【TS】近所のガキ達相手に師匠面して千年後、久しぶりに戻ったら色々荒れてた   作:御花木 麗

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16.千年遅れの贈り物

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジースと一緒に教皇宮殿に戻った俺は、そのまま豪華な一室へと案内された。

 

「戻って早々、すみませんが、これから食事に向かいたいと思います。その前にあなたが寝泊まりする部屋をご確認いただけたらと思います」

 

 そうジースに言われ通されたそこは、一人で寝泊まりするにはあまりにも広すぎる、客室だった。

 

 そこで、俺はベッドの上に置かれているあるものに気づく。

 

「あれって……」

 

 俺が指差した先には、綺麗に折り畳まれた、いかにも上質で高そうな衣服が用意されていた。 ジースはニコニコと満面の笑みで説明を始める。

 

「もちろん、お師匠は何を着てもお似合いではありますが、これからお連れする場所には今の服装では少しばかり……その、浮いてしまうかもしれませんので。お師匠にはいいものを着ていただきたいと、私の側近に言付けを頼んで、この都市で最高級の仕立て屋に手配して用意してもらったのです。今日はこれにお着替えいただいて、ボクのおすすめのレストランに一緒に行ってくれると嬉しいです!」

 

 確かに、今俺が着ている服のほとんどは、森で事切れていた盗賊から拝借したものであり、粗末ではある。身なりを整えることは悪いことではないし、素直にありがたい提案だ。

 

「わかった、着替えさせてもらうよ」

 

 俺は促されるままに、その真新しい服に袖を通し始めた。 それにしても――。

 

「よく私のサイズが分かったね? 今日一日、服のサイズを聞かれた覚えはないんだけどさ」

 

「あー、それはお師匠が千年前と全く変わらぬお姿でいてくださったからです。千年前、お師匠のお召し物を洗濯したりする機会にサイズを把握していて、それをずっと覚えていたんです。まさか千年越しにその記憶が役に立つとは思いませんでしたけど」

 

 のほほんと答える彼女の言葉が、何気なく俺の心にクリティカルヒットした。

 

 ……何も変わらぬ、ねぇ。それちょっと俺気にしてんだけども。

 

 ジースに悪気はないのだろう。実際、俺は身長から何から何まで、千年前とほぼ変化がない。だから一千年前のサイズ情報でも、こうしてすんなりピッタリの服として着ることができるわけだ。

 というか、あんたが変わりすぎなのよ、常考。

 

 あぁ、いや、でもいくらエルフの肉体の老化が二十歳前後の外見で止まるとはいっても、里の高齢者連中はもう少し成長していた気がしなくもない。

 ということは、俺が非常識なのか?

 ここまで成長しないのは、ダークエルフという突然変異種故の弊害なのだろうか。周りに俺と同じ存在がいないからデータが少なすぎて判断できぬ……。

 

 ジースに手伝ってもらいながら着替えを終える。  

 

 滑らかな肌触りでありながら、軽やかで動きを邪魔しない緻密な仕立てがされているのが、着てすぐに分かった。

 

 その後、俺はベッドの上に残された、服の横に置かれている「黒い小箱」に目を向けた。

 その箱は、長い年月を経て表面の起毛が擦り切れ、角がボロボロに崩れそうな状態だった。

 

 着替え始める前から、実はずっと気になっていた。周りの真新しい最高級の衣服が綺麗すぎるせいで、その古びた箱は異様に目立っていたのだ。

 

「これも、私にかい?」

 

「もちろんです。お洋服はセンスのある仕立て屋に指示を飛ばして用意してもらいましたが、それだけは……ボク達が選びました」

 

 ――ボク達?

