【TS】近所のガキ達相手に師匠面して千年後、久しぶりに戻ったら色々荒れてた 作:御花木 麗
俗にいうプロローグ
――それは遥か昔。まだこの世界に『魔術』という概念すら存在しなかった、黎明の時代。
それまでの歴史を根底から覆す、一人の存在が現れた。
褐色の肌を持つダークエルフ。
彼女は世界の理に触れ、大気中のマナを操り、物理法則を書き換える術――すなわち『魔法』を、この世で初めて確立させた人物であった。
だが、彼女はその力を独占しようとはしなかった。
自らの知識を、信頼に足る者たちへ託すことにしたのだ。
彼女は七人の若きエルフを選び出し、弟子として迎え入れた。そして七人それぞれに、異なる分野の魔法を授けたのである。
なぜ、そのようなことをしたのか。
偉大なる師は、予見していたのだ。遠い未来、この世界を飲み込まんとする『災厄』の到来を。
いつか訪れるかもしれない世界の破滅に備え、希望をその7人に託したのである。
しかしこれは災厄を避けきれずに訪れてしまった時の場合の備え。
そうならないためにも、彼女自身は――ある決断を下していた。
災厄の種が芽吹く前に、時の彼方へとそれを押し流し、封じ込めること。
それは彼女の命の保証がされていない過酷な旅を意味していた。
別れの日。彼女は弟子に最後の言葉を残した。
『もしも私が、深淵の向こうで災厄を抑えきれずに力尽きた時は――お前達の手でこの世界を守りなさい。備えよ、いずれ来るかもしれないその日のために』
そう言い残し、彼女は歴史の表舞台から姿を消した。
それから、悠久の時が流れた。
師の言葉を胸に刻んだ七人の弟子たちは、血の滲むような研鑽の果て、それぞれの魔術を極致にまで昇華させた。
彼ら彼女らは今や『七魔星』と呼ばれ、知らぬものはいない。
いかなる国家、いかなる王であっても、この七人を安易に無視することはできない。
しかし、彼らがどれほど強大な存在になろうとも、決して忘れてはならない名が一つだけある。
全ての魔術の源流にして、七魔星を導き、災厄を食い止めるべく身を捧げた伝説のダークエルフ。
人々は畏敬と感謝を込め、姿を消した彼女をこう呼ぶ。
始まりにして原初の存在。
最も神に近しい存在として――。
――『ゼロの魔術師』と。
これは、その偉大なる神の申し子ともいうべき始祖について記した、真実の記録である。
◇
「…………」
重厚な革張りの表紙。金箔で豪奢に縁取られたページ。
そこに記された、あまりにも芝居がかった冒頭の一節を読み終え――顔を覆うほど深くフードを被った小柄な人物は、絶句した。
フードの奥で目元は窺えないが、口元が苦虫を噛み潰したように歪んでいるのは見て取れる。
彼女はバサリと本を閉じると、わなわなと震える指先でその表紙を叩いた。
「……なに、これ」
絞り出すような声だった。
呆れとも、焦燥とも、あるいは耐え難い羞恥とも取れるその問いかけに対し、真正面に座る男が口を開く。
「事実を元にして編纂され、俺らの崇めるべきお方の事を記した聖典だが? あぁ、なんと素晴らしきことか。ここには彼女がいかにして――」
「……馬鹿げてる」
恍惚とした表情で言葉を継ごうとする男を遮り、その人物はそう吐き捨てた。
そして、耐えきれないとばかりに踵を返し、その場を飛び出していく。
「お、おい待て!」
男は椅子から勢いよく立ち上がった。
「待てって! まだ続きがあるんだよ!まだ読んでたところ、序盤の序盤じゃないか。今の七魔星たちがいるのも、この世界がこうやって続いてるのも、そのお方のおかげなんだぞ! 特にその中の第四章、涙なしには語れず……ってなんなんだよ一体!?」
1人取り残された男は眉を八の字にひそめ頬をポリポリとかく。
その場に再び静寂が訪れたのだった。