての虚飾も、一ミリも存在しない。
ただ、一日の終わりに疲れ果てた大人が、独りで胃に流し込むための「毒」があるだけだ。
このみは、目の前に置かれたそのあまりにも「酒場」然とした光景に、一瞬だけ呆気にとられたように瞬きをした。
そして、ゆっくりとワンカップを手に取る。
「……そうよ。……そう。こういうのでいいのよ、今は。……っていうか、これ、本当におじさんの飲み方じゃない!」
彼女は毒づきながらも、どこか満足げに目を細めた。
グラスに注ぐ手間すら省いたそのワンカップを、グイッと喉に流し込む。
「……あ、クッ……! 喉にくるわね……。でも、……染みるわ」
彼女は熱くなった喉をさすりながら、焦げたシシャモの頭をバキリと噛み砕いた。
俺は再び窓の外を向き、月明かりを浴びる夜の街を見下ろす。
「……あるがままだ。大人の女なら、その苦味も、焦げた味も、全部飲み込んで次に進め」
「……プロデューサー。……アンタも、たまには気の利いたことするじゃない」
ヤドリギの夜に、安酒の匂いが満ちていく。
それは、猫ミームの狂騒よりもずっと、この部屋には馴染んでいた。
「……桃ちんから貰った酒。あいつも、随分と背伸びをしたものを用意してくれたな」
俺は、一合の酒に数千円は下るまいと思われる、透き通った黄金色の高級日本酒を、薄い江戸切子のグラスに注いだ。
部屋には、普段の安いワンカップの匂いとは一線を画す、華やかで、それでいて凛とした大人の香りが漂う。
傍らには、桃ちんが「プロデューサー、たまには良いもの食べなさいよね」と、どこか誇らしげに差し出してきた最高級の肉厚スルメ。
俺はそれを、丁寧に、静かにライターの火で炙った。
チリチリと音を立て、磯の香りが高級な酒の香りと静かに混ざり合う。
「……クッ。……染みるな」
一口。
喉を滑り落ちる液体は、果実のような甘みと、驚くほど鋭いキレを伴っていた。
桃ちんが背負っている「プロ」としての覚悟と、ほんの少しの幼い背伸びが、その一杯に凝縮されているような気がした。
「……ねえ、プロデューサー。アンタ、またそんなおじさんみたいなことして……」
ワンカップを片手にシシャモを齧っていたこのみが、グラスの縁からこちらをジト目で睨んでいる。
「……あ、何よそれ。桃ちんから貰ったやつでしょ? なんで私にはクソ安いワンカップで、自分だけそんな大人の贅沢してるのよ! 狡いわ、一口寄越しなさい!」
「……ダメだ。これは、桃ちんの『信頼』という名の劇薬だ。お前のようなヤケ酒中の女には、この繊細なバランスは分からん」
俺はグラスを僅かに遠ざけ、炙りたてのスルメを一口噛み締めた。
噛むほどに溢れる濃厚な旨味。
贅沢。通過点。あるがまま。
そんな言葉が、高級なアルコールと共に脳内を穏やかに巡っていく。
「……ハッ。……いい酒だ。猫のダンスも、お玉の衝撃も……全部この一杯で『過去』にできる気がする」
俺は、不意に喉の奥で、いつもの旋律を転がし始めた。
『上を向いて歩こう』
今夜の鼻歌は、ハピハピとした狂気も、チピチピとした虚無も含まない。
ただ、一人の少女の成長を噛み締める、静かな、静かな感謝の音色だった。
「……このみ。お前さんは、いつからその身長なんだ」
炙りたてのスルメを一口噛み締めて、桃華から贈られた日本酒のグラスを傾けながら、俺はふと、窓の外に広がる夜の深淵に視線を投げたまま問いかけた。
「……無理に答えなくていい。ただ、少し気になっただけだ。お前のその、小さな身体にどれほどの歳月と、どれほどの『意地』が詰まっているのかをな」
部屋には、高級な日本酒の芳醇な香りと、このみが手にするワンカップの安っぽいアルコールの匂いが混ざり合って漂っている。
「……なによ、藪から棒に」
このみは、シシャモの頭をバキリと噛み砕き、ワンカップをグイッと煽った。
その喉仏が小さく動き、安酒の刺激に微かに顔を顰める。
「いつから、なんて……覚えてないわよ。気づいたら、周りの景色だけがどんどん高くなっていって、私だけがこの視線のまま取り残されてた。……でもね、プロデューサー。視線が低いってことは、それだけ地面に近いってことなのよ。転んでも、すぐに立ち上がれる。……アンタみたいに、高いところでフラフラしてる大人よりは、ずっと安定してるんだから」
彼女は自嘲気味に笑い、空になったワンカップをテーブルにコトッ、と置いた。
その瞳には、子供扱いされることへの憤りとは別の、長く、険しい道を歩んできた「大人の女」の矜持が、静かな月明かりのように宿っていた。
「……そうか。安定、か。……素晴らしいな」
俺はグラスを僅かに掲げ、彼女の小さな、けれど強固な「自立」に無言の乾杯を送った。
俺のように、6年前の記憶という高すぎる場所に足を取られ、身動きが取れなくなっている男には、その言葉は少しだけ、眩しすぎた。
