【TS】近所のガキ達相手に師匠面して千年後、久しぶりに戻ったら色々荒れてた   作:御花木 麗

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13.久しぶり

 

 

 

 

 

 

 

◇ Side ジース ◇

 

 ガモンとの憂鬱な面会を終え、その疲労を隠して、いつものように週に一度の一般謁見の集会で教話をこなしていた。

 

 そして、毎回恒例となっている『ゼロの魔術師』――つまりはボクの偉大なる師匠が残してくれた聖典の朗読コーナーに差し掛かった、その時のことだ。

 

「あのぉぉぉっ!!!!!」

 

 突然、集会場全体に大声が響き渡り、神聖な朗読の時間は中断された。

 

 何事かと声のした方を見下ろせば、一人の小柄な人物が人混みを掻き分けながら、カツカツと最前列へと進み出てくるではないか。

 全身を粗末なローブで覆い、フードを目深に被っているせいでその顔は窺えない。

 

 その不審な人物は、あろうことか「あなたの魔法を実演して見せてほしい」と突拍子もないお願いをしてきたのだ。

 

 正直なところ、師匠の残してくれたありがたいお言葉の朗読を邪魔されたことに、ボクの心の中ではモヤモヤとした気持ちが残っていた。

 

 だが、ここで一介の信者を無下に扱っては、ただでさえ面倒な事態がさらにこじれる。周囲には数万の信者の目があるのだ。

 ここはただ拒絶するのではなく、このような無礼な要求に対しても慈悲深く応える聖人たる教皇様を演じてみせた方が、体裁としては都合がいいと思えてきた。

 

 またしても打算的な考えが自然と頭に浮かんだことにひどく嫌悪感を覚えながらも、ボクは表面上の微笑みを崩さず、その要求を受け入れた。

 

 要求通りに魔法を実演し、シールドを展開したところまでは良かった。

 だが、あろうことかその人物は、時間を割いて気前よく魔法を見せたボクに対し、とんでもない発言をしてきたのだ。

 

「――素人質問で恐縮ですが」

 

 その言葉から始まり、ボクの魔法には簡単に破壊できる欠点があるという、指摘だった。

 

『素人質問で恐縮ですが』

 

 それは、後期に師匠がボクたち弟子を揶揄う時に好んで使っていた、お決まりの言い回しだ。信者であれば誰でも知っている有名な話の一つでもある。

 

 それを、わざわざ引用して、ボクに向かって放ったのだ。

 流石にボクも、これには怒りを覚えた。

 

 善意で時間を割いてやったというのに、偉大なる師匠の言葉をあんな安い挑発のために使い、さらにボクの魔法にケチをつけてきた。

 言っちゃ悪いが、ボクの防壁魔法は、師匠がいない今の世界において随一だと自負している。

 千年前、あの人がボクのために道を示してくれた防壁魔法。極めない理由などなかった。血の滲むような研鑽の果てに、ボクは防壁魔法の頂点として七魔星となったのだ。

 

 ボクをコケにするために、あの人の口癖を軽々しく使うなんて……。

 本当にプロパス教の信者かどうかも怪しく思えてきた。

 後ろに控えている側近たちも、あまりのことに口をあんぐりと開け、言葉も出ずに立ち尽くしている。

 

 ボクは怒りが表情に出ないよう必死に平静を装い、口を開いた。

 

「いとも簡単に破壊できると言いましたか……? 確かに、時間をかけて張り巡らす魔導防壁魔法よりかは強度は劣るでしょう。ですが、ある程度の物理的衝撃ならいとも簡単に弾き返せます。それが、条件付きでもっと簡単に破壊できると……?」

 

「……ええ。なんなら、指で破壊して見せましょうか」

 

 フードの人物は、そう言って両手首をひらひらと上げてみせた。

 

「流石に、舐められたものですね……」

 

 怒りを通り越し、完全な呆れがボクの心を支配した。

 この調子だとこの人は、ボクが特定の魔法において飛び抜けた才を持つ七魔星であることも分からないかもしれないなと思った。

 

