【TS】近所のガキ達相手に師匠面して千年後、久しぶりに戻ったら色々荒れてた 作:御花木 麗
今日も馬車に揺られている。
サンゴエさんと出会ってから、早いもので二週間が過ぎようとしていた。彼の話によれば、もうそろそろ目的地である宗教都市ミザリエが見えてくる頃合いだという。
この二週間、俺は護衛らしいことを何一つとしてしていない。
道中、盗賊などに襲われることもなく、実に安全で平和な旅を終えそうになっている。もちろんそれに越したことはないのだが、正直なところ、サンゴエさんに対して申し訳ない気持ちでいっぱいになっていた。
これで本当に報酬をもらっていいのだろうかと。
食事も寝床も提供してもらい、俺は馬車を運転するわけでもなく、ただのんびりと座っているだけだった。
千年間、あの狂ったバグ空間でサバイバルをしてきた身だ。食べ物や寝床を自分でどうにかしろと言われればできるが、それが人間らしい文化的な生活かと問われれば、答えはNOだ。
そんな俺が、この二週間、人間らしい温かな生活を送れたのは、間違いなくサンゴエさんのおかげだった。
そんなことを考えていると、視界の先に巨大なドーム状のものが現れた。
まるで巨大なシャボン玉の膜のようなものが、遠くの景色をすっぽりと覆っている。
馬車が進むにつれて、その圧倒的なスケールが徐々に迫ってきた。
「……もしかしてあれって魔導防壁?」
俺が尋ねると、サンゴエさんは手綱を握りながら気分良さげに答えた。
「はい、そうです!あれこそがミザリエの一番の見どころ、都市全体を覆う世界最大の魔導防壁です!」
あの膜を見て一番最初に感じたのが、マナの流動だった。そこですぐに魔法的なものだと把握して防壁魔法という結論にたどり着いた。
シャボン玉みたいな見た目だと先ほど言ったが、その見た目に反して結構頑丈そうだ。
魔導防壁とは特定の範囲を、設定したもの以外通さないようにする魔法。
畑を荒らす害獣を畑に近づけなくするために、そこに侵入できないよう設定した魔導防壁を展開しておくと便利だったりする。
そうすると害獣は魔導防壁が張られた畑に踏み入れることが不可能になり、荒らされない。
しかし、これほど巨大なものを俺は見たことがない。
そもそも俺自身、都市を丸ごと包み込むような規模の魔導防壁を作る機会がなかったというのもあるだろう。
だからあれが魔導防壁だと気づくのに一瞬の思考が必要だった。どうせなら、一瞬の思考もはさまずにズバリと言い当てたかったな。悔しい。
にしてもだ。
「あれほど大きいと迫力がすごいね……これまたどうして、あんな大きな魔導防壁を……」
「あれを作った本人が、『この都市を世界で一番安全な場所にしたい』と願ったからだと言われています。実際、あの魔導防壁のおかげで、ミザリエは外部からの害獣や災害の被害を一切受けていないんですよ」
「ちなみにだけど……その作った人って、まさか……」
「お察しの通りです。七魔星にしてプロパス教の教皇、ジース様でございます。ジース様は防壁系魔法の最高峰。中でもこれほどまでに洗練された巨大な魔導防壁を展開できる者は、世界中を探してもジース様以外に存在しません」
まぁ、あれが魔導防壁だと理解してからはなんとなくそんな気がしていた。
なんせ、俺がジースに防壁魔法の基礎を教えた張本人だからだ。
少し意識を集中させて魔導防壁を構成するマナの流れを探ってみると、マナの構造に千年前のジースの癖がそのまま残っていた。
癖は変わらないが、その規模や硬さは、千年前の彼女とは比べ物にならないほど進化している。
「……腕を上げたな」
教え子の成長が嬉しくて、俺はつい口角を上げ、思わず、小さくそう呟いた。
それに気づいたのか、不思議そうな顔をしてサンゴエさんがこちらを向いた。
「ん?どうかしましたか?」
「いや、なんでもないさ」
巨大なドーム状の魔導防壁が目前に迫り、馬車は入市待ちの列に加わった。
門番の兵士が厳しいチェックを行っており、東西南北の4つしかないというそこだけ限定的に魔導防壁が機能しないようになっている門を抜けて、馬車は順番に中へと入っていく。
俺たちも荷台を軽く検められた後、無事に通行許可をもらい、ついに宗教都市ミザリエへと足を踏み入れた。
◇
馬車から降りた俺は、ミザリエの街並みを見渡し、ついに人間圏の都市に到着したのだと実感した。
そこは、美しい白亜の街だった。
建物はどれも白を基調とした石造りで、清潔感がある。
すこし視線をずらせば、尖塔が天を突き刺すようにそびえ立ち、鮮やかなステンドグラスがはめこまれた建物が見えたりした。
