【TS】近所のガキ達相手に師匠面して千年後、久しぶりに戻ったら色々荒れてた   作:御花木 麗

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時系列的にプロローグと同じ時間軸のところがあります。


09.お偉いさんの名前

 

 

 

 

 

 

 馬車に揺られること三日目。

肘をつき、流れる景色をぼんやりと眺めながら、俺は御者台のサンゴエさんに話しかけた。

 

「サンゴエさん、ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいかな」

 

「はい、なんでしょう? 何でも聞いてください」

 

 手綱を握りながら、道先を見つめサンゴエさんが穏やかな声で応じる。

 

「私の護衛はそのミザリエ? っていう都市まで同行すればいいって話だけどさ。そこに行くなら、どんな場所か知っておきたいと思ってね」

 

 俺の問いかけに、サンゴエさんは意外だと言わんばかりに声をうわずらせる。

 

「おや、ご存知ないのですか?」

 

 ……あれ、もしかしてこれ、知っていて当たり前の常識だった?

 俺は内心で焦りながら平静を装う。

 

「ま、まぁね。私、結構長い間、人里離れたところにこもってたからさ。世間のことには疎くてね」

 

 嘘は言っていない。

 千年間、バグった謎空間でソロサバイバルしていた。

 これを拡大解釈すれば、そうなる。

 

「あぁ……左様でございましたか。どうりで、どこか浮世離れした雰囲気と聡明さを感じさせるお方だと思っておりました。俗世を離れて山に籠もるという事は、己を研鑽し、さらなる高みへと至るための修行をされていたという事でしょうか?そのような高潔な事をしている人が世の中にはいらっしゃるという事は知識として知ってはいましたが……あなたもそれを?」

 

「あーうんまぁそんなところ」

 

俺は明後日の方向を見ながら気まずげにそうこたえた。

 

「私には到底できぬ事、尊敬します」

 

 そしたら、お世辞抜きで本当に尊敬してそうな声でそう言われた。

 ぐぬっ……なんだか、ちょっとした罪悪感が。

 ま、まぁ、でもおおかた俗世から離れて修行みたいなことをさせられた点では間違ってはいない。

 強制的にという単語が抜けてはいるが。

 

 うん、俺はサンゴエさんを騙しているわけではない……はず!

 

 まさか、詳しく本当のことを言うわけにはいかないし。

 酒によった挙句魔法の発動ミスして今まで千年間謎空間に閉じ込められてましたとか、宇宙猫の顔されても文句を言えない。

 

 というか会って数日の人にする話でもない。こんなの。

 

 それにしても俺って聡明そうに見えるのか。

 自分でいうのもなんだが、俺結構アホの子だぞ。

 でも賢く見えるってことはこの片眼鏡のおかげじゃないかなと思う。

片眼鏡ってなんか賢そうな紳士淑女に見えるもんな。

 

なんかかっこいいという理由でつけてる俺を賢そうに見せてくれてありがとう片眼鏡。

 

 そんな思考を打ち切るように、サンゴエさんが続ける。

 

「おや、申し訳ございません。つい余計な話をしてしまいました。

さて、話を戻してミザリエについて軽くお話しします。

この宗教都市は少々特殊でございまして、アルステラ帝国は細かいことには目をつむる緩い国ですが、とくに聖地として、ミザリエは帝国の干渉が最小限の特別自治区となっているのです」

 

「なるほど、なるほど」

 

「理由としましては、世界最大規模の宗教、『プロパス教』の総本山だからといった所でしょうか」

 

「だから宗教都市なのかい」

 

 

 

 そんな話をしていると、サンゴエさんが声を弾ませて前方を指差した。

 

「お、村が見えてきましたよ!」

 

 馬車の窓から身を乗り出すと、確かに畑に囲まれたのどかな集落が見えてきた。

 

 

 

 

 

村の入り口に馬車を停めると、村人たちが出迎えてくれた。

 どうやら定期的に来る行商人は、村の重要なライフラインかつ楽しみの一つらしい。

 その先頭にいた恰幅のいい男性が、嬉しそうにサンゴエさんに歩み寄る。

 

 

