【TS】近所のガキ達相手に師匠面して千年後、久しぶりに戻ったら色々荒れてた   作:御花木 麗

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14.相変わらず

 

 

 

 

 

「いいですね? くれぐれも、教皇様に対するご無礼はお控えください」

 

「え……あ、うん」

 

 先ほどまで祭壇の上で教皇の傍に控えていた側近の男に案内され、俺は白亜の街を歩いていた。道中、何度も念を押すようにそんな釘を刺される。

 

「それにしても……なぜあなたのような人物を、教皇様は直接宮殿に招き入れるのか。……本当に、今日は一体何が起きているというのですか……」

 

 男は前を歩きながら、俺に聞こえるか聞こえないかくらいの声でブツブツとぼやき続けている。

 急に現れて講演を中断させ、教皇の魔法を割り、挙げ句の果てに教皇を気絶させた不審者。彼からすれば、俺は絶対に宮殿になど招き入れたくない危険人物以外の何物でもないだろう。その苛立ちは理解できた。

 

 というか、改めてこんな感じで自分がやった事を振り返ってみるとマジで色々やらかしすぎだな……。

 この男のセリフ的に、ジースが俺を呼び出したという認識でいいだろうけど、これ、クレーム入れるために呼ばれたとかでも全然おかしくない気がしてきた。

 

 そっかぁ、久しぶりの再会がそれかぁ。

 そうだよなぁ、うん、悪いの俺だしなぁ。

 そんな再会も己が招いた事、受け入れないとなぁ。

 

 そんな感じでショボンとしていると、やがて、俺らは街の中心にそびえ立つ、先ほど訪れた巨大な建物の前に到着した。

 

「着きましたよ。……本来なら、先ほどの迷惑行為を行ったあなたに敷居を跨がせるなど言語道断なのですが、教皇様の強いご要望ですので仕方ありません。本当に、何故なのか私にはさっぱり分かりませんが……」

 

 俺は目の前の教皇宮殿の入り口を見上げる。

 そこには、見覚えのある銀色の鎧を着た門番が立っていた。

 

 門番は俺の姿を認めるなり、「げっ」と分かりやすく蛙が潰れたような声を上げた。

 

「あ、あんた……! 教皇宮殿の奥に直接通されるくらい、偉い立場のお方だったのかよ!? あ、あの時は、あんな無礼な態度をとっちまって、本当にすまな……!」

 

 慌てて頭を下げようとする門番を、俺は苦笑しながら手で制した。

 

「いや、謝るのはこっちさ……。申し訳ないね。君と交わした『変なことはしない』って約束、早々に破っちゃって」

 

 門番の男は俺の態度を見て、兜越しに見える目をパチクリとさせた。

 

「え……あ、うん。あ、え、ていうか、なんでそんなしょぼくれてんだよ」

 

 兜の奥で門番が困惑しているのを尻目に、俺は側近に促されるまま宮殿の中へと足を踏み入れた。

 

 内部は、外観を裏切らない空間だった。

 床には足音が全く響かないほど分厚くふかふかな真紅の絨毯が敷き詰められ、壁には精緻なレリーフが彫り込まれている。天井高くには色鮮やかなステンドグラスがはめ込まれており、外の光を透過して極彩色の光を落としていた。

 

 ほえー。

 こんなところにあの子住んでるのか……。

 

 俺の場違い感に身を縮めながら歩くこと数分。やがて、ひときわ重厚な両開きの扉の前に案内された。

 側近の男は立ち止まり、俺の耳元へ顔を寄せて、小声で告げた。

 

「今からは教皇様との一対一の面談のお時間になります。我々はその間、決して中へは入らぬよう厳命を受けておりますので、ここからはあなたが、問題ごとを起こさないよう祈る事しかできません。……お願いしますよ」

 

 俺はそれに頷き、重いドアノブに手をかける。

 

 ジースともう一回ちゃんと会える機会ができた。

 それは喜ばしいことではある。

 だけど、このようなところに通されて緊張しないはずもない。

 それに先ほどのような失態をおかした事もあり、その先を想像して扉を開けるのに躊躇する。

 

 俺はごくりと唾を飲み込んだ。

 そしてギィィ……と、静かな部屋に扉の開く音を響かせながら、その中へ足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 通された部屋の中央。

 集会で着ていた白と金の法衣をそのまま纏ったその人、ジースが、ただ一人、静かに立っていた。

 