 あの人のいないこの世界で、ボク以上に防壁魔法に優れている人間など存在しない。なのに、そんなボクに面と向かってダメ出しをするとは。

 

「そんなに仰るなら……実際にそれを実践してみてください。ボクのこの魔法を、あなたのその指先で割ってみせてください」

 

 気づけば、売り言葉に買い言葉でそう口にしていた。

 しまった、と思う。教皇たる者が言うべきセリフではない。さっさとこんな不審者は無視して、進行を再開するのが最適解だったのだ。

 だが……あの人の言葉を使ってここまでコケにされて、黙っていられるほどボクはできていなかった。

 このふざけた人物がシールドを割ることができず、数万の群衆の前で恥をかく姿を見てやりたくなったのだ。

 

 しかし、その返答を受けてもフードの人物は余裕の態度のままだった。

 

「分かりました。お望みなら……ですが、その前にどうしてそういう結論になったのかお話ししますね」

 

「ええ……頼みます」

 

 ボクが応じると、フードの人物は一歩前へ出て、展開されたままの半透明のシールドを指差した。

 

「あなたの防壁魔法は、マナを高密度で圧縮し、極限まで表面張力を高めることで外部からの衝撃を全体に分散させている。外から与えられた衝撃に対しては非常に強固で無駄がない。実に素晴らしいです」

 

 なんだ、適当な難癖をつけるのかと思えば、ボクの魔法の原理を正確に理解しているじゃないか。

 

「でも、マナを編み上げる際、あなたには特有の癖がある。人にどう美しく見えるかを求めるあまり、ピンと張られたマナの余分なところが最後に固定したと思われる複数の箇所へ皺寄せのように溜まってしまっている。そのせいで、今回の場合、二箇所だけ、ほんの僅かにマナの密度が均一でない()()が生じているんです」

 

「……っ!」

 

 ボクは息を呑んだ。

 なぜ、一目見ただけでそこまで分かる?

 確かにボクは、魔法の見栄えを気にする。魔法は人を魅了する。魅了するためには魔法は美しくないといけない。そんな考えの元からきている。

 

 でもそれは千年程前、まだボクが未熟だった頃、師匠に『綺麗に整えようとするあまり、その分の皺寄せがいってるじゃないか。見栄えを気にしすぎると、逆に構造的に不安定で脆い部分を作っちゃうよ』と笑いながら指摘された、ボクの癖でもあった。

 今は極限まで技術を高め、その皺寄せの歪みなど他の誰にも感知できないレベルにまで昇華させたはずだったのに。

 

「とはいえ、あなたの魔法は優秀だ。片方の歪みだけを突いても、瞬時にもう片方がそのマナの部分を吸収して面全体のバランスを保つようにできている。だから通常の攻撃では絶対に弱点とはならない」

 

 フードの人物は淡々と続ける。

 

「じゃあ、もしその均一性が保てていない歪みの箇所を歪み()()()()に刺激して、逃げ場のない均一性に欠けるマナを逆流させたらどうなるか?」

 

 その人物はそこで言葉を切り、また口を開く。

 

「……都市を覆うあの魔導防壁にも、同じ癖が見られたよ。ただ、あちらは規模が大きすぎて、編み込みの歪みが数百箇所に及んでいる。それを全て同時に刺激するなんて芸当は難しい。だから実質的に不可能に近い。まさに完璧な魔導防壁でしょう」

 

 フードの人物はそこで言葉を切ると、ゆっくりとした足取りで、ボクの立つ教壇の階段を上り始めた。

 

「まぁ、その話はさておきだ。さあ、実践といきましょうか」

 

 側近たちがフードの人物を憎々しげに見つめるが、ボクが許可を出した手前、手出しできずに見守っている。

 

 ボクの心臓が、痛いほどに早鐘を打っていた。

 魔導防壁の構造の仕組み、そしてこの即席シールドの欠点。それらをこれほどまでに論理的に、かつ瞬時に見抜く存在など、あの人以外にいるはずがない。

 ……いや、そんなはずは。

 