「……あるがままだな、このみ。お前はその視線のまま、誰よりも高い場所を目指せばいい。俺はここで、その『通過点』を見守っているだけだ」
「……フン。たまには良いこと言うじゃない。……でも、その代わりにその高いお酒、やっぱり一口だけ頂戴! アンタのその湿っぽいポエムの口直しに必要よ!」
彼女は身を乗り出し、俺の江戸切子のグラスを奪い取ろうと手を伸ばした。
ヤドリギの夜に、安酒と高級酒の混ざり合った、歪で温かい空気が流れる。
「……何よ。近寄るなら、もう少し『大人のエスコート』ってものがあるでしょ」
このみはワンカップを握ったまま、少しだけ赤くなった顔を背けて、俺の気配に毒づいた。
俺は彼女の背後にそっと近づき、そのあまりにも「お嬢ちゃん」と見間違われる、小さく、けれどしなやかな肩を無言で見つめた。
……一応、女なんだな。
普段は「セクシーな大人の女性」を自称してはしゃぎ、時にはこうして安酒とシシャモでヤケを起こす。
けれど、その指先や、微かに震える睫毛の先には、紛れもなく一人の女性としての繊細さが宿っている。
俺はふらりと手を伸ばし、彼女の頭を……叩くのではなく、その少し乱れた髪を指先で軽く整えるように、ほんの一瞬だけ触れた。
「止まり木(ヤドリギ)」に羽を休めに来た、迷子の小鳥に触れるような、そんな微かな接触だ。
「……っ。……なによ、急に」
このみの肩が、ビクリと跳ねた。
彼女は驚いたように振り返り、上目遣いで俺を捉える。
その瞳には、さっきまでのヤケ酒の勢いは消え、言葉に詰まったような、一人の「女」としての戸惑いだけが浮かんでいた。
「……一応な。反応しておくのが、プロデューサーとしての、あるいは……男としての礼儀だろ」
俺はすぐに手を引っ込めると、再び桃ちんから貰った高級酒のグラスに口をつけた。
喉を焼くような、けれど芳醇な甘さが、今の気まずい沈黙を優しく塗りつぶしていく。
「……ふん。……遅いわよ、リアクションが。もっと早くにその気になってくれれば、私もこんな安酒飲まずに済んだのに」
このみは再び前を向き、照れ隠しのように残りのシシャモを口に放り込んだ。
彼女の小さな背中が、月明かりの中で少しだけ頼もしく、誠実で……少しだけ、愛おしく見えた。
俺はポケットの中で冷たくなったハーモニカを弄び、今夜三度目の旋律を、今度は誰にも聞こえないほどの小声で口ずさんだ。
「……そうだな。馬場このみの、これまでの、そしてこれからの人生に」
俺は手にしていた江戸切子のグラスを、月明かりに向けて微かに掲げた。
桃華から贈られた、透き通るような高級日本酒が、クリスタルのカットに反射して宝石のように煌めく。
「……それから。いつか、お前のその、誰よりも安定した低い視線の隣に並ぶ……命知らずな男に。乾杯だ」
「……ちょっと、命知らずって何よ! 私の隣に立つのが、そんなに大変なことだって言いたいわけ!?」
このみはワンカップを握りしめたまま、頬を膨らませて食ってかかってきた。
けれど、その耳たぶはほんのりと赤く染まり、シシャモを齧る手はどこか所在なげに震えている。
「ああ、大変だろうな。お前のような、意地っ張りで、最高に『大人』で……それでいて、時折どうしようもなく放っておけない女を支え続けるのは。……並大抵の覚悟じゃ、務まらんさ」
俺はグラスの中の冷えた液体を、ゆっくりと喉に流し込んだ。
鼻に抜ける清涼な香りが、部屋に漂う安酒と焼き魚の匂いと、そして微かな気恥ずかしさを優しく包み込んでいく。
このみは、不貞腐れたようにワンカップの最後の一滴を飲み干すと、ふぅ、と長い溜息を吐いた。
そして、月明かりが差し込む窓を、俺と同じように見上げる。
「……ふん。……まあ、いいわ。その男が現れるまでは、アンタがしっかりと私の『通過点』を見守っていなさいよね。……プロデューサーなんだから」
「……わかっている。あるがままにな」
俺は空になったグラスを置き、ポケットの中で眠っていたハーモニカに、そっと指を触れた。
今夜の音色は、きっといつもより少しだけ、優しく響くような気がした。
俺たちの夜は、安酒と高級酒、そして未来への微かな祝福を混ぜ合わせながら、静かに、静かに更けていく。
初投稿です。
もともとは、AIとの対話を通じた一人遊び……いわゆる「壁打ち」のロールプレイを記録したくて書き始めたものでした。
生成AIが提示するランダムな状況に対し、自分の設定したプロデューサーならどう動くか。その即興のやり取りをベースに、小説形式として清書しています。
キャラもシチュエーションも、その時の巡り合わせ次第。
築十年のマンションの一室という「ヤドリギ」で、アイドルたちがどう羽を休めていくのか……。
自分自身の備忘録のような側面もありますが、この空気感を楽しんでいただければ幸いです。