 2人とも同じような体型をしているから、2人並べば兄弟だと言われても納得がいく。本当のところはどうか知らないけど。

 

「久しぶりだな、サンゴエ!」

 

「ええ、モガンさんもお元気そうで何よりです!」

 

 二人は親愛の情を込めてハグを交わす。

 

 

彼がモガンさんか。

馬車の中でサンゴエさんに聞いたが、村長を務めるその男とは十年来の付き合いで、良き友人だとも言っていた。

 

 

 

 その後、モガンさんは後ろに控えていた俺に気づいて視線を向けた。

 

「おや、そちらは?」

 

「彼女はミザリエに行くまでに雇った、私の護衛です」

 

「どうも」

 

 俺が軽く会釈をすると、モガンさんも愛想よく頷き返してくれた。

 挨拶もそこそこに、サンゴエさんは広場にマットを広げ、手際よく商品を並べ始めた。出迎えよりも多くの村中の人が集まってきて、あっという間に即席の青空市場が出来上がる。

 

 俺も手伝うべく商品を運んでいると、サンゴエさんが「あぁ、忘れるところでした」と、一冊の冊子を俺に渡してきた。

 

「これは?」

 

「私お手製のミザリエ観光ガイドブックです! 巡礼者を騙そうとする悪徳宿屋への警告や、隠れた名店、絶景スポットなどを、私の長年の経験をもとに書き記した自信作ですよ」

 

 サンゴエさんはちょび髭を得意げに震わせる。

 

「これ、意外と人気商品でしてね。実は前回ここにきた時には既に売り切れてしまっていたのですが、この村に『次は絶対に買うから取り置きしてくれ』と熱烈に予約されていた方がいまして。ただ、この広場にはその方の姿が見当たりませんので、ちょっと届けてきてはいただけませんか? 私はこの通り、店番で手が離せませんので」

 

 俺は護衛だが、今は襲撃の心配もないし、そういった事も仕事のうちだろう。

 

「了解だよ。その人はどこに?」

 

「村外れの川沿いに水車小屋があります。そこで粉挽きをしている水車番ですので、その人の所までよろしくお願いします」

 

 

 

 

 

 

 

教えられた通りに村外れの川沿いまで歩くと、水流の音と共に、巨大な木製の輪が回る小屋が見えてきた。

 ゴットン、ゴットン、と重々しい音を立てて回るその水車。

 

 小屋の前には、一人の男が椅子に座ってぼんやりと空を眺めていた。

 

 小柄だが、岩のようにゴツゴツとした筋肉質の体躯。顔の半分を覆う濃い髭。

 そして何より特徴的なのは、頭のてっぺんから爪先まで真っ白な粉にまみれていることだった。

 挽いた小麦か何かが舞っているのだろう。まるで石膏像のように白く固まったその姿の中で、目だけがギョロリと生々しくこちらを見た。

 

「ん、どちらさんだ?」

 

 

「こんにちは。雑貨商のサンゴエさんの護衛を任されている者なんだけど、ある商品を渡すことを頼まれてここまで来たのさ」

 

 そう言ってガイドブックを見せる。

 男はガバリと身を乗り出した。その拍子に、バフッと白い粉が舞い上がるがそれを気にした様子はなく男は口を開く。

 

「おぉ! 待ちわびたぞ!ちょうど石臼の調子が落ち着いて、一息ついていたところだ。少し待ってろ、こんな粉だらけの手じゃ、せっかくのガイドブックが汚れちまうからな!」

 

 男は慌てて立ち上がると、小屋のすぐ脇を流れる水路へと身を乗り出した。

 バシャバシャと豪快に顔と手を洗い始める。

 流れ落ちた白い粉が川に溶け出し、一瞬だけ水面を白濁させて流れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

綺麗さっぱり粉を落とした男と、駆動音が響く小屋の中で向かい合って座る。

 粉が落ちて初めて気づいたが、彼の目の下にはどす黒いクマが刻まれていた。

 

「あの……大丈夫かい? その目のクマ」

 

「あ?クマ?」

 

 言われて初めて気づいたように、男は無骨な指で目元をこする。

 

「そんなに酷いか?」

 

「結構ね……」

 