全然知識はないが、他の建物より若干大きかったり明らかに見た目の造りに周りの建物以上にこだわりを感じるので、ここが宗教都市ということも含めて教会堂とかじゃないかなと勝手に予想する。
あってるかは知らないけど。
そんな感じで、俺がその圧倒的な景観に見惚れていると、サンゴエさんが向かい合って口を開いた。
「両手を広げてください」
「……ん?分かった」
俺が言われた通り両手を広げた矢先、サンゴエさんはドサリと、ずっしり重い小袋を俺の手の上に落とした。
俺は固まった。
袋の口からチラリと見えるのは、ギラギラと光る硬貨の山。
道中、サンゴエさんが日用品をいくらで売買しているかを見ていたので、この世界の硬貨の価値はなんとなく理解している。
護衛の相場は知らないが、どう考えても多すぎる。
「いや、いやいや!こんなにもらえないって!私、護衛として何一つ役に立ってないじゃないか」
「知っていますか?本当に優秀な護衛というのは、トラブルが起きる前に、その存在感だけで危険を未然に防ぐものらしいですよ」
「いや、そんな歴戦の傭兵みたいな人たちと一緒にしないでくれたまえよ。たまたま道が平和だっただけさ」
そういう凄腕の護衛って、絶対、山賊が襲うか考える隙も与えずに、逃げ出すようなイカつい面構えをしているはずだ。俺、そんな顔面じゃない。
「まぁ、いいじゃないですか。私の良き話し相手になってくれたわけですし。一人旅も気楽で好きですが、たまには誰かと語らいながら行く旅も楽しいものだと、貴方が思い出させてくれましたから」
俺はその言葉を聞いてしばらく沈黙する。
それから十数秒の間を開けて口を開いた。
「……じゃあ……うん、まぁ。ありがたく頂くことにするよ」
「はい、そうしてください」
サンゴエさんは、ちょび髭を揺らしてニコニコと深く頷いた。
短い間だったが、本当に気遣いのできる優しい人だった。
「お世話になりました」
俺は深々と頭を下げる。
「ええ!こちらこそ、良い旅を!」
サンゴエさんに笑顔で見送られながら、俺はその場を後にした。
◇
俺は街中を歩きながら、ふと思う。
こんなに人の行き来する活気ある場所を歩くのは、前世の日本にいた時以来かもしれないと。
さすがは宗教都市というべきか、すれ違う人々の多くが、プロパス教の証であろうあのネックレスを身につけている。
この都市の多くの人間が、俺をモデルにした存在を崇めているのかと思うと、なんだか背中がムズムズして落ち着かない。
俺がいつの間にか崇められているとはじめて知った時、本当に鈍器で後頭部を殴られた感覚に陥った。
それくらいの衝撃だったのだ。
あれから1週間とちょっとが過ぎ、このような環境にいてもまるで自分のことと実感ができない。
というか、さっき広場で『ゼロの魔術師』のでかい像を見かけたんだが、あれ、色々盛られすぎててもはや別人だったしな。
なんだあのボッキュンボンのお姉さんは。胸が厚すぎないか。
俺の要素と言えば、この長い耳と片眼鏡くらいしか残っていなかった気がする。
ワンチャン、俺じゃない説すら出てきたな、と思いたかったが、よく考えてみるとあの聖典を広めたのが俺の弟子のジースである時点で、俺の可能性が極めて高いんだよなぁ。
だとしたら、何を思ってジースはあのデザインでOKを出したのか。
もしかしてジースの目には、俺があんな風に見えていたのだろうか。
千年前のジースはボーイッシュな外見をしていたが、内面や趣味は一番女の子らしかった。夢見がちなところもあったから……ジースの中で理想のお師匠様フィルターが何枚も重なって、ああなってしまったのかもしれぬ。
ぐっ……あり得る。
閑話休題、俺のここでの一番の目的は、この都市にいるであろう教皇様――ジースに出会うことだ。
でも、どうやったら会えるのか見当がつかない。
てかそもそもどこにいるのだろうか。
そうやってキョロキョロと辺りを見回しながら歩いていると、街の中心部に一際巨大な建物が見えてきた。
周囲は厳重な鉄の柵で囲まれており、いかにもといった佇まいだ。
でかいな……と、柵越しにその建物をボケーっと眺めていると、建物の奥の扉が開き、数人の人影が出てきて柵内の別の棟へと移動していくのが見えた。
一人が先頭を歩き、その後ろを数人の側近や護衛のような人たちが付き従っている。
俺はその光景から目を離すことができず、凝視していた。
別の棟に移動し見えなくなるのは一瞬だったが、俺はその短い時間だけでも確信に近いものを覚えた。
なんの確信か?