 

 仕立て屋がそのボク達に含まれていないということは、文脈から読み取れるが、では他に誰のことを指しているのだろう。

 それに、その言葉からして、彼女もその中に入っているであろうが、今日はちゃんと再会してからはずっと一緒にいたのだから、事前に側近の人にくちづてなどを通じての手配などはできても、直接プレゼントを選ぶ暇などなかったはずだ。

 

 俺が不思議に思っていると、ジースはどこか遠くを見るような穏やかな声で言った。

 

「お師匠はあまり意識されていなかったかもしれませんが、あの日……お師匠が去ってから十日後。お師匠のお誕生日だったじゃないですか」

 

 ……誕生日。

 

 千年間、孤独な狂った空間でサバイバルしていたせいで、そんな概念はすっかり頭から抜け落ちていた。

 確かに、エルフの里にも誕生日を祝いプレゼントを贈る風習はあった。人間のように毎年ではなく、十年に一度のペースではあったが。

 

「だからですね。当時、エルフの里で唯一、人間圏と行き来して品物を輸入する橋渡しのようなことをしていたベンおじさんというエルフがいたと思うのですが……」

 

「……確かにいたね。そんなエルフ、懐かしいじゃないか」

 

「その人に、ボク達……お師匠の弟子である七人全員で、誕生日プレゼントをあげたいからってお願いしたんです。みんなで手伝いをする代わりに、人間圏から取り寄せたもので、ひとつボクたちに譲ってくれないかと」

 

「それが……これ、か」

 

 俺は、優しくその箱を撫でるように触れた。  胸の奥が、きゅうっと締め付けられるような感覚を覚えた。

 

「千年遅れの、あなたの弟子達からのプレゼントになってしまいましたけど……よかったら受け取ってください。色々あって、ボクがずっと預かっていました。あっ、そっか……十年に一度の周期で計算すると、今年の誕生日当日からも数週間過ぎちゃってることになるんですよね。千年と数週間遅れのプレゼント、ということで……」

 

 ジースははにかむように笑った。

 

 俺はというと……自分がただただ許せなかった。  

 なんてやつだ。俺というやつは。

 

 こんなにも俺のことを慕い、裏でこっそり誕生日プレゼントの準備までして、俺のことを思っていてくれた大事な教え子たちがいたというのに。故意じゃないとはいえ、俺は姿を消し、千年の間、彼らを見守ることさえしてやれなかったのだ。

 

 本当に、俺というやつは……。  

 

 悔しかった。己の不甲斐なさが。

 

 俺はボロボロの箱を、壊さないようにそっと開けた。そこには、外箱の古さとは対照的に、全く色褪せることなく美しく保たれたブローチが収められていた。

 

 夕日をそのまま切り取って閉じ込めたような、深く透き通る橙色の宝石。それが金縁の細工に嵌め込まれている。

 千年という途方もない時間を経ても、彼らの当時の想いを代弁するかのようにその輝きは昔のままだった。

 

「…………綺麗だ」

 

 思わず、そんな言葉が口からこぼれ落ちた。  千年経っても、この輝きが昔のままだということがひしひしと伝わってくる。

 

「どうぞ、つけてみてください。今着ていらっしゃるお洋服のアクセントとして、とてもいい感じになると思いますよ」

 

 俺は言われるまま、新しく着た服の胸元を飾る赤いジャボにそのブローチを留めた。

 

「……お似合いです」

 

 思えば、俺は師匠として、自分で教え子達に色々なものを与えた気になっていた。  

 だが、本当に与えてもらっていたのは、自分の方だと今更ながらに気づく。

 

 最初、誰も見向きもしなかった『魔法』というロマンに共感し、目を輝かせてくれたあの日からずっと。彼らが俺の孤独を埋め、生きる意味をくれていたのだ。

 

 それに今まで気づけなかった俺は――本当に、愚かなやつだ。

 

「なんで……泣いてるんですか、お師匠……」

 

 ジースの声も、ひどく震えていた。

 

「う、うるさいなぁ……ジースこそ、泣いてるじゃないか」

 

 その後、しばらくの間、俺たちは二人でボロボロと涙を流して泣き合った。

 

 やがてレストランへ向かう時間になり、俺は着替えた上等な服の上に、例の盗賊から頂戴した中からローブだけを羽織りなおした。

 

「あ、結局それは身につけるのですね?」

 

 呆れたようにジースが言う。

 

「なんだか、すっかり気に入っちゃってね、この荒い生地特有のゴワゴワ感は一度着たら癖になる。こんな上等な服だけだと落ち着かないんだ」

 

 俺は照れ隠しにそう笑って、目元を誤魔化すようにフードを深く被った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから少しの時間を経て、俺とジースは都市の中にある、いかにも高級そうなレストランの個室に通されていた。

 