 すると男は、なぜか誇らしげに胸を張った。

 

「ここ一週間、水量が変わる季節だからな。短い仮眠だけで水門と石臼の調整を見守ってきたんだ。都会じゃ蒸気の力で勝手に機械が動いたりするのも出てきてるらしいが、こいつは俺がついててやらなきゃ機嫌を損ねる。……ま、そんなことはいい。例のブツを頼む」

 

 俺はガイドブックを渡し、代金を受け取る。

 エルフの里には貨幣経済がなかったから、この世界の通貨をまじまじと見るのはこれが初めてかもしれない。

 

「おぉ、これが噂の……!ようやく手に入れた……」

 

 男は子供のように目を輝かせて冊子を撫で回している。

 

「いやな、俺もようやく念願叶って、ミザリエへ巡礼の旅に出ることになったんだ。近いと言ってもそれなりの距離はあるし、この水車の管理で忙しくて、人生で数回しか行けてなかったんだが……数年ぶりの聖地だ。せっかく行くなら思いっきり満喫したいからな。サンゴエのガイドブックは界隈で好評なんだ。これを持って行って損はない」

 

「ミザリエをよっぽど気に入ってるんだね」

 

「気に入ってるなんてもんじゃない。俺のような敬虔な信者にとっては、あそこは聖なる故郷だ」

 

 そう言って、男は作業着の下から黒光りするネックレスを取り出して見せてきた。

 話の流れ的にプロパス教の信者である証なのだろう。

 意匠が施されたそのペンダントトップを見て、俺は思わず眉をひそめた。

 

 女性を模したその彫刻。

 その耳が、長く尖っていたからだ。

 

「……ねぇ。このモデルって、もしかしてエルフだったりする?」

 

 俺が何気なく尋ねると、男は口をあんぐりと開け、目を見開いて席を立った。

 

「ま、まじかお前さん……!プロパス教はこの世界でも最大級の宗教だぞ!?信者じゃなくたって、その御神体の種族くらい常識だろ!?」

 

「そ、そうなのかな……あはは」

 

 やばい、地雷を踏んだか。

さっきも世間知らずで驚かれたが今日で二回目だ。

 俺が苦し紛れに笑って誤魔化そうとすると、男は「信じられん」とブツブツ言いながら、小屋の奥の棚から一冊の分厚い本を取り出した。粉まみれの道具箱の隣に、そこだけ異様に綺麗な状態で置かれていたものだ。

 男はそれをドンと音を立てて俺の目の前にそれを置いた。

 

 

 

 

 装丁はやたらと豪華で、金箔でタイトルが刻まれている。

 

「サンゴエの護衛ってことはお前さんもミザリエに行くんだろ?」

 

 

「……まぁ、そうなるかな」

 

 

「なら、なおさら基本を知っておいだほうがいいだろう、あんたはその宗教の総本山に行くんだからな」

 

 男は本を目の前に顎をクイクイとあげて、読めとジェスチャーで促してくる。

 たいしてその宗教に関心が持てなかったが、断りづらい雰囲気だったので、俺はしぶしぶその分厚い表紙をめくった。

 

 

 

 

 

 

 

 しばらくの間、パラリ、パラリと等間隔で紙を捲る音が続いた。

 そして数ページめくったところで――俺の手が止まる。

 

 何故かって?

 絶句するのに忙しくて、それどころじゃなかったからだ。

 

 フードの下で、俺の顔はかつてないほど引きつっていた。

 

 なんだこれ。なんだこれ。なんだこれ!!

 

 簡潔に説明しよう。

 なんか限りなく俺っぽい奴が、この本の中でめっちゃ崇められてる。

 つまり、この宗教の信仰対象は『俺っぽい誰か』ということだ。

 

 盛りに盛られて、俺が言っていない名言が書かれていたり、身に覚えのない感動シーンが存在するが、ベースにあるのは俺に見覚えのある出来事だ。

 言うなれば「2割事実で、残り8割は大嘘」の俺だ。

 

 人違いであることを信じたいが、「7人の弟子を持つダークエルフ」なんて、俺以外にいるのだろうか。

 

 そもそも、ダークエルフという存在自体が希少だ。

 長命なエルフの高齢者連中でさえ「伝承では知っていたが見るのはお前が初めてだ」と言っていたくらいなのだ。ダークエルフという突然変異体は、それほどレアなのだ。

 

 だから、そんな特定の種族で、7人の弟子がいて、魔術を教えた師匠で、魔法を最初に習得した存在……そんなの、どう考えても俺しかいない。

 

 でも待ってほしい。

『災厄を封じるために自己犠牲の精神で旅立った』って何の話?