 扉が背後で重い音を立てて閉まる。

 二人だけの空間。

 

 ジースは、俺をまじまじと見つめている。

 俺もまた、千年の時を経てすっかり大人の女性へと成長した教え子を見つめ返した。

 

 互いに、一言も発さない。

 張り詰めた静寂。

 

 この時には先ほどまで考えた心配事などがすっかり抜け落ちて、ただ一心にジースを見ていた。

 

 ――あぁ、なるほど。

 俺は、彼女のその眼差しに込められた意味に気づいた。

 先ほどは一瞬顔を合わせたのみで、ジースがすぐに気絶してしまった。彼女の中で、まだ目の前の人物が本物の師匠であるという確信が持てていないのだ。

 

 確実に、俺だと分かりたいのだと気づいた。

 

「そういえば、ずっとこのままだったね」

 

 俺はぽつりと呟き、目深に被っていたローブのフードをとる。

 そして、先ほどまで後頭部にペタッと張り付かせていた長い耳を元に戻すことにした。

 ピンッとエルフ特有の長く尖った耳が、勢いよく跳ね上がった。

 

 俺が師匠であるという、何よりの証。

 この世界で、長く尖った耳を持ち、なおかつ褐色の肌をしている存在、()()()()()()は、そうそういない。

 

 それを見た瞬間。

 分かりやすく、ジースの長い耳がピクン、ピクン! と二回、激しく上下に跳ねた。

 彼女の感情が極まった時に出てしまう癖のようなものだ。

 

「――っ!」

 

 次の瞬間、俺の視界が大きく揺れた。

 ドンッ、と強い衝撃を受け、俺は数歩後ろによろめく。

 抱きつかれたのだ。

 

「お、おししょぉ……っ!!」

 

 全身をきつく締め付けるような、力強い抱擁。

 それが数分間に及んだ。

 ……なのだが、一つだけ問題があった。

 千年前は俺の方が背が高かったのに、今やジースに身長を越されている。

 その結果、抱きつかれた俺の顔は、彼女の豊満に成長した胸の谷間に、見事にスッポリと埋もれる形になってしまったのだ。

 

「むぐっ……!」

 

 く、苦しい。

 俺は息ができず、ジタバタと腕を動かし、タップするようにジースの背中をバンバンと叩いた。

 

「はっ……! ご、ごめんなさい、ボク……!」

 

 俺の異常を察したのか、ジースは慌てて俺の肩を掴み、バッと体を離した。

 

「ぷはぁっ! ……いや、いいんだ。元気そうで何よりさ」

 

 俺が息を整えながら顔を上げると、ジースの大きな瞳からは、いつの間にか大粒の涙がボロボロと溢れ出していた。

 ぽつり、ぽつりと、高そうな真紅の絨毯に涙の染みを作っていく。

 

「相変わらず、泣き虫さんじゃないか」

 

「ち、違うんです……! 違うんですよぉ……っ」

 

 ジースは両手で顔を覆い、しゃくりあげながら抗議の声を上げた。

 

「ボク、今までずっと……泣かずにやってきたんですからぁっ! 人を束ねるために、精一杯背伸びして……強がって……うぅぅっ!」

 

「そんなに泣きながら言われても、泣いていないなんて、いまいち説得力に欠けるじゃないか、ジース」

 

 俺は苦笑しながら、精一杯つま先を上げて背伸びをし、彼女の青い髪をポンポンと撫でてやった。

 

「よく、今まで頑張ったじゃないか。……偉い、偉い」

 

 千年前は、こんなにつま先立ちしなくても簡単に撫でられていたのにな。

 そんなふとした変化に時の流れを感じながら、俺は泣き止むまで、ずっと彼女の頭を撫で続けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

「もう、次は絶対にっ……お師匠を一人になんかさせませんからねー! ぜーったいですからねー!」

 

 感動の再会から、約二十分後。

 ジースは幼児退行していた。

 

「……いいですかぁ? お師匠ぉ……」

 

 トロンとした目つき。まるで強い酒にでも酔ったかのように、舌が回っていない甘ったるい喋り方。

 彼女は今、ソファに座る俺の膝の上に頭を乗せ、完全にリラックスしきった状態で横になっていた。いわゆる膝枕である。

 

 俺は、その様子を困ったような笑みで眺めるしかなかった。

 どうしてこうなったのか。

 つい先ほどまで、数万人の前で威厳たっぷりに説法を説いていた教皇様と同一人物とはとても思えない。まるで、今の俺は幼稚園児をあやす保護者じゃないか。

 