――あの人物は俺が知っている人物だという確信。
見た目は、俺の記憶にある姿から随分と大人っぽくなっていたけど。
長身は、千年前はギリギリ俺が勝っていたはずなのに、今ではすらりと伸びて完全に抜かされている。俺と同じエルフ特有の長い耳に髪はさっぱりと短く切り揃えられた青髪。
身に纏っているのは、白を基調として金の刺繍が仰々しく施された法衣だ。だが、そのゆったりとした服の上からでもわかる、引き締まったくびれと、さっき見た像のような出るところが出たメリハリのある抜群のプロポーションが一目で分かった。
前世でいうところの王子様系女子みたいな凛々しさがありながら、千年前には備えていなかった色気までも滲み出させていた。
知らない間に、あんな綺麗で大人なお姉さんになっちゃって……。
あの頃のなよなよとした泣き虫な面影はどこへやら、堂々としていて、威厳に満ちたいでたちをしていた。
過去のあの子のイメージとは合致しない。
でも、あれは間違いなく――
「ジース……!」
俺は柵の鉄格子を掴み、思わず叫んでいた。
だが、俺の声が届く前に、その一団は宮殿の重厚な扉の奥へと姿を消してしまった。
「ぐっ……」
この柵が邪魔で、中に入れない。
いっそのこと、魔法を使って強引に飛び越えるか……?
俺が柵に向かって膝を曲げ、跳躍のための信号を構築しようと構えた、まさにその時だ。
「おい、そこの君!そんな所で何をやっている」
背後から声をかけられた。
振り返ると、全身を銀色の鎧で覆った男が立っていた。兜のせいで顔は見えない。
「教皇宮殿の入り口で門番をしていたら、『あっちの柵のところで怪しい奴がウロウロしてる』と一般市民から通報があってな。来てみれば……本当に怪しい奴がいるじゃないか。何をやっているんだ」
門番の呆れたような問いかけに、俺は悪びれずに答えた。
「まあ、見ての通りさ。ちょっとこの柵を飛び越えようと思ってね」
「あっけらかんと言うな! ダメに決まってるだろ、不法侵入だぞ。というか、君みたいな細腕の人間が飛び越えられる高さじゃないだろう」
ローブから覗く腕を見てそんなことを言われる。
確かに元の身体能力に頼ればそうだけど、魔法を使えば、軽々といけるんだがね。
「……にしても、何でまたそんな無茶をしようとしたんだ?」
「この都市の教皇に、ちょっと会いたくてね」
俺が素直に答えると、門番は兜を揺らしてため息をついた。
「教皇様にかい?そんな一歩間違えば捕まるような真似しなくても、一般の信者でも謁見できる集会があるだろうに」
俺は小首を傾げる。
「え、そうなのかい?」
「そうそう」
ユッサユッサと鎧の頭が縦に揺れる。
なるほど。ジースに会えそうで会えない距離にいたものだから、もどかしくて思わず暴走しかけたが、そんなことしなくても会える機会があるなら、それに越したことはない。
ふと冷静になってみれば、ジースの治めるこの領内で、彼女に迷惑をかけるような真似はすべきではないと思えてきた。
「すまないね。考え直したよ。真っ当な手段で会えるなら、こんな真似をする必要もない。その集会がいつ、どこであるのか教えてくれないかい?」
「お、おう……なんか怖いな。こんなヤバいことしようとしてた奴をあっさり逃していいのか……? 君、本当にこれ以上トラブル起こさないな?」
「善処する」
「……」
「もっと善処する」
「……」
「……もっと、もっと……」
「あぁ、もういい! もういいよ! 分かったから! 教えてやるから変なことするなよ!」
「助かるよ」
「ほんと……なんなんだよ、こいつ……」
門番の男はブツブツと文句を言いながらも、集会の時間と場所を教えてくれた。
もうすぐジースと再会を果たせる。
そう思うとわくわくとした気持ちになった。