『世界的な大厄災のために』って、あれ、 その場の空気を和ませるための冗談だったんですが……。

 

 それに、その話をして別れた時、その場にはジースしかいなかったはずだ。

 なのにこの本では、なんか弟子全員にかっこいいこと言って別れたことになってるんですけど……。

 

 なんですかこれ。

 誰ですかこれ。

 これじゃ俺、まるで、世界の危機を救うために旅立った、超カッチョイイ英雄みたいじゃないか。

 

 あまりの衝撃に、目の前がチカチカする。

 俺の過去が盛りに盛られ、聖典となって世界中で崇められている?

 

というか『ゼロの魔術師』ってなんなのさ。

見ててこっちが恥ずかしくなる厨二センスのネーミングやめい。

 

 俺はバサリと本を閉じると、わなわなと震える指先でその表紙をトントンと叩いた。

 

「……なに、これ」

 

 絞り出すような声だった。

 目の前の男は、俺が感動に打ち震えていると勘違いしたのか、さも誇らしげに言う。

 

「事実を元にして編纂され、俺らの崇めるべきお方の事を記した『聖典』だが? あぁ、なんと素晴らしきことか。ここには彼女がいかにして――」

 

「……馬鹿げてる」

 

 俺は居ても立ってもいられず、踵を返して水車小屋を飛び出した。

 背後で男が何か叫んでいた気がするが、全く耳に入らなかった。

 

 カツカツと早足で川沿いの道を戻る。

 もう一つ聞きたい疑問ができたが、衝動的に飛び出してしまったので戻る雰囲気でもない。

 

 心臓が早鐘を打っていた。

 聖典の内容からして、これを作ったのはあの時の事情を知る者――つまり俺と関わりのある弟子たちに限定される。

 もっと言えば、あの本にあった俺のジョークと似たような発言を聞くことができた人物は1人しかいない。

 

 だけど、何故そんな事を? 嫌がらせ……?

 いや、あの子はそんな事をするような子じゃないと思うんだが。

 

 広場に戻ると、ちょうど接客がひと段落したサンゴエさんがこちらに気づいた。

 

「おや、おかえりなさい。渡してくれたようですね」

 

 のんびりと声をかけるサンゴエさんに、俺は必死な顔つきで詰め寄り、ガシッ! と両肩を掴んだ。

 

「ひぇっ!?」

 

 サンゴエさんの笑顔が引きつる。周りの客も何事かとざわめいた。

 

「どう……なさいました?」

「サンゴエさん……教えて欲しいことがある」

 

 俺の声は震えていた。

 

「プロパス教で一番のお偉いさん……教祖か教皇か知らないけど、そのトップの名前を知ってるかい?」

 

「え、ええ。もちろん存じておりますとも」

 

「名前を……教えて」

 

 俺の問いに、サンゴエさんは不思議そうに首を傾げながらも、はっきりとその名を口にした。

 

「現在の教皇であり、開祖でもある彼女の御名は――」

 

 俺は固唾を飲んで見守る。

 

 その一瞬の間が、俺にはとても長いように思えて。

 

 そしてその名前がついに明かされた。

 

「――ジース様と申します」

 

 ジース。

 あの泣き虫で、俺のことを慕ってくれていた弟子。

 

 あの子が……俺を神輿に上げて、世界規模の宗教を作った張本人だってのか。

 どうしてそんなこと……?

 

「んぅ……」

 

 変な声が漏れる。

 千年越しの再会を楽しみにしていたが、まさかこんな形で弟子の名前を聞くことになるとは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 







※主人公の思う2割事実で残り8割は大嘘というのは、プロローグの最初に描写された『――それは遥か昔』〜 『――記録である。』の部分をさしています。
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