 さっきまで立派に成長したなぁと胸を熱くしていたのに、蓋を開けてみれば、あの頃よりも甘えてくる教え子になっていた。

 ジースは、あの頃でもこんなに甘えてくることはなかったはずだ。

 

 まあ、恐らく、長い間、気を張って生きてきたのだろう。今日くらい、思い切り甘えさせてやるのが師匠としての務めかもしれない。

 だが、このような状況なので、俺が聞きたい山ほどある質問がろくに聞けていないという弊害もあった。

 

 そんな中、ジースは膝の上でゴロゴロとすり寄りながら、ふと、思い出したように俺に問うてきた。

 

「お師匠が帰ってきたってことは……あの件はもう、無事に片付いたんですね?」

 

「……ん?あの件?」

 

 一瞬、ジースが何を言っているのか見当がつかなかった。

 

「流石だなぁ、お師匠は。ボクたちが出る幕もなく、お師匠お一人で、いずれ訪れるかもしれなかった『世界的な大災厄』を事前に阻止しただなんて」

 

「あ」

 

 俺の口から、間抜けな声が漏れた。

 

「ん? どうかしました?」

 

 膝の上で、キョトンとした顔をして俺を見上げるジース。

 

 ジースが書いたであろうあの聖典には、確かにそのことが誇張されて書かれていたが、まさか、誇張でなくとも彼女は本気で俺が放った冗談を信じ込んでいたというのか?

 あの、酔った勢いで口走った、俺の痛々しい厨二病全開の冗談を!?

 

 えぇ……。

 気まずぅ。気まずすぎる。

 

というか今更ちゃんと実感して思ったけど、彼女がこうなんだから、沢山いる信者たちも本気でこの話を信じているということだよな。

 だとすれば、やはりあまり自分の存在を積極的には公にしないほうがいいかもしれない。もし「実は俺、世界なんて救ってないです」なんてことがバレたら、世界中の信者を敵に回しかねないし……。

 

 

 俺は内心で募る危機感に冷や汗を流しながら、ひとまずジースに対してだけでも訂正を試みようと、震える口を開いた。

 

 

「あ、あのねジース。その件なんだけどね。実は――」

 

「無いとは思ってましたけど……」

 

 ジースは、俺の言葉を遮るように、どこか遠くを見るような優しい目をして語り始めた。

 

「もしも、お師匠がその大災厄に打ち勝てなかった時のために。最悪の事態が起きた時に、お師匠が守ろうとしたこの世界をボクが守らなきゃって……だから、防壁魔法を死に物狂いで鍛えたんです」

 

「え……」

 

「辛い時だって、逃げ出したくなる時だって、沢山ありました。でも、お師匠がたった一人で、世界のために頑張って阻止しようとしてくれているのに、それに任せっきりで、ボクが何もしないのは違うなと、そう思って、必死に頑張って……」

 

 彼女の指先が、俺の服の裾をぎゅっと握りしめる。

 

「まだまだお師匠には及びませんけどね……。でも、それももう必要なくなったんですね……えへへ」

 

 ジースは、照れくさそうに笑った。

 

 ボスッ。

 俺は、自分の右頬を思い切り、全力で殴りつけた。

 

「え!? お、お師匠!?」

 

 膝の上のジースがビクッと跳ね起きて、驚愕の声を上げる。

 俺の頬はジンジンと熱を持つ。だが、そんな痛みなどどうでもよかった。

 

 俺の、あのくだらない冗談のせいで。

 この子は千年間、見えない大災厄という幻影に怯え、それに立ち向かうための重圧を背負いながら、血の滲むような努力を続けてきたというのか?

 

 ……言えない。

 こんなに俺の言葉を重く受け止め、俺を信じて千年間も頑張ってくれていたのに。『あれ、本当はただの冗談だから』だなんて、今更絶対に言えるわけがない……!