 フードの人物はボクの目の前まで歩み寄ると、ゆっくりと両手を前に突き出し、両手の人差し指をシールドの二箇所――普通はそう簡単に見抜けるはずのないマナの均一性が極僅かに乱れている箇所にそっと添えた。

 

 ……まさか。

 

 そして、ぐいっ、と。

 大して力を込めることもなく、両手で同時にその二箇所を軽く押し込んだ。

 

 その前傾姿勢の勢いで、ボクとの距離がグッと縮まる。

 同時に、目深に被られていたフードがわずかに後ろへとずれた。

 

 ほとんど、ゼロ距離。

 フードの奥から現れたのは、褐色の肌と、片眼鏡の奥で輝く黄金の瞳。

 千年間、一日たりとも忘れたことのなかった、待ち焦がれていた自分の知る顔立ちがそこにあった。

 その顔は、イタズラに成功した子供のように、ニヤッと得意げに笑っていて――。

 

 パキッ……パリンッ!!

 

 小さな亀裂音の直後、ボクが展開していたシールドは、マナの逆流により内部は全体的な均衡を失って簡単に粉々に砕け散った。

 マナの残滓がキラキラと光の粉になって空中に舞い散る。

 

 しかし、ボクの耳にはもう、シールドが割れる音も、周囲の信者たちのどよめきも届いていなかった。

 

 驚愕、歓喜、混乱。

 感情の許容量をあっけなく超えてしまったボクの視界は、急速に白く染まっていく。

 

 この日をどれだけ待ち望んだことか。

 その人の存在そのものが眩しくて、ボクの太陽は――。

 

「久しぶりだね……ジース。私の愛しい弟子よ」

 

 イタズラに成功した子供のような笑みを崩さず、その人は僕だけに聞こえる声でそう言った。

 

「おし……しし、しぃ……」

 

 言葉を紡ごうとしたが、声にならない。

 そのまま、ボクはぷつりと糸が切れたように意識を手放したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇ Side ロラン ◇

 

 俺がジースの防壁魔法を破壊し、目が合ったので名前を呼んだら、なんかぶっ倒れた。

 

「「「き、教皇様!!!?」」」

 

 パニックに陥った側近たちが弾かれたように駆け寄り、気絶したジースを抱え上げ、即座にどこかへ運んでいく。

 取り残され、困惑の渦に包まれる観客たちに対し、筆頭枢機卿ベルフェツテと名乗る初老の男性が前に進み出た。

 

「本日の集会は、申し訳ありませんが、教皇様の体調不良によりこれにて中止といたします! 皆様、速やかにお帰りください!」

 

 その大きな声と共に、数万人の群衆はざわめきながらも、波が引くように集会場から散っていく。

 

 そして、あっという間に祭壇の上の俺だけがぽつんと残された。

 

「……え、あれ?」

 

 俺は、思わず間抜けな声を漏らした。

 えっと……ジースとの感動の再会を果たしたはずなのに、その喜びを分かち合う時間が一秒もなかった。

 

 あっさりと終わってしまった。

 あまりにも想定外の結末に、俺はしばらくその場に立ち尽くすことしかできなかった。

 

 ……流石に、やりすぎたかもしれない。

 命に別状はないだろうが、何故かジースは意識を失ってしまったし、門番の人と交わした「変なことはしない」という約束も、俺の悪い癖で速攻で破ることになってしまったし……。

 

 反省しなければ……。

 そう項垂れながら広場を後にし、ほぼ放心状態に近い足取りで、しばらく白亜の都市内をトボトボと歩いていた時のことだ。

 

 トン、トン、と肩を叩かれた。

 振り返ると、そこには先ほどジースの近くに控えていた側近の一人、眼鏡をかけた真面目という字がピッタリと当てはまりそうな若い男が立っていた。

 

 男は、俺を上から下まで値踏みするように観察し、少々不服そうな声で告げた。

 

「教皇宮殿へ呼び出しがかかっている。……直ちに、ご同行を願います」

 

 

 

 

 

 

 

 

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