 目の前に並ぶのは、口に入れることすら憚られるほど見た目にも最大限気を遣った芸術的な料理の数々だ。透き通るような黄金色のコンソメスープに始まり、彩り豊かな野菜のテリーヌ、メインには絶妙な火加減でローストされ、芳醇な香草のソースが添えられた柔らかい肉料理。

 

「食べないんですか? 美味しいですよ!」

 

「ん、あ……いや、食べるさ」

 

 俺は慣れない手つきでフォークとナイフを使い、肉を切り分けて口に運ぶ。  

 

こんなに慣れない手つきになってしまうのは、フォークやナイフを長い間使っていなかったせいだ。

 

「おぉ……美味しい」

 

 舌の上でとろけるような肉の旨味に、思わず声が漏れる。やっぱ、教皇様ともなると普段からこんないい生活してんのかなぁと感心してしまう。

 

 それにしても、だ。  

 俺がいなくなってからの里の話とか聞きたいことは山ほどあるのだが、なんだかその話題に触れづらい空気が漂っているのだ。

 

 意図して避けられているような気がする。先ほどレストランに向かう道中、それとなく触れようとした時、露骨に「あ、そういえば!」と話題を逸らされたし、スルジアの件で中断して話が途中になってしまったバラバラとかいう話も、いまだに聞けていない。

 

 まぁ、ジースがあまり話したくなさそうにしているなら、話せるようになるのを待つか、話してくれそうな人と再会するしかない。

 

 彼女の反応からして何かがあったのは、間違いないだろうが、ジースに対して、できるだけ、無理に強要はしたくなかった。

 

 それにこれは急ぎの用事ではない。

 まだエルフとして千年ほどの寿命が残されているのだから。

 

 

 

 

 今はただ、この再会を喜び合うべきか。

 

 チラッと向かいのジースを見る。  

彼女は上品に食事を口に運びながら、心底美味しそうに表情を綻ばせていた。  

 目が合う。

 

「次に来るデザートがボクの一番のおすすめの絶品で……! お師匠も絶対に驚きますよ?」

 

「そうかい? それは楽しみじゃないか」

 

 無邪気なその笑顔につられて、俺も自然と表情を緩めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ディナーを終え、再び宮殿の中の使わせてもらう客室に戻ってきた。  

 

 今日は本当に至れり尽くせりだったと思う。

 

「なんか、ごめんね。急に押しかけるような形になってしまったのに、ここまで色々してもらって」

 

 俺は胸元の橙色のブローチを親指で優しく撫でながらそう言った。

 

「何を言いますか。お師匠には、いくらおもてなしをしても足りないぐらい、計り知れないほどお世話になっているんですから」

 

「…………」

 

 満腹感と、久しぶりに昔から自分の事を知っている人物に会えた安心感からか、俺は強烈な眠気に襲われていた。

 自分を知っていてくれていた人がまだいるというのはなんとありがたいことか。

 そうじゃなくても今日は濃い一日だったから、こうなるのも当然といえば当然だ。

 

 うつらうつらとする目を擦りながら、ふかふかのベッドにどさりと腰を下ろす。

 

 溜まりに溜まった疲労のせいだろう、思考が上手くまとまらなくなり、頭がふわふわしてきた。脳が、もう限界だと休みたがっている。

 

 そんな微睡みの中で、どうしても、今日のうちにこれだけは言わねばと思っていた言葉を捻り出す。

 

「……また会えて…………本当に嬉しいよ、ジース……そして……心配かけて本当にごめん」

 

 

 

 その言葉は淡く空気に溶け、しばらく静寂がその場を支配する。それから、その沈黙を縫うようにして耳に届いたのは、ジースの震える掠れた声だった。

 

 

 

「………………ボクも再会できて嬉しいです。……もしかしたらもう会えないんじゃないかと心配したのは事実ですが、今は、ここにお師匠がいらっしゃるというだけで、満足しています。それに――謝るのはボクの方です。……あの時、あの夜あの小屋でお師匠の話を信じなかったボクが――」

 

 どんどんとジースの声が遠のいていく。

 

「罪悪感を抱く必要はないさジース、君は何も悪くない」

 

 本当にそうなのだから仕方がない。  

俺は最後にそう呟いて意識を手放した。

 

 意識を手放す直前に見たのは、泣いているのか笑っているのか分からないどっちつかずの表情をしたジースの姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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