 

 

 

 

「……い、いやぁ。ちょっと眠気が来てね。気合いを入れただけさ」

 

 俺は青ざめた顔に引きつった笑みを貼り付けながら、ただ「まぁね、無事に片付いたよ」とだけ答えるのが精一杯だった。

 

 これ以上の追及を避けるためにも、俺は出来るだけ早く話題を逸らさなければならなかった。

 先ほどから聞くタイミングを窺っていた、俺にとっての疑問の一つをぶつけることにする。

 

「……そういえば、ジース。君が編纂した聖典だっけか、分厚い本、少しだけ見せてもらったんだけども……」

 

「えぇっ!!?」

 

 ジースが急に素っ頓狂な大声を上げた。

 

「み、み、見たんですかぁっ!?」

 

 彼女は顔を真っ赤にして、慌てて両手で顔を覆った。

 

「え、あぁ、まぁ、うん。見たさ」

 

 俺は努めて冷静な声を取り繕いながら続ける。

 

「それでなんだけど……私の記憶が正しければ、あの日、最後に私が言葉を交わしたのは、ジース、君一人だけだったはずだ。でも、あの本には七人の弟子全員の前で最後の言葉を残して旅立ったことになっている。……いったい、あれはどういうことなんだい?」

 

 数ある中から自然と口が出たのはそんな質問だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 ピタリ、と。

 ジースの動きが止まり、部屋の中に再び沈黙が降りた。

 

 二人だけの部屋の中で、重苦しい時間がゆっくりと流れる。

 先ほどまで甘えるように緩んでいたジースの表情からスッと熱が引き、その整った顔に暗い影が落ちたような気がした。

 

 長い、長い沈黙の後。

 彼女は、ぽつり、ぽつりと、絞り出すように話し始めた。

 

「……そうですよね。不思議に思いますよね……ごめんなさい」

 

「いや、怒っているわけじゃないんだ。ただ理由が知りたいだけで……謝らなくてもいいさ」

 

「あの本のあそこの部分って……ボクの願望の部分が強いんです」

 

 ジースは自分の両手をきつく握りしめ、視線を落としたまま語る。

 

「こんな話、お師匠が帰ってきて早々にするのもどうかと思うんですけど……。お師匠に求められたのなら、答えないわけにはいきません」

 

「……」

 

「もしも……」

 

 彼女の声音が、微かに震えていた。

 

「もしも、あの夜。ボク一人でお師匠の最後のお別れを見届けるのではなく、七人の弟子全員で……ボクたち全員で、あの場でお師匠の背中を見送っていたのなら。……ここまで、私たちの心の距離も、何もかもが、バラバラに離れてしまうことはなかったんじゃないかって……」

 

「え……?」

 

「そんなボクの、届かなかった勝手な願望が色濃く反映されたのが、あの聖典の文章なんです。……本当にすいません。だからと言ってボクは、決して師匠を悪く思っているわけではないということは、理解してください」

 

 心の距離も何もかも離れる……?

 バラバラになった?

 なんの話だ?

 

 嫌な予感が、背筋を這い上がった。

 

「ジース、それは一体どういう……」

 

 俺がそれについて詳しく聞こうと、口を開いたまさにその時だった。

 

 突然、背後の重厚な扉が勢いよく開け放たれた。

 

「教皇様!! 失礼いたします!!」

 

 先程跳ね起きて、横に座っていたジースはバネで弾かれたように勢いよく立ち上がった。

 そして、一瞬にして先ほどまでの甘えた表情を消し去り、何事もなかったかのように、数万人の前で見せていた凛々しい教皇の姿へと切り替わった。

 

 俺も咄嗟にローブのフードを再びかぶり、耳を後頭部につける。

 幸い、中に入ってきた男の視線はジースに注がれており、気づかれていないようだった。

 

「……どうかしましたか? 今は二人だけで行う面会中だと、あれほど伝えておいたはずですが」

 

 飛び込んできたのは、先ほど俺を案内してくれた生真面目そうな側近の男だった。彼は息を切らし、顔を真っ赤にして叫んだ。

 

「も、申し訳ありません! ですが、先ほどのガモン氏との一件もありますし、これは一刻も早くお耳に入れておくべき重大事だと判断いたしまして……!」

 

「……分かりました。それで、内容は何ですか」

 

 ジースが静かに先を促すと、側近の男は声を上ずらせながら、ある報告を口にした。

 

「報告します! ガモン氏のお抱え魔術師であるスルジアを、先ほど異端審問局が確保いたしました!

 罪状は……例の、我々が長らく追っていた件です。都市ミザリエ内にて『ゼロの魔術師様を冒涜する猥褻な絵画』を密かに販売し、著しく風紀を乱していた販売者の一人としての現行犯です!!」

 

 

 

 

 

 

 




tips:信仰対象であるゼロの魔術師は、よく片眼鏡を付けていたと伝わっているので、それに倣ってつける人間も多く地域差もありますがそれなりに普